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第二章
第6話 十二学区。(2)
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2.
地上に降りた透哉は思わず空を見上げた。
話をしながら降りてきたのではっきりとした数は不明だが、エスカレーターを十回以上往復した気がする。
その感覚に誤りはなく、首が痛くなるほど上空を見上げても展望エントランスはうっすらとしか見えない。
代わりに視界に飛び込んできたのは、駅ビルの外壁に貼られた大量の広告と店舗の看板。みっしりと敷き詰められたそれらはさながら切り絵のようだった。
そして、その象徴とでも言えばいいのか、真ん中に設けられた巨大なディスプレイは絶えず違う電子広告を表示している。
とにかく、右を見ても左を見ても情報で溢れ埋め尽くされた。
「何だこの騒がしい世界は……」
「どうかしたのかしら、透哉?」
都会耐性皆無な透哉はくたびれた顔でぽつりと漏らす。
そんな透哉を見て失笑を漏らす流耶。
いつもの嘲り混じりの笑いではなく、いじらしい子供の仕草に思わず漏らしたような笑みだった。
不覚にも今の流耶にはとてもよく似合っていた。
そんな風に思ってしまった自分が悔しくて透哉は顔を背け「なんでもねぇよ」と言って先を促す。
「しかし、こんなに堂々とうろついていて大丈夫なのか?」
移動を再開して間もなく。
ややそわそわとした様子の透哉は前を行く流耶の背に聞いた。
隣のホタルも同様で、忙しなく首を左右に振っては目を瞬かせている。行く先々にある物全てが珍しいのだろう。
「このエリアに関しては問題ないわ。ここは十二学区のどの学区の監視下にもないパレットと言われる共有区画だから」
「監視? なんだ、急に物騒じゃねぇか?」
電車を使って正面から来たとは言え、十二学区への侵入を自覚している透哉は物々しい響きに僅かに怯む。監視下にないと説明されても妙な後ろめたさが付きまとい、周囲を意識してしまう。
そんな透哉の姿を流耶は振り向きながらに見て笑みを零す。
「ええ。十二学区全てが夜ノ島学園とは言え、学区ごとにカリキュラムは異なるし、生徒の種類や研究内容も全く別の物。情報漏洩は論外な上、敵対関係にある学区もあるわ」
「敵対関係? 学園同士が?」
透哉は訝しげな表情を作って首を傾げる。
所詮、学園というのは年度によって中身が変わる巨大な飼育箱なのだ。
学園の間に長年の因縁が存在し、入学段階から洗脳染みた教育が行われているなら話は別だが、生徒間の些末な軋轢や衝突が常時発生しているとは考えにくい。
「十二学区が学園を主軸にした街とは言え、企業の傘下に置かれている学園もあるの。だから傘下の学園ともなれば企業側の機密情報の一部も持っているでしょうし、敵対関係が成立するのは自然じゃないかしら?」
「企業同士の競り合いに学園と生徒が巻き込まれてるってのか?」
「一言で言ってしまうとそうね。そして、企業側も生徒を囲って行く行くは取り込みたいという思惑があるから見事に悪循環しているわね」
「要するに、刷り込みと青田買いってことか?」
「その通りよ。でも、現実はそんな優しい物ではないわね。田植えから行っている学区もあるぐらいだから」
流耶から始めに聞いたとおり学園を有した巨大な街だと考えていたので、急に見え隠れした大人たちの影にきな臭い雰囲気を感じずにはいられない。
十二学区に入ってまだほんの僅か。しかも世間話みたいな内容をかわしたに過ぎない。
しかし、既に半身を沼に浸した気分に陥る。
「詳しいんだな?」
「この程度知らないとこんな場所で生活できないわね」
言いながら流耶が目を細める。
詮索するまでもなく、十二学区の内情を熟知していると察した。酸いも甘いも知りその上で何かを企てている、そんな顔をしている。
華やかな様相とあどけない表情からは想像も出来ない闇の片鱗を見た気がした。
「ちなみに、特に入場制限は設けられていないから朝松市からの出入りも普通にあるわ」
「随分開けているんだな。大丈夫なのか?」
「ええ。解放されているのはパレットだけで各学区には検問を通らないと入れないから」
「あくまでここは玄関の役割ってことか?」
「そんなところね。まぁ、言いようによっては無法地帯ね」
「無法地帯、ねぇ?」
透哉は改めて物騒なんだな、と思いつつ周囲を窺っても広がる景色は物騒とはほど遠い。しかも朝松市からの出入りがあると聞かされたら普通の商店街と変わりない。
「ぶっ」
思い出したようにホタルに視線を転じると透哉は吹き出した。
歩き始めてから一向に会話に入ってくる気配を見せないと思ったら、設計ミスされたロボットのように左右の同じ手足を同時に出してフラフラと歩いていた。
緊張がピークに達しているようだ。
その後も流耶に引率された二人は周囲の状況を説明されながら十二学区を歩いた。
移動中にもかかわらず流耶はたくさんの学生に声をかけられ、その都度愛想良く当たり障りのない社交辞令を返し続けていた。
こちらに在籍する流耶は大層人望があるらしく、その度笑みを振りまいている。表裏がコロコロ変わる流耶を見ていると甘みと苦みを交互に味わっている気分になる。
同行者である二人も時折話しかけられたが、「大丈夫です」と引きつった笑みを返すので精一杯である。
「あんなの流耶じゃない。あれは偽物だ」
「そうだぞ御波。騙されるな。本物はもっとドロドロしている学園にたくさんいる奴だ」
青い顔をしてブツブツ呟いていたら声をかけられるのは当然である。二人に話しかけてきた者たちはいずれも体調を心配してのことだった。見知らぬ土地と言うことで警戒していたが、案外親切な人が多いのかもしれない。
学区内の人々の優しさに触れつつ、お上品オーラ全開の流耶の先導で一同はパレット内に設けられた飲食店に到着した。
地上に降りた透哉は思わず空を見上げた。
話をしながら降りてきたのではっきりとした数は不明だが、エスカレーターを十回以上往復した気がする。
その感覚に誤りはなく、首が痛くなるほど上空を見上げても展望エントランスはうっすらとしか見えない。
代わりに視界に飛び込んできたのは、駅ビルの外壁に貼られた大量の広告と店舗の看板。みっしりと敷き詰められたそれらはさながら切り絵のようだった。
そして、その象徴とでも言えばいいのか、真ん中に設けられた巨大なディスプレイは絶えず違う電子広告を表示している。
とにかく、右を見ても左を見ても情報で溢れ埋め尽くされた。
「何だこの騒がしい世界は……」
「どうかしたのかしら、透哉?」
都会耐性皆無な透哉はくたびれた顔でぽつりと漏らす。
そんな透哉を見て失笑を漏らす流耶。
いつもの嘲り混じりの笑いではなく、いじらしい子供の仕草に思わず漏らしたような笑みだった。
不覚にも今の流耶にはとてもよく似合っていた。
そんな風に思ってしまった自分が悔しくて透哉は顔を背け「なんでもねぇよ」と言って先を促す。
「しかし、こんなに堂々とうろついていて大丈夫なのか?」
移動を再開して間もなく。
ややそわそわとした様子の透哉は前を行く流耶の背に聞いた。
隣のホタルも同様で、忙しなく首を左右に振っては目を瞬かせている。行く先々にある物全てが珍しいのだろう。
「このエリアに関しては問題ないわ。ここは十二学区のどの学区の監視下にもないパレットと言われる共有区画だから」
「監視? なんだ、急に物騒じゃねぇか?」
電車を使って正面から来たとは言え、十二学区への侵入を自覚している透哉は物々しい響きに僅かに怯む。監視下にないと説明されても妙な後ろめたさが付きまとい、周囲を意識してしまう。
そんな透哉の姿を流耶は振り向きながらに見て笑みを零す。
「ええ。十二学区全てが夜ノ島学園とは言え、学区ごとにカリキュラムは異なるし、生徒の種類や研究内容も全く別の物。情報漏洩は論外な上、敵対関係にある学区もあるわ」
「敵対関係? 学園同士が?」
透哉は訝しげな表情を作って首を傾げる。
所詮、学園というのは年度によって中身が変わる巨大な飼育箱なのだ。
学園の間に長年の因縁が存在し、入学段階から洗脳染みた教育が行われているなら話は別だが、生徒間の些末な軋轢や衝突が常時発生しているとは考えにくい。
「十二学区が学園を主軸にした街とは言え、企業の傘下に置かれている学園もあるの。だから傘下の学園ともなれば企業側の機密情報の一部も持っているでしょうし、敵対関係が成立するのは自然じゃないかしら?」
「企業同士の競り合いに学園と生徒が巻き込まれてるってのか?」
「一言で言ってしまうとそうね。そして、企業側も生徒を囲って行く行くは取り込みたいという思惑があるから見事に悪循環しているわね」
「要するに、刷り込みと青田買いってことか?」
「その通りよ。でも、現実はそんな優しい物ではないわね。田植えから行っている学区もあるぐらいだから」
流耶から始めに聞いたとおり学園を有した巨大な街だと考えていたので、急に見え隠れした大人たちの影にきな臭い雰囲気を感じずにはいられない。
十二学区に入ってまだほんの僅か。しかも世間話みたいな内容をかわしたに過ぎない。
しかし、既に半身を沼に浸した気分に陥る。
「詳しいんだな?」
「この程度知らないとこんな場所で生活できないわね」
言いながら流耶が目を細める。
詮索するまでもなく、十二学区の内情を熟知していると察した。酸いも甘いも知りその上で何かを企てている、そんな顔をしている。
華やかな様相とあどけない表情からは想像も出来ない闇の片鱗を見た気がした。
「ちなみに、特に入場制限は設けられていないから朝松市からの出入りも普通にあるわ」
「随分開けているんだな。大丈夫なのか?」
「ええ。解放されているのはパレットだけで各学区には検問を通らないと入れないから」
「あくまでここは玄関の役割ってことか?」
「そんなところね。まぁ、言いようによっては無法地帯ね」
「無法地帯、ねぇ?」
透哉は改めて物騒なんだな、と思いつつ周囲を窺っても広がる景色は物騒とはほど遠い。しかも朝松市からの出入りがあると聞かされたら普通の商店街と変わりない。
「ぶっ」
思い出したようにホタルに視線を転じると透哉は吹き出した。
歩き始めてから一向に会話に入ってくる気配を見せないと思ったら、設計ミスされたロボットのように左右の同じ手足を同時に出してフラフラと歩いていた。
緊張がピークに達しているようだ。
その後も流耶に引率された二人は周囲の状況を説明されながら十二学区を歩いた。
移動中にもかかわらず流耶はたくさんの学生に声をかけられ、その都度愛想良く当たり障りのない社交辞令を返し続けていた。
こちらに在籍する流耶は大層人望があるらしく、その度笑みを振りまいている。表裏がコロコロ変わる流耶を見ていると甘みと苦みを交互に味わっている気分になる。
同行者である二人も時折話しかけられたが、「大丈夫です」と引きつった笑みを返すので精一杯である。
「あんなの流耶じゃない。あれは偽物だ」
「そうだぞ御波。騙されるな。本物はもっとドロドロしている学園にたくさんいる奴だ」
青い顔をしてブツブツ呟いていたら声をかけられるのは当然である。二人に話しかけてきた者たちはいずれも体調を心配してのことだった。見知らぬ土地と言うことで警戒していたが、案外親切な人が多いのかもしれない。
学区内の人々の優しさに触れつつ、お上品オーラ全開の流耶の先導で一同はパレット内に設けられた飲食店に到着した。
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