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第二章
『波紋』(2)
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ここは第二学区の中にある学園の小さな研究室。
主に魔導機、通称デバイスの設計を行う部屋だが、メンテナンスのための工具や機械部品も常備してある。
部屋の片隅に備え付けられた大型のデスクトップパソコンを前に、金髪オレンジは座ってうなり声を上げる。
「まったく、計器の故障とは運が悪い」
パレット内の飲食店で昼食を済ませ、計測器『ソクラテス』の試験運用を再開しようとした矢先、動作不良を起こしてしまったのだ。
恐らく宇宮湊の力の影響だろうが、彼女に『ソクラテス』への攻撃意志があったかは定かではない。
単純に強い魔力に晒されて、スペックが追いつかなかったのかもしれない。
いずれにしても、宇宮湊を怒らせて計器に何かしらの負荷を与えてしまったのが、主な原因だと考えている。
湊を怒らせた原因は金髪オレンジにある。客観的に無能だったとしても友人を笑われたら気分は良くない。
それはまぁ、理解できる。
しかし、金髪オレンジの不満は決して宇宮湊には向かない。
(それにしても、あいつ、宇宮君と……湊ちゃんと親しげに……何故、あんな無能が)
ブツブツと愚痴を漏らしながら、嫉妬心からキーを叩く手に普段以上の力が加わる。
金髪オレンジの頭の中では、宇宮湊の気分を害してしまった原因は一緒にいた御波透哉と呼ばれていた無能に転嫁され、自身の失態を都合良く揉み消していた。
金髪オレンジは固形の栄養食を取り出すと齧り付き、エナジードリンクで流し込んだ。食事は済ませたばかりなのでほとんど八つ当たりに近い。
エナジードリンクの缶をデスクに置くと、問題の計器に目を向ける。
魔力測定器、識別名称『ソクラテス』第二学区の研究所で開発された携帯用の試作器だ。
試作機とは言っても、同種の機器においては三世代目に当たり、性能は保証されている、はずだった。
今は分解されてアクセサリーであるヘッドホンと一緒に置かれているが、もともとは医療用の機器である。
魔力の測定機器はいわばバイタルチェッカーの派生品である。
ヘッドホンの形を流用したのは計測時に両手を自由にするためだ。
分解して解析すると魔力を測定する要の部分が耐えられなかったのか、安全装置であるヒューズが破損していた。
「良かった、この程度なら部品交換で修理できる。問題の中身は? よし、無事だ!」
故障するまでの情報は本体のメモリに記憶されているから、運良く宇宮湊の魔力データも採種することができた。
加えて、自分の手で計器を起動して確認しなくても、周囲数キロの範囲内の魔力反応を自動で拾って記録する機能も備えてある。
(しかし、不思議だ。一応十二学区にいるエンチャンターを測定しても耐えられるように設計したのに)
画面に表示されたのは魔力の種類と測定値と観測時間。乱立されたほとんど価値のない数値をスクロールしていた手が震えた。
アルバムを見返していたら、偶然心霊写真を発見してしまったみたいな薄気味悪さを覚える。
(ん、なんだこれは?)
その中の一つに目が止まり、続く二つ目に釘付けになった。
『Thunder:error』
『unknow:error』
一つ目は電荷系の魔力の測定不良。
二つ目は測定できない未知の系統の測定不良。
このメッセージが表示されるパターンは二つ。
一つ目は魔力の存在は感知できたが測定できないほど微弱な場合。
二つ目は感知した魔力が測定上限を超えるほど強大な場合。
測定時刻を見ると故障する一時間ほど前。試験運用を始めて十分ほど後のことだ。
情報を元に考えると、比較的早期から軽微な動作不良か測定不良があったのかもしれない。
これでは測定した全ての記録が信憑性に欠けてしまう。
「これじゃ再試験だな……クソッ」
忌々しげに呟きながら前髪をかき上げて、苛立ちから机を叩いて八つ当たりする。
けれど、気を取り直してデータを見直すと、例の二件以外は正常に数値化されていて不審な点はない。
「初めから故障していたらそもそも、データが残らない。にもかかわらず、二件だけのエラー。じゃあ、故障していなかった?」
実のところ、測定機器は故障するまでは正常に働いていたし、表記内容にも誤りはなかった。
機器が想定外のデータを正しく読み取れなかったに過ぎない。
測定不良のメッセージが記録されたその時刻が、外から来た電車の到着時刻と同じであることなど知るよしもない。
「ダメだ、僕の手には負えないっ。光君にデータ解析を依頼してみるか……」
自前の技術で試行錯誤を繰り返すが、結果は得られそうにない。
早々に諦めた金髪オレンジは、同じ学区に所属する英才の顔を思い浮かべながらパソコンの操作を止めた。
けれど、実力不足からさじを投げたわけではない。明らかに守備範囲外であると悟ったからだ。
金髪オレンジが僅かに肩の力を抜いたところで背後から声がかかる。
「おやおやぁ? そこで熱心に作業に励んでいるのは塚井くんではないですかぁ?」
背後からの声に金髪オレンジこと、塚井駆はビクンと肩を振るわせて座ったまま姿勢を正すと声の主を仰ぎ見る。
妙に間延びした声で話しかけてきたのは柳の木のようにひょろ長い白衣の男。
モノクロを装着し、濃い緑色に染められた頭髪を逆立てた風貌は長ネギのようでもある。
注意するためにわざわざ現われたと言うより、偶然通りかかった風な口ぶりだ。
「教授!? 申し訳ありません、急な計器の故障で慌てていたもので!」
「こしょー? 『ソクラテス』がぁ?」
男は髪と同じ色の眉を顰めると塚井の慌て振りなど気に止めず、分解されて机の上に置かれた『ソクラテス』を一瞥した後、興味深そうにディスプレイを覗き込んだ。
実を言うとこの男も『ソクラテス』の設計製作には深く関わっている。これが生徒個人の制作物ならば、欠陥を指摘して適切な方向へ誘導するのが教員の勤めだ。
教鞭を振るう側と言うよりも、研究者としての側面からの行動だった。
男は塚井からマウスを奪い取り、測定情報を上からスクロールして目を通す。
そして、塚井と同じく測定不良を起こした箇所を注視する。
「んんー? 確かに妙ですねぇ。前後の測定値は正確。この段階ではまだ故障はなかったようですねぇ」
「やはり、教授もそう思われますか?」
塚井としては、難問を正解させたと言うより、目上の者と同意見を独自で捻出できたことが嬉しかった。
男はモニターを注視した後マウスから手を離し、少し考えた後口を開く。
「考えられる可能性はですねぇー、観測対象が『ソクラテス』の範囲ギリッギリにいた、もしくわぁー、受信不良を起こしたことですかねぇ?」
「なるほど、そうですか! 現段階では場所の特定までは出来ないので、それらも今後の課題でしょうか?」
塚井は自分の考えとの差異を覚えつつも、男の意見の鵜呑みにする。長いものには巻かれろを体現しつつ、認められたいという欲求を抑えきれずに試験段階にもかかわらずこの先の研究内容を提案する。
しかし、男は塚井が先走りするさまを頭ごなしに叩くような真似はしなかった。
「そうなるとぉ、場所を特定するために衛星とリンクさせて位置情報を習得する必要がありまっすねぇ。どのみち、余り詳細すぎるものは難しいですよ? 昨今はプライバシーとかコンプライアンスとかが色々うるさいのでねぇ」
「あぁ、確かに仰るとおりです。それは我々学生の領分ではありませんね」
「案としては立派ですよぉ? ただ、計算するまでもなく予算オーバーですねぇ。予算内で良いものを開発するのも技術ですからねぇ。なんらかの付加価値を与えられるなら、採算度外視もありえますがぁ、現段階では不可能に近いですねぇ」
「実は衛星の件が伸びしろかと感じた自分の驕りが恥ずかしいばかりです」
先走りを自覚した塚井は露骨に肩を落とし、頭の後ろを撫でながら申し訳なさそうに首肯する。
「でも着眼点は満点でぇす!」
「あ、ありがとうございます!」
男は机に置かれたソクラテスを両手で指さして、
「さて、話は変わりますがぁ――塚井くん、このデザインは非常にグッドです!」
「ありがとうございます!」
「では、私も手伝いますのでちゃっちゃと修理をしますよぉ!」
「よろしくお願いします!」
奇妙なテンションのまま開始された『ソクラテス』の修理。
塚井的には破損したヒューズの交換で終わる予定だったが、目通しを頼んだ結果複数の不備が露見した。いずれも動作不良を起こすほどの要因ではないが、常に高い場所を目指す研究者としての志が黙っていなかった。
「教授! 出来ました!」
「いいですねぇ! プログラムを最適化し、駆動部分の効率化を図ることで起動までの時間をおよそ一秒短縮ぅ!」
「これは画期的だー!」
もはやテレビショッピングみたいなノリになっているが、研究室内に二人の勢いを押さえ込む者はいない。
男はバランのようにトゲトゲした毛先を揺らしながら、教え子である塚井に問う。
「何故私がモノクロを採用しているか分かりますかぁ?」
「研究者たるもの、物事を自分の目、肉眼で見て確かめるためです」
「ふうぅぅぅっ! イエェ! ザッツライト!」
白衣を翻しながら体を大きく反らすと天井に向けてシャウトする。
細身に白衣の研究員の風貌が、そう言う路線のロックバンドに見えてしまうほどのオーバーリアクションと叫び声だ。
「そうです! レンズ越しに見て分かった気になる、知った気になるなどナンセンス! カメラや動画だけで知るなど論外! 直視することでしか得えられない知見が世の中には数多と存在するのです!」
「はいっ!」
「人の目が二つ付いている理由をご存じですか!?」
「いえ、恥ずかしながら存じません!」
男のテンションに釣られてか、無知をあっさりと晒す。
「右目で理想を! 左目で現実を! 目撃っ! するためにあるのですよ! ちなみに左右の役割が反対でも問題ありまっ、せん!」
ついにはスピンを加えたパフォーマンスを見せるモノクロ教授。仕上げとばかりに踵で床を鳴らすと白衣の裾を摘み上げての決めポーズ。その姿はさながらフラメンコである。
方やその姿を憧憬の念を持って見ていた塚井はスタンディングオベーションで喝采を送る。
あくまで彼らはデバイス開発の研究者である。
しかし、研究に熱が入る余り、体が自然と動いしまうだけなのだ。
その後も男の奇天烈な熱論が続くこと数時間。
水も飲まずに話しているにもかかわらず男の声が枯れる気配はなく、拝聴する塚井にも聞き飽きる様子はない。
修理を終えたソクラテスは机の片隅に忘れられ、差し込んできた夕日を反射させている。
本日三度目となる決めポーズを終えたところで、男がパソコンに表示されたデジタル時計に気付いた。
「むむぅ!? 少しばかり話し込んでしまいましたねぇ!?」
「え? って、うわぁ! もうこんな時間に!?」
興奮状態にあっても生徒への丁寧な言葉遣いは崩れない。
一方の塚井は経過していた時間の多さに敬語を忘れ、素の反応を見せる。
修理を終えたらパレットに戻って試験を再開するつもりだったのだ。
慌ててソクラテスを装着し、荷造りを始めた塚井に男はやんわりとした口調で言う。
「今日のところは諦めて、後日ゆっくりと再試験に臨めばいいのですよぉ? 慌ててはよい結果は得られませんし、返って時間を浪費する羽目にも繋がり、ナンッセンスッ! な結果になりかねませんからねぇ!」
「わ、分かりました!」
塚井は敬愛する師の助言を受け入れ、今日のうちに少しでも成果を出そうと勇み足になっていた自分をセーブする。
「戸締まりは私が済ませておくので気をつけて帰るのですよぉ?」
「教授、忙しいところ色々とありがとうございました!」
窓の外に目を転じると日が沈み始めていた。
男の声に促され、塚井は深々と頭を下げると教室を後にした。
「…………っ」
その背に手を振って研究室に施錠すると、パソコンの前に座り『ソクラテス』のデータに今一度、目を通す。件の二件のエラーメッセージを注視して声を漏らす。
「――何かがこの十二学区に紛れ込んでいますねぇ」
さっきまでとは別人と疑うほどに低音で発せられたその声は、意気揚々と去って行った塚井の耳には届かなかった。
主に魔導機、通称デバイスの設計を行う部屋だが、メンテナンスのための工具や機械部品も常備してある。
部屋の片隅に備え付けられた大型のデスクトップパソコンを前に、金髪オレンジは座ってうなり声を上げる。
「まったく、計器の故障とは運が悪い」
パレット内の飲食店で昼食を済ませ、計測器『ソクラテス』の試験運用を再開しようとした矢先、動作不良を起こしてしまったのだ。
恐らく宇宮湊の力の影響だろうが、彼女に『ソクラテス』への攻撃意志があったかは定かではない。
単純に強い魔力に晒されて、スペックが追いつかなかったのかもしれない。
いずれにしても、宇宮湊を怒らせて計器に何かしらの負荷を与えてしまったのが、主な原因だと考えている。
湊を怒らせた原因は金髪オレンジにある。客観的に無能だったとしても友人を笑われたら気分は良くない。
それはまぁ、理解できる。
しかし、金髪オレンジの不満は決して宇宮湊には向かない。
(それにしても、あいつ、宇宮君と……湊ちゃんと親しげに……何故、あんな無能が)
ブツブツと愚痴を漏らしながら、嫉妬心からキーを叩く手に普段以上の力が加わる。
金髪オレンジの頭の中では、宇宮湊の気分を害してしまった原因は一緒にいた御波透哉と呼ばれていた無能に転嫁され、自身の失態を都合良く揉み消していた。
金髪オレンジは固形の栄養食を取り出すと齧り付き、エナジードリンクで流し込んだ。食事は済ませたばかりなのでほとんど八つ当たりに近い。
エナジードリンクの缶をデスクに置くと、問題の計器に目を向ける。
魔力測定器、識別名称『ソクラテス』第二学区の研究所で開発された携帯用の試作器だ。
試作機とは言っても、同種の機器においては三世代目に当たり、性能は保証されている、はずだった。
今は分解されてアクセサリーであるヘッドホンと一緒に置かれているが、もともとは医療用の機器である。
魔力の測定機器はいわばバイタルチェッカーの派生品である。
ヘッドホンの形を流用したのは計測時に両手を自由にするためだ。
分解して解析すると魔力を測定する要の部分が耐えられなかったのか、安全装置であるヒューズが破損していた。
「良かった、この程度なら部品交換で修理できる。問題の中身は? よし、無事だ!」
故障するまでの情報は本体のメモリに記憶されているから、運良く宇宮湊の魔力データも採種することができた。
加えて、自分の手で計器を起動して確認しなくても、周囲数キロの範囲内の魔力反応を自動で拾って記録する機能も備えてある。
(しかし、不思議だ。一応十二学区にいるエンチャンターを測定しても耐えられるように設計したのに)
画面に表示されたのは魔力の種類と測定値と観測時間。乱立されたほとんど価値のない数値をスクロールしていた手が震えた。
アルバムを見返していたら、偶然心霊写真を発見してしまったみたいな薄気味悪さを覚える。
(ん、なんだこれは?)
その中の一つに目が止まり、続く二つ目に釘付けになった。
『Thunder:error』
『unknow:error』
一つ目は電荷系の魔力の測定不良。
二つ目は測定できない未知の系統の測定不良。
このメッセージが表示されるパターンは二つ。
一つ目は魔力の存在は感知できたが測定できないほど微弱な場合。
二つ目は感知した魔力が測定上限を超えるほど強大な場合。
測定時刻を見ると故障する一時間ほど前。試験運用を始めて十分ほど後のことだ。
情報を元に考えると、比較的早期から軽微な動作不良か測定不良があったのかもしれない。
これでは測定した全ての記録が信憑性に欠けてしまう。
「これじゃ再試験だな……クソッ」
忌々しげに呟きながら前髪をかき上げて、苛立ちから机を叩いて八つ当たりする。
けれど、気を取り直してデータを見直すと、例の二件以外は正常に数値化されていて不審な点はない。
「初めから故障していたらそもそも、データが残らない。にもかかわらず、二件だけのエラー。じゃあ、故障していなかった?」
実のところ、測定機器は故障するまでは正常に働いていたし、表記内容にも誤りはなかった。
機器が想定外のデータを正しく読み取れなかったに過ぎない。
測定不良のメッセージが記録されたその時刻が、外から来た電車の到着時刻と同じであることなど知るよしもない。
「ダメだ、僕の手には負えないっ。光君にデータ解析を依頼してみるか……」
自前の技術で試行錯誤を繰り返すが、結果は得られそうにない。
早々に諦めた金髪オレンジは、同じ学区に所属する英才の顔を思い浮かべながらパソコンの操作を止めた。
けれど、実力不足からさじを投げたわけではない。明らかに守備範囲外であると悟ったからだ。
金髪オレンジが僅かに肩の力を抜いたところで背後から声がかかる。
「おやおやぁ? そこで熱心に作業に励んでいるのは塚井くんではないですかぁ?」
背後からの声に金髪オレンジこと、塚井駆はビクンと肩を振るわせて座ったまま姿勢を正すと声の主を仰ぎ見る。
妙に間延びした声で話しかけてきたのは柳の木のようにひょろ長い白衣の男。
モノクロを装着し、濃い緑色に染められた頭髪を逆立てた風貌は長ネギのようでもある。
注意するためにわざわざ現われたと言うより、偶然通りかかった風な口ぶりだ。
「教授!? 申し訳ありません、急な計器の故障で慌てていたもので!」
「こしょー? 『ソクラテス』がぁ?」
男は髪と同じ色の眉を顰めると塚井の慌て振りなど気に止めず、分解されて机の上に置かれた『ソクラテス』を一瞥した後、興味深そうにディスプレイを覗き込んだ。
実を言うとこの男も『ソクラテス』の設計製作には深く関わっている。これが生徒個人の制作物ならば、欠陥を指摘して適切な方向へ誘導するのが教員の勤めだ。
教鞭を振るう側と言うよりも、研究者としての側面からの行動だった。
男は塚井からマウスを奪い取り、測定情報を上からスクロールして目を通す。
そして、塚井と同じく測定不良を起こした箇所を注視する。
「んんー? 確かに妙ですねぇ。前後の測定値は正確。この段階ではまだ故障はなかったようですねぇ」
「やはり、教授もそう思われますか?」
塚井としては、難問を正解させたと言うより、目上の者と同意見を独自で捻出できたことが嬉しかった。
男はモニターを注視した後マウスから手を離し、少し考えた後口を開く。
「考えられる可能性はですねぇー、観測対象が『ソクラテス』の範囲ギリッギリにいた、もしくわぁー、受信不良を起こしたことですかねぇ?」
「なるほど、そうですか! 現段階では場所の特定までは出来ないので、それらも今後の課題でしょうか?」
塚井は自分の考えとの差異を覚えつつも、男の意見の鵜呑みにする。長いものには巻かれろを体現しつつ、認められたいという欲求を抑えきれずに試験段階にもかかわらずこの先の研究内容を提案する。
しかし、男は塚井が先走りするさまを頭ごなしに叩くような真似はしなかった。
「そうなるとぉ、場所を特定するために衛星とリンクさせて位置情報を習得する必要がありまっすねぇ。どのみち、余り詳細すぎるものは難しいですよ? 昨今はプライバシーとかコンプライアンスとかが色々うるさいのでねぇ」
「あぁ、確かに仰るとおりです。それは我々学生の領分ではありませんね」
「案としては立派ですよぉ? ただ、計算するまでもなく予算オーバーですねぇ。予算内で良いものを開発するのも技術ですからねぇ。なんらかの付加価値を与えられるなら、採算度外視もありえますがぁ、現段階では不可能に近いですねぇ」
「実は衛星の件が伸びしろかと感じた自分の驕りが恥ずかしいばかりです」
先走りを自覚した塚井は露骨に肩を落とし、頭の後ろを撫でながら申し訳なさそうに首肯する。
「でも着眼点は満点でぇす!」
「あ、ありがとうございます!」
男は机に置かれたソクラテスを両手で指さして、
「さて、話は変わりますがぁ――塚井くん、このデザインは非常にグッドです!」
「ありがとうございます!」
「では、私も手伝いますのでちゃっちゃと修理をしますよぉ!」
「よろしくお願いします!」
奇妙なテンションのまま開始された『ソクラテス』の修理。
塚井的には破損したヒューズの交換で終わる予定だったが、目通しを頼んだ結果複数の不備が露見した。いずれも動作不良を起こすほどの要因ではないが、常に高い場所を目指す研究者としての志が黙っていなかった。
「教授! 出来ました!」
「いいですねぇ! プログラムを最適化し、駆動部分の効率化を図ることで起動までの時間をおよそ一秒短縮ぅ!」
「これは画期的だー!」
もはやテレビショッピングみたいなノリになっているが、研究室内に二人の勢いを押さえ込む者はいない。
男はバランのようにトゲトゲした毛先を揺らしながら、教え子である塚井に問う。
「何故私がモノクロを採用しているか分かりますかぁ?」
「研究者たるもの、物事を自分の目、肉眼で見て確かめるためです」
「ふうぅぅぅっ! イエェ! ザッツライト!」
白衣を翻しながら体を大きく反らすと天井に向けてシャウトする。
細身に白衣の研究員の風貌が、そう言う路線のロックバンドに見えてしまうほどのオーバーリアクションと叫び声だ。
「そうです! レンズ越しに見て分かった気になる、知った気になるなどナンセンス! カメラや動画だけで知るなど論外! 直視することでしか得えられない知見が世の中には数多と存在するのです!」
「はいっ!」
「人の目が二つ付いている理由をご存じですか!?」
「いえ、恥ずかしながら存じません!」
男のテンションに釣られてか、無知をあっさりと晒す。
「右目で理想を! 左目で現実を! 目撃っ! するためにあるのですよ! ちなみに左右の役割が反対でも問題ありまっ、せん!」
ついにはスピンを加えたパフォーマンスを見せるモノクロ教授。仕上げとばかりに踵で床を鳴らすと白衣の裾を摘み上げての決めポーズ。その姿はさながらフラメンコである。
方やその姿を憧憬の念を持って見ていた塚井はスタンディングオベーションで喝采を送る。
あくまで彼らはデバイス開発の研究者である。
しかし、研究に熱が入る余り、体が自然と動いしまうだけなのだ。
その後も男の奇天烈な熱論が続くこと数時間。
水も飲まずに話しているにもかかわらず男の声が枯れる気配はなく、拝聴する塚井にも聞き飽きる様子はない。
修理を終えたソクラテスは机の片隅に忘れられ、差し込んできた夕日を反射させている。
本日三度目となる決めポーズを終えたところで、男がパソコンに表示されたデジタル時計に気付いた。
「むむぅ!? 少しばかり話し込んでしまいましたねぇ!?」
「え? って、うわぁ! もうこんな時間に!?」
興奮状態にあっても生徒への丁寧な言葉遣いは崩れない。
一方の塚井は経過していた時間の多さに敬語を忘れ、素の反応を見せる。
修理を終えたらパレットに戻って試験を再開するつもりだったのだ。
慌ててソクラテスを装着し、荷造りを始めた塚井に男はやんわりとした口調で言う。
「今日のところは諦めて、後日ゆっくりと再試験に臨めばいいのですよぉ? 慌ててはよい結果は得られませんし、返って時間を浪費する羽目にも繋がり、ナンッセンスッ! な結果になりかねませんからねぇ!」
「わ、分かりました!」
塚井は敬愛する師の助言を受け入れ、今日のうちに少しでも成果を出そうと勇み足になっていた自分をセーブする。
「戸締まりは私が済ませておくので気をつけて帰るのですよぉ?」
「教授、忙しいところ色々とありがとうございました!」
窓の外に目を転じると日が沈み始めていた。
男の声に促され、塚井は深々と頭を下げると教室を後にした。
「…………っ」
その背に手を振って研究室に施錠すると、パソコンの前に座り『ソクラテス』のデータに今一度、目を通す。件の二件のエラーメッセージを注視して声を漏らす。
「――何かがこの十二学区に紛れ込んでいますねぇ」
さっきまでとは別人と疑うほどに低音で発せられたその声は、意気揚々と去って行った塚井の耳には届かなかった。
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