終末学園の生存者

おゆP

文字の大きさ
上 下
60 / 132
第二章

『乙女の胸騒ぎ』

しおりを挟む
 透哉の制止を振り切り、野々乃は前も見ずに廊下を駆け抜けた。
 突き当たりで曲がると、荒い息を吐きながら壁に背を預ける。
 幸い、足音は追ってこなかった。
 教室で資料の整理があると言っていたし、自分の作業に戻ったのだろう。

「はぁ、はぁ……っ!」

 額を軽く撫でるとじんわり汗が滲んでいたが、初夏の暑さや急に走った事が原因ではなかった。
 激しい動揺が原因だ。それに起因して乱れた呼吸も、なかなか収まらない。
 数度の深呼吸の後、野々乃は落ち着きを取り戻し、思い返す。
 野々乃は透哉の通話を隣で全て聞いていた。その間に鼓膜を叩いた奇妙なワードの数々。
 十二学区だの、アイドルだの。
 危機感を覚える頻度が高すぎて逆に全ての危険が薄れてしまうほどだった。
 最初のうちは好奇心から聞き耳を立てていたが、徐々に不安が押し寄せてきた。

『十二学区にお知り合いがおられますの?』
『知り合いって言っても一回会っただけだぞ?』

 野々乃は自分の中に生まれた気味の悪い引っかかりの解消にと思って、透哉に質問を繰り返した。

『え、じゃあ十二学区に足を?』
『まぁな。この前、源と行った』

 結果、透哉は隠す素振りも見せず、大っぴらに話し、言い淀むこともなかった。
 だから、全てが事実。
 十二学区を最近訪ねたことも、そこに知人がいることも、驚くべきことだった。
 だが、動揺を招くほどのことではない。
 原則、十二学区への訪問は禁止されていないし、行こうとすれば行ける。
 ただ、望んで足を運ぼうとする者がいないと言うだけだ。
 夜ノ島学園は十二学区への入学を希望して適正なしと弾かれた者が貯まった掃き溜めなのだ。
 向上心から十二学区への編入を夢見て見学を希望する者もゼロではないが、施設の落差と待遇の違いに打ちのめされて殻に籠もるように戻ってくるのが関の山だ。
 日頃の透哉からそんな姿は想像できないが、野々乃の危惧も動揺もそんなことではない。
 極論、透哉が十二学区に出入りしようが、中の生徒たちと交流があろうが、野々乃の気持ちは変わらないのだ。
 問題は、同行者に源ホタルがいたこと。単純な嫉妬では片付けられない。
 先日、クッキーの材料を買いに出かけた際に偶然知った、ホタルもこちら側・・・・と言う情報。
 そのホタルと同伴で十二学区へ行ったと言われれば、どうしても良くない方にばかり考えが転がってしまう。
 もしも、ホタルが透哉を気になる異性として外出に誘い、目的地を十二学区に選んだのであれば透哉は白だ。
 けれど、日頃の言動を見る限りその線は薄いと野々乃は考えた。
 結果、浮き彫りになるのは色恋とは異なる信頼関係のようなものだ。

(じゃあ、お兄様も……ワケアリですの?)

 当然導き出される答えである。
 ストーカーである前に、恋する乙女として胸騒ぎを抑えられなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...