終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第10話 七夕祭実行委員会(4)

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4.
 透哉は受話器の向こうから響いたヒステリックな奇声に、本気で出なきゃ良かったと思う。
 即座に着信拒否の設定を――しようと操作する僅かな時間に再度着信の表示が点灯する。
 そわそわする野々乃は無視して、反射的に出た。

『――切るなー!』
「誰だ、お前」

 受話器の向こうから二度目の咆哮。
 声に聞き覚えがあるような無いような。よく分からない。
 イタチごっこと狂った回数の着信に終止符を打つべく、この場で完膚なきまで叩きのめす覚悟で声の主に立ち向かう。
 無視をし続けていたとは言え、相手の素性を尋ねるのは妥当なのだ。
 傍らの野々乃が不安そうな面持ちでこちらを見ているが今は放置しておく。

『え? 声で分からないの!?』
「知らねぇ。で、お前は誰だ?」
『私よ! 春日アカリ!』

 透哉の直球で無礼な質問に相手は間髪入れず名乗り出る。既に怒りが振り切れていてそれどころではないのかもしれない。
 電話の相手は話すと言うより叫ぶように自己紹介をした。
 が、その程度で臆する透哉ではない。

「ああん? カスがアカリ?」
『違うわよ! 春日よ! 妙なところで区切らないでくれる!? 十二学区のパレットで会ったでしょ! ア・イ・ド・ル・の・!』
「ああ、商業動物か。キャラ変わりすぎじゃねーか? 泣きながら逃げていったのは演技だったのか?」
『また言った! また商業動物って言った!?』

 ふわふわと靄のかかった記憶を掘り起こし、アカリの人物像を復元する。
 もうちょっと大人しいイメージだったはずだが、直接と電話だとこんな違う物なのか。
 正体は割れたが、結果面倒になったことは言うまでもない。
 スリッパで潰したゴキブリを確認する行動と似ているかもしれない。見たくないが、結果が気になる。
 そして、見てから結果的に後悔する、と言う部分が。

『こっちが地なのよ! それに電話かけてもかけても切られ続けたらムカつくでしょ!』
「化けの皮が剥がれたな、商業動物」
『ムキー!』

 相手のペースには一切付き合わず、終始淡々と煽る透哉。本音は「早く電話切ってくれないかなぁ」である。
 ところがアカリは大層ご立腹な様子で、もはや人の言葉を話さなくなっている。

「アイドルがムキーとか言うなよ。イメージダウンは命取りだぜ?」
『ご心配なく。あんた以外にはちゃんとアイドルとして接している自信があるわ』
「そうかよ、クソアバズレ。それで、要件はなんだ」

 透哉としてはやはり興味は無いし、さっさと通話を相手の満足のいく形で終わらせて、金輪際連絡が来なくなるようにしたい。
 忍耐勝負だった。

「百回以上電話を鳴らせて大した用事じゃなかったらただじゃおかねぇからな」
『(あ、ごめんなさい。ちょっと電話してて)』
「……ん?」

 やや強めの言葉で威嚇した透哉だったが、何故かアカリの声が急に小さくなった。
 どうやら受話器を塞いで近くにいる人と話をしていたらしい。
 苦情と一緒に釘を刺すつもりで放った言葉は届いていないかもしれない。

『あ、もしもし?』
「つか、あんた今どこにいるんだ?」
『今は新曲の音合わせのためにスタジオに来ているの。それで今は控え室で休憩中よ』

 怒りも叫びもしないところを見るに暴言は聞こえていなかったようだ。悪口も告白も相手が聞いていなければ何の意味もない。

「なんだ、アイドルみてーなこと言うな」
『だからっ! アイドル・な・の・よ・!』
「それだけ叫び散らしたら休憩にならないだろ。喉は大切にしろよ?」
『お・ま・え・が言うなぁー! こっちはねぇ、忙しいの!』

 何でそんなスケジュールの合間にわざわざ電話してきたのかと疑問に思う。

「そうか。忙しいならまた今度な。あ、暇になってもかけてくるなよ」
『なんであんたが主導権握ってるわけ!?』
「何でそんな忙しいときにかけてくんだよ」
『あ・ん・た・が! 何回電話しても全然出ないからでしょ! まさか、こんなタイミングで出るなんて思わないじゃない!』
「んなこと、知らんし。俺に責任転嫁するな」
『ムキー!』

 アイドルメッキ剥がれまくりのアカリの奇声を聞き流す。
 話を要約すると、ダメ元で乱射した発信の一回をたまたま今日取ってしまったらしい。

『さっきから何を騒いでいるの? そろそろ時間よ?』

 ドアの開閉音と共に聞き慣れた声が透哉の耳に入る。十二学区にいる流耶、宇宮湊だ。
 異常な声量で話をするアカリが気になって様子を見に来たというところか。
 控え室で声が漏れるほど叫ぶアイドルって大丈夫なのだろうか。

『分かった! すぐ準備する!』

 さっきとは違って受話器に覆いをしなかったのか、向こうの声がよく聞こえる。
 どうやらアカリ側に残された猶予がもうないらしい。透哉としては通話から解放されるので万々歳である。

『休憩時間終わったから切るわね』
「結局、着信履歴を百件以上残してまで伝えたかった要件は何だったんだ?」

 透哉は率直な疑問をぶつける。応対してからと言うもの、奇声交じりの文句しか言われていない。

『あー、また、かけ直すわ! 今度はちゃんとすぐに出なさいよ!?』
「分かった」
『あんた絶対に出る気ないでしょ!?』
「何故分かった」
『今までの会話の流れでそんな素直に聞き入れるはずないでしょ!』
「じゃあ、気が向いたら出てやる」
『間違っても着信拒否なんかにしないでよ?』
「お前、俺の心が読めるのか?」
『ムキー! あんた本当にそ』

 アカリは奇声を発した後に続けて何か言っていたが、透哉は構わず通話ボタンをタップして切断した。
 後日また電話がかかってくるのか、いやだなぁ。とクレーム対応直後の会社員みたいな顔でスマホをポケットに収める。
 そして、なんとなく横に視線をやるとこちらを見上げたまま立っている野々乃と目が合った。アカリとの会話に意識を取られている内に立ち止まっていたようだ。

「あ、わりぃ、なんだっけ? 話の途中だったよな?」
「――いえ、大したことではありませんのでお気になさらずに。それより……」

 電話がかかって来る前に野々乃が何かを言いかけていた気がしたが、本人が言う以上詮索はしない。
 同時に大人しく通話の終了を待っていた野々乃に気味の悪さを感じる。今の野々乃からは普段の鬱陶しいほどの熱意が感じられない。
 聞きたいことがあるが聞きづらく、言葉を選ぶのに時間を要している風に見えた。

「お兄様、電話の相手は女性ですの?」
「ああ、そうだ……けど?」

 あれだけ大きな声だ。多少は漏れていたのだろう。透哉は取り繕うことなく答え、野々乃の顔を伺う。
 野々乃としても盗み聞きしていたつもりはないが、相手の声が大きすぎて会話はほとんど筒抜けだった。
 最初は自分以外の女性と楽しそうに会話する透哉の姿を恨めしく見ていた野々乃だったが、ある時を境に陰りが生まれていたことに透哉は気づいていない。

「十二学区にお知り合いがおられますの?」
「知り合いって言っても一回会っただけだぞ?」

 透哉としては十二学区関連の話は伏せておくか迷ったが、自分が無知だっただけで普通の生徒は知っているらしい。
 だから変に誤魔化さずにフラットな情報として包み隠さずに告げた。

「え、じゃあ十二学区に足を?」
「まぁな。この前、源と行った」
「……それは初耳ですわ」

 流石に流耶の指示で十二学区を訪ねたと言う部分は伏せたが、概ね野々乃の要望通りに返事をしたつもりだった。
 けれど話を聞いた野々乃は熱量がないどころか、電池を引っこ抜いたおもちゃみたいに消沈していた。

「野々乃、お前顔色悪くないか?」
「いえ、何でもありませんわ。今日はここで失礼しますわ!」
「お、おい!」

 透哉の心配を振り払うように足早に去って行った。
 まだ二年五組の教室までは距離があった。
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