終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第5話 七夕祭。(1)

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1.
 学校行事は基本的に生徒が主体となり、生徒のために行われるものである。
 一ヶ月後に迫る七夕祭を前に生徒たちの間にはそわそわと浮ついた空気が流れている。
 しかし、教師陣からすれば面倒な年中行事に過ぎず、仕事の一環と冷めている教師が大半を占める。希に一緒になって騒ぎ立てるお祭り好きの教師もいるが、夜ノ島学園においてその存在はかなり少数派になる。
 二年五組担任矢場嵐子は後者に当たり、一見気だるそうに振る舞いつつも、内心はどんな七夕祭になるだろうかとワクワクしていた。率先して舵を取りたい欲求を内に秘めつつ、生徒たちの意思を重視する形で見守り、必要に応じて猛烈にバックアップするつもりでいる。
 幸か不幸か、二年五組には教師を巻き込んで七夕祭を盛り上げる下地が既に整っていた。
 しかし、実行委員さえ決まっていない今の状況では矢場にすることはなく、代わりに黒板の前に立って進行している源ホタルを尻目に出席簿を眺めている。
 二年五組ではよくあるホームルームの風景である。
 普段の授業とは違い若干の賑わいを見せる教室内。単なる私語とは違い、来たる七夕祭に向けての話題が締めている。
 学校行事の一環だとしてもお祭りはお祭り。多少の温度差はあれど、楽しみにしている生徒が多いのだろう。
 そんな中、緊張から顔をこわばらせている生徒がいる。

(さて、どうしたものか)

 壇上のホタルである。
 このホームルームを迎えるに当たって一つの大役を任されている。
 それは御波透哉をクラスの代表として七夕祭の実行委員に抜擢すること。
 最早、密命と呼び変えるに相応しい無理難題にずっと頭を悩ませている。

(無理だろうなぁ。いや、もしかしたら……やっぱり無理だなぁ)

 今日は起床してからここに至るまでホタルらしからぬ弱音が延々繰り返されている。
 それらのマイナス感情を顔には出さず、内心では「どうしよ、どうしよ」と思いながら議題を黒板に書き込んでいく。
 実行委員は男女一人ずつの計二名。
 いっそ、透哉の名前を勝手に書いてしまおうか。そんなことを思う。

「えーっと、七夕祭の実行委員をやりたい人はいるか?」

 ホタルは黒板に向かったままひとまず、挙手による立候補者を募ってみる。どこか投げやりなのはどうせ立候補者なんていないと思っているからであり、抽選用のくじも予め用意してある。

(しまった、どうせくじで抽選するなら細工をしておけば良かったのではないか!?)

 ホタルの後悔などつゆ知らず、夜なべして作られたくじの箱が教卓の上で出番を待っている。
 と、行い損ねた不正を悔いつつ板書するホタルの隣で、矢場が椅子からずり落ちた。
 ホタルが横目で見ると、寝起きに目覚まし時計を見たら昼を過ぎていたみたいな顔のまま固まっている。

「?」

 訝しく思うホタルの背後で今度は複数のどよめきが起こる。
 どうしたのだろう。また松風が粗相でもしたのだろうか。でもこっちはそれどころではない。あの御波透哉を、どうせつまらなさそうにこっちを見ているか、そもそも興味がないから寝ていると予測される男子生徒を実行委員に仕立て上げなくてはならないのだ。
 多少のことでは驚かんぞ。
 ホタルはまるで何かに挑むような心構えで振り返り、目覚まし時計を見たら昼過ぎだったみたいな顔になって固まった。

「……御波、お前何をしている? ははん、さては寝癖が直らないのだな?」
「いや、右手を挙げたまま固まるってどんな寝癖だよ」

 肘をピンと伸ばし挙手している風に見える透哉に、ホタルが引きつった笑みを浮かべてたずねる。
 当然、右手を挙げたまま固まる寝癖なんてあるはずがない。ホタルはそれくらい混乱していた。

「七夕祭の実行委員会に立候補してんだけど」
「お、お前っ、何を考えている!?」

 透哉の言葉に慄くあまり、ホタルは背中から黒板に激突する。
 ホタルのオーバーリアクションに教室内が一瞬ざわつくが、今の透哉はその程度では怯まない。

「あ? そりゃ、七夕祭を成功させるために尽力したくて立候補してんだけど?」

 その言葉を聞いてホタルは気を利かせて立候補してくれたんだ。助かったわ。うふふとかは思わない。
 立候補だの尽力だの、透哉の口から出てくるとは思えない言葉の連続にクラス一同も慄いた。
 中には椅子ごと背後に転倒する者まで現れた。

「冗談だろ?」
「本気だ」

 透哉は短く返事をする。変に言い訳したり誇張したりしない分、真剣みが増す。
 しかし、その程度では事態は覆らない。
 依然、教室の中では小声の応酬が鳴り止まない。普段ならその不快な雑音を睨んで黙らせる透哉だが、今日ばかりはまっすぐに前を向き意欲に満ちた目を輝かせ、挙手の状態を保っている。
 教室内の大多数が面倒事は誰かに押し付けて学園祭の楽しい部分だけ謳歌したい、そう思っている。
 が、一任するのが御波透哉では話が変わってくる。こいつにやらせるくらいなら自分が取って代わった方がマシくらいには考えてしまう。
 協力とか助け合いとかマルチプレイとかがとにかく似合わない。暴力、独断専行、越権行為こっちの方が百倍くらいしっくりくるし、実際その通りだ。
 誰もが透哉の選任を阻止したいが、実行委員にはなりたくない。
 それ以上に御波透哉に逆らいたくない。
 もし許されるなら波風が立たないように誰かが納めてくれないかと卑怯にも願うことしかできない。
 一同の目線は無意識の内に、椅子に座り直した矢場に集中した。
 しかし、意を汲んだ矢場が容易く期待を裏切る。
 あくまで教師として、一人の生徒である透哉の自主性を尊重する形で。

「まぁ、止める理由はないし。いいんじゃない? 学校行事に自主的に参加したがるのは」

 矢場は言い終えるとホタルからチョークを受け取り黒板に透哉の名前を書き記す。
 まだ立候補の段階なのだが、教室内は既に透哉の実行委員を決定づけている。
 候補者が透哉一人であることは当然として、あとから妨害する形で名乗りを上げる者が現われる空気ではなかったからだ。女子たちは近場の男子に目線を向けては暗に立候補を促す。
 けれど女子たちの願いを汲み取り、透哉に戦いを挑む勇敢な者はとうとう現われなかった。

「じゃあ、男子の実行委員は御波に決定」

 矢場は室内の空気を読み取りつつ、半ば強引に決定して透哉の名前の上に赤いチョークで花丸を描く。
 やべぇ、学園祭が爆発する、とんでもないことになったと、クラス一同がうろたえるのも束の間。

「後は女子なんだけど立候補する人はいない?」

 矢場の問いに臆病な男子連中に非難の目を向けていた女子たちが驚きで跳ねた。
 実行委員は原則各クラス男女一人ずつの計二名。
 人ごとと思って御波透哉との激突を扇動していた女子たちが我が見に振りかかろうとする厄災に震え上がったのだ。
 もちろん透哉と肩を並べてクラスの代表になりたがる女子はこの教室の中には居らず、先程とは打って変わって嵐が通り過ぎるのを待つように顔を伏せて誰一人口を開こうとしなかった。
 その都合のいい様を指摘する者も居らず、教室内は自然と静まりかえる。

「誰も立候補しないのなら私がやるわ」

 静寂に支配された教室の中に響く、か細くも寒気を誘う声に男女全員が震え上がる。
 襟元の緑のリボンと額に巻かれた一丈の包帯を揺らせ、名乗りを上げた少女は挙手の代わりに立ち上がると腕組みをして、壇上のホタルに挑むような目つきを向ける。

「草川、流耶か」

 ホタルは息を呑み、唐突に名乗り出た女子生徒の名前をやや控えめに口にする。
 学園の全クラスに席を持つ学園の支配者にして、学園その物と言う異形。
 その流耶の正体を正しく知る者は学園に一握りだが、誰もが知っているけど誰も良く知らない都市伝説のような存在なのだ。
 透哉とは対照的な未知の恐怖が名乗りを上げたのだ。

「じゃあ、実行委員会は御波と草川に決まり。反対はないわね?」

 矢場が決定を告げる。
 透哉の名前の隣に書き並べられた名前を一瞥すると流耶は席を離れた。
 同時、教室内の緊張が解け、流耶が発声する前の状態に戻った。
 流耶はつかつかと席の間を歩くが、そのことを誰も言及するどころか気にも留めない。
 教室内から流耶が消え失せたみたいに。
 流耶は透哉の机に寄りかかると、得意げに語りかける。

「何を企んでいるのかは知らないけれど、これでこのクラスの代表はあなた一人よ。どうかしら?」
「いや、助かった」

 透哉は余計なことをするな、と反射的に言いかけて飲み込んだ。
 流耶に借りを作ったのは気に入らなかったけど、下手にパートナーがついて動きづらくなることを考えると一人で仕事できる方が動きやすいと思ったからだ。

「あら、素直ね?」

 流耶はきょとんとした後不適に笑みを浮かべ教室から出て行った。
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