終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第6話 十二学区。(4)『絵』

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4.
 とにかくこれでコーヒーの続きが楽しめる。
 のんびりくつろぎモードに半分浸食された透哉の耳に、

「やや、そこで優雅に紅茶を楽しんでいるのは宇宮湊うみやみなと君ではないか!?」

 妙に高い耳障りな男の声が突き刺さる。
 一体今度はなんなんだ、男の口にした名前に聞き覚えはなかったが何故か声がこちらに向いていた気がするので顔を向ける。
 するとオレンジ色のズボンに白いカッターシャツ、頭部にヘッドホンを着用した金髪男が透哉たちの座っている席を指さし突っ立っている。
 透哉に心当たりはない。
 無意識に流耶に視線を向けると人差し指をちょこんと立てて自分を示す。そう言えば狼男も同じ名前を口にしていた気がする。
 どうやら『宇宮湊』が十二学区での流耶の呼称らしい。

「あら、第二学区の方がここに来るのは珍しいわね?」
「新しい計測器のテストをかねて昼食というわけだよ」

 三人の窓口として流耶、改め宇宮湊が作り笑顔を浮かべて応対する。最早顔を外して取り替えたのではないかと思うほど見事な顔面偽装だ。
 が、湊のソーサーに置かれたティースプーンが触れても居ないのにグキリと、くの字に曲がる。種は不明だが湊の心中を代弁しているのは言うまでも無い。偽装の完成度と合わさって不気味さに拍車がかかる。
 その様子には全く気づかず、金髪オレンジは机のそばに寄ってくると金色の前髪をかき上げる。
 寒気を覚えるほどダサくて気持ちが悪い仕草だ。

「なんだこの金粉をまぶしたチョコケーキみたいなしつこそうな奴は(ぶくぶく)」
「とびきりカカオの匂いがきついヤツだな」
「そうだ。めちゃくちゃ鼻につくヤツだ」

 あまりの嫌悪感から透哉は頬杖をついたままカップの中のコーヒーを行儀悪くぶくぶくと泡立て、正直な感想を吐いた。
 その意見にホタルがホットケーキを食う手を止めて同調する。
 初対面とか、湊の知人とか、そんな細かい事情はきれいさっぱり消え去っていた。

「全部口から出ているぞ。失礼じゃないか! っと、君たちは?」

 金髪オレンジは非歓迎オーラ全開の二人の方に向き直ると声上げ、同時に抱いた疑問を口にした。

「わりい。外から来た粗悪品だと思って許してくれ」

 謝罪の意志皆無な透哉は依然として頬杖をついたまま、力強く下手に出る。
 透哉の不遜な態度が気に入らなかったのか金髪オレンジは眉をピクピクと痙攣させながら耳元に手を添えた。
 するとヘッドホンが機械音と共に展開し、片方だけのサングラスのような青いプレートが飛び出して金髪オレンジの目元を覆う。チラチラと青いプレートの表面が明滅している様子から小型のディスプレイになっているようだ。
 金髪とオレンジのズボンの主張が強すぎて見逃していたが、金髪オレンジは大きめのヘッドホンのような物を始め、奇妙な物を体の各所に装着していた。手元は素手だが足下はスキーブーツの重厚さで、側面にはファンのような丸い口が付いている。背中にはデスクトップパソコンみたいな無骨なリュックを背負っている。

「……人を数値で見るみたいで好きになれないわね」
「それに関しては賛否両論さ。だが、数字は他人を見る指標になる。失礼は詫びるけどこれも試験の一環だと思って許してくれたまえ」

 金髪オレンジのしていることに見当が付いている湊が言う。十秒ほどの時間を経て何かしらの作業を終えたのか金髪オレンジはヘッドホンを格納する。
 透哉たちとしては口調や見た目をどうにかしてほしい。服と髪は漂白して口調は完全に標準語に改めてくれることが好ましい。

「十二学区の連中はこんな奴らばかりなのか?」
「ええ、そうよ。学区ごとに色分けされた制服を着ているわ」
「十二学区で十二色ってことか? 色鉛筆かよ」

 透哉としては制服よりも人格や話し方を指摘したつもりだったが、湊によって軌道を修正された。暗に喧嘩腰な物言いをたしなめられた気がした。
 湊の思惑をくんで、駅前からの道中に見た生徒たちの服を思い返すとそれぐらいの種類の制服があるような気がした。

「絵の具の原色ぶちまけたパレットみたいだな」
「むむ!? そっちの君は無礼な彼と違ってなかなか聡いじゃないか! ここは十二学区が共有する広場、通称パレット! 普段は競争関係にある十二学区の生徒たちもこのエリアの施設内では全てが平等なんだ!」

 ホタルの食べながらのつぶやきに金髪オレンジは素早く食いつく。どうやってもこの場の会話に潜り込みたいらしい。
 しかし、肝心の中身は既知情報。
 そんなことなどお構いなしに嬉々とした表情でずいっとホタルに肉薄する。
 
(御波、助けてくれ。どうやら私はアイツアレルギーらしい)
(俺を盾にするな)

 ホタルは透哉の方に身を寄せて耳打ちをするが、透哉は巻き込まれたくないので取り合わない。
 金髪オレンジ本人は親切のつもりなのだろうが、予め湊から聞いていたのでありがた迷惑である。
 親切ではなく情報で優位を取り、マウントをとりたいだけだった。
 透哉は目に優しくない華美な彩りの制服を眺めながら、特に興味が湧かないので適当に頷くことにした。
 本音は早くどこかに行って欲しい、である。

「へー、(それでこんなむちゃくちゃな色彩なのか)」
「まぁ、せっかくだから僕ら第二学区が作り上げた英知の結晶を教えてあげよう」
「どっちでもいい」
「能なき者はある者の教えをありがたく受け取るのが義務だろう?」
「そんな義務知らねーよ。聞きたくなったらこいつに聞く」

 透哉は目をすがめて金髪オレンジを威嚇し、標的が変わってのんびりと紅茶の続きに戻っている湊を指さす。
 矛先を向けられた湊が「私を巻き込まないでくれる?」と目で訴えかけてくる。

「君はどれだけ失礼なんだ! 宇宮君に謝りたまえ!」
「いいのよ。いつものことだから。彼、口は悪いけど根はいい子なのよ」

 湊がすかさず割って入ると金髪オレンジは大人しくなる。
 湊と金髪オレンジの会話から垣間見えるパワーバランスは明白で、湊という上位の存在にこびを売りたいのだろうが、やり口が絶望的に下手くそである。
 周りを貶めて相対的に自分を高めようとする者を誰が評価するだろうか。

「ならば! 最低限、これの説明だけは聞くといい」

 しつこい保険の勧誘のように一向に引き下がる気がない金髪オレンジはヘッドホンを指さすと先ほど同様に起動させる。何が何でも話をしたいらしい。

「これの名称は『ソクラテス』ヘッドホン型の測定器で対象の人物や物体の魔力の量や性質、濃度を測定することができるデバイスだ」
「話の腰を折ってわりいけど、デバイスってなんだ?」

 聞き慣れない言葉を耳にしたので答えを求めたが、聞かなければ良かったとすぐに後悔した。
 金髪オレンジの顔が暴言を吐くよりも明らかに見下した表情を作り出したからだ。

「まさか基礎も知らないとは。いくら外からのお客でも予習くらいはして欲しいものだね?」

 加えて同意を求めるように座ったまま静観している湊に視線を向ける。
 湊はふー、とため息交じりに頷くと説明を買って出た。

「デバイスという呼称は十二学区特有の言い回しで愛称や略称みたいなものね。正式には魔道機まどうきと言って魔力で起動する人工的に作られた機械のことを指すわ。そして、彼は魔道機の設計や作成を行う学区の研究員なのよ」

 透哉の中で湊の評価がこのとき限定で爆発的に上昇する。かく言う湊も目に余る金髪オレンジの言動を阻止するために嫌々説明役を引き受けたといった様子だ。
 そんな中、ホタルはと言うとフォークとナイフを握ったまま縮こまって、両親のよそ向きの言動を初めて見た子供のように怯えている。
 真っ当な会話を続ける流耶改め、湊を未だに受け入れられないのだろう。

「まとめると魔力で起動する電化製品みたいな物か?」
「噛み砕いて言うとそうだね」

 金髪オレンジは肯定しながらも「ふふん」ととても鼻につく誇らしげな笑みを添える。ここまでくると相手を煽ることに特化した戦術兵器だった。
 これ以上会話に参加して欲しくない。
 その後も湊が口を開く度に満足そうに「うんうん」と頷く。
 湊の手元の曲がったティースプーンがどんな力の影響か、クネクネとうねり始める。ついには絞った雑巾のように捻れて回転し、破断して千切れた先端がプロペラみたいに飛んでいった。
 
(めちゃくちゃ怒ってなぁ。あれは……ん?)

 不意に掴まれた袖に気付き隣を見ると、青い顔をしたホタルが耳打ちをしてくる。

「み、御波、スプーンが! スプーンが、一人で動いているぞっ……!?」
「ほんとだ、こわいねー。お化けかもしれねーなー」
「お、おおおっお化け!?」

 透哉は食事の手を止めて真剣に怖がっているホタルに棒読みで答えながら、面白そうなので後で嘘の怪談話でもしてやろうと悪巧みする。
 挙動が怪しくなってきているホタルには目もくれず、金髪オレンジはヘッドホンを再度格納すると、優劣を誇示するために結論をはっきりと告げる。

「ちなみに君たち二人からはほとんど魔力が検出できなかったけどね」
「へぇ、なるほど」

 感心した風に声を上げた透哉だが、金髪オレンジに向けたわけではない。
 今になってようやく流耶が『白檻』の着用を厳命した理由が分かったからだ。ここまで露骨に魔力を測られるとは予測していなかった。
 そして、自分たちに向けられた金髪オレンジの高慢な態度にも合点がいった。

「どうだい便利だろう? これがあれば誰がどれぐらい優秀か一目で分かるんだ」
(それにしてもよくしゃべるな、こいつは)

 金髪オレンジにとって魔力の多い少ないが優秀か不良の判断基準らしく、めでたく透哉は無能扱いである。
 多少のいらつきは禁じ得ないが湊との約束を反故にするわけにもいかず、大人しく無能として道化を演じて様子を見ることにした。
 そうと決まれば話は早い。聞ける限りの情報を絞り出したい。
 ヘッドホンの次に目立つ靴……というか装置と行って遜色ない履き物を指さす。

「じゃあ、それの靴もすごいのか?」
「これかい? これは魔力の注入量で跳躍力を助長してくれる物で軽く五メートルは垂直に飛ぶことができる」
「五メートルっ」
「そもそも、君みたいな魔力を一切使えない者には宝の持ち腐れだと思うけどね」

 いちいち癇にさわる言い回しができるのは一種の長所なのかもしれない。
 けれど金髪オレンジのこの返答に、尋ねた透哉とスプーンお化けの恐怖からの逃れるためにホットケーキをかき込んでいたホタルは驚きの表情で顔を上げた。
 その反応を快く思ったのか、金髪オレンジは口元をにやりと歪める。
 が、同時に透哉とホタルの中で金髪オレンジへの格付けが済んだ。

「ま、魔力のコントロールは愚か、発現さえままならない弱者には縁のない道具だけどね」
「は、弱者を敬えよ。クソ野郎が」

 結局この男は知識と力でマウントを取って悦に入りたいだけなのだ。
 もう情報を引き出す必要もないと早々に見切りをつけた透哉は、殊勝な道化の殻を脱ぎ捨て敵意のこもった目で金髪オレンジを睨み付ける。
 金髪オレンジは透哉の眼光に突如刃物を向けられたように怯んだが、すぐさま理解して奥歯を噛み締める。
 しかし、金髪オレンジの反攻は気配を察知した湊によって阻止されることとなる。

「その辺にしておきなさい」
「宇宮君は少し黙っていてくれたまえ。これでは僕のプライドが」
「二度言わせないでくれる? その二人は私の大事な友人よ。弱者相手におもちゃの自慢をしている低俗な男には口さえ聞いてほしくないわ」



 湊の口から発せられたのは低い声での警告。
 合わせて発現する薄紫色の魔力が右手首を瘴気のように包み、ティーカップをみしみしと握りつぶす。残った紅茶を血のようにボタボタと零しながらティーカップの欠片が死骸のように散乱する。
 歯に衣着せない物言いと間接的な暴力に流石の金髪オレンジも怯む。言葉の辛辣さへと言うよりも宇宮湊を怒らせた事の方がダメージとしては大きかったのかもしれない。

「はははっ、す、済まなかったね、き、君たち。僕も昼食を摂るとするよっ!」

 金髪オレンジは叱られた猫みたいに肩を落とすとトボトボと奥の席に逃げていった。
 一応、庇ってくれたのだろうが、やっぱり『宇宮湊』も『草川流耶』なんだなぁ、と思ってしまう透哉だった。

「そろそろ、行こうかしら? カップとスプーンの弁償もしないといけなくなってしまったわ」

 辛辣な言葉を吐いた直後とは思えない穏やかな口調で言って、湊は席を立った。
 湊は会計をするためレジへ向かい、透哉とホタルは入り口前で待機している。
 その待ち時間にホタルが透哉にそっと耳打ちする。

「御波、私の勘違いでなければさっきの男……」
「ああ、大したことない。あんな道具を使って五メートルの跳躍。流耶がおもちゃと言っていた意味も頷ける。あいつ、何やってんだ?」

 レジで店員と話をする湊に目を転じた透哉が首を傾げる。
 会計をするにしては時間がかかっているが、破壊したティーカップの謝罪と弁償を含めているなら仕方がない、そう思っていた。
 しかし、遠巻きに見る限りレジの雰囲気は妙に明るい。営業スマイルとは違うニコニコ顔で店員が湊に話しかけ、何かを手渡している。

「……色紙とマジックのようだが」
「そうだな」

 ホタルが見たままを断片的に答える。
 湊も店員の要望に応じたのか色紙とマジックを受け取るとカウンターの上で何かを書き始める。それも素早く慣れた手つきで。
 店員との一連のやりとりを見ていたが、透哉もホタルも何をしているか見当が付かない。
 湊が店員に手を振って別れを告げこちらに小走りでやってくる。その後ろ、色紙を大事そうに抱く店員の姿に透哉とホタルは終始クエスチョンマークを浮かべる。

「――終わったのか?」
「ええ、悪かったわね。弁償の謝罪をしたら代わりにサインを頼まれてしまったわ」
「サイン? なんだ、請求書か?」

 頭の固い二人には到底思い浮かばない。
 色紙にサインする請求書なんてあるのか? と追加のクエスチョンマークを浮かべるのが限界である。

「アイドルとしてファンの要望には可能な限り応えるようにしているの」

――――――――は?

 今日は散々驚かされっぱなしだ。
 今更何を言っても驚いてやらねーぜ。
 そんな心構えだった透哉とホタルに本日最大火力の爆弾が投下された。

「私、十二学区の学生アイドルグループ『エレメント』のメンバーなのよ」

 湊は言いながら白い制服を優雅に揺らせ、軽い前傾姿勢でポーズを決めるととどめにウィンクを発射する。
 それが宇宮湊のアイドルとしての決めポーズであることなど知るよしもない。
 透哉はアイスコーヒーが、
 ホタルはホットケーキセットが、
 胃の中から逆流する気配を感じ取り、直ちに店の便所に駆け込んだ。
 後に二人はこう語る。
 嘔吐は噴火に等しく、止めるのは不可能だった、と。
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