上 下
6 / 8

6.

しおりを挟む
「……合意なんですよね?」


「もちろんデスヨ」


片言かたことになってますが」


部下の人にはかなり含むものがあったみたいだけど、不承不承納得してくれたようだった。


部下の人が離れてから、


「やれやれ、ですね。何というか、貴女アルファにしては演技力微妙ですね」


(元凶に言われたくないわっ!!)


言い返してやろうとした時、陽の角度が変わったのか、ひと筋の光がその淡い髪と端正な横顔を撫でていった。


(あ、)



記憶が蘇る。


十年は前のことだ。


あの頃、あたしは自分がアルファだということに慣れなくて、でもベータに擬態も出来なくて、もやもやしながら人気のない路地を歩いていた。


その時、人が揉みあうような大きな音が聞こえ、駆け付けるとオメガの少年が乱暴されそうになっているところで。


あたしはフェロモンを全て放って少年を助けた。


病院には行きたくないと懇願されたので、大きな通りまで送って。

その時、店舗の明かりに照らされた横顔がとても綺麗だ、と思ったことは覚えている。



(何が身上書を見て気に入った、よ)




やがて手続きが済んだのか、倉庫にはあたしと彼だけになった。


「会議すっぽかしたから、始末書かあ」


のんびりと言ったその顔に何か言ってやりたくなった。


「何です?」


あたしは、すっ、と息を吸った。

彼も面白そうに軽く息を吸う。


そして――。



「「うそつき」」




意味合いは大きく違うそれが倉庫内に響いた。






「いい加減、諦めたらどうです?」


「諦めたら試合終了ですよ、と昔の偉人が言っていたような気がします」


現在、あたしのマンションの一室だったりします。


それなりに広いリビングのソファーセットで寛いでいるこの子犬は、薄い紙をひらひらと目の前で振って見せた。


「物事は諦めも肝心だと教わりませんでした?」


それに、と形の良い唇が次の言葉を紡ぎ出す。


「あの場であれだけのことをしたんですからね。あれでただの友人です、なんて有り得ないでしょう?」


(ううっ、それを言われると)


あの後の事情聴取であたしとこの子犬との関係を聞かれて、マッチングされて顔を合わせていた、と正直なところを答えただけだったのに、何故かケッコン秒読み、みたいな反応されたんですが。


目の前の子犬が、ふふ、と笑みを作った。


「もうすぐ結婚するんだ、と言っていたかいがあったな」


(犯人はお前かぁっ!!)


思わずじとっとした視線を送ってやると、


「しかし、まさか貴女があの『SAKUYA』だとは」


リビングの一角を占める飾り棚の方へ顔を向けた子犬がそう独り言ちた。


『SAKUYA』はあたしが手作りの小物――ごく簡単なレジンのストラップやペンダントトップ、ピアス等を売る時に使用している作家名だ。


売り上げもあるので、まあ中堅どころかな、と思ってはいるのだけど。


「知ってるの?」


「貴女、自覚ないんですか? あれだけランキングで上位に入っていて。『SAKUYA』と言えば多少無理をしても手に入れたい作家ですけど?」


(え?)


慌ててスマートフォンで検索すると、ありました。


(……は? ランキング二位っ!?)


「それ、ここ一週間のものでしょう。年間になると貴女がトップですから」


(はああああっ!!)


「ほんとに知らなかったんですね」


「……関心なかったから」


いやほんとにないし。


レジンはほとんど趣味で、生活の方は株の配当で何とかなってるし。


「それから貴女、自分の情報ほとんど出さないでしょう。まあ保身のためにはいいんですが、そのお陰で謎の覆面作家、と呼ばれてますよ」


(……はい?)


商品を売るのにはある程度の情報操作が要る。


(まああたしが顔の造りとか良かったら、それ利用して宣伝効果で……とか考えたかもしれないけど)


こんな平凡な容姿で何をどうアピールしろと。


だがどうやらそれが逆に功を奏したらしい。


(謎の覆面作家、ってそんなん狙ってなかったんだけどなあ)


遠い目になっていると、


「で?」

「……何?」

急にどアップになった端正な顔に思わず引くと、


「そこまで嫌ですか」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...