終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第8話 微睡みの日々。(1)『絵』

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1.
 同日。
 時刻は朝と昼の間ほど。
 寮での朝食を終え、寮生たちが休日モードに移行して続々と活動を始める。
 一口に休日と言っても過ごし方は様々である。
 寮の仲間同士でレクリエーション的な遊びを行ったり、朝松市の商店街に繰り出したり、学園の施設を借りて運動に精を出したり、その種類は多岐に渡る。
 平日の勉学で疲労した頭と部活動等で疲弊した身体の休息などと、年寄り染みた消費の仕方をするのは少数であろう。
 しかし、それら休日は一般の学生向けに用意された休日であり、透哉たち学園暗部に関わる存在にとっては与えられているが自由に使うことができない時間である。
 現に休日に招集されたことを思い返すと数え切れない。
 むしろ、授業などの妨害がない分、自由に活動できるとは草川流耶の談。
 そして、今日も透哉とホタルの姿が夜ノ島学園の学長室の中にあった。
 学長用の重厚な木の机と応接用のテーブルとソファを、分厚い本が詰め込まれた本棚が取り囲んでいる窮屈な部屋。
 一応、窓もあるが厚めのカーテンに閉ざされていて、外からの光は一切差し込まない。
 入室と同時、応接用ソファに勝手に座り込んだ透哉とホタル。
 もはや、第二の教室と言って遜色ないほど堂々としている二人。快適とはほど遠くも緊張しない程度にはくつろいでいる。
 ポケットに手を突っ込んだまま足を組んでいるのが御波透哉。
 その反対側で足を揃えて腕を組んでいるのが源ホタル。



 いつもなら『白檻』で流耶に強制的に転移させられるのだが、今日は違った。
二人は自らの意志で学長室に訪れていた。
 学長用の大きな椅子に座してくつろいでいた流耶は、ノックもアポもなしに突然尋ねてきた二人の様子を伺っている。
 要件は何だろうか。
 差し詰め、昨日の十二学区での出来事についてだろうと予想する。
 しかし、その件に関しては明日の月曜日にこちらから問うつもりだった。
 曲がりなりにも二人は学生として夜ノ島学園に所属している身である。そこから逸脱した行動は極力避けて(実際はほとんど守られていないが)活動をさせるつもりなのだ。
 今日に限っては流耶なりに配慮したつもりだった。
 しばらく二人のことは放置して机周りを片付けながら考えた流耶だが、結論は出なかった。
 無意味な思考時間ができたのも、二人が座り込んだまま一向に口を開こうとしないからだ。

「――呼んだ覚えはないのだけれど?」

 わざとらしく束ねた書類を立ててトントンと揃えながら、口を閉ざしたままの二人へ一言。
 二人はその声でスイッチが入ったみたいにピクンと反応して動き出す。

「そうだな。呼ばれてないな。自力で来た!」
「私も呼ばれた記憶はない。自力で来た!」

 二人は同時に目をカッと見開いて叫ぶと立ち上がる。
 流耶の方にずんずんと大股で迫り、取り調べ中の刑事の如く重厚な机の天板を平手で強打する。
 当然その程度で流耶が怯むはずはなく、むしろ「なんなのよ」と迷惑そうな顔で二人を眺めている。
 机を叩いた残響が消え、再び静寂が戻ると二人はほぼ同時に口を開き、ほぼ同じ内容の抗議をする。

「おめぇのせいで全然眠れなかったんだよ!」
「お前のせいで全然眠れなかったのだ!」
「えっ!? ど、どういうことなのかしら?」

 説明を求める流耶に、二人は体を更に乗り出して唇が触れそうな距離までずいっと詰め寄る。その勢いは机に乗り上げてしまうほどであり、流石の流耶も二人の顔面が急接近したことで驚きを露わにする。
 いつもイニシアチブを奪われている透哉とホタルが、言葉と剣幕で流耶を圧倒する珍しい光景が生まれている。
 流耶は二人の剣幕と言うよりも、充血した赤い目に思わず体を反らせる。

「草川流耶! お前は、宇宮湊ってヤツはなんなのだ!?」
「アイドルって何だよ! そんなの俺が許しません!」

 いきなり不眠の責任を問われても身に覚えがない流耶だったが、宇宮湊の名を聞いて「なるほど」となんとなく察した。
 透哉とホタルは十二学区から戻った日の夜、ニコニコでキラキラな十二学区版草川流耶、別名『宇宮湊』の笑顔と声が頭と耳から離れず、一睡もできずに朝を迎えてしまったのである。
 恐れの対象として夜ノ島学園の裏側を牛耳る存在である草川流耶。
 それが何を血迷ったか、笑顔でアイドル活動をしていると言いやがったのだ。
 その出来事が異国と言っていい十二学区の環境下で起きたのである。瞬時に透哉とホタルの情報処理能力はキャパシティを遙かに超え、破裂寸前にまで追い詰められた。
 しかし、オープンテラスで狼男や金髪オレンジ、市街地ではエレメントと呼ばれるアイドルグループのメンバーたちの登場で、うまく意識を反らすことに成功し、十二学区にいる間はどうにか持ちこたえることができた。
 けれど透哉もホタルも寮に戻って冷静を取り戻した途端に、宇宮湊の姿と声ばかりが走馬灯のように蘇り、意識を持ったままうなされ続け、悶え苦しむうちに夜が明けていた。
 トラウマに破壊されかけた狂ったメンタルを調整するために、透哉とホタルが取った行動は奇しくも同じものだった。
 起床時刻とほぼ同時に電話を掛け合い、三度の通話中のアナウンスを経て、

『――もしもし! やっと繋がった!』
『もしもし! 御波か!?』
『源っ、いきなりで悪いが昨日はよく眠れたか!?』
『まさか、御波っ! お前もか!』
『よし、飯食ったら学園に行くぞ』
『ああ、草川流耶に罵倒して貰おう!』
『あの悪夢(笑顔)を破壊するために!』
『うんっ!』

 同じ苦痛を味わった者同士、受話器越しに握手を交わすみたいに力強く頷く。
 寮の玄関で落ち合い、周囲に不信感を抱かせないように注意を払いながら二人で休日の寮を後にした。
 道中、はやる気持ちを抑えつつも、ぶり返す熱のように二人を苛む湊の笑顔との戦いは、登校よりも行軍と呼ぶに相応しい。
 今日ほど学園までの道のりを遠く感じたことはなかった。
 やっとの思いで学長室にたどり着き、流耶の存在を確認したことで得た安堵は筆舌に尽くしがたい。
 あえて例えるなら、便意を限界まで我慢して個室にたどり着いたときの気持ちに似ているかもしれない。
 つまり、これで解放される。

「さぁ、流耶! 何か喋れ! いつものように不気味に笑うなり皮肉を言うなり罵るなり!」
「何故黙っている!? しかもそんな害のない不思議そうな目で!?」

 疲弊しきった二人の脳は流耶の口から汚い言葉を浴びせられることを望んだ。二人を狂わせた宇宮湊の笑顔が毒なら、その薬は草川流耶からの罵詈雑言。
 薬と毒が表裏一体ならば罵倒や暴力が特効薬となる世界もある。
 その結果、今に至り、二人は机の上に完全に乗り上げ流耶の前でバタバタと『特効薬』欲しさに暴れている。

「早くしないと、笑顔が、笑顔が襲ってくる!? ぐわぁああああっ!!」
「止めるのだ! ウィンクだけは! あぁー、目が、目がぁああああっ!!」

 もはや、禁断症状である。
 こうすれば流耶が呼吸するごとくいつものように暴言や辛辣な言葉を吐くと期待して。
 事情を理解しつつ、流耶は笑顔に毒された二人を哀れそうに眺めながら傍らに置かれていた紙袋から何かを取りだし、口に運びゆっくりと咀嚼する。

「何をのんびり食べているのだ!? こ・こ・は・っ! オープンテラスかっ!」

 ホタルのキレッキレの一人ツッコミにも動ぜず、流耶は軽蔑するように半眼で成り行きを見守る。
 でも、それは今の透哉とホタルが求める刺激であり、特効薬とまでは行かずとも症状を緩和する程度の効能はある。
 うずうず、むずむずと妙な快感が全身を駆け巡る感覚を二人同時味わっていた。

「どうしたのかしら? 二人とも今日は格別に気持ち悪いのだけれど」
「ぷひゃー!」
「んぴゃー!」

 徹夜明けのテンションと心労が祟った二人は謎の奇声を上げた後グシャっと潰れて、机からところてんのようにずり落ち、今更来た強烈な眠気に抗えず学長室の床で眠り始めた。
 なんだこいつらは。
 流石の流耶も今の二人の行動を読むことは不可能だった。
 主な原因を作り出したのが自分だとしても、この状況は想定していない。
 透哉とホタルが、揃って学長室の床ですやすやと寝息を立てる日が来るなんて誰が予想できただろうか。
 その無防備な姿に流耶はため息を一つ吐いた後、椅子の背に体重を預け、パチンと指を弾く。
 すると床に転がった二人を『白檻』がそれぞれ包み込み虚空に消え、応接用のソファの上で翻り優しく下ろした。
 移動させられたことにも気づかずに寝息を立てる二人の寝顔を見ながら呟く。

「私も丸く……いえ、甘くなったのかしら」

 学園を統べる少女の独白に答える者はいない。
 しかし、流耶はため息ながらに壁に掛けられた写真に目を転じ、語りかける。

「ねぇ、どう思う?」

 まるで墓前で亡き家族に語りかけるみたいに。
 そのときの流耶の表情を見る者は、誰一人存在しなかった。
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