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第一章
『碑』
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ホタルとの決戦から数日。
透哉はプレハブ小屋に引きこもっていた。
『出てきやがれ、御波透哉!』
理由はプールサイドで七奈豪々吾に殺人者としての正体が発覚し、学園にいられなくなったから。
『おい、源! マジでこの中にいるのか?』
学園の安寧を計り、陰から守るためにもう人前には出ないと決めた。
『ああ、間違いない。それより、もう体はいいのか?』
どう足掻いたところで犯罪者の受け皿などないのだから。
『あ? この通り、元気モリモリな俺様だぜ?』
それは同罪であるホタルも同じ。
『ならよかった……本当に済まなかった』
二人で相談して学園を去ろう、そう決めた。
『気にすんな! んで、話を戻すが本当にこんな小屋の中にいるのか?』
学園再興の野心を捨てる気は欠片もないが、今まで通りの日常を取り戻せると言う楽観もない。
『必ずいる。だから私の時のように思いっきりやってくれ』
にもかかわらず、プレハブ小屋の外からはホタルと豪々吾の声がする。
『殺す気でやるぜ?』
なぜか急激に小屋の中が熱くなってきた。
『ああ、問題ない』
夏がそこまで迫っているとは言え、この炙られるような暑さは説明がつかない。
『なら遠慮なしに超必殺技を食らわせてやるぜ! 灼・熱・暴・力・! 『灰・燼・火・柱』――!!』
外から聞こえる熱のこもった謎の咆哮。
「なんだよ、うるせーな……っつぉ!?」
透哉のぼやきを粉砕するようにプレハブ小屋の壁が外から内側に盛り上がり、電柱を超える大きさ長さの熱塊が、炎を撒き散らせ突き破ってきた。
透哉の仰天の声を掻き消し、プレハブ小屋を貫通し、直後大爆発を起こす。
『おーおー、流石にやりすぎたか?』
透哉は爆発の勢いで小屋からポップコーンのように弾け出し、火柱と共に天高く昇っていく。
「わ―――――っ!」
透哉はボロ雑巾のようになって地面に墜落した後、炎上をする屋を誇らしげに見上げる豪々吾に裸足のまま飛びかかる。
「テメェ! 何考えてんだ! 俺んちが木っ端微塵だ! 明日っから俺はホームレスか!?」
出鱈目な火力に起因した破壊力はプレハブ小屋の二階部分を完全に消失させた。
一階部分は煤にまみれ煙を上げ、打ち上げ花火の残りカスのような有様である。
「見つけたぜ、御波透哉! 一発殴らせろやぁ――!」
豪々吾は一方的に宣言すると透哉の顔面に拳を叩き込む。
「ぐへぇ!? 殴ってから言うな!」
「うるせぇ、これで全部チャラしてやるんだから俺様の寛大さに涙しろ! クソブラザー!」
「ってぇ! なんだよ! 喋るか殴るかどっちかにしろ!」
「うるせぇ、泣いてんじゃねーよ! 目にゴミが入ったんだ!」
「ぶげぇ!? 俺は何も言ってねぇ!」
ひとしきり殴って満足したのか、豪々吾は拳を引くと荒い息を吐きながら続ける。
「ハァハァ、俺様はっ! ハァ、テメェらの罪を許さねぇ!」
「――っ!」
敵意が込められた豪々吾の鋭い目に透哉は僅かに怯む。
「でもなー、学園を再興してぇって言う野望は応援してやる」
「――なっ」
透哉は豪々吾の粗野な言葉の裏にある真意に、心からのエールに、言葉を失った。
事情への理解と言うより、悪の片棒を担ぐと言うに等しい宣言に。
「よく聞け、ブラザー! テメェはこれからも俺様のライバルだ! こんなところでこそこそ隠れやがって逃げんじゃねーぞ! 俺様は待ってるからな! 俺たちの学園で!」
言うだけ言って満足したのか、こちらの返事など聞かずに豪々吾は走り去った。
自分への変わらぬ呼称に、何故か帰郷に似た気分に陥る。
「源、今のは……」
「私たちのことは誰にも言うつもりはない、だからいつも通り学園に復帰してこい、そういう類いの激励なんだろう」
「いいのか、それで」
「いいも悪いも、あいつは私たちが学園に戻るまで毎日訪れて爆破する気でいるぞ」
「マジか、毎日ホームレスかよ!?」
「ちなみに女子寮の一部も同じ状況だ。私を連れ出し、お前の所在を吐かせるためだけにあのバカは女子の大半を敵に回し、教師連中に追いかけ回される羽目になった」
「……バカが留まるところを知らないな」
「確かにバカだ。でも、私たちの理解者になってくれた」
「そう、だな」
二人はしばらく無言で豪々吾が去っていった方を眺めていた。
赦されている、許されない事実を噛みしめるように。
「観念していくか……って、制服諸共全焼してるじゃねーか!?」
「安心しろ御波。今日は日曜日だ」
「そうか、ならよかった。いや、よくねーけどなっ!」
「それはそうと、今日は午後から雨が降るらしいぞ?」
正直横に置いていい問題ではない気がしたが、ホタルとの大切な先約があった。
それに比べれば制服のことなど些事と言っていい。
「じゃあ、行くか。源」
「そうだな。御波」
今にも雨粒を零しそうな曇天はあの日と同じ空模様。
旧夜ノ島学園の校内を流れる空気は今日も止まっているみたいに滞留している。
崩れそうなほど傾いた校舎も落下することを忘却したように不自然なバランスを保ったまま動こうとしない。
停滞した世界の中、花束を手にした少年と少女が歩いていく。
二人の挙動が滞った空気を動かし、会話が震わせる。
瓦礫は重力を思い出したように落下し、土埃を巻き上げ再び沈黙する。
生物が皆無の校内が唯一呼吸する瞬間。
二人は構わず奥へ奥へと歩を進め、揃って同じ場所を目指す。
「――十年も経っちまったな」
「そうだな。私たちはもっと早くに気付くべきだった」
小等部の運動場の一角に到着すると、設けられたそれを並んで見上げる。
コンクリートの切れ端を僅かに成型して立てただけの粗末な墓標。
鉄筋がむき出しの断面には、煤や焦げ目をそのままに、表面には茶色い染みさえも残したあの日の惨状を静かに語る罪の碑。
墓標と同じコンクリート片で作った献花台を前に二人は腰を下ろすと、手にした花束を供え始める。
山道で摘んできたヤマアジサイである。
「不適当な花だってことは知っている。でもこれで許してくれ」
透哉は傍らのホタルではない誰かに言う。
「この花はこの場所を他の誰よりも知っている花だからな」
二人は墓標を前にヤマアジサイを飾り終えると、それぞれ席に着いた。
墓標の正面には二組の机と椅子。
倒壊した校舎の中から掘り出してきたものだ。
比較的状態の良いものを選んだつもりだったが、十年間の放逐による劣化が激しくまともに使える代物ではなかった。
それでも二人があえて準備したのは今日と言う儀式に必要なものだったからだ。
荒れ果てた夜ノ島学園に首を揃えてやってきた理由は弔問をするため。
加害者として、人間として償う前に死者を弔うべきだった。
今更のように訪れたのは、人間として最後に成すべき業だと思ったからだ。
この地で最期を迎えた数多の命たち。
全てを二人が殺したわけではない。
生存者として二人はこの場所で没した全ての命を弔い、乗り越えることを固く決意する。
しかし、二人は手を合わせない。
煤と血で汚れた墓標を仰ぎながら、死者に語り掛けるでもなく、鎮座した。
何故なら二人は謝りに来たわけではないから。
独りよがりな懺悔ごっこに終止符を打ち、一方的な宣言に来ただけ。
死者は永劫呪い続けるかもしれない。
所詮自己満足かもしれない。
しかし、二人は決意する。
今を歩むことを禊とする横暴。
学園の再興を贖罪とする冒涜。
同志たちの屍を踏み、後ろ足で土をかけ、人間であることを放棄する。
自らを〈悪夢〉と呼び、大業をなすため小事に目を瞑り、
後ろ指を指される覚悟と共にあえて蔑称を背負い、
罪に縛られ同じ過ちを繰り返さないために、
〈悪夢〉を一種の声明として反旗を翻す。
少年は言う。
「まずは戦おう。罪を償うのはその後だ」
少女は頷く。
「そうだな。そしていつか帰ってこよう」
二人はゆっくりと席を立ち、
人間としての一歩を踏み外し、
〈悪夢〉として一歩を踏み出した。
透哉はプレハブ小屋に引きこもっていた。
『出てきやがれ、御波透哉!』
理由はプールサイドで七奈豪々吾に殺人者としての正体が発覚し、学園にいられなくなったから。
『おい、源! マジでこの中にいるのか?』
学園の安寧を計り、陰から守るためにもう人前には出ないと決めた。
『ああ、間違いない。それより、もう体はいいのか?』
どう足掻いたところで犯罪者の受け皿などないのだから。
『あ? この通り、元気モリモリな俺様だぜ?』
それは同罪であるホタルも同じ。
『ならよかった……本当に済まなかった』
二人で相談して学園を去ろう、そう決めた。
『気にすんな! んで、話を戻すが本当にこんな小屋の中にいるのか?』
学園再興の野心を捨てる気は欠片もないが、今まで通りの日常を取り戻せると言う楽観もない。
『必ずいる。だから私の時のように思いっきりやってくれ』
にもかかわらず、プレハブ小屋の外からはホタルと豪々吾の声がする。
『殺す気でやるぜ?』
なぜか急激に小屋の中が熱くなってきた。
『ああ、問題ない』
夏がそこまで迫っているとは言え、この炙られるような暑さは説明がつかない。
『なら遠慮なしに超必殺技を食らわせてやるぜ! 灼・熱・暴・力・! 『灰・燼・火・柱』――!!』
外から聞こえる熱のこもった謎の咆哮。
「なんだよ、うるせーな……っつぉ!?」
透哉のぼやきを粉砕するようにプレハブ小屋の壁が外から内側に盛り上がり、電柱を超える大きさ長さの熱塊が、炎を撒き散らせ突き破ってきた。
透哉の仰天の声を掻き消し、プレハブ小屋を貫通し、直後大爆発を起こす。
『おーおー、流石にやりすぎたか?』
透哉は爆発の勢いで小屋からポップコーンのように弾け出し、火柱と共に天高く昇っていく。
「わ―――――っ!」
透哉はボロ雑巾のようになって地面に墜落した後、炎上をする屋を誇らしげに見上げる豪々吾に裸足のまま飛びかかる。
「テメェ! 何考えてんだ! 俺んちが木っ端微塵だ! 明日っから俺はホームレスか!?」
出鱈目な火力に起因した破壊力はプレハブ小屋の二階部分を完全に消失させた。
一階部分は煤にまみれ煙を上げ、打ち上げ花火の残りカスのような有様である。
「見つけたぜ、御波透哉! 一発殴らせろやぁ――!」
豪々吾は一方的に宣言すると透哉の顔面に拳を叩き込む。
「ぐへぇ!? 殴ってから言うな!」
「うるせぇ、これで全部チャラしてやるんだから俺様の寛大さに涙しろ! クソブラザー!」
「ってぇ! なんだよ! 喋るか殴るかどっちかにしろ!」
「うるせぇ、泣いてんじゃねーよ! 目にゴミが入ったんだ!」
「ぶげぇ!? 俺は何も言ってねぇ!」
ひとしきり殴って満足したのか、豪々吾は拳を引くと荒い息を吐きながら続ける。
「ハァハァ、俺様はっ! ハァ、テメェらの罪を許さねぇ!」
「――っ!」
敵意が込められた豪々吾の鋭い目に透哉は僅かに怯む。
「でもなー、学園を再興してぇって言う野望は応援してやる」
「――なっ」
透哉は豪々吾の粗野な言葉の裏にある真意に、心からのエールに、言葉を失った。
事情への理解と言うより、悪の片棒を担ぐと言うに等しい宣言に。
「よく聞け、ブラザー! テメェはこれからも俺様のライバルだ! こんなところでこそこそ隠れやがって逃げんじゃねーぞ! 俺様は待ってるからな! 俺たちの学園で!」
言うだけ言って満足したのか、こちらの返事など聞かずに豪々吾は走り去った。
自分への変わらぬ呼称に、何故か帰郷に似た気分に陥る。
「源、今のは……」
「私たちのことは誰にも言うつもりはない、だからいつも通り学園に復帰してこい、そういう類いの激励なんだろう」
「いいのか、それで」
「いいも悪いも、あいつは私たちが学園に戻るまで毎日訪れて爆破する気でいるぞ」
「マジか、毎日ホームレスかよ!?」
「ちなみに女子寮の一部も同じ状況だ。私を連れ出し、お前の所在を吐かせるためだけにあのバカは女子の大半を敵に回し、教師連中に追いかけ回される羽目になった」
「……バカが留まるところを知らないな」
「確かにバカだ。でも、私たちの理解者になってくれた」
「そう、だな」
二人はしばらく無言で豪々吾が去っていった方を眺めていた。
赦されている、許されない事実を噛みしめるように。
「観念していくか……って、制服諸共全焼してるじゃねーか!?」
「安心しろ御波。今日は日曜日だ」
「そうか、ならよかった。いや、よくねーけどなっ!」
「それはそうと、今日は午後から雨が降るらしいぞ?」
正直横に置いていい問題ではない気がしたが、ホタルとの大切な先約があった。
それに比べれば制服のことなど些事と言っていい。
「じゃあ、行くか。源」
「そうだな。御波」
今にも雨粒を零しそうな曇天はあの日と同じ空模様。
旧夜ノ島学園の校内を流れる空気は今日も止まっているみたいに滞留している。
崩れそうなほど傾いた校舎も落下することを忘却したように不自然なバランスを保ったまま動こうとしない。
停滞した世界の中、花束を手にした少年と少女が歩いていく。
二人の挙動が滞った空気を動かし、会話が震わせる。
瓦礫は重力を思い出したように落下し、土埃を巻き上げ再び沈黙する。
生物が皆無の校内が唯一呼吸する瞬間。
二人は構わず奥へ奥へと歩を進め、揃って同じ場所を目指す。
「――十年も経っちまったな」
「そうだな。私たちはもっと早くに気付くべきだった」
小等部の運動場の一角に到着すると、設けられたそれを並んで見上げる。
コンクリートの切れ端を僅かに成型して立てただけの粗末な墓標。
鉄筋がむき出しの断面には、煤や焦げ目をそのままに、表面には茶色い染みさえも残したあの日の惨状を静かに語る罪の碑。
墓標と同じコンクリート片で作った献花台を前に二人は腰を下ろすと、手にした花束を供え始める。
山道で摘んできたヤマアジサイである。
「不適当な花だってことは知っている。でもこれで許してくれ」
透哉は傍らのホタルではない誰かに言う。
「この花はこの場所を他の誰よりも知っている花だからな」
二人は墓標を前にヤマアジサイを飾り終えると、それぞれ席に着いた。
墓標の正面には二組の机と椅子。
倒壊した校舎の中から掘り出してきたものだ。
比較的状態の良いものを選んだつもりだったが、十年間の放逐による劣化が激しくまともに使える代物ではなかった。
それでも二人があえて準備したのは今日と言う儀式に必要なものだったからだ。
荒れ果てた夜ノ島学園に首を揃えてやってきた理由は弔問をするため。
加害者として、人間として償う前に死者を弔うべきだった。
今更のように訪れたのは、人間として最後に成すべき業だと思ったからだ。
この地で最期を迎えた数多の命たち。
全てを二人が殺したわけではない。
生存者として二人はこの場所で没した全ての命を弔い、乗り越えることを固く決意する。
しかし、二人は手を合わせない。
煤と血で汚れた墓標を仰ぎながら、死者に語り掛けるでもなく、鎮座した。
何故なら二人は謝りに来たわけではないから。
独りよがりな懺悔ごっこに終止符を打ち、一方的な宣言に来ただけ。
死者は永劫呪い続けるかもしれない。
所詮自己満足かもしれない。
しかし、二人は決意する。
今を歩むことを禊とする横暴。
学園の再興を贖罪とする冒涜。
同志たちの屍を踏み、後ろ足で土をかけ、人間であることを放棄する。
自らを〈悪夢〉と呼び、大業をなすため小事に目を瞑り、
後ろ指を指される覚悟と共にあえて蔑称を背負い、
罪に縛られ同じ過ちを繰り返さないために、
〈悪夢〉を一種の声明として反旗を翻す。
少年は言う。
「まずは戦おう。罪を償うのはその後だ」
少女は頷く。
「そうだな。そしていつか帰ってこよう」
二人はゆっくりと席を立ち、
人間としての一歩を踏み外し、
〈悪夢〉として一歩を踏み出した。
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