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第二章
第6話 十二学区。(7)
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7.
走り去ったアカリの代わりに透哉の目に入ったのは一部始終を見ていたホタルと湊だ。
「うわぁ、うわぁ。御波が女の子を泣かした」
「なんだ。あの程度で泣いたのか?」
「――お前、自分の言葉に少し責任を持った方がいいぞ」
冷やかすように詰め寄ってきたホタルに眉一つ動かさずに答えるとちょっとマジトーンで叱られた。
身の回りにはメンタルが強靱な女の子しかいない透哉としては暴言を吐かれた程度で泣く女の子は新鮮でしかなかった。
と、アカリが駆けて行った方を向いてホタルがヒクヒクと頻りに鼻を動かし始める。
「なんだ? うまそうな匂いでするのか?」
「ば、違うぞ! これはちょっと気になる匂いがしたからだ」
「食ってもさっきの二の舞だ。我慢した方が無難だ」
「横目で私を見ながら言うのは止めてくれるかしら?」
「だから、そうではない!」
透哉は込み上げてくる酸っぱい記憶に堪えながらホタルに言う。すると隣から湊の非難が飛んでくる。
宇宮湊がアイドルと言うとんでもない暴露を超える衝撃など存在して欲しくない。
しかし、ここは未知の領域十二学区。この後も何が起こるか予想できない。
「うまく言えないけど、なんだか懐かしい匂いがした、気がした……気がしたのだ」
「……源?」
食いしん坊のホタルからすれば食べたそばから吐くなど二度と経験したくない出来事だろう。
それも相まって忠告した透哉だが、予想外に深刻な表情を見せるホタルにかける言葉を失った。
ホタルは小さな子供が叱られて萎縮したみたいに、言葉を繰り返した。
あるいは、思い出したくないことを不意に思い出してしまったみたいに。
そんな透哉の前で湊がため息を吐く。
「はぁ、あとであの子の面倒見る私の身にもなることね」
「大変だな」
一瞬誰のことだろう、と思う透哉だがすぐに走り去ったアカリと察しが付いた。実害ある湊からの非難にはとりあえず適当に労いの言葉をかけておく。
「あれで結構プライド高いから扱いが難しいのよ」
「だろうな。ニコニコしながら人を見下すタイプだなあれは」
「あら、初対面なのにアカリの性格よく分かっているじゃない」
しかし、ため息交じりに愚痴っているにしてはどこか愉快そうな湊の顔が腑に落ちなかった。
「それにしても、透哉の言葉最高だったわ」
「お前、仮にも仲間だろ?」
「そうね。仮の、仲間ね」
湊は失笑混じりにアカリを慰めていたときと同じ歪んだ笑みを浮かべる。周囲に誰もいないのをいいことに毒を吐きまくりの言いたい放題だった。
けれど透哉とホタルとしては営業スマイルよりもよっぽど胃に優しい。
「所詮エレメントなんて、能力競走を勝ち残った上位の人員を束ねただけの集まり。平和な世界のアイドルと十二学区内のアイドルでは意味合いが違うのよ」
湊の目の奥に見えた攻撃的な色に単なる生存競争とは異なる、もっと暴力的な側面を見た気がした。
「私以外のメンバーがどんな思惑でエレメントに属しているかは分からないわ。ただ一つ言えることはみんな一定以上の力を誇示して、立場や権利を獲得するために戦ってきたことは事実ね」
「権利?」
透哉は湊の物言いに引っかかりを覚えた。
力の誇示は競争の過程。与えられる立場とはアイドルという役職のことだろう。
権利というニュアンスがどこかグレーな報酬のように聞こえてしまった。
「専用デバイスの開発よ」
不敵な笑みを浮かべた湊が端的に答えた。
先程目撃した『蜻蛉』と呼ばれたつばさの飛行デバイスがすぐに思い浮かぶ。おもちゃと呼ぶには高性能で、扱いによっては兵器的な側面さえ漂う代物だった。
「自らの能力を研究材料として提供する見返りに無償で作り与えられる。その権利の獲得条件の一つにエレメントに所属して活動することが含まれるの」
「つまり、他にも専用デバイスを手に入れる方法があるってことか?」
「各学区での成績の優秀者、教師の推薦、他に方法はいくつもあるけれど細かな説明は省かせて貰うわ」
「要するに、エンチャンターとしての能力の有用性を買われた者だけが手に入れられる一種のステイタスってことか? なるほど、納得だ」
オープンテラスで出会った金髪オレンジの高慢な態度がデバイスの所持に基づくものだと考えると合点がいく。
「一応補足しておくけど、第二学区の彼が持っていた物は専用機ではなく、汎用機よ?」
「む、どう違うのだ?」
透哉が聞き返す前に気落ちしていたはずのホタルが話に入ってきた。立ち直ったと言うよりも放置されて寂しくなって会話に入ってきた感じだ。
アカリの説明に元気よく分からない宣言をしていただけに機械には疎いらしい。
「汎用機は魔力の供給を電源に起動する割と誰でも使えるデバイスよ。そして、専用機は個人の能力を助長するデバイスで、電源の供給方法から起動方法、出力内容まで違うから正規のユーザーしか扱えないのよ」
「じゃあ、お前も持っているのか? その専用デバイスと言うヤツを?」
同じエレメントであるつばさが所持している以上、当然の湧いてくる疑問だった。
ホタルの反射的な質問に湊は、ため息を吐きながらこう続けた。
「一応試作品の動作確認まではしたけど失敗作に終わったわね」
「失敗作?」
「ええ、何だったかしら、確か『蟷螂』と言っていたわね。魔力を圧縮硬化することで剣を生成できるって言う子供向けのおもちゃみたいなデバイスよ」
圧縮硬化がどれほどの次元で行われるのかは想像の域を出ないが、魔力の結晶化と言い換えれば『雲切』に似ているのかもしれない。
しかも、剣という形からつばさの『蜻蛉』と比べると武器としての側面がより強い。
今度は透哉が尋ねた。
「うまく動作しなかったのか?」
「いいえ、動作は至って良好だったわ」
「じゃあ、なんで?」
「透哉、自分の足で歩ける人間に杖は必要かしら?」
言われて透哉ははっとした。専用デバイスを作ったからと言って必ずしも力を助長するわけではない。
例えば、自前の能力だけでデバイスの性能を凌駕し、本来の力以下の働きしかできなかったとか。
だから、湊は金髪オレンジのデバイスをおもちゃと嘲り、相手も言い返すことができなかったのだ。
「せっかく得た権利なのに勿体なかったな」
「そうね、私の能力を拡張するには全然足りなかったわ」
自分の能力を拡張するとは言えば聞こえはいい。
しかし、透哉にはこう聞こえた。
『自分を戦力として増強させる』
科学の進歩、文化水準の先行が危うい方向性を持っていることを肌で感じた瞬間だった。
「でも構わないわ。私のエレメントでの目的は別にあるのだから」
「別の目的?」
「――今日はここまでね。もうすぐ電車が来ると思うわ」
湊は意味深な言葉を残し、桃色のフレームの腕時計に目を落としながら言う。本来なら可愛らしいアクセサリーのはずが、今日一日の湊の言動による影響で周囲を欺くためのイミテーションに見えてしまう。
しかし、駅と言われて透哉が思い浮かべたのは到着したときに降りた高層ビルよりも高所にある展望エントランス。
ぐるりと上空を見上げても見えない。そもそも、今いる場所がどこかさえ分かっていない。
湊のリードがなければ晴れてホタルと二人で迷子に逆戻りである。
「電車って、ここは一番下だろ? 今から上がって間に合うのか?」
「……何を言っているの? 十二学区で言う電車って朝松市と直接繋がった地下線を言うのよ?」
透哉としては当然の疑問だったのだが、湊はぽかんとした顔で通りの向こうを指さす。
言われて視線を向けると『十二学区ターミナルステーション』と巨大な看板の付いた建物が鎮座している。
非難するような視線から逃れるため明後日の方向に顔を向ける。
「逆に聞くのだけれど、どこを見ながら付いてきたの?」
「む、こんなところに駅があったのか。気づかなかったぞ」
「……っ」
湊の皮肉に気づかずホタルは本音をだらだら口走る。
ホタルの御陰で面目は潰れなかったが、こいつと同レベルかと少し落ち込む透哉だった。
三人は駅構内に駆け足で潜り込むと電光掲示板を確認した後目的のホームに足を向ける。
「御波、あっちだ! もう電車が来ている!」
「おう、分かっ――――」
先に改札を通過したホタルに続こうとした透哉だったが、突然肩を掴まれた。
そして、そのまま声を上げる間もなく強引に引き寄せられた。
バランスを崩し、後ろによろめく透哉が振り返ると宇宮湊の顔があった。
目を瞬かせる透哉に今日出会ったときのようにふふっと微笑み、続けてニコッと笑いかける。
そして、透哉が「なんのつもりだ」と問う前に、ガラスを砕き割ったみたいに一瞬で湊の顔に亀裂が走る。
笑顔が滅びた、そう例えられるほど醜悪に。
「今日会った彼女たちの顔をしっかり記憶に焼き付けておきなさい。いずれ、また、会うことになるわ」
驚くほど低温で発せられた言葉に透哉は思わず息をのむ。
まるで首筋にナイフを突きつけられたような緊張感。
唐突に現実に引きずり戻された気がした。
実際それは的確で、透哉は浮かれていた。
見たことがない建造物や未知の道具の数々。
自分たちの素性を知らない十二学区の住民との邂逅。
与えられたおもちゃを目の前で踏み砕かれ廃棄されたみたいに、数瞬前までの高揚した気分が霧散した。
「それじゃあ、またね。透哉」
「おい、待てよ――っ」
声を上げて呼び止めたときには湊の姿はもうない。
十二学区への訪問は最後の最後に妙なしこりを残す結果となった。
「急げ、御波! 電車が発射するぞ!」
改札の向こうからホタルに呼ばれ、透哉も踵を返す。
まるで異世界に潜り込んだような一日にも満たない小旅行。
見聞を広げたと言うより、短い夢を見せられたそんな感覚に陥る。
そして、近い未来に再び訪れることなど二人は知るよしもない。
走り去ったアカリの代わりに透哉の目に入ったのは一部始終を見ていたホタルと湊だ。
「うわぁ、うわぁ。御波が女の子を泣かした」
「なんだ。あの程度で泣いたのか?」
「――お前、自分の言葉に少し責任を持った方がいいぞ」
冷やかすように詰め寄ってきたホタルに眉一つ動かさずに答えるとちょっとマジトーンで叱られた。
身の回りにはメンタルが強靱な女の子しかいない透哉としては暴言を吐かれた程度で泣く女の子は新鮮でしかなかった。
と、アカリが駆けて行った方を向いてホタルがヒクヒクと頻りに鼻を動かし始める。
「なんだ? うまそうな匂いでするのか?」
「ば、違うぞ! これはちょっと気になる匂いがしたからだ」
「食ってもさっきの二の舞だ。我慢した方が無難だ」
「横目で私を見ながら言うのは止めてくれるかしら?」
「だから、そうではない!」
透哉は込み上げてくる酸っぱい記憶に堪えながらホタルに言う。すると隣から湊の非難が飛んでくる。
宇宮湊がアイドルと言うとんでもない暴露を超える衝撃など存在して欲しくない。
しかし、ここは未知の領域十二学区。この後も何が起こるか予想できない。
「うまく言えないけど、なんだか懐かしい匂いがした、気がした……気がしたのだ」
「……源?」
食いしん坊のホタルからすれば食べたそばから吐くなど二度と経験したくない出来事だろう。
それも相まって忠告した透哉だが、予想外に深刻な表情を見せるホタルにかける言葉を失った。
ホタルは小さな子供が叱られて萎縮したみたいに、言葉を繰り返した。
あるいは、思い出したくないことを不意に思い出してしまったみたいに。
そんな透哉の前で湊がため息を吐く。
「はぁ、あとであの子の面倒見る私の身にもなることね」
「大変だな」
一瞬誰のことだろう、と思う透哉だがすぐに走り去ったアカリと察しが付いた。実害ある湊からの非難にはとりあえず適当に労いの言葉をかけておく。
「あれで結構プライド高いから扱いが難しいのよ」
「だろうな。ニコニコしながら人を見下すタイプだなあれは」
「あら、初対面なのにアカリの性格よく分かっているじゃない」
しかし、ため息交じりに愚痴っているにしてはどこか愉快そうな湊の顔が腑に落ちなかった。
「それにしても、透哉の言葉最高だったわ」
「お前、仮にも仲間だろ?」
「そうね。仮の、仲間ね」
湊は失笑混じりにアカリを慰めていたときと同じ歪んだ笑みを浮かべる。周囲に誰もいないのをいいことに毒を吐きまくりの言いたい放題だった。
けれど透哉とホタルとしては営業スマイルよりもよっぽど胃に優しい。
「所詮エレメントなんて、能力競走を勝ち残った上位の人員を束ねただけの集まり。平和な世界のアイドルと十二学区内のアイドルでは意味合いが違うのよ」
湊の目の奥に見えた攻撃的な色に単なる生存競争とは異なる、もっと暴力的な側面を見た気がした。
「私以外のメンバーがどんな思惑でエレメントに属しているかは分からないわ。ただ一つ言えることはみんな一定以上の力を誇示して、立場や権利を獲得するために戦ってきたことは事実ね」
「権利?」
透哉は湊の物言いに引っかかりを覚えた。
力の誇示は競争の過程。与えられる立場とはアイドルという役職のことだろう。
権利というニュアンスがどこかグレーな報酬のように聞こえてしまった。
「専用デバイスの開発よ」
不敵な笑みを浮かべた湊が端的に答えた。
先程目撃した『蜻蛉』と呼ばれたつばさの飛行デバイスがすぐに思い浮かぶ。おもちゃと呼ぶには高性能で、扱いによっては兵器的な側面さえ漂う代物だった。
「自らの能力を研究材料として提供する見返りに無償で作り与えられる。その権利の獲得条件の一つにエレメントに所属して活動することが含まれるの」
「つまり、他にも専用デバイスを手に入れる方法があるってことか?」
「各学区での成績の優秀者、教師の推薦、他に方法はいくつもあるけれど細かな説明は省かせて貰うわ」
「要するに、エンチャンターとしての能力の有用性を買われた者だけが手に入れられる一種のステイタスってことか? なるほど、納得だ」
オープンテラスで出会った金髪オレンジの高慢な態度がデバイスの所持に基づくものだと考えると合点がいく。
「一応補足しておくけど、第二学区の彼が持っていた物は専用機ではなく、汎用機よ?」
「む、どう違うのだ?」
透哉が聞き返す前に気落ちしていたはずのホタルが話に入ってきた。立ち直ったと言うよりも放置されて寂しくなって会話に入ってきた感じだ。
アカリの説明に元気よく分からない宣言をしていただけに機械には疎いらしい。
「汎用機は魔力の供給を電源に起動する割と誰でも使えるデバイスよ。そして、専用機は個人の能力を助長するデバイスで、電源の供給方法から起動方法、出力内容まで違うから正規のユーザーしか扱えないのよ」
「じゃあ、お前も持っているのか? その専用デバイスと言うヤツを?」
同じエレメントであるつばさが所持している以上、当然の湧いてくる疑問だった。
ホタルの反射的な質問に湊は、ため息を吐きながらこう続けた。
「一応試作品の動作確認まではしたけど失敗作に終わったわね」
「失敗作?」
「ええ、何だったかしら、確か『蟷螂』と言っていたわね。魔力を圧縮硬化することで剣を生成できるって言う子供向けのおもちゃみたいなデバイスよ」
圧縮硬化がどれほどの次元で行われるのかは想像の域を出ないが、魔力の結晶化と言い換えれば『雲切』に似ているのかもしれない。
しかも、剣という形からつばさの『蜻蛉』と比べると武器としての側面がより強い。
今度は透哉が尋ねた。
「うまく動作しなかったのか?」
「いいえ、動作は至って良好だったわ」
「じゃあ、なんで?」
「透哉、自分の足で歩ける人間に杖は必要かしら?」
言われて透哉ははっとした。専用デバイスを作ったからと言って必ずしも力を助長するわけではない。
例えば、自前の能力だけでデバイスの性能を凌駕し、本来の力以下の働きしかできなかったとか。
だから、湊は金髪オレンジのデバイスをおもちゃと嘲り、相手も言い返すことができなかったのだ。
「せっかく得た権利なのに勿体なかったな」
「そうね、私の能力を拡張するには全然足りなかったわ」
自分の能力を拡張するとは言えば聞こえはいい。
しかし、透哉にはこう聞こえた。
『自分を戦力として増強させる』
科学の進歩、文化水準の先行が危うい方向性を持っていることを肌で感じた瞬間だった。
「でも構わないわ。私のエレメントでの目的は別にあるのだから」
「別の目的?」
「――今日はここまでね。もうすぐ電車が来ると思うわ」
湊は意味深な言葉を残し、桃色のフレームの腕時計に目を落としながら言う。本来なら可愛らしいアクセサリーのはずが、今日一日の湊の言動による影響で周囲を欺くためのイミテーションに見えてしまう。
しかし、駅と言われて透哉が思い浮かべたのは到着したときに降りた高層ビルよりも高所にある展望エントランス。
ぐるりと上空を見上げても見えない。そもそも、今いる場所がどこかさえ分かっていない。
湊のリードがなければ晴れてホタルと二人で迷子に逆戻りである。
「電車って、ここは一番下だろ? 今から上がって間に合うのか?」
「……何を言っているの? 十二学区で言う電車って朝松市と直接繋がった地下線を言うのよ?」
透哉としては当然の疑問だったのだが、湊はぽかんとした顔で通りの向こうを指さす。
言われて視線を向けると『十二学区ターミナルステーション』と巨大な看板の付いた建物が鎮座している。
非難するような視線から逃れるため明後日の方向に顔を向ける。
「逆に聞くのだけれど、どこを見ながら付いてきたの?」
「む、こんなところに駅があったのか。気づかなかったぞ」
「……っ」
湊の皮肉に気づかずホタルは本音をだらだら口走る。
ホタルの御陰で面目は潰れなかったが、こいつと同レベルかと少し落ち込む透哉だった。
三人は駅構内に駆け足で潜り込むと電光掲示板を確認した後目的のホームに足を向ける。
「御波、あっちだ! もう電車が来ている!」
「おう、分かっ――――」
先に改札を通過したホタルに続こうとした透哉だったが、突然肩を掴まれた。
そして、そのまま声を上げる間もなく強引に引き寄せられた。
バランスを崩し、後ろによろめく透哉が振り返ると宇宮湊の顔があった。
目を瞬かせる透哉に今日出会ったときのようにふふっと微笑み、続けてニコッと笑いかける。
そして、透哉が「なんのつもりだ」と問う前に、ガラスを砕き割ったみたいに一瞬で湊の顔に亀裂が走る。
笑顔が滅びた、そう例えられるほど醜悪に。
「今日会った彼女たちの顔をしっかり記憶に焼き付けておきなさい。いずれ、また、会うことになるわ」
驚くほど低温で発せられた言葉に透哉は思わず息をのむ。
まるで首筋にナイフを突きつけられたような緊張感。
唐突に現実に引きずり戻された気がした。
実際それは的確で、透哉は浮かれていた。
見たことがない建造物や未知の道具の数々。
自分たちの素性を知らない十二学区の住民との邂逅。
与えられたおもちゃを目の前で踏み砕かれ廃棄されたみたいに、数瞬前までの高揚した気分が霧散した。
「それじゃあ、またね。透哉」
「おい、待てよ――っ」
声を上げて呼び止めたときには湊の姿はもうない。
十二学区への訪問は最後の最後に妙なしこりを残す結果となった。
「急げ、御波! 電車が発射するぞ!」
改札の向こうからホタルに呼ばれ、透哉も踵を返す。
まるで異世界に潜り込んだような一日にも満たない小旅行。
見聞を広げたと言うより、短い夢を見せられたそんな感覚に陥る。
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