終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第4話 彼らのアフタースクール(5)『絵』

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5.
 寮に到着した透哉は両開きの重厚な扉をこじ開ける。
 玄関で靴を履き替え、自室がある上の階にいくため階段に向かおうとしたところで眉根を寄せ、更に顔を顰める。
 何故ならエプロンを装着した七奈豪々吾が廊下の奥から猛ダッシュで接近する姿が見えたからだ。

「――お帰り、ブラザー! ご飯にする? お風呂にする? それとも……お・れ・さ・ま!?」
「ああ、次から次へと!」

 あまつさえ、新婚よろしくいかれたことを口走りながらである。松風のことに頭を悩ませ頭脳労働で疲弊していた透哉に今度は豪々吾が肉体労働をけしかけてきた。

「――ふっざけんなっ! ボケェエエエエ!」
「おうおう、いきなり全開だな!? だが、俺様はいつでも本気! 手加減はしねーぜぇ!?」

 気迫のこもった声を上げながら逆に距離を詰める透哉、その勇猛さに俄然やる気を滾らせた豪々吾。
 両雄の闘志が学生寮の廊下の中央で激突しようとしていた。
 豪々吾は小道具のエプロンを脱ぎ捨てると、至近距離から回し蹴り。いつものように炎を使った攻撃をしないのは狭い寮内への配慮である。
 対する透哉は両手で蹴りを受け止めると豪々吾の足首を掴み、蹴りの勢いを利用し、遠心力を上乗せして背面に――寮の廊下の壁に向かって――投げ飛ばした。
 痛快な破壊音と共に人型の穴が壁に開通する。

『何やってんだぁ! クソガキどもぉ!?』

 騒音を聞きつけ、振動を感知した寮母の怒声が上の階から降り注ぐ。
 ここ数日慣習となりつつある豪々吾の出迎え、乱闘、寮母の怒鳴り声。
 それもこれも透哉の入寮が原因だが、もっと根本的な原因は透哉が住処に使っていた旧夜ノ島学園内の小屋を焼き払った豪々吾にある。
 でも、こうして寮生として居住スペースを獲得できたのも豪々吾のおかげである。
 若干のマッチポンプ感は否めないが。
 そして、一日一つのペースで寮内にトンネルを開通している。
 三日前と一昨日開通させた穴は板と釘で雑に塞がれているが、昨日の穴はぽっかりと口を広げたまま空き部屋と直結している。
 どうやら修繕を任された用務員が諦めたらしい。
 この調子では豪々吾が卒業して寮を出て行く頃には、アリの巣のように穴だらけになってしまうかもしれない。
 ちなみに寮の施設内は校舎と違い流耶の能力圏外なので、自動で修繕されることはない。
 そうこうしている内に寮母が透哉たちのいる一階に駆け付けた。



「七奈! オメェ、今日の晩飯当番だろ! さっさとテーブル拭いて配膳の準備をしろ!」
「へへ、勝負はお預けだなブラザー!」

 到着するや否や、落雷のように豪々吾を怒鳴りつけ、顎をしゃくって一階奥の食堂を指す。
 夜ノ島学園、男子寮女子寮兼務寮母、剛田ケムリ。
 驚くべきことに食堂の珍獣、剛田楓丸の奥さんである。
 初めて知ったときは口から腸が飛び出すかと思ったが、慣れると思いのほか気にならない。
 珍獣の旦那と怪獣の奥さん、ある意味ではお似合いなのかもしれない。生まれてくる子供がダイナマイトみたいな性格をした毒キノコにならないことを祈るばかりだ。
 ジーパンとTシャツを常とし、その上から厚手の作業用のエプロンを鎧のように着用する姿が彼女の正装で、色気皆無である。
 そして、愛煙者を通り超えて溺煙者で常に煙草を口にくわえている。それは寮内でも例外ではなく、生徒たちの前でも容赦なく煙を吐き、受動喫煙を強制させている。
 一部では夜ノ島学園のチェルノブイリとまで言われ、汚染地域として問題になっている。
 ケムリ自身も楓丸や他の教職員に負けず劣らずの迫力を有していることは言うまでもない。
 けれど、彼女の豪快かつ有能な働きぶりは学園にとって必要不可欠な存在である。
 男女両方の寮内の清掃、朝夕の食事を担当し、業務量の点では食堂のピンクアフロ剛田楓丸を超えている。更に学園の厨房で働くこともしばしばある。
 くわえ煙草は調理中も健在でフライパンで炒め物をする傍ら、コンロの火を拝借して着火する始末。
 挙句、調理中の料理の中に灰を零すこともある。
 以前それを目撃した生徒が注意したところ、

「好き嫌いせずに食べなさい」

 と、無茶なことを言われ、口の中に流し込まれた。
 料理がおいしかったこと、体に異常がなかったのは幸いだが行動そのものは破天荒極まりない。

(しかし、何でこの学園の厨房には変なのしかいねーんだ)

 透哉は失礼なことを心中で呟きながら、なんとなく立ち去るタイミングを逃した。
 ケムリは豪々吾が指示通り食堂に戻ったのを確認すると階段下の物置に頭を突っ込み、中から補修用の板材を取り出した。
 壁の穴を指で雑に採寸すると板材を手刀で切り分け、エプロンのポケットから釘と金槌を取り出し手早く修理する。大工さんもびっくりの恐ろしい手際である。

「ったく、用務員のじじい昨日の穴の修理してないじゃねーか」

 ケムリは未補修の別の穴を見つけると、悪態を吐きながら追加の板材を持ってきて同じ手際で瞬く間に修理し終えた。余りの仕事の速さに言葉を挟む隙さえない。
 そもそもエプロンのポケットから釘と金槌が出てくる時点でおかしいが、身の安全のため詮索は控える透哉だった。

「すげーな」
「あ? 俺は寮母だぞ? 壁の穴くらい修理できて当たり前なんだよ」

 思わず出た関心の言葉にケムリは馬鹿にするなとでも言わんばかりに返事をする。本気を出したら単独で家とか建てられるのかもしれない。
 道具の片付けを終えたケムリが、突っ立って眺めていた透哉に言う。

「おー、それと御波、お前だろ? 犬小屋に馬鹿みてーに南京錠つけやがったのは?」
「あ」

 ケムリの言葉で投獄した松風のことが記憶に蘇る。
 食事時になったら開けてやろうと思っていたがそもそもすでに忘れていた。檻の中で醜く暴れ回っているか、大人しく涙ぐんでいるか、松風の姿を想像しながらポケットに手を入れ、ありもしない南京錠の鍵を探す。

(あれ? 鍵どこだっけ? ……あ、空の彼方か)

 自分で投げ捨てたことを思い出し、探すことなく鍵の捜索は断念、打ち切りにされた。
 どうしよう。松風を檻から出す手段がない。
 いっそのことぶっ壊して引きずり出すか、でも寮の備品を壊すのはまずいよなぁと、被害者面しながら思っている。

「次からは止めろよ? 知恵の輪は苦手なんだ。あんまり手間をかけさせるな」

 矢場はポケットに手を入れ、徐に開くとそこには無数の金属片。
 それが南京錠の残骸であることに気付いたとき透哉の背筋に寒気が走る。
 知恵ってなんだろう。そう考えずにはいられない。

「つーか、なんで砂まみれだったんだあいつは? グラウンドでローリング丸太ごっこでもしたのか?」
「ん? まぁ、そんなところだ」

 ローリング何たらではないが、あながち間違いではない。いずれにせよ、ケムリの手で鍵が破壊され、松風が解放されたことは確かめられたので透哉の仕事はなくなった。
 安否確認ぐらいしておこうか、そんな考えが脳裏を過ぎったがもう割とどうでもいい。
――はずだった。

「一応風呂に入れて干してあるから、後で飼い主が責任もって取り込んでおけよ?」
「ああ、わかっ……ん? 風呂に入れて、干す?」

 返事をしつつ、ケムリの言い回しに違和感を覚える。
 どうでもいいと思っていた松風の安否が急速に(好奇心から)気になってきた。
 松風の所在をケムリに聞き、寮の屋上に向かう。
 学生寮は鉄筋コンクリート製の五階建ての建物だ。エレベーターみたいな気の利いた設備はなく、機能性を重視した簡素な手すりと滑り止めが格段に備えられた階段が最上階まで続いている。
 ちなみに屋上へと繋がる扉には普段から施錠がされていない。
 寮母や寮生も日常的に屋上を利用するからだ。
 主な理由は洗濯物の干し場であり、天気のいい日には寝具のシーツが洗剤のコマーシャルを彷彿させるほど大量に白い帆となって広がっている。
 透哉は階段を登り切り扉を開け、日が落ちかけた屋上にたどり着く。

「どこにいるんだ? げっ」

 独り言を言いながら周囲を見渡すと思わず変な声が出た。
 空の物干し竿が規則正しく並んだ屋上の片隅、真っ白な犬が物干し竿に両足を縛られた状態で仰向けに吊るされていた。
 取り込み忘れた洗濯物と言うより、丸焼きにされる前の豚みたいだなと思った。

「おい、クソ犬生きてるか?」

 透哉は足早に近づき雑な生存確認を試みる。
 しかし、松風に反応はない。耳と尻尾がチョココロネのようにねじれて力なく垂れ下がっている。おそらく風呂ではなくドラム式洗濯機に放り込まれてグルグル回して洗浄されたのだろう。

「……わぁ、ふわふわだぁ~」

 触れると砂まみれだった松風の毛が綺麗でふかふかになっていた。
 どうやら洗ったついでに乾燥までされたらしい。想像を超える惨状に脳内がちょっぴりメルヘンになる透哉である。

「普通に動物虐待じゃねえか。おい、起きろクソ犬!」
「ぬ、うううっ、ごふっ!?――――――――」

 他の生徒たちから総ツッコミをもらいそうなことを言いながら、物干し竿にサンドバッグみたいにぶら下がった松風の顔面と腹部に強めに拳をたたき込む。
 すると松風は一度意識を取り戻した後、うめき声を上げぐったりとした様子で動かなくなる。

(うむ。やり過ぎた)

 虐待と暴力の差ってなんだろう。答えが見つかりそうにない自問自答をしながら、とりあえず松風を物干し竿から下ろして傍らに放置されていた洗濯篭に頭からぶち込む。

「どうだ? 起きているか? ん? まだ寝てんのかそいつ」
「ああ、よく眠っている」

 屋上に上がってきたケムリは篭に詰め込まれた松風を見ても顔色一つ変えず、口元の煙草を僅かに揺らす程度だった。普通の職員ならここらで小言の一つあるのだろうが豪放磊落な寮母は口を挟まない。

「あとは飼い主に任せるぞ? 篭は適当に洗濯機の近くにでも返しておいてくれ」

 ケムリは必要なことだけを一方的に言うと返事も聞かず屋上を去った。
 透哉が篭の中の松風に視線を落とすと白目を剥いてピクピクしていたが、無事みたいなのでどうでも良かった。
 そんなこんなで今日も一日が終わる。
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