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第二章
第10話 七夕祭実行委員会(1)
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1.
翌週、月曜日。
透哉は大いに頭を悩ませていた。
本当にとんでもない事態になった。
休日返上で聞かされた十二学区にまつわる衝撃の数々。
十二学区の存在を知ってから間もない透哉は驚くばかりで、手に入れた情報をうまく処理できなかった。
時間をかけて考え、正しく理解し始めた時には、焦燥と戦慄となって透哉の頭を揺さぶり続けている。
原因は十二学区を自分とは切り離された事情として見ていたから。
ところが旧夜ノ島学園と十二学区の因果性を知り、自身も当事者として繋がっていた事実を突きつけられた。
何より驚いたのは『幻影戦争』の発生が十二学区の存在に起因した必要過程だった点。
直接的に言うと十二学区のせいで旧夜ノ島学園は廃校になった。
見えない部分に存在した呪いとも言える因果に、憤りさえ矛先を見失うほどだった。
そして、流耶の口にした十二学区の殲滅と言う規模さえ不明な計画。
『幻影戦争』を前座として、十年前から胎動を始めた巨大な計略は今も脈々と進行しているらしい。
そして、現在。
透哉はそれらとは全く違う理由で困った事態になっていた。
時間は放課後。
場所は学園内のとある一室、七夕祭実行委員会の記念すべき一回目である。
(やばい、どうしよう……)
心の中で弱音を吐露しながら壁の時計に目を転じると、会議が始まってから既に一時間ほど経過している。
本日の議題は委員同士の顔合わせと、委員内の役割の取り決めを始めとした七夕祭の概要の説明である。
安易に実行委員に立候補したことを今になって呪うのではなく、予想以上の仕事量に当初の目的を果たすことへの不安が生まれ始めている。
黒板に書かれた実行委員長(七夕祭開催における事実上の生徒の代表)と役職を与えられた生徒の名前を手元の書類に書き写しながら、至らない己の力への苛立ちから自然と筆圧は強くなっていく。
ポキンと折れたシャープペンの芯の感触にハッと我に返る。
(――俺に出来ることをやる。時間が足りないなら作ってでも!)
松風との約束を果たすためにより権力を行使できるポストを欲し、副委員長への立候補を無謀にも試みたがあっさりと棄却された。これは他に優れた人材がいたことと挙手によって行われた多数決が敗因だ。
まぁ、日頃の行いが原因でもある。
結果に不満は残るが身から出た錆なので特にごねることもなく素直に引き下がり、前向きに別の手を考える。
そして、委員として透哉に最初に与えられた課題はクラスごとの催しの決定。それに乗じた予算や会場の取り決めを行わなければならない。
もしも、酷似した品目が複数のクラスから出た場合は、クラスごとに協議した後、次の会議までに意見をまとめる必要がある。
催しの決定後は開催日から日程を逆算して準備に入る必要がある。クラスメイトを先導し、実現可能なプランを立案して、実行に移すまでの指揮をする。
当然、情報統括も重要で、作業状況の把握、必要物資の確保など上げればきりがない。
いつものように睨んで黙らせると言う手法は言語道断。
これらの仕事を全て一人でまとめなければならない。
本来なら各クラス二名ずつの選出だが、パートナーは流耶。
裏で糸を引くことは出来ても、表だった手助けは期待できない。
しかも、問題なのは透哉の焦りはこの段階にさえ到達していない。
黒板を見て情報を書き写し、話を耳から頭へ入れながら、松風の参加を叶える方法を考える。
既に手一杯なのである。
一人の方が動き易いとは思ったが、今になって人手が欲しくなってきた。
客観的に見ても慌ただしく働く透哉を珍しいと思う者はいても、もう一人の委員の不在を言及できる者はいない。
厳密に言えば流耶も隣に座っているのだが、その存在を指摘できる人財はこの部屋の中にいない。
学園本体でもある流耶は例によって認識不可能な状態にある。
よって会議の中で起きた連絡事項を全て透哉が一人で記述するか、記憶して持ち帰る責任がある。
立候補し、クラスの意見を押し切ってまで得た権利である。中途半端に働くことは許されない。
まして、出来ませんでしたでは話にならない。
メモを取る修羅と化した透哉は何一つ暴力的な素振りを見せずに周囲を圧倒しながらも、無心にシャープペンを走らせ続けた。
連絡事項を全て書き写し、独自の観点で得た注意点をプリントの欄外に追加で書き記し、シャープペンを紙面から離して透哉はようやく一息吐く。
会議自体はそろそろお開きムードで、あとは実行委員長と教員からの諸注意を残すのみとなっていた。
壇上で話す実行委員長に耳を向けつつ、予想外の(透哉の主観)ゴタゴタ故に今の今まで意識する暇もなかった、その委員長のおかしな出で立ちに眉を顰める。
限りなく球体に近い頭部には頭髪が一切生えていない。禿げているとか、綺麗に剃ってあるとか、そんな話ではない。
(頭が……雪だるま)
間違いなく問われた百人が全員同じ感想を述べるだろう。
直径にしておよそ三十センチ。新雪を押し固めて丸めたような真っ白い氷の玉が本来頭部のある部分に乗っていて、材質不明な黒いパーツで目鼻口がちゃんと作られている。僅かに見える首は至って普通の人肌の色をしているが、氷の玉と接している部分は白く氷結している。
雪だるまの着ぐるみを被って、一足先にお祭り気分を楽しんでいると言われた方が納得いく、それぐらいふざけた姿をしている。
おまけに左手の肘から指先までがゴツゴツした黒い義手である。こちらも頭部と同様で表面には霜が降りて冷気を吹いている。
食堂のピンクのアフロとは違う種類の変人が七夕祭実行委員会の中核を担い、会議の進行を務めている。
いっそ、完全なロボットが立っている方が自然に思える。
そんな透哉をよそに壇上の雪だるまは冷凍庫を開閉したときのように冷気の尾を引きながら、テキパキと説明をしていく。
「えー、諸注意は以上になります。本日の七夕祭実行委員会はこれで終わりにします。お疲れ様でした」
淡々とした説明の後、雪だるまはその場を締めた。はっきりと声は聞こえるのに口元は一ミリも動かない。所詮は顔を模したパーツ、動くはずがない、と思った矢先。
眉がピコピコと動いて表情を作る。
喋る犬に、ピンクのアフロときて、今度は雪だるま人間。
今までも夜ノ島学園はこう言う場所、と割り切ってきたつもりだったが、ここまでくるともうなんか真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
何はともあれ、会議は終了した。
翌週、月曜日。
透哉は大いに頭を悩ませていた。
本当にとんでもない事態になった。
休日返上で聞かされた十二学区にまつわる衝撃の数々。
十二学区の存在を知ってから間もない透哉は驚くばかりで、手に入れた情報をうまく処理できなかった。
時間をかけて考え、正しく理解し始めた時には、焦燥と戦慄となって透哉の頭を揺さぶり続けている。
原因は十二学区を自分とは切り離された事情として見ていたから。
ところが旧夜ノ島学園と十二学区の因果性を知り、自身も当事者として繋がっていた事実を突きつけられた。
何より驚いたのは『幻影戦争』の発生が十二学区の存在に起因した必要過程だった点。
直接的に言うと十二学区のせいで旧夜ノ島学園は廃校になった。
見えない部分に存在した呪いとも言える因果に、憤りさえ矛先を見失うほどだった。
そして、流耶の口にした十二学区の殲滅と言う規模さえ不明な計画。
『幻影戦争』を前座として、十年前から胎動を始めた巨大な計略は今も脈々と進行しているらしい。
そして、現在。
透哉はそれらとは全く違う理由で困った事態になっていた。
時間は放課後。
場所は学園内のとある一室、七夕祭実行委員会の記念すべき一回目である。
(やばい、どうしよう……)
心の中で弱音を吐露しながら壁の時計に目を転じると、会議が始まってから既に一時間ほど経過している。
本日の議題は委員同士の顔合わせと、委員内の役割の取り決めを始めとした七夕祭の概要の説明である。
安易に実行委員に立候補したことを今になって呪うのではなく、予想以上の仕事量に当初の目的を果たすことへの不安が生まれ始めている。
黒板に書かれた実行委員長(七夕祭開催における事実上の生徒の代表)と役職を与えられた生徒の名前を手元の書類に書き写しながら、至らない己の力への苛立ちから自然と筆圧は強くなっていく。
ポキンと折れたシャープペンの芯の感触にハッと我に返る。
(――俺に出来ることをやる。時間が足りないなら作ってでも!)
松風との約束を果たすためにより権力を行使できるポストを欲し、副委員長への立候補を無謀にも試みたがあっさりと棄却された。これは他に優れた人材がいたことと挙手によって行われた多数決が敗因だ。
まぁ、日頃の行いが原因でもある。
結果に不満は残るが身から出た錆なので特にごねることもなく素直に引き下がり、前向きに別の手を考える。
そして、委員として透哉に最初に与えられた課題はクラスごとの催しの決定。それに乗じた予算や会場の取り決めを行わなければならない。
もしも、酷似した品目が複数のクラスから出た場合は、クラスごとに協議した後、次の会議までに意見をまとめる必要がある。
催しの決定後は開催日から日程を逆算して準備に入る必要がある。クラスメイトを先導し、実現可能なプランを立案して、実行に移すまでの指揮をする。
当然、情報統括も重要で、作業状況の把握、必要物資の確保など上げればきりがない。
いつものように睨んで黙らせると言う手法は言語道断。
これらの仕事を全て一人でまとめなければならない。
本来なら各クラス二名ずつの選出だが、パートナーは流耶。
裏で糸を引くことは出来ても、表だった手助けは期待できない。
しかも、問題なのは透哉の焦りはこの段階にさえ到達していない。
黒板を見て情報を書き写し、話を耳から頭へ入れながら、松風の参加を叶える方法を考える。
既に手一杯なのである。
一人の方が動き易いとは思ったが、今になって人手が欲しくなってきた。
客観的に見ても慌ただしく働く透哉を珍しいと思う者はいても、もう一人の委員の不在を言及できる者はいない。
厳密に言えば流耶も隣に座っているのだが、その存在を指摘できる人財はこの部屋の中にいない。
学園本体でもある流耶は例によって認識不可能な状態にある。
よって会議の中で起きた連絡事項を全て透哉が一人で記述するか、記憶して持ち帰る責任がある。
立候補し、クラスの意見を押し切ってまで得た権利である。中途半端に働くことは許されない。
まして、出来ませんでしたでは話にならない。
メモを取る修羅と化した透哉は何一つ暴力的な素振りを見せずに周囲を圧倒しながらも、無心にシャープペンを走らせ続けた。
連絡事項を全て書き写し、独自の観点で得た注意点をプリントの欄外に追加で書き記し、シャープペンを紙面から離して透哉はようやく一息吐く。
会議自体はそろそろお開きムードで、あとは実行委員長と教員からの諸注意を残すのみとなっていた。
壇上で話す実行委員長に耳を向けつつ、予想外の(透哉の主観)ゴタゴタ故に今の今まで意識する暇もなかった、その委員長のおかしな出で立ちに眉を顰める。
限りなく球体に近い頭部には頭髪が一切生えていない。禿げているとか、綺麗に剃ってあるとか、そんな話ではない。
(頭が……雪だるま)
間違いなく問われた百人が全員同じ感想を述べるだろう。
直径にしておよそ三十センチ。新雪を押し固めて丸めたような真っ白い氷の玉が本来頭部のある部分に乗っていて、材質不明な黒いパーツで目鼻口がちゃんと作られている。僅かに見える首は至って普通の人肌の色をしているが、氷の玉と接している部分は白く氷結している。
雪だるまの着ぐるみを被って、一足先にお祭り気分を楽しんでいると言われた方が納得いく、それぐらいふざけた姿をしている。
おまけに左手の肘から指先までがゴツゴツした黒い義手である。こちらも頭部と同様で表面には霜が降りて冷気を吹いている。
食堂のピンクのアフロとは違う種類の変人が七夕祭実行委員会の中核を担い、会議の進行を務めている。
いっそ、完全なロボットが立っている方が自然に思える。
そんな透哉をよそに壇上の雪だるまは冷凍庫を開閉したときのように冷気の尾を引きながら、テキパキと説明をしていく。
「えー、諸注意は以上になります。本日の七夕祭実行委員会はこれで終わりにします。お疲れ様でした」
淡々とした説明の後、雪だるまはその場を締めた。はっきりと声は聞こえるのに口元は一ミリも動かない。所詮は顔を模したパーツ、動くはずがない、と思った矢先。
眉がピコピコと動いて表情を作る。
喋る犬に、ピンクのアフロときて、今度は雪だるま人間。
今までも夜ノ島学園はこう言う場所、と割り切ってきたつもりだったが、ここまでくるともうなんか真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
何はともあれ、会議は終了した。
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