終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第8話 微睡みの日々。(3)

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3.
 クッキーの件で大層落ち込んだホタルは、部屋の隅にしゃがみ込んでいじけ虫になっている。
 相手にしていたら話が一向に進まないので、透哉は無視して流耶に視線を向けると、脱線した話を元に戻した。

「んで、話を戻すけど宇宮湊ってのは、何なんだ?」

『何だ?』とは聞いても『誰だ?』とは聞かない。
 瓜二つの外見から、どう転んでも流耶の息がかかった存在であることは確実だから。
 しかし、流耶の返答は思わぬ形で帰ってきた。

「宇宮湊は言わば布石よ。これから始める計画のね」
「計画?」
「これに関しては順を追って話をするわ」

 説明が曖昧でうまく飲み込めない透哉だったが、どうやらその計画とやらの頭数に入れられているらしい。
 少し前に過去の戦争と自身の目に宿す『原石』の因果性を知らされたものの、その後は特に聞かされた覚えがない。流耶の言う計画とやらがそれらに関わっているかは定かではないが、ろくでもないことを命じられるのはまず間違いないだろう。
 物騒な計画ではないことを祈るばかりである。
 そして、布石と呼ばれた点から、宇宮湊は流耶が都合良く誂えた別の自分か何かだろう。
 現状、宇宮湊一人の詳細を追求するよりも他に知りたいことがたくさんあった。
 透哉は「もったいぶりやがって」とふて腐れたように吐き捨て「十二学区のことも説明なしか?」と続ける。
 すると流耶はまさか、と愉快そうにほくそ笑む。

『今はただここで見られる範囲のことを覚えておいて。十二学区の存在を知り、僅かでも理解して帰ることに意味があるの』

 十二学区で宇宮湊にそう言われ、一応トラウマとセットでパレット内の景色と僅かな知識は持ち帰ったつもりだが、十二学区へ向かわせた意図がつかめないままだ。
 流耶は自然とムッとした表情になっていた透哉を分かった上で焦らせて、多少の回りくどさを込めて言い放つ。

「あなたたちは十二学区の存在と意味を正しく知る必要があるの。これから先の身の振り方も含めて。だから、話をする前に足を運ばせた」

 予習と呼ぶにはいろいろと衝撃過多だったのでは? と思う透哉。隅で膝を抱えているホタルも一応耳を傾けているのか、時折振り返ってこちらの様子を窺っている。
 流耶はミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと一口含み、一拍置く。
 透哉とホタルはその様子を、別の国の情勢をテレビで見聞きするような気楽さで眺めていた。

「――なにせ『幻影戦争』ファントムは十二学区の存在が原因で起きたことなのだから」

 その言葉は軽い気持ちで耳を貸していた二人の心を激しく揺さぶる。
『幻影戦争』
 今から十年前、学園をまるごと一つ飲み込み廃校に追いやった、一人の『悪夢ナイトメア』が引き起こした事件。
 生存者にして被害者であり加害者である二人。
 ホタルの人生を狂わせメサイアに入るきっかけとなり、透哉に学園再興の野心を抱かせた事件。
 あの日、世間的に死んだ者にとっては宿業と呼べる事件。

「十二学区を知ることはあなたの野望のルーツにもなるのよ」
「――っ!」

 透哉とホタルは咄嗟に声を出せなかった。怒りや困惑で心を乱されたからではない。
 十年前の出来事が脳内で意図せず繰り返されたから。
 あの日の光景が、音声が、感触が、臭気が蘇り邪魔をして、憤りさえも押さえ込んでしまったからだ。

「そもそも、何故旧夜ノ島学園を廃校にさせたのか」
「――再び戦争を企てるメサイアの戦力を削ぐためじゃないのか?」

 透哉は説明を始める流耶を遮り、今の知識を答え合わせのように提示する。
 この後覆されて壊れる前に、真実と比べるために。元の姿を心に焼き付けておく必要があったのだ。
 旧夜ノ島学園は、そこにいた生徒たちは、戦力として悪用される前に摘まれ、犠牲になった。大きな戦火を生み出す前に、種火の段階で吹き消されたのだ。
 普通では許されない集団殺傷も世界規模の戦いの抑止として機能するならと、真実を明かされた後も必要悪だったと耐えてきた。
 それが十年前の全てで残酷な現実だと受け止めて、この先も歩んでいく覚悟を決めていた。
 なのに、まだ、真実に辿り着いていなかった。
 その事実が透哉を絶望させた。 
 ポーカーで言うならオールイン状態。
 透哉側にこれ以上出せる知識のチップはない。

「もちろん。それも正解。でもね、透哉? 旧夜ノ島学園を潰すことは十二学区の攻略を目的とした前段階に過ぎないって言ったらどうする?」
「まえ、段……階っ?」

 震える声が出した精一杯の言葉だった。
 この段階でもう透哉側の知識は潰えた。もう何を聞かされても理解も思考も追いつかない。
 言葉を失う透哉を蠱惑的な瞳の流耶が眺めていた。毒を一滴ずつ与え、苦しむ様を楽しむような顔つきで。

「旧夜ノ島学園は十二学区を下支えする要衝だったのよ。だから、標的にされた。結果は言うまでもなく、大成功。計画通り使い物にならなくなったわ」

 臆面もなく告げる流耶。
 しかし、言い様に誤りはない。
 ただ、事実と結果だけを何の配慮もなく、好評しただけ。
 手紙から挨拶も敬意も取り払うように、葬儀もせずに焼いて埋めるように。

「――今、なんと言ったのだ?」
「あら、気に障ったかしら?」

 ホタルは弾かれたように立ち上がると奥歯を噛み締め、蟠る紫電を滾らせ耐えている。
 ホタルに触発された透哉も握られた拳を振るわせながら、鋭い目つきで流耶を睨みつける。
 自身の記憶に苦しめられ、流耶の言葉に絶望してていた透哉がようやく憤るに至る。
 いくら説明され、言葉を換えられてもあの日の惨劇を正当化する言い回しは我慢ならなかった。
 ふつふつと沸き立つ怒りの矛先が、衝動でぶれそうになることを押さえる。
 表情とは裏腹に二人の頭の中は冷静だった。
 今は過去に囚われて争っている場合ではない。
 十年前の話は一度収拾をつけ、割り切った話だ。
 旧夜ノ島学園は、抗えない大きなうねりと流れに飲み込まれた小舟に過ぎない。その小舟に自分たちが乗っていた、それだけ。
 今の透哉は学園の仲間たちを流耶に人質に取られ、従順を強いられているとは言え、共同関係にある。
 無意味に悪意を振りまき、不和を招くことは流耶にとっても得策ではない。
 だから、間違いなく裏側に納得がいく理由がある。
 蒸し返されたことで自分たちが支配下にある事実を思い知らされる。縛り上げられて刑に服すようにじっと耐えるしかなかった。
 そこで透哉はハッと気づく。

「旧夜ノ島学園が廃校になって要衝として機能しなくなったのは分かるが、また学園ができちまった今となっては失敗だったんじゃないのか?」
「そうかっ! 廃校が目的だったはずなのに――」

 ホタルも口にして青ざめた。
 事件から年月を費やしたとは言え、今は代わりとなる夜ノ島学園が建ってしまった。
 進行していた策が、学園の建て直しで振り出しに戻ったことにはならないだろうか?
 それは甚大な被害をもたらした『幻影戦争』が失敗として、徒労として処理されることを意味する。自分たちが無意味に殺し合いをさせられたことにも繋がる。
 そして、再び学園が狙われる可能性も否定できなくなる。

「確かに今の夜ノ島学園が昔と同じ働きをするなら失敗だったわね」
「――昔と同じ働き? 今とは違ったのか?」
「エンチャンター専科の学園って言う表面上の意味なら同じよ」

 つまり、表面には出せない部分の違いが存在すると言うこと。流耶の一言に透哉は首を傾げ、奇妙な兆候を感じ取る。
 現在の夜ノ島学園の裏側ならほぼ知り尽くしている透哉だが、旧夜ノ島学園となれば、話しは全くの別物どころか『ない』
 当時まだ幼かったホタルにも思い当たることはないらしく、首を横に振っている。
 これでは片方の絵を隠した状態で間違い探しをするようなものだ。考察さえできない。
 そして、決して喜べないが旧学園は無駄に廃校に追いやられたわけではない。
 それは唯一の救いだった。
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