終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第7話 ある朝の学生寮(1)

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1.
 七奈豪々吾の朝は早い。
 夜ノ島学園、学生寮の正面玄関。
 朝日に向かって仁王立ちする豪々吾は大きく息を吸い込み、

「うおぉぉぉおー! 今日もいい天っ気だぜー!」

 自慢の金髪を雄々しく揺らせ、咆哮する。
 叫び声に呼応して溢れた魔力が体外に出ると同時、熱を伴う揺らぎに変わりぶわっと、炎の波紋となって広がる。
 当然周囲の安全確認をした上での行動だが、火炎放射器を振り回す行為と何ら変わりない。
 早朝であり無駄に広い寮の敷地が助けとなっているので、人的被害も物的被害もないが、とにかくうるさくて熱い。
 豪々吾は魔力を熱に変化させるエンチャンターで、熱量を調整することで炎や爆発を自在に操ることが出来る。
 その力は早朝の冷涼な空気を軽々と吹き飛ばし、個人の力で季節を夏に近づけてしまいそうな勢いである。
 性格は至って好戦的で粗暴である反面、生活習慣は早寝早起きを基本とし、惰眠を貪ることを嫌う健康気質である。
 学園指定のジャージに赤字で胸元に『熱!』と書かれた黄色いTシャツを着ている。
 ちなみに後ろは『今、俺が熱い!』である。
 これでも一応生徒会長を勤め生徒たちの模範となるべき人材であり、人は見かけになんとやらを体現する存在である。

「七奈ぁっ! 朝からうるせーし、暑苦しいだろうが!」

 そんな元気がオーバーラン気味の生徒会長の頭上から怒声が振ってくる。
 朝から紫煙をモクモクと吐きながら寮の屋上で手荒く洗濯物を干す、寮母の剛田ケムリだった。
 豪々吾はケムリを仰ぎ見ながら体を大きく捻ってストレッチを始める。

「わりぃがそれはできねー話だぜ! 朝日との対話が俺様の休日のルーティンだからな!」

 言いながら再び炎を纏い、ストレッチを続ける。爽やかな朝をどうしても殺し尽くしたいらしい。
 大きく胸を反らせ、息を吸い込み、吐く。それを数度繰り返した後、拳を固く握りしめる。

「灼・熱・暴・力! 灰・燼・火・柱かい・じん・ひ・ばしらぁ!!!」

 豪々吾は腕に炎を纏い、大きく振り上げると気合いをいっぱいにアッパーカットのモーションで炎の柱を天に目がけて打ち上げる。火炎放射のように放たれた熱波は周囲の空気を膨張させると熱風と爆音となって暴れ、最後は溶けるように消えた。
 これからの季節は傍迷惑なことこの上ない。
 重ねて言うが、時間が早いことが幸いして周囲はケムリを除けば無人なので危険はない。
 実は爆音に驚いて心地の良い眠りを邪魔された寮生が数名いたが豪々吾が知るよしもない。
 そんな全力で太陽に向かって咆哮し、一人花火大会をしている豪々吾の背後。

「なんやねん、朝から……」

 大声と爆音が原因で目を覚ましたのか、寮の犬小屋から松風犬太郎が這い出てくる。携帯電話のコマーシャルに出てきそうな真っ白い北海道犬である。
 前足で器用に扉を開けて後ろ足でしっかり戸締まりもこなす。透哉に面白半分で取り付けられた南京錠はケムリの手で破壊され、もう自由に出入りできる。
 松風は前足で顔をゴシゴシすると大きな欠伸をしながら「誰やろう?」と豪々吾に目を向けた。
 朝のルーティンに口を挟むのは毎回ケムリと決まっているので、ここで他の誰かの声を聞くのは豪々吾にとっても珍しいことだ。
 豪々吾は(一応気を遣って)身に纏った炎を消すと関節をコキコキ鳴らしてストレッチを終え、声の主を振り返る。
 松風とは面識はあるものの、透哉と一緒にいることが多いので一対一で対面するのは今が初めてだった。
 犬と言っても、年下で後輩。豪々吾側に遠慮する必要はなかった。

「ああん? オメーはブラザーの犬じゃねーか。相変わらずパワフルさ皆無な色をしてやがるなぁ」
「んー? そういう自分は御波に全然勝てへん負け犬先輩やん」

 松風は寝ぼけ眼でそう言って、ふわぁ~と呑気に欠伸を繰り返す。自らの失言に気づく気配はまるでない。
 琴線に触れるどころの話ではない、ビョンビョン弾いて一曲奏でるレベルの暴言である。
 屋上から一人と一匹の話を聞いていたケムリが思わず作業の手を止めてしまうほどに。

「――ほう、犬野郎。いい度胸だなぁ!?」

 体もほぐれて準備万端な豪々吾が指を鳴らしながら迫ってくる。ボキボキと指の関節が音を出す度に熱が小さな火花となって溢れ、豪々吾の顔を照らす。
 松風は瞬時に目覚め、自分の置かれた状況を理解し、震え上がる。キャンプに行ったら寝起きに森林火災に出くわしたみたいに、松風の顔から血の気が引く。

「じょぱー!」

 地面に大きなシミを作り、今日も元気に失禁太郎。
 自体を重く見た松風は直ちに犬小屋に逃げ込む。仮に袋小路だとしても鉄製の柵である。身を守るには都合がいい。謝罪するにしても身の安全くらいは確保したい。
 しかし、時と場合、相手によってはその判断も間違いになる。
 七奈豪々吾は熱を生み出し、炎と爆発を自在に操るエンチャンターだ。例え金属製でも松風が身を寄せた安っぽい犬小屋の柵など小枝に等しい。
 慌てて逃げ込んだ松風とは反対に、豪々吾はゆっくりとした動きで犬小屋に近づく。地面をジャリッと靴の裏で踏みならし、恐怖心を煽るように。
 松風に次の行動を考える時間は与えられなかった。
 悪魔の笑みを浮かべる豪々吾がもう目前まで迫り、両腕を振り上げていたからだ。
 とりあえずよく分からないけど、すごく熱そうで真っ赤に燃え上がる右手が檻に触れた途端、ぐにゃりと変形して飴細工みたいに引きちぎられた。
 その奥から顔を覗かせるのは見たことのない顔の豪々吾。それは洞窟に逃げ込んだ小動物を狩る肉食獣の形相。
 死を覚悟した松風だったが伸びてきた素の左手、そこに残された豪々吾の良心に訴えることに――

「ちゃうねん! そうじゃないねん! 今のは寝ぼけとって!」
「んなモン関係あるかぁ! 出てこいこらぁ!?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 あっけなく殴殺された良心を嘆く間もなく、松風は首をぶんぶん左右に振りながら犬小屋の壁面に体を押しつけて許しを請う。
 柵は既に原型を失い、犬小屋自体も長くは持ちそうにない。覚悟を決めた松風は良心も神も仏もない左手を避け、燃えさかる右腕を掻い潜り、変形した柵の隙間を縫って外へ逃げ出す。
 その後は脇目も振らず猛ダッシュ。寮の庭を瞬く間に踏破すると敷地の外に飛び出していった。
 豪々吾は柵の残骸を放り捨て、靴紐を締め直すと屋上を仰ぎ見る。

「ちょっと朝の散歩に行ってくらぁ!」
「朝食までには戻るんだぞ」

 屋上からケムリののんきなエールを受け、豪々吾と松風の早朝バイオレンスお散歩が幕を開ける。
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