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1巻

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 想像もしたくないが、アレンとマルドーク公爵令嬢が婚姻を済ませ、王子が生まれたあとならば、百歩譲って側室のひとりやふたりいてもなんの問題もなかっただろう。それを婚姻すらしていない、婚約中にやらかしてくれたあの……いや、今は公爵の前だ。

「そういったことはオナシス侯爵から聞いていないが」

 案の定マルドーク公爵は訝しげな表情を見せた。

「俺が止めました。たしかに家同士の繋がりも大切でしょうが、今回の件で、個人の想いも重要視されると思いましたので」

 先の縁談のように、ほかに心移りなどするつもりはないことを告げる。

「案外よく考えているようだな。しかし、そうなると……」
「マルドーク公爵令嬢のお気持ち、ですか」

 先読みして答えると、公爵がうなずく。

「ああ。これまでならそこまで注視しなかった。いや、だからといって娘を愛していない訳ではないのだが。その結果がこれだ。次は娘の気持ちを考えてやろうと思ってな」
「それではマルドーク公爵令嬢の許しを得ればよろしいのですね?」

 それなら簡単だ。
 何しろ相手とは打ち合わせ済みなのだから。
 そんなことを考えていると、マルドーク公爵が片眉を上げた。

「いやに自信があるようだな」

 ここで怪しまれる訳にはいかないので、なんとか無難な言葉を返す。

「失礼しました。気がはやってしまいまして」
「まあ、よい。娘の気持ちも同じならまた来るがよい」
「寛大なるお言葉ありがとうございます」

 礼を述べて、公爵家をあとにしたのだった。
 ――これで彼女を解放することができる。



   第三章 魔女キャンディ


 西校舎の空き教室の窓からは、校庭でホウキに乗った女子生徒たちが奮闘している様子がうかがえる。
 転移陣が開発されてから、移動手段としてはすっかりすたれた魔道具だったが、一部の者にはいまだに根強い人気があるらしい。
 このブルマン王国では、個人の差はあれどすべての人間が魔力を有している。平民は少なく、貴族は魔力を多く有しているのが一般的だ。使用者が魔力を込めて作動する魔道具も普及している。

(ホウキと言えばフードを被った魔女、というのはすたれちまったようだね)

 夕陽が教室に射しこんでくる。
 窓ガラスに映る細い体躯たいくは頼りない印象を与えた。

(まったく。睡眠時間が一時間だなんて)

 この身体の持ち主の記憶をさらうが、扱いのあまりのひどさに憤慨してしまう。
 これまでこんなふうに虐げられた女性の手助けをし、その都度街を離れてきたが、今回はいつもとは違うものを感じていた。

「まさかまた王族と関わるハメになるなんてね」

 ため息をつきながら、ひとりつぶやく。
 心の奥底に封じ込めたはずの過去がよみがえる。

『俺が婚約したのはこんな化け物じゃない!!』

 彼の信じられない罵倒に対して、気力まで使い果たしていた私は反論すらできなかった。命の恩人に対してかける言葉がそれかい、と今なら言ってやりたい。
 まあでも、もう会うことなんてないだろうが。
 坊ちゃん王太子と彼が重なり、嫌な記憶を思い出してしまう。
 外見が変わった代償なのか、心はだいぶ強くなった気がする。
 一度何もかも失い、生活の糧として薬売りを始めた。虐げられている女性の話を聞くうちにこんなことをするようになってしまったが、もうそろそろ自分のことを考えてもいいのではないか。

「……今回の件が終わったら、森の奥に居を構えて隠居生活でもするかね」

 この生活は想像以上に自分に負荷を与えていたのだろうか、と思ったとき、教室の扉が開いた。

「遅くなりまして申し訳ありません」

 ゼフィルス・オナシス侯爵令息。銀の髪と紺の瞳の男子生徒は、今私の魂が入っている娘に想いを寄せているらしい。
 最初に彼から事情を聞いた際、この娘のお相手になり得る存在なのか悩んだ。しかし、話してみると、誠実さを感じられたため、結婚相手としてもいいのではないかと考えている。
 まあ、ダメだったら代わりを探すかね。国内には年の近い……というと第二王子くらいしかいないが、他国まで範囲を広げればなんとかなるだろう。

「別に遅くはないさね。昨日はマルドーク公爵邸へ行ったそうじゃないか。公爵がよく会ってくれたさね。私はまだ顔を見たこともないんだけど」

 マルドーク公爵はあちらこちらに顔が利く人だ。
 本来の領地経営に加えて、派閥の貴族や領地の管理を任せている者から陳情と報告を受けたり、騎士団での書類仕事を請け負ったりと多忙を極めている。
 私の言葉を聞いて、ゼフィルスは文字通り頭を抱えた。

「はあ!? 公爵はマルドーク公爵令嬢のことを大切にしているような印象を受けましたが、違うのですか?」

 その多忙さからマルドーク公爵の帰宅は深夜で、朝食の席に着けばすでに王宮へ登城した、と聞かされる毎日。これで、どうやって親の情を感じろというのだろう。

「うーん、どうなんだろうね。まあ、その話はともかく、首尾はどうなったんだい?」
「上々だと思いますよ。かなり牽制けんせいされましたが……」

 話を聞くと、マルドーク公爵は『娘の気持ちも伴ったら』という条件付きで、この婚約を承諾したらしい。
 私は幼少のころに見た、無情な顔の貴族をふと思い出す。自分の子どもだというのに抱きしめるどころか、お役に立てるなら、とさっさと引き渡した。それが普通だと思っていて、市井しせいに降りて平民たちの生活を垣間見た際、その差異にひどく驚かされたものだ。
 だけど、と目の前の相手をちらりと見る。
 この子は違うみたいだ。上級貴族の令息にしては珍しくこの娘のことを純粋に想っているらしい。

「じゃあ次へ行くよ。まずは周囲の意識を変えることだね」

 そう言うと、ゼフィルスが怪訝そうな表情を浮かべた。
 こりゃあ、手間がかかるさね。

「この娘はあんな目に遭ったばかりなんだよ。それなのにすぐにお前さんと婚約したら、何かあったのか? となるよ。それに周りも整えておかないと、目が覚めたあの娘が戸惑うばかりさね」

 この娘は失意のまま薬を飲み、自分が目覚めることはないと思っている。
 そんな状態にもかかわらず目覚めたら、再び政略結婚を結ばされたと思って、今度こそこの世界から旅立とうとするかもしれない。
 そう説明すると、ゼフィルスが決意を込めた眼差しを向けてくる。
 この年ごろの男の子には少し難しかったかもしれないさね。

「……わかりました。それで俺は、熱烈な愛の告白でもすればいいんでしょうか……?」
「そんなに悲愴感丸出しで言わないでほしいんだけどね。そこまでしなくていいんだよ。学園内なんだ。あまり過激なことはできない。さりげなく甘い雰囲気作りに尽力すればいいさね」

 そう言うと、ゼフィルスはほっとしたように息を吐く。
 やれやれさね。入れ替わり期間があまり長くならないといいんだけど。
 この娘の身体を適度に動かすとはいっても、その中身は別人なのだ。あまり長期間になると、本人との差異が目立ってしまう。

「じゃあ今から始めるよ」
「はい!?」

 おそらく明日からとでも思っていたのだろう。上ずった声を出したゼフィルスに、私は貴族然とした微笑みを見せる。

「こういうのは早いほうがよろしいと思いません? ゼフィルス様」

 挑戦的に映ったのか、すぐにゼフィルスも同じように笑みを浮かべた。

「ああ。そうだな。コッペリア」

 こうして私たちの学園内の恋仲アピール作戦が幕を上げたのだった。


 数日後。学園内では、婚約破棄されたマルドーク公爵令嬢に新しい恋人ができたらしい、という噂が流れていた。
 ゼフィルスとともに昇降口へ向かいながら、うまくいったようだね、と軽く唇の端を上げる。
 すると、彼は甘やかな笑みを浮かべたまま口を開いた。

「今朝の君もとてもきれいだね」
「ありがとうございます。ゼフィルス様」

 甘い雰囲気の会話をしていると、女子生徒たちが騒めく。私は探知魔法を使って、彼女たちの会話をチラッと盗み聞きする。

「え? あれは本当にオナシス侯爵令息ですの?」
「美形の笑みってすごい破壊力ですわね」
「そう言えば……オナシス侯爵令息は二年前に婚約解消されてましたわね。なんでもお相手のほうが隣国の公爵様に懸想けそうされてしまったとかで」
「……今回の件に似ていますわね」
「あら、全然違いますわ。その隣国の公爵様は直々に謝罪し、婚約解消の示談金などきちんと払ったと聞きますわ」

 思いがけない情報を得たが、どうやらこちらの思惑通りになっていそうだ。
 そんなことを思っていると、突然後ろから声がした。

「ゼフィルス。……なぜお前が」

 振り向くと、やはりというか坊ちゃん王太子がいた。
 そう言えば、この子はまだ処分されてなかったんだよね。
 あの婚約破棄騒動後、ダグラス男爵令嬢は自宅謹慎となり、その翌日には修道院へ送られたという。
 一方、坊ちゃん王太子は叱責はあったものの、明確な処分はされていなかった。ダグラス男爵令嬢の措置に比べると甘い、と言われそうだが少しばかり事情があるらしい。
 現在ブルマン王国には三人の王子がおり、彼らの勢力はほとんど三分割され、いわゆる三すくみの状態らしい。一方が動けば、対峙していない残りの一方に隙を見せてしまうことになり、結果として誰も動けなくなるからだ。
 ……坊ちゃん王太子のようなタイプは放っておくと、そのうち何かしでかしそうだけどね。

「これはおはようございます。王太子殿下」
「おはようございます。王太子殿下」

 ふたり揃って挨拶をする。

「あ、ああ」

 坊ちゃん王太子は驚いたように目を見開くと同時、ゼフィルスが私の肩を軽く抱いて仲の良さを主張する。

「ちょうどよかった。報告が遅くなりましたが、コッペリアと婚約したんですよ」

 どうせ牽制けんせいだろうが、嘘はいけない。

「少し違いましてよ。お父様がきちんと納得されましたら、と条件がありますもの」

 甘える声音こわねで抗議すると、ゼフィルスから甘やかな笑みが降ってくる。

「手厳しいな。だが、大丈夫だろう。マルドーク公爵は君のことが心配なだけのようだから」
「まあ、すごい自信ですわね」

 これまでの人形のような印象のこの娘を知る者が目にしたら、卒倒しそうな光景だろう。実際、坊ちゃん王太子は愕然としている。

「それでは、またあとで」
「ごきげんよう。王太子殿下」

 固まったままの坊ちゃん王太子に断りを入れて歩き出す。
 いつ気づくだろうか、長年の婚約者であった私がずっと呼んでいた『アレン』ではなく『王太子殿下』と呼んだことに。


 放課後。

「六十五点」

 西校舎の空き教室で私はすっぱりとゼフィルスに告げた。
 すると、彼は少しばかり不満げな顔をする。気持ちはわかるが、ここで手抜きしてはいけない。

「甘い顔をするのは悪くないよ。ただね、ちょっとばかりひとりよがりというか。あの雰囲気だと相手が入りづらいさね」
「……もう少し詳しく言ってもらえないだろうか」

 眉根を寄せながらゼフィルスが言う。

「表情が硬い、というか。私への信頼が感じられないさね」

 中身が別人なのだからそれはそうだろう、とゼフィルスが思っているのが見てとれる。

「わかってるよ。お前さんの想い人ならともかく、私にそんなことはできないって。でもね、傍から見れば私とお前さんは恋人同士なんだよ」

 念を押すように言うと、ゼフィルスはしぶしぶながらうなずく。

「わかっている」

 ……これは少しばかり喝が必要かね。
 もっと努力する必要がある、と思い知らせるためにある事実を告げる。

「これは言うか言うまいか迷ってたんだけどね」

 そう前置きして、あの娘が私の店に来た際『ゼフィルスに興味はない』と言っていたことを伝える。
 すると、ゼフィルスは床に崩れ落ちた。
 何か前にも似たような光景を見たね。

「……嘘だろ」

 どうしてあの娘がそんな行動をとったのか理由を説明すると、ゼフィルスはさらに衝撃を受ける。

「あれはそんな意味で言った訳じゃない」

 聞けば、あの坊ちゃん王太子を非難する意味で滑り出た言葉だったらしい。だが、廊下にいたこの娘に気づいて、マシューとかいう生徒会役員と危うく喧嘩になりかけたという。

「まあ悪気がなかったのはわかったさね。この娘が目覚めたら誠心誠意謝罪するんだね」

 そう言うと、悲壮な決意を込めた眼差しと目が合った。

「わかった。尽力させてもらう」
「そこまで必死にならなくても……まあ、気持ちはわかるさね」

 これならなんとかなるかもしれない。
 貴族令息にしては珍しく誠実さとこの娘に対する必死さが見てとれ、私は唇の端を上げた。
 ――コッペリア・マルドーク、あんたが永遠に眠るにはまだ早いさね。
 そうしているうちに帰宅しなければならない時間となり、場はお開きとなった。


 翌日。教室移動の際、坊ちゃん王太子が自信満々といった様子でゼフィルスに声をかけてきた。

「ゼフィルス。お前に決闘を申し込んでやろう」

 坊ちゃん王太子はわざと人目が多い廊下を選んだようだ。
 私の隣にいたゼフィルスは少しだけ目を見開くが、すぐにいつも通りの表情に戻り問いただす。

「それは俺に言っているのか?」
「ああ。もちろんだ。この俺、アレン・ブルマンはゼフィルス・オナシスに、今この場で決闘を申し込む!!」

 坊ちゃん王太子は傲岸不遜ごうがんふそんともとれる態度でうなずく。その声の大きさもさることながら、その内容に、廊下にいた生徒たちは騒めき出す。
 決闘自体は禁じられたものではなく、規則を守り、立会人を設ければできる。
 だが、それは十五歳以上の成人した者に限られ、未成年は認められていない。また、十五歳以上だとしても、学生という身分は責任を取るに値しないとされ、学園に在籍している間は未成年扱いである。
 賠償金うんぬんの話になった場合、どうしても親の力を借りなければならなくなるし、結果、家の名誉と存続に大きく影響してしまうからだ。

「決闘は成人していないとできないはずだが」
「それなら心配ない。この件に関しては王族特権を使用することにした」

 ゼフィルスの指摘に、坊ちゃん王太子は胸を反らして揚々と答えた。
 王族特権とは、その名の通り王族のみ使える権利だ。慈悲を施したい場合に規則が邪魔をしてしまう、など善意として用いられることがほとんどで、今回のような乱暴な適用は聞いたことがない。
 面倒なことになった、というようにゼフィルスは眉根を寄せる。
 これには同感である。ここは一旦手を引いてもらおうかね。

「これで障害はないな。では方法だが――」
「お待ちください」

 坊ちゃん王太子に先を言われてしまう前に、私は口を挟む。

「王族特権はそのようなことに使っていいものではありませんわ。どうかご一考ください」

 王族特権の本来の意図を知っている者たちは黙って様子をうかがっている。
 坊ちゃん王太子はその沈黙を、彼らが身の程知らずな公爵令嬢に呆れているからだと勘違いしたのか、自分が正しいとばかりにさらに語気を強める。

「俺を馬鹿にするのか!! とにかく決闘だ!! ゼフィルス、すました顔をしていられるのも今のうちだぞ!!」

 王太子という地位にある者とは思えない発言。
 周囲から呆れと失望の視線が向くが、当人は気づいていないようである。

(まさかこんなに意見を聞かないとはね)

 どうしたものか、と思ったときだった。

「騒がしいと思ったら、兄上でしたか」

 新たな声が聞こえたほうを見る。
 そこにいたのは、第二王子のバレルエージ・ブルマン。
 彼はゆったりとした歩調でこちらへ近づいてくる。黒髪に青い瞳、すらりとした体躯たいくの彼は人を惹きつけ、どこか艶めいた雰囲気を醸しだしていた。
 その青い瞳が坊ちゃん王太子の姿を捉えており、そこには呆れが多分に含まれているようだ。

「バレルエージか。なんの用だ?」
「なんの用だ、じゃありませんよ。このようなところで、この騒ぎ。生徒たちの模範となるべき方のするようなことではないと思いますが」
「うるさい!! 今大事なところなんだ、邪魔をするな!!」

 はあ、と第二王子がため息をつく。

「決闘に王族特権を行使するなんて前代未聞ですよ。一体何をどうしたらそんなことになるんですか?」
「ゼフィルスが俺の婚約者を取ったからだ!!」

 坊ちゃん王太子は堂々と言い返すが、生徒たちは呆れを通り越して、場は白ける。
 長年の婚約者を蔑ろにし、下級令嬢と浮気をしただけでは飽きたらず、その場の勢いでしかない婚約破棄宣言、さらには軽率な決闘の申し込み、と王族として許されない行為の数々をしでかしているのだ。坊ちゃん王太子に対する視線は冷たかった。
 場の空気が変わったことに気づかない彼に第二王子は告げる。

「元婚約者、でしょう。婚約破棄をしたのは、兄上からだと聞いていますが」
「そ、それは、その口から滑り出てしまった……というか」

 口ごもった様子を見て、生徒たちの温度がさらに下がったようだった。

「兄上。曲がりなりにも王族なのです。もっとご自分の発言に責任を持ってください」

 さすがに看過できないようで第二王子の口調が厳しいものになるが、坊ちゃん王太子は激高したように言葉を返す。

「お前にそんなことは言われたくない!! 同い年とはいえ、俺は兄だぞ!! もう少し敬うとかそういうのはないのか!?」

 言い返す材料がそれなのか、という周囲からの視線は険しさが増す。
 そのとき、第二王子がもういいか、とつぶやいた。

「ないですね」
「……は?」
「もうこれ以上は耐えられそうにない。兄上が私用で王族特権を行使するというのなら、俺はなんとしても止めます。俺、バレルエージ・ブルマンは王族特権をもって、兄上から王太子の地位を譲り受けましょう。そして、ゼフィルス・オナシス侯爵令息を側近とします。よろしいですか?」

 ありえない内容に一瞬空気が固まる。
 いくら王族特権とはいえ、王太子の交代がたった一言で済ませられるわけがなく、貴族議会と国王陛下の承認が必要だ。

「もちろん、貴族議会にはこれから協議してもらいますよ。ですが、おそらく通るでしょうね」

 結果を確信したような第二王子の笑みを見て、坊ちゃん王太子が叫ぶ。

「ふざけるな!! いくら王族特権でもそんな使い方はないだろう!!」
「それに関しては同じことを言わせてもらいます。王族特権によりゼフィルス・オナシス侯爵令息は俺の側近となりますので、先ほどの決闘宣言は取り消してもらえると」
「誰がそんなことするか!!」

 坊ちゃん王太子に対して第二王子が冷静に返す。

「もうこれは王族としてもどうかと思われますが、兄上は公務のほとんどをマルドーク公爵令嬢に押しつけていたでしょう。加えて今のあなたには側近候補すらいない。これでどうして王太子の責務を果たせると思われるのですか?」

 何も知らなかった生徒たちからすれば、信じられない内容である。数人が私をチラッと見たので、穏やかに微笑んでやった。

「お前にそんなことを言われる筋合いはない!! やろうと思えば俺だってそれくらいできる!! たまたまちょっと忙しかっただけだ!!」
「つまりどうあっても決闘する、ということでよろしいですね?」
「当たり前だ!!」

 その言葉を聞いた第二王子が口を開く……が、その先は言葉にならなかった。
 ……おや、この魔力はなんだい?
 身に覚えのない魔力を感じたそのとき、誰かが声を上げる。

「あれ」
「何?」
「え、なんで学園内に白い……カラス?」

 ほとんどの生徒はその存在に疑問を口にするだけだったが、王族と上級貴族の令息令嬢の反応は違った。

「「――!!」」

 白いカラスは上級貴族以上の者しかその存在を知らされていない。そう、非常時しかお目にかかれない王宮の使いである。
 白いカラスがくちばしを開いた。

「第一王子アレン。第二王子バレルエージ。王族特権を行使したふたりは登城するよう。以上」

 くちばしを閉じると同時に小さな転移陣が現れ、白いカラスはそこへ消えていった。


 放課後、再び西校舎の空き教室で私とゼフィルスは話し合っていた。

「まさか王族特権が使われるとは思わなかった」
「そうさね。ただの思いつきのようだし。あの坊ちゃん王太子にも困ったもんだけど……」
「どうしました?」
「いや。あの坊ちゃん王太子と比べると、ずいぶんと違うと思ってね」

 側室だという母親におそらく似たであろう黒髪と青い瞳は、坊ちゃん王太子やゼフィルスとはまた違った意味で、整った顔立ちを引き立てていた。

(あの少しばかりうさんくさい笑みがなければいいんだけどね)

 第二王子の愛想のよさは凄腕の商人や策略家を連想させた。
 ゼフィルスはその言葉が誰を指しているのかすぐにわかったようで、補足するように口を開く。

「バレルエージ様は側室の出ですが、将来は王太子殿下の補佐となるべくさまざまな教育を受けてきました。知識はもちろん、采配もかなりのものだと聞いています。俺がわざわざ側近にならなくても、ほかにも側近がいたはずですよ。たしかエクトワール侯爵令息でしたか」
「おやま、なんだかそちらのほうが王太子みたいさね」

 現時点ではまだアレンは王太子の地位を剥奪されていないため、ゼフィルスは聞かなかったことにするらしく、私の感想を黙殺して話しだす。


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