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第二章
第4話 彼らのアフタースクール(3)『絵』
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3.
透哉が松風を蹴り飛ばして寮へと歩いていた時のこと。
――今の状態はなんなのだろう?
という具合に、ホタルは首を傾げていた。
ホタルが今いる場所は夜ノ島ストア。
通称『ヤノスト』
学園と学生寮から徒歩で通える距離にある小型の商業施設である。
食料はもちろんのこと、文具や日用品、家電など多種多様なものを取りそろえてある点では小規模ながらも利用者には重宝されている。
立地の都合上、客の大半は学生で、夜ノ島学園のみならず他校の生徒の姿もあちこちで見受けられる。
ホタルはヤノストの入り口を野々乃と二人で潜り、棚の間を練り歩き、目的の商品たちが置かれた棚を前に疑問符を浮かべる。
自分は暗示をかけられて誘導されたのではないか、そんなことを思ってしまうくらい不可解だ。
ただ、記憶は正常でここに至るまでに野々乃と交わしたやりとりはちゃんと思い出せる。
それらを踏まえた上で改めて、顔を上げる。
目の前には菓子作りの材料がリーズナブルではない価格でぶら下がっている。
お礼と称し、透哉に激物を食べさせたことを申し訳なく思い、今度はちゃんとした物を作り、食べてもらおうと考えたまではいい。
『あたしが作り方を教えてあげますわっ!』
一人決意を固めるホタルに野々乃がこんなことを言い出した。
正直、冗談ではない。ホタルは思った。
厚意そのものはありがたかったが相手は野々乃。いつどのタイミングで激突するとも知れない間柄。
これでは家庭科室が戦場になってしまう。
『お前が料理を教える? どうせコンロの前に立ったら火柱が上がるような実力なのだろ?』
『なぜ、それを!? そういうホタルさんこそ電子レンジを爆破するタイプの料理人では?』
『見ていたのか!?』
調理における重大な欠陥を指摘し合う内に、なんとなく共闘する羽目になっていた。
「では、分業でどうでしょう」と、野々乃の提案。
「なるほど、呉越同舟というわけか」と、これにホタルも納得。
その場の勢いで約束をして、敵がいるわけでもないのに呉越同舟モードになって今に至る。
「量に対してこの値段は財布にやさしくないぞ」
菓子作り商品特有の割高価格に敵意を向ける、質より量な源ホタル。
「ふひひ、これを使えばお兄様も。ふ、フフフッ」
その傍ら、呪いのアイテムを品定めするように目を凝らす七奈野々乃。
他の客が見ると「ここは後回しにしようかな」と無意識に避けてしまい、店員が見ると「やばい客が来た」とブラックリスト入りを果たしてしまうほど近寄りがたい二人。
(何が面白くてこいつと買い物を……)
心中で愚痴るホタルとは裏腹に野々乃の顔は良くも悪くも真剣そのもの。
鋭い目つきとは裏腹に、口角は上がりっぱなしで何を企んでいるのか聞くに恐ろしい。
「デコレーションで誤魔化して少し味を濃くすれば練り込んでもばれませんわね、ふふ、にひひ……」
「……聞かなかったことにするか」
しかし、高い。
傍らには紙袋入りの得用小麦粉と砂糖の袋がある。
(巨大な揚げドーナツに砂糖を山盛りかければそれはそれでうまいのではないか?)
ホタルの脳内では野球ボールほどの大きさの茶色い塊がほくほくと湯気を上げている。
少女的発想からはかけ離れているが、財布にやさしくそれでいておいしいものが作れそうな気がした。
が、目的はクッキーの材料。
(ベエキングパウダー?……ま、魔法の粉か!?)
横文字に惑わされるホタルの隣から学生らしい話題が飛んでくる。
「そういえば、もうすぐ七夕祭ですわね」
「む? そうだな。そうか、お前は今年が初めてなのだな」
「そうですわ」
ホタルは不可解な横文字と格闘し、あれこれ手に取って熱心に材料を凝視しながら、適当に返事をする。
「実行委員会の選出は終わりましたの?」
「いや、まだだ。恐らくは明日のホームルームだろう。これは少し高いな……」
野々乃の質問を片手間に処理しながら別の商品に手を伸ばしかけ、途中で視界に入った理科室にありそうな黒い小瓶を反射的に掴んだ。
「――野々乃っ! 私はこいつが怪しいと思うのだが!」
「ただのバニラエッセンスですわ!」
「ど、毒か!?」
「お菓子作りの材料ですわ!」
好奇心に負けて目的が脱線し始めている。
最終的に女子力皆無のホタルを抑え、野々乃が独断で材料を選出した。
会計のためレジの順番待ちをしているさなか。
「……何故私が荷物持ちなのだ?」
「妥当な采配ですわ」
ホタルは押し黙ると材料で埋まった買い物かごの重みに大人しく耐える。
「それでホタルさん、七夕祭の話なのですけど。どうにかしてお兄様を実行委員のメンバーに加えることはできませんか?」
「はぁ!? 御波に限って引き受けるはずがないだろ!?」
野々乃の予想外の申し出に店内であることも忘れて声を上げた。驚きのあまりバチバチっと紫電で髪の毛が逆立つ。
瞬く間に集まる他の買い物客の視線。大声ではなくバチバチが原因なのは明白。店の立地の都合上、ホタルのような変わった学生に耐性がある客でも驚くほどに目立っていた。
「ホタルさん、静かに!」
「う、うむ」
ホタルは慌てて口元を手で塞ぎ「お前のせいだぞ」とでも言いたそうに野々乃をにらみつつ、小声で話を戻す。
「しかし、急に何故だ?」
「意中の方と仕事を共にしたいと望むのはダメですか?」
素直で真っ直ぐな返答。
言葉の衝撃に圧倒されたホタルは手にした買い物かごを投げ出し、自ら積み重ねられた缶詰の山に突撃した。
ガラガラ、バチバチ!
ショートした電線みたいに火花を散らしながら缶詰の棚を薙ぎ倒して倒れ込む。
「何やってますの! ホタルさん!?」
「お前が変なことを――いや、変じゃないことを! 変なことを言わないから驚いたではないか!」
「わけのわからないことを言っているのはホタルさんの方ですわ!!」
「お、お客様大丈夫ですか!?」
缶詰に埋もれたホタルを救出するため女性店員が駆けつけたが、そんな声は耳に入っていないし、周囲の客の視線が突き刺さっていることにも気づいていない。
コントロールがうまくいかず微量の電撃を周囲に放っていることに気を回す余裕さえない。
野々乃の唐突な純情路線への脱線、もはや逆走と言っていい事態への驚きの方が勝る。
「お前は御波の変態ストーカーではないのか!?」
「あたしはストーカーである前にお兄様を慕う乙女なのですわ!」
「なん、だと……」
ホタルは再び言葉の衝撃に自ら宙を舞う。
しかし、挙動を察知した女性店員はバチバチを物ともせずにホタルを抱き留めると棚との激突を未然に防ぐ。
結果、ホタルの身と商品棚の両方を守った。
まさに神対応と言える。
「お客様っ! 再三になりますが、大丈夫ですか!?」
「すまない店員さん。だが、私ではなくあいつに」
脱力して女性店員に身を委ねたホタルが野々乃を指さす。
釣られて周囲を取り囲むようにできた野次馬たちの視線もそれに従う。
結果、野々乃にこの場すべての意識が集中する。
「……え?」
「あちらのお客様が?」
「そうだ、あちらのお客様にっ! 正しいストーカーとしてのあり方を教えてやってくれないだろうか!?」
ホタルはとんでもない言葉を残し、気を失った。
野々乃はこの後めちゃくちゃその場に居合わせた人たちに弁解して、店員にめちゃくちゃ謝った。
透哉が松風を蹴り飛ばして寮へと歩いていた時のこと。
――今の状態はなんなのだろう?
という具合に、ホタルは首を傾げていた。
ホタルが今いる場所は夜ノ島ストア。
通称『ヤノスト』
学園と学生寮から徒歩で通える距離にある小型の商業施設である。
食料はもちろんのこと、文具や日用品、家電など多種多様なものを取りそろえてある点では小規模ながらも利用者には重宝されている。
立地の都合上、客の大半は学生で、夜ノ島学園のみならず他校の生徒の姿もあちこちで見受けられる。
ホタルはヤノストの入り口を野々乃と二人で潜り、棚の間を練り歩き、目的の商品たちが置かれた棚を前に疑問符を浮かべる。
自分は暗示をかけられて誘導されたのではないか、そんなことを思ってしまうくらい不可解だ。
ただ、記憶は正常でここに至るまでに野々乃と交わしたやりとりはちゃんと思い出せる。
それらを踏まえた上で改めて、顔を上げる。
目の前には菓子作りの材料がリーズナブルではない価格でぶら下がっている。
お礼と称し、透哉に激物を食べさせたことを申し訳なく思い、今度はちゃんとした物を作り、食べてもらおうと考えたまではいい。
『あたしが作り方を教えてあげますわっ!』
一人決意を固めるホタルに野々乃がこんなことを言い出した。
正直、冗談ではない。ホタルは思った。
厚意そのものはありがたかったが相手は野々乃。いつどのタイミングで激突するとも知れない間柄。
これでは家庭科室が戦場になってしまう。
『お前が料理を教える? どうせコンロの前に立ったら火柱が上がるような実力なのだろ?』
『なぜ、それを!? そういうホタルさんこそ電子レンジを爆破するタイプの料理人では?』
『見ていたのか!?』
調理における重大な欠陥を指摘し合う内に、なんとなく共闘する羽目になっていた。
「では、分業でどうでしょう」と、野々乃の提案。
「なるほど、呉越同舟というわけか」と、これにホタルも納得。
その場の勢いで約束をして、敵がいるわけでもないのに呉越同舟モードになって今に至る。
「量に対してこの値段は財布にやさしくないぞ」
菓子作り商品特有の割高価格に敵意を向ける、質より量な源ホタル。
「ふひひ、これを使えばお兄様も。ふ、フフフッ」
その傍ら、呪いのアイテムを品定めするように目を凝らす七奈野々乃。
他の客が見ると「ここは後回しにしようかな」と無意識に避けてしまい、店員が見ると「やばい客が来た」とブラックリスト入りを果たしてしまうほど近寄りがたい二人。
(何が面白くてこいつと買い物を……)
心中で愚痴るホタルとは裏腹に野々乃の顔は良くも悪くも真剣そのもの。
鋭い目つきとは裏腹に、口角は上がりっぱなしで何を企んでいるのか聞くに恐ろしい。
「デコレーションで誤魔化して少し味を濃くすれば練り込んでもばれませんわね、ふふ、にひひ……」
「……聞かなかったことにするか」
しかし、高い。
傍らには紙袋入りの得用小麦粉と砂糖の袋がある。
(巨大な揚げドーナツに砂糖を山盛りかければそれはそれでうまいのではないか?)
ホタルの脳内では野球ボールほどの大きさの茶色い塊がほくほくと湯気を上げている。
少女的発想からはかけ離れているが、財布にやさしくそれでいておいしいものが作れそうな気がした。
が、目的はクッキーの材料。
(ベエキングパウダー?……ま、魔法の粉か!?)
横文字に惑わされるホタルの隣から学生らしい話題が飛んでくる。
「そういえば、もうすぐ七夕祭ですわね」
「む? そうだな。そうか、お前は今年が初めてなのだな」
「そうですわ」
ホタルは不可解な横文字と格闘し、あれこれ手に取って熱心に材料を凝視しながら、適当に返事をする。
「実行委員会の選出は終わりましたの?」
「いや、まだだ。恐らくは明日のホームルームだろう。これは少し高いな……」
野々乃の質問を片手間に処理しながら別の商品に手を伸ばしかけ、途中で視界に入った理科室にありそうな黒い小瓶を反射的に掴んだ。
「――野々乃っ! 私はこいつが怪しいと思うのだが!」
「ただのバニラエッセンスですわ!」
「ど、毒か!?」
「お菓子作りの材料ですわ!」
好奇心に負けて目的が脱線し始めている。
最終的に女子力皆無のホタルを抑え、野々乃が独断で材料を選出した。
会計のためレジの順番待ちをしているさなか。
「……何故私が荷物持ちなのだ?」
「妥当な采配ですわ」
ホタルは押し黙ると材料で埋まった買い物かごの重みに大人しく耐える。
「それでホタルさん、七夕祭の話なのですけど。どうにかしてお兄様を実行委員のメンバーに加えることはできませんか?」
「はぁ!? 御波に限って引き受けるはずがないだろ!?」
野々乃の予想外の申し出に店内であることも忘れて声を上げた。驚きのあまりバチバチっと紫電で髪の毛が逆立つ。
瞬く間に集まる他の買い物客の視線。大声ではなくバチバチが原因なのは明白。店の立地の都合上、ホタルのような変わった学生に耐性がある客でも驚くほどに目立っていた。
「ホタルさん、静かに!」
「う、うむ」
ホタルは慌てて口元を手で塞ぎ「お前のせいだぞ」とでも言いたそうに野々乃をにらみつつ、小声で話を戻す。
「しかし、急に何故だ?」
「意中の方と仕事を共にしたいと望むのはダメですか?」
素直で真っ直ぐな返答。
言葉の衝撃に圧倒されたホタルは手にした買い物かごを投げ出し、自ら積み重ねられた缶詰の山に突撃した。
ガラガラ、バチバチ!
ショートした電線みたいに火花を散らしながら缶詰の棚を薙ぎ倒して倒れ込む。
「何やってますの! ホタルさん!?」
「お前が変なことを――いや、変じゃないことを! 変なことを言わないから驚いたではないか!」
「わけのわからないことを言っているのはホタルさんの方ですわ!!」
「お、お客様大丈夫ですか!?」
缶詰に埋もれたホタルを救出するため女性店員が駆けつけたが、そんな声は耳に入っていないし、周囲の客の視線が突き刺さっていることにも気づいていない。
コントロールがうまくいかず微量の電撃を周囲に放っていることに気を回す余裕さえない。
野々乃の唐突な純情路線への脱線、もはや逆走と言っていい事態への驚きの方が勝る。
「お前は御波の変態ストーカーではないのか!?」
「あたしはストーカーである前にお兄様を慕う乙女なのですわ!」
「なん、だと……」
ホタルは再び言葉の衝撃に自ら宙を舞う。
しかし、挙動を察知した女性店員はバチバチを物ともせずにホタルを抱き留めると棚との激突を未然に防ぐ。
結果、ホタルの身と商品棚の両方を守った。
まさに神対応と言える。
「お客様っ! 再三になりますが、大丈夫ですか!?」
「すまない店員さん。だが、私ではなくあいつに」
脱力して女性店員に身を委ねたホタルが野々乃を指さす。
釣られて周囲を取り囲むようにできた野次馬たちの視線もそれに従う。
結果、野々乃にこの場すべての意識が集中する。
「……え?」
「あちらのお客様が?」
「そうだ、あちらのお客様にっ! 正しいストーカーとしてのあり方を教えてやってくれないだろうか!?」
ホタルはとんでもない言葉を残し、気を失った。
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