終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第6話 十二学区。(3)

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3.
 店員の案内でウッドデッキのオープンテラスに導かれた流耶と二人。
 季節は初夏だが、この場所にも空調が行き届いているため涼しい。
 透哉とホタルはコーヒーや紅茶を優雅に楽しむために作られた木製の椅子に腰掛け、ぐったりとしつつも落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回している。
 この行為は別段周囲が気になって落ち着かないとか、好奇心からくるものではない。
 正面の流耶を直視したくないための言わば防衛本能なのだ。

「いい加減にしてくれる? さすがに腹が立ってきたのだけれど?」

 流耶は反発する磁石のように自分をチラ見してはすぐに顔を背ける透哉とホタルに不快感を露わにする。
 頬杖を突いて机を指で叩き、目つきを尖らせいつもの調子で話す流耶に透哉とホタルは、

「いいぞ、その調子だ! そのゴミを見るような目と冷めた口調最高だ!」
「私もそう思うぞ、御波! 相手を馬鹿にした風な言葉や汚い言葉を選べば更に良くなると思うぞ!」

 まさかの大絶賛。
 思わず席を立ち上がって身を乗り出し、奇妙な性癖に目覚めたように流耶に罵詈雑言を求める。
 早い話、駅を出てからの世界観の違いと唯一の案内人である流耶の変貌ぶりに二人ともおかしくなっている。

「今は人目がないから問題ないわ。でも、ここでの立場を保つためにはある程度で我慢してほしいわ、ねっ!」
「「ぬおおおおぉぉぉぉ!!!」」

 流耶は言い終わりに報復と言わんばかりにウィンクを付け加える。
 二人は揃ってテーブルに額を打ち付け痛みで記憶を破壊する。

「……学園に戻ったら覚えていろよ」
「今ウィンクした方の眼球にフォークを突き刺してやる」
「相当参っているみたいね。とりあえず何か注文しなさい。代金は私が持つから好きな物を頼むといいわ」

 流耶は憐れみを込めて言いながら、立てかけてあったメニューを取り、テーブルに突っ伏したまま煙を噴いて動かない二人に差し出す。

「む、食べ物でごまかすつもりか、私はそんな手に――なんだこれはうまそうだな」
「おい、言い終わる前に食欲に負けるな。それに今何か食べたら本気で戻しかねん」

 流耶の方を見ながらメニューに釘付けのホタルに自制を求める。
 透哉の心配をよそに流耶が手近な店員に声をかけて席へ呼んだ。

「ご注文をお伺いします」
「私はダージリンを」
「はい、ダージリンを一つ」

 まずは流耶が紅茶を。

「ホットケーキセットを一つ!」
「ホットケーキセットを一つ。お飲み物は何になさいますか?」
「飲み物……」

 ホタルは勢いよくホットケーキセットを。
 しかし、ホットケーキで頭がいっぱいだったせいで飲み物を決めていなかったらしい。メニューを開き、ぐぬぬとうなり声を上げ始めた。
 どうやら嗜好品の類いには縁がないらしく、どれが何か分からないようだ。

「無難なのはブレンドね。甘い方がいいならカフェオレがいいと思うわ」

 ニコニコ顔の流耶の助け船を受け、

「か、カフェオレを頼む」
「は、はい。畏まりました」

 引きつった顔をしたホタルも注文を済ませる。

「俺はアイスコーヒー」
「はい、アイスコーヒーを一つ」

 店員は注文を復唱した後一礼して厨房の方に向かう。

「んで、何で今日は俺たちをここに呼んだ? まさかお茶するためとは言わねーだろ?」
「詳細は二人が学園に戻ってから話すわ。今はここで見られる範囲のことを覚えておいて。十二学区の存在を知り、僅かでも理解して帰ることに意味があるの」

 それでは遠足と変わらないではないか。透哉は内心で思いつつ、十二学区に入ってからの出来事を振り返ってみる。
 十二学区をすっぽり覆うドーム状の何か。
 すり鉢状の地形に詰め込まれた広大な町並み。
 奇抜な色の制服に身を包んだ学区内の学生たち。
 そして、眼前の流耶なのに流耶じゃない流耶。

(…………、)

 至って真面目に思考していたはずなのに、最後の一つで全てがどうでも良くなってきた。
 いっそ殴って無理にでも話をさせてこの蟠りを解消してやろうか。そんな粗暴な発想が脳裏を過ぎるが、今の流耶に手を上げるのは良心が痛むし、店側の迷惑も考慮するべきである。
 さて、どうしたものか。

「お待たせ致しました」

 透哉の思考に割って入ったのは店員の丁寧な口調と柔和な笑みだった。
 無駄のない手つきで注文の品をテーブルに並べると、店員は一礼して厨房へと戻っていった。
 ここの厨房にも学園の食堂みたいにピンクの毒キノコが生息しているのだろうか? とんでなく失礼なことを考えながらアイスコーヒーを一口啜る。
 透哉の全身に稲妻級の衝撃が走った。

「なんだこれ、どちゃクソうめぇ!」
「大袈裟じゃないかしら?」
「お前、俺がコーヒー入れるの下手クソなの知ってんだろ?」
「コーヒーを入れる過程にすり鉢を挟む人間がコーヒーを語るのは失礼じゃないかしら?」
「う……っ」

 流耶の的確な訴えに透哉は返す言葉が思いつかず、黙ってカップに口をつける。再び衝撃が走る。
 透哉は余りのおいしさに仰け反り、震えている手を押さえ込みながらテーブルにカップを置き直す。

「これが、十二学区の力なのか……!」
「違うわ」
「そうか……ところでこれ飲んだらどーすんだ?」
「ふふ、どうしようかしらね?」

 やはり人目があって話しづらいことなのか、肝心な部分をぼかしたまま流耶は紅茶を楽しんでいる。

「なるほど、理解した。十二学区はうまい。これにつきる」

 コーヒー一杯に驚嘆する透哉の隣、ホタルは真剣な顔つきでメープルシロップをたっぷりかけたホットケーキを頬張り断言する。
 のんびりくつろぎモードに移行したホタルは無視して、テラスからの景色と行き来する生徒を眺めながら依然として震える手でアイスコーヒーをすする透哉の背後。
 ウッドデッキを踏みしめる他とは異なる足音に無意識に振り向く。

「なっ」

 透哉は思わず息をのんだ。
 視線の先にいたのは身長が二メートル近い大柄の男。しかし、透哉の驚きは単純な大きさが理由ではない。
 異常に前方に突き出した口角。尖った三角の耳。頭部を全て灰色の毛で覆われた異形の姿。
 反面腕は少し毛深い程度にとどまり、二足で歩く姿はあくまで人間。
 狼男と言って遜色ない風貌の巨躯が歩いてきた。

「――なんだ。そんなに魔人まじんが珍しいか」
「いや、えっと」

 目を剥いて驚く透哉の視線に気づいた狼男は他の人間と何ら変わらない口調で透哉に尋ねた。
 狼男に話しかけられたこと、耳慣れない単語を口にしたこと、その両方に戸惑い咄嗟に言葉が出てこなかった。

「ごめんなさい、不快にさせてしまったわね。この子たちは私の友人で学区の外から遊びに来ているの」

 流耶が仲裁に入ると狼男は見た目とは裏腹に、はっとした顔をした。精緻な剥製がコミカルな着ぐるみに見えてしまうほどの変貌振りだった。
 狼男は直ちに表情を改め、険の取れた顔を透哉に向けると謝罪した。

「むむ、宇宮うみや殿の知人か! ならば仕方なし。御客人、非礼を詫びる」
「あぁ、俺の方こそ悪かった。余りに突然のことだったから驚いた」

 相手の粛々とした態度に普段なら粗暴な口調の透哉も素直に謝罪を返した。
 流耶に大人しくするように言われたこととは別、狼男の威風堂々とした言動に畏怖したからなのだ。
 狼男の喧嘩腰な言葉は、自分を仰ぎ見る奇異の目に不快感を覚えたからに過ぎなかった。原因は透哉の無知にあったとしても、事情を瞬時に受け入れる度量の大きさはたいした物である。
 無知とはときとして無意識な暴力になる。

「誤解も解けたようなのでこれで失礼する。それがしも腹が減った」
「ええ、またね」

 流耶が軽く手を振って挨拶すると狼男は三人の席を後にした。
 動揺が抑えられない透哉とは違い、ホタルは変わらないペースでホットケーキを食べ続けている。

「御波は魔人に会ったことがないのか?」
「――会うも何も、今存在を初めて知った。逆に聞くが、源はあるのか?」
「私はメサイアにいたときに数度だけな」
「ちなみに魔人って言うのは大まかに説明すると身体に魔力の影響を受けた人間のことよ」

 少し解釈に困っていた透哉に流耶がそっと説明を付け加える。その余りの親切設計に、やはり流耶とは全くの別人なのではと疑いたくなる。
 しかし、着衣に違いがあるだけで本質は流耶と同じことを先程見せた歪んだ表情が証明している。
 異なる環境で育った姉妹が違う成長を遂げた、そんな感じだろうと透哉は思うことにした。

「その反対が人魔じんま。現代風に言うとエンチャンターね」
「人魔?」
「エンチャンターもとい、人魔は『魔力を変質して扱う者』よ。そして、魔人は『魔力に変質させられた者』という意味よ」

 耳慣れない言葉に透哉は聞き返した。

「エンチャンターは人魔に属する俗称の一つで、人魔という呼び名は含意がもっと広い物なのよ」

 なるほどなー。とコーヒーを啜りながら流耶の論議に耳を傾ける。

「じゃあ、普通の人間はどっちに該当するんだ? 外見に変化がないから人魔なのか?」
「どちらでもないけれど、どちらにもなる可能性があるわ。単純に体内の魔力が少ないから扱えず、肉体にも変化が及ばないだけだから」
「なんだ、ややこしいぞ。と言うか、私たちは課外授業にきたのか?」

 ホットケーキに舌鼓を打っていたホタルが不機嫌そうに口からフォークを引き抜いた。鼻のてっぺんにクリームを、頬に食べかすを付けているせいで子供が拗ねている風にしか見ない。

「要約すると彼は外見こそ狼の姿をしているけど中身は至って普通の学生よ」
「普通、ねぇ?」

 普通の学生って何だろう。学園の知人を脳裏に浮かべながら改めて考えると普通って案外幅が広いのかもしれない。

「さっきのことで理解したと思うけれど、多少外見が違うからって変な目で見ると魔人蔑視と捉えられることがあるから気をつけることね」
「ああ、みたいだな」

 先刻言われた「僅かでも理解して帰る」の意味を経験として理解した。
 一つ飛ばした席に着いた狼男の背を、何を食べるんだろう? やはり肉だろうか? と若干の偏見が混ざる思考で眺める。

『注文を頼む。フレンチトーストにカフェオレ。食後にチョコレートケーキとアイスクリームを所望する』
(めちゃくちゃの甘党っ!)

 普通であることも、偏見を持つことも、よく分からなくなる透哉だった。
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