終末学園の生存者

おゆP

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第二章

『波紋』(1)

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 無慈悲な言葉に打ちのめされたアカリは、目尻に涙を溜めたまま市街地をひた走る。
 少年の言葉はとても初対面の人間に浴びせるような内容ではないが、嘘や歪みは見受けられなかった。
 暴言は確かだが、少年なりの意見や見解なのだ。
 毬栗いがぐりを嚥下する気持ちで受け止め、堪えるしかできなかった。
 それでも一学生でありながらエレメントのメンバーに上り詰め、アイドルとして大成したと言える努力を踏みにじられたことは許せない。
 走っている最中、自分のことを噂する声が耳をかすめたが、急いで聞こえない振りをして駆け抜けた。
 顔も出来るだけ見せないように俯いていたが、幾人かには見られてしまったかもしれない。

(クソクソクソ! なんなのよあいつ!  うう、ムカつくムカつくムカつく!)

 憤りが限界を超えて同じ単語を脳内で三連打。
 今まで味わったことのない屈辱に冷静さはとうに消え失せていた。
 俯いて顔を隠しているのは涙を見せたくないからではない。怒りで歪んだ顔を見せたくないからだ。アイドルとしてのイメージを崩したくないからだ。
 少なくとも十二学区で生活を始めてからは、暴言や恨み言を直接吐かれた覚えはない。(嫉妬からの陰口はあるかもしれないが)
 とにかくアカリは好評と賛辞しか受けたことがない。バカやブスなどという低レベルな悪口とは無縁なのだ。
 アイドルという安定した席を獲得してからは名声も加わった。
 怒りを燃料に走り続け、気付くと背の高いビルの前に到達した。中腹部分を境に上下で形状が異なる独特な外観をした建物だ。
 一般のマンション等とは異なり、中間層まではオフィスとして流用されているからだ。
 自動ドアを通り、電子キーを解除するとやや乱暴な手つきでエレベーターを呼び出す。
 十秒足らずで降りてきたエレベーターは幸いなことに無人。ようやく人目を気にしなくていい空間にたどり着き、肩の力を抜く。
 あくまで一息付けるだけでまだ安心は出来ない。エレベーターが到着してそこに誰かいたら表情を隠し続けたことが水の泡になる。
 それくらいのプロ意識はある。
 アカリの自宅がある十二階に到着するとエレベーターの扉は開放される。同じフロアの住人と遭遇することはなかった。
 アカリは足早にエレベーターを抜けるとようやく安息の地にたどり着いた。
 鍵を乱暴に開け、扉を潜ったアカリは靴を脱ぎ捨て、地団駄を踏みながら悔しさを吐露する。

「――何が『商業動物だろ?』っよ! 今度会うことがあったら何が何でも興味を持たせてやる! 絶対に驚かせてやる!」

 目尻の涙を拭こうとティッシュを掴んだが、走っている内に乾いたらしい。同時に悲しみよりも怒りが勝っている証拠でもある。
 そうと分かれば話は早い。仕返しとは行かずとも、見返すくらいのことはしてやりたい。

(でも、どうしよう……)

 驚かせてやると決意したものの、残念なことに具体的な案が思い浮かばない。
 恵まれた容姿とエンチャンターとしての才。
 自然にしているだけで周囲が振り向き人を惹きつける。
 言ってしまえばアカリは磁石でファンが金属。声を上げるだけで、近くを通るだけで勝手に生まれる反応。
 だが、アカリは人を惹きつける性質を持っているに過ぎず、人を惹きつける技術を持っているわけではない。
 磁石で木材を吸引させられないように、そもそも反応しない者は魅了できないのである。
 実際アカリがやろうとしていることは、宗教に関心がないものに神様の素晴らしさを伝えることと大差が無い。
 その上で意識を向けさせるには関心、興味と言った苗を植え付ける布教活動が不可欠なのである。
 しかし、それは嫌いを反転させ、好きにすることより難しいかもしれない。
 愛好と嫌悪はふとしたきっかけで反転するものなのだ。
 ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて考える。

(じゃあ、私のすべきことは……)

 つばさがしたように専用デバイスを披露する手を考えたが、それでは結局関心はデバイスに向いてしまう。
 子供相手におもちゃをひけらかして喜ぶことと変わらず、『春日アカリ』に意識を向けたことにはならない。
 短い思考の後編み出した答え。
 アカリはベッドの上に立ち上がり、拳を握って、声高に宣言する。

「あいつに私のアイドルとしての力を見せる!」

 力の誇示。単純だがこれしかない。
 そうと決まれば行動あるのみ。短絡的だとか、猪突猛進だとか、冷静に考える力が麻痺しているなどと余計なことは考えない。
 アカリはスマートフォンを取り出し、電話帳を開き通話ボタンをタップして耳に押し当てる。
 相手は待ち構えていたみたいにワンコール目で応答した。

『もしもし? アカリ?』
「あ、湊? 教えて欲しいことがあるんだけど」

 全ては渦中の少年が与り知らぬうちに進行していく。
 アイドルを敵に回すことの恐ろしさを少年はまだ知らない。
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