終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第10話 七夕祭実行委員会(3)

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3.
(気のせいか? 一瞬視線を感じたんだが……)

 気付くと手のひらにじっとりと嫌な汗をかいていた。
 奇妙な寒気を覚えたのは貫雪砕地の影響で間違いないが、何かをした素振りはなかった。
 流れで廊下を並んで歩き始めた透哉と野々乃だが、帰るべき教室は当然違う。透哉の足は二年五組に向かっていて、野々乃がそれに付いてきている形である。

「そんなに貫雪先輩のことが気になりますの?」
「まぁな。近いうちに(松風の七夕祭の参加を巡って)挑まないといけねーからな」
「余りおすすめはしませんわ」
「何でだよ。と言うかさっきから妙に詳しいな。知り合いなのか?」

 新たな質問を投げかける透哉の傍ら、野々乃は少し面白くなさそうな顔でこちらを見上げている。
 野々乃的には意中の人の興味が自分から逸れているのが面白くないのである。好意は無理にせよ、積極的に変態的アプローチをしているのだから、意識や視線くらいは奪いたいのである。
 とは言え、尋ねられたことには可能な限り答えたい。動機はさておき、意識を向けることには成功しているのだから。
 胸中は複雑ではあるが。

「直接的な知り合いではないですわ。ただ、毎年兄貴と同じクラスにされるので」
「そりゃ、三年間ご苦労なことで」

 あの豪々吾と三年間同じクラス。寮では同室の透哉が言うのもおかしいが、学園にいる間ずっとというのは想像しただけで頭痛がしそうだ。
 しかし、透哉の労いを野々乃はあっさりと一蹴する。

「違いますわ。貫雪先輩は二年の時の転校生ですわ」
「あ? 転校生?」
「ええ、細かい事情は知りませんが、そのように伺っていますわ」

 怪訝な顔をする透哉に野々乃は自信なさげに言う。豪々吾から直接と言うより他から又聞きしたみたいな言い方だった。
 詳細が気になったが、結局のところ学園特有の都合のいい采配ではないかと邪推する。
 例えば透哉と松風のような。
 あるいはあの豪々吾と対照的な能力を同じ教室に詰め込むことで、抑止力として起用する思惑があったのかもしれない。
 二年に上がり立ての頃と言えば、豪々吾が透哉と出会う前の学園内で暴れ回っていた時期と重なる。
 だとすると、豪々吾と釣り合う力量をあの雪だるまが秘めている裏付けにもなり、野々乃が止めようとする理由も理解できる。
 クソ真面目に考察する透哉に、野々乃はあっさり答えを投下する。

「いえ、室内の温度調整ですわ」
「そうか、なるほ――は?」

 年中熱気を放出する生徒と、年中冷気を放出する生徒。そのいずれがいても教室内の環境は激変する。
 ならば同居させて互いに打ち消し合う中和関係にしてやろうと言うわけだ。
 少し考えれば分かることだったが、余りに短絡的な理由に透哉の声は裏返っていた。

「双方の能力を干渉させて室温を快適に保つため、らしいですわ」
「生徒を空調設備扱いかよ」
「んー、どちらかというと共生ですわね。だからどっちかが学園を休むと教室内の環境が大きく傾くって、兄貴のクラスの方が漏らしているのを耳にしたことがありますわ」
「その内熱気と冷気が激突して教室内に前線でも出来そうだな」

 野々乃の説明の甲斐あって疑問は解消したが、どうやら無駄な勘ぐりに頭を使ってしまったらしい。
 透哉は少しぐったりした様子でため息を吐いた。
 それを貫雪砕地の話が終わり、話題の変わり目と感じ取った野々乃は怯んだ獲物に襲いかかるように、間合いを詰める。
 しっかり耳を傾けつつも、狡猾に二人きりの時間を作る隙を狙っていたのだ。

「ささ、お兄様、寮までご一緒に!」
「わりぃ、俺は教室に戻って少し資料整理してから帰る」
「……そうなんですの?」

 暴言でも冗談でもなく至って普通の理由で断られ、野々乃は抱きつこうと伸ばしていた手をおずおずと引っ込める。
 正直なところ教室に同行したいと思った。けれど、自分の欲求を満たすために真剣に取り組む透哉の邪魔はしたくなかった。
 変態ストーカーにだって我慢は出来る。

「では、教室までご一緒しますわ!」
「ん? まぁ、それぐらいなら好きにしろ」

 てっきりまとわりついてくると思っていたが、予想に反して野々乃は素直に応じ、並んで歩くだけに止まった。さっきから野々乃に調子を崩されてばかりいる透哉だが、原因が自分にあることには気づいていない。
 つけ回すという行為は過剰な好意であり、拒まれれば拒まれるほど苛烈さを増す反面、逃げられないという安心を与えることで思慕という安堵に変わる。
 一方の野々乃は意中の異性と共に歩く、誰もが思い描く幸せを噛み締めていた。
 それでも距離を詰められるものなら可能な限り詰めておきたい。
 兼ねてから聞きたいと思っていたことを聞いてみることにした。

「ところで、オニイサマ・・・・・はあたしと初めて出会ったときのことを覚えていますか?」
「出会ったときのこと? 学園に行く途中にたまたま角で出くわした奴か?」
「そうですわ! お兄様にあたしが、角――」
「あ、わりぃ電話だ」

 何かを言いかけた野々乃を遮って透哉はポケットに手を入れ、着信と表示されたスマホを取り出す。隣で言葉を遮られた野々乃が頬を膨らませているが、今は放っておくことにする。

(またこの番号かよ。毎日毎日飽きないな……ん?)

 ここ数日で見慣れた、知らない番号からの着信。
 昼夜問わずにひっきりなしにかかってくる電話は、ここ数日の悩みの種だった。相手が気にはなるが、見当が付いているので容赦なく遮断した。
 ところが大人しくなったスマホの待ち受けを眺めながら、あれ? と思い至る。
 件の番号からの着信回数はこの数日で三桁を超え、昨日の日曜日だけで五十回を超えている。
 異常性と執拗性から勝手に野々乃が犯人だと思い込んでいた透哉だったが、現在の野々乃は隣を歩いていてスマホに触れてすらない。

「……お前って分身とか出来るのか?」
「出来るわけありませんわ。お兄様もしかして相当お疲れなのでは?」」

 突拍子もないことを言った自覚はあるが、心配されるほどとは思わなかった。
 しかし、野々乃の線が消えると全く心当たりがない。
 犯人を野々乃と断定していたからこそ、着信三桁などという異常を軽く見ていたのだ。

「……もっかい聞くけど分身できねーんだよな?」
「仮に出来たとしたら左右からお兄様サンドイッチですわ!」

 冗談の返しにリターンエースを決められ、透哉の疲れが一気に増す。
 改めて電話の相手は誰だろうと考えたが、全く心当たりがない。
 そんな中、透哉の手の中で再び振動を始めたスマホ。再三になるが、野々乃はスマホに触っていないし、分身も分裂もしていない。

「それより、電話に出なくてよろしいのですか?」
「………」

 普段なら知らない番号からの着信は気味が悪いので受けない透哉。
 しかし、今日に限っては相手の正体が分からないモヤモヤの方が上回った。
 悪戯にしては度が過ぎるし、ここまでされたら仕返しの一つでもして思い知って貰うしかない。

『――やっと繋がった! なんで全然出ないのよ!』

 透哉がもしもしと言う間もなく、受話器から飛び出したのは女の声だった。

(今の声、女性ですの!?)

 野々乃の首が恐ろしい早さでギュンと回り、視線が透哉の耳元に向けられる。
 二人の時間を邪魔されただけでも腹立たしいというのに、電話の相手は女ときたもんだ。
 野々乃としてはちょっと気になる程度の話ではない。草の根を分けてでも正体を突き止める、そんな意気込みが感じられる。

(一体どこの誰があたしとお兄様のゴールデンタイムを邪魔しやがりましたの!?)

 野々乃は脳内の『透哉の近くをうろつく女性』ライブラリの中から電話の相手に該当する対象を高速で照会する。
 真っ先に可能性を疑ったのはホタルだったが、口調の違いから容疑者から外れた。
 もともと多いとは言えない透哉の交友関係。
 しかも透哉にあんな噛みつくような話し方をする、否、出来る人物に心当たりはなかった。
 余程親しくなければあんな口聞けない。
 すなわち、これは。

(これは――乙女の危機ですわっ!?)

 ストーカーとしては何が何でも正体を掴み、早急に対応策を考える必要がある。
 ここまでの思考、透哉が電話に出て僅か二秒である。

(さぁ、さぁ、さぁ! 電話の相手はどこの、どいつですの!?)

 スマホの裏側に耳を押しつける勢いで通話中の透哉に迫る。
 しかし、透哉は受話器を耳から離し、一言も喋ることなく通話を切断。
 透哉の予想外の行動に野々乃の目が点になる。
 受話器の向こうの女性に勝手に闘志を燃やし、正体を探ろうと息巻いていた自分がバカみたいである。
 余りにあっさりとした幕切れにただの間違い電話だったのだろうと思いながらも、変な後味の悪さが残る。
 理由は透哉が切断した後のスマホの画面を眺め続けているからだ。
 透哉の横顔を伺うに、知らない人物からの予想外の電話と言うには複雑な表情を見せている。
 多少不可解ではあるが、ひとまず去った危機に野々乃はそっと胸をなで下ろした。
 しかし、それも束の間。
 またスマホが震えだした。
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