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第二章
第5話 七夕祭。(2)
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2.
二限目終了後の休み時間。
透哉は職員室に訪れていた。
「実行委員会本当にやる気あるの?」
「ある」
ホームルームの後に矢場に来るよう命じられただけで、望んだ来訪ではない。
透哉が釈然としないまま訪ねてくると第一声で聞かれた。
矢場の質問はド直球だが、透哉は言葉の球威に怯むことなく答えた。
「結構大変よ? やれる?」
「やる。やりたい」
透哉は力強く頷いた。
やると決めたらやる。
松風の処遇に一石を投じたい気持ちは勿論だが、自分の決意に背く真似をしたくなかった。
「そ、なら止めないわ。御波、あんたの思うようにやりなさい」
透哉の熱意に負けたとばかりに矢場は肩をすくめながらも了承した。
矢場は慎重な言葉選びに勤めたつもりだったが、捉え方によっては脅しにも聞こえる言葉を選んでいた。
生徒の意思を尊重したいと思うのは本心だが、それは大衆向けの建前。
矢場も二年五組の面々と同じで、透哉の急な立候補を不審とまでは行かないながらも奇妙に思っていた。
だから担任として、大人としての責任から真意を確かめる必要があったのだ。
例え生徒にきつい言葉を吐き、疑う真似をしたとしても。
けれどその反面、日々の悩みの種である生徒の行事への積極的な参加は歓待するところなのだ。
話が急すぎた、それだけの話だ。矢場に妨害の意図は微塵もなかった。
一方で透哉もあっさりと代表が自分に決まったことに拍子抜けしていた。
立候補者多数で決選投票になることよりも、自分の出馬への反発を予想していたからだ。
表面化しなかっただけで、クラスの中にあった葛藤を透哉は知らない。
そして、すんなり決定した割に教室内に漂う空気からは歓迎の色は窺えなかった。都合がいいと流耶には言い切ったものの、余り気分は良くなかった。
そんな心境の中、受けた呼び出し。
矢場からの強めの言葉は日頃の行いが原因だが、不思議と圧力のようなものは感じなかった。
期待やエールにも取れるそれが透哉に代表者としての自覚を持たせ、強く意識させた。
矢場は表情を和らげると椅子に深く座り直し、缶コーヒーに口を付ける。
「これを機会にクラスの仲間と仲良くすることね」
「仲間ねぇ……」
「友達って大事よ?」
矢場は怪訝な顔をする透哉により恥ずかしさを強調する言葉で追い打ちをかける。
「冗談じゃないんだろうが、言い回しはわざとだな」
「にひひ、バレたか」
矢場はニヤニヤと笑みを浮かべながら再度缶を傾ける。
完全にからかわれている。
苛立ちには繋がらなかったが、文句や嫌味の一つでも言い返さないと気が済まなかった。
「かく言うあんたは、さぞ、お友達が多かったことだろうな」
「……っ」
いじられた報復にと透哉は皮肉交じりの言葉を返した。それは頬をつつかれた仕返しに軽く小突く、そんな気軽さ。
しかし、ほんの一瞬。瞬きをすれば見逃したであろう僅かな時間、矢場の顔から笑みが消えた。
「それがね、そーでもないのよ。私友達いないのよねー」
矢場は照れたように笑いながら頭を振る。
逆に透哉は目を丸くして驚きを露わにする。
寸前に見せた表情もさることながら、嘘や謙遜に聞こえなかったからだ。
透哉から見た矢場は多少がさつな面はあるが面倒見がいい教師と言える。実際慕っている生徒も多い。
だから、学生時代も含めて交友関係はそれなりに広いと思っていた。
「学生時代はガリ勉で本の虫だったとか言わねーだろうな?」
「はははっ! それはないわね」
矢場はカラカラと笑うと、先程と同じようにフッと電池が切れたみたいに表情を消し、小声で続けた。
「ただ、ちょっと回りから浮いた行動をしたせいでみんなに見放されちゃったのよ」
矢場の表情から正確な感情を読み取ることはできなかった。
悔恨、反省、懺悔、いずれとも違う感情に思えた。
「御波、あんたは自分が正しいと思ったことをしているんでしょ?」
「ああ」
「だったら、突き進みなさい。仲間たちと一緒に。背中は私たち大人が押してあげるから」
うまく煙に巻かれた気がする透哉だが、追求はしなかった。
追求できなかった。
矢場の無表情の奥に潜む何かが恐ろしくて。
透哉は不気味な感覚を引き連れたまま職員室を出た。
『嵐子の交友関係が七夕祭には関係ないから追求しなかった』
と、言う追求を断念した正当な理由を思いついたのは、教室を目指し、廊下を歩き始めて少し経ってからだった。
二限目終了後の休み時間。
透哉は職員室に訪れていた。
「実行委員会本当にやる気あるの?」
「ある」
ホームルームの後に矢場に来るよう命じられただけで、望んだ来訪ではない。
透哉が釈然としないまま訪ねてくると第一声で聞かれた。
矢場の質問はド直球だが、透哉は言葉の球威に怯むことなく答えた。
「結構大変よ? やれる?」
「やる。やりたい」
透哉は力強く頷いた。
やると決めたらやる。
松風の処遇に一石を投じたい気持ちは勿論だが、自分の決意に背く真似をしたくなかった。
「そ、なら止めないわ。御波、あんたの思うようにやりなさい」
透哉の熱意に負けたとばかりに矢場は肩をすくめながらも了承した。
矢場は慎重な言葉選びに勤めたつもりだったが、捉え方によっては脅しにも聞こえる言葉を選んでいた。
生徒の意思を尊重したいと思うのは本心だが、それは大衆向けの建前。
矢場も二年五組の面々と同じで、透哉の急な立候補を不審とまでは行かないながらも奇妙に思っていた。
だから担任として、大人としての責任から真意を確かめる必要があったのだ。
例え生徒にきつい言葉を吐き、疑う真似をしたとしても。
けれどその反面、日々の悩みの種である生徒の行事への積極的な参加は歓待するところなのだ。
話が急すぎた、それだけの話だ。矢場に妨害の意図は微塵もなかった。
一方で透哉もあっさりと代表が自分に決まったことに拍子抜けしていた。
立候補者多数で決選投票になることよりも、自分の出馬への反発を予想していたからだ。
表面化しなかっただけで、クラスの中にあった葛藤を透哉は知らない。
そして、すんなり決定した割に教室内に漂う空気からは歓迎の色は窺えなかった。都合がいいと流耶には言い切ったものの、余り気分は良くなかった。
そんな心境の中、受けた呼び出し。
矢場からの強めの言葉は日頃の行いが原因だが、不思議と圧力のようなものは感じなかった。
期待やエールにも取れるそれが透哉に代表者としての自覚を持たせ、強く意識させた。
矢場は表情を和らげると椅子に深く座り直し、缶コーヒーに口を付ける。
「これを機会にクラスの仲間と仲良くすることね」
「仲間ねぇ……」
「友達って大事よ?」
矢場は怪訝な顔をする透哉により恥ずかしさを強調する言葉で追い打ちをかける。
「冗談じゃないんだろうが、言い回しはわざとだな」
「にひひ、バレたか」
矢場はニヤニヤと笑みを浮かべながら再度缶を傾ける。
完全にからかわれている。
苛立ちには繋がらなかったが、文句や嫌味の一つでも言い返さないと気が済まなかった。
「かく言うあんたは、さぞ、お友達が多かったことだろうな」
「……っ」
いじられた報復にと透哉は皮肉交じりの言葉を返した。それは頬をつつかれた仕返しに軽く小突く、そんな気軽さ。
しかし、ほんの一瞬。瞬きをすれば見逃したであろう僅かな時間、矢場の顔から笑みが消えた。
「それがね、そーでもないのよ。私友達いないのよねー」
矢場は照れたように笑いながら頭を振る。
逆に透哉は目を丸くして驚きを露わにする。
寸前に見せた表情もさることながら、嘘や謙遜に聞こえなかったからだ。
透哉から見た矢場は多少がさつな面はあるが面倒見がいい教師と言える。実際慕っている生徒も多い。
だから、学生時代も含めて交友関係はそれなりに広いと思っていた。
「学生時代はガリ勉で本の虫だったとか言わねーだろうな?」
「はははっ! それはないわね」
矢場はカラカラと笑うと、先程と同じようにフッと電池が切れたみたいに表情を消し、小声で続けた。
「ただ、ちょっと回りから浮いた行動をしたせいでみんなに見放されちゃったのよ」
矢場の表情から正確な感情を読み取ることはできなかった。
悔恨、反省、懺悔、いずれとも違う感情に思えた。
「御波、あんたは自分が正しいと思ったことをしているんでしょ?」
「ああ」
「だったら、突き進みなさい。仲間たちと一緒に。背中は私たち大人が押してあげるから」
うまく煙に巻かれた気がする透哉だが、追求はしなかった。
追求できなかった。
矢場の無表情の奥に潜む何かが恐ろしくて。
透哉は不気味な感覚を引き連れたまま職員室を出た。
『嵐子の交友関係が七夕祭には関係ないから追求しなかった』
と、言う追求を断念した正当な理由を思いついたのは、教室を目指し、廊下を歩き始めて少し経ってからだった。
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