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「……合意なんですよね?」
「もちろんデスヨ」
「片言になってますが」
部下の人にはかなり含むものがあったみたいだけど、不承不承納得してくれたようだった。
部下の人が離れてから、
「やれやれ、ですね。何というか、貴女アルファにしては演技力微妙ですね」
(元凶に言われたくないわっ!!)
言い返してやろうとした時、陽の角度が変わったのか、ひと筋の光がその淡い髪と端正な横顔を撫でていった。
(あ、)
記憶が蘇る。
十年は前のことだ。
あの頃、あたしは自分がアルファだということに慣れなくて、でもベータに擬態も出来なくて、もやもやしながら人気のない路地を歩いていた。
その時、人が揉みあうような大きな音が聞こえ、駆け付けるとオメガの少年が乱暴されそうになっているところで。
あたしはフェロモンを全て放って少年を助けた。
病院には行きたくないと懇願されたので、大きな通りまで送って。
その時、店舗の明かりに照らされた横顔がとても綺麗だ、と思ったことは覚えている。
(何が身上書を見て気に入った、よ)
やがて手続きが済んだのか、倉庫にはあたしと彼だけになった。
「会議すっぽかしたから、始末書かあ」
のんびりと言ったその顔に何か言ってやりたくなった。
「何です?」
あたしは、すっ、と息を吸った。
彼も面白そうに軽く息を吸う。
そして――。
「「うそつき」」
意味合いは大きく違うそれが倉庫内に響いた。
「いい加減、諦めたらどうです?」
「諦めたら試合終了ですよ、と昔の偉人が言っていたような気がします」
現在、あたしのマンションの一室だったりします。
それなりに広いリビングのソファーセットで寛いでいるこの子犬は、薄い紙をひらひらと目の前で振って見せた。
「物事は諦めも肝心だと教わりませんでした?」
それに、と形の良い唇が次の言葉を紡ぎ出す。
「あの場であれだけのことをしたんですからね。あれでただの友人です、なんて有り得ないでしょう?」
(ううっ、それを言われると)
あの後の事情聴取であたしとこの子犬との関係を聞かれて、マッチングされて顔を合わせていた、と正直なところを答えただけだったのに、何故かケッコン秒読み、みたいな反応されたんですが。
目の前の子犬が、ふふ、と笑みを作った。
「もうすぐ結婚するんだ、と言っていたかいがあったな」
(犯人はお前かぁっ!!)
思わずじとっとした視線を送ってやると、
「しかし、まさか貴女があの『SAKUYA』だとは」
リビングの一角を占める飾り棚の方へ顔を向けた子犬がそう独り言ちた。
『SAKUYA』はあたしが手作りの小物――ごく簡単なレジンのストラップやペンダントトップ、ピアス等を売る時に使用している作家名だ。
売り上げもあるので、まあ中堅どころかな、と思ってはいるのだけど。
「知ってるの?」
「貴女、自覚ないんですか? あれだけランキングで上位に入っていて。『SAKUYA』と言えば多少無理をしても手に入れたい作家ですけど?」
(え?)
慌ててスマートフォンで検索すると、ありました。
(……は? ランキング二位っ!?)
「それ、ここ一週間のものでしょう。年間になると貴女がトップですから」
(はああああっ!!)
「ほんとに知らなかったんですね」
「……関心なかったから」
いやほんとにないし。
レジンはほとんど趣味で、生活の方は株の配当で何とかなってるし。
「それから貴女、自分の情報ほとんど出さないでしょう。まあ保身のためにはいいんですが、そのお陰で謎の覆面作家、と呼ばれてますよ」
(……はい?)
商品を売るのにはある程度の情報操作が要る。
(まああたしが顔の造りとか良かったら、それ利用して宣伝効果で……とか考えたかもしれないけど)
こんな平凡な容姿で何をどうアピールしろと。
だがどうやらそれが逆に功を奏したらしい。
(謎の覆面作家、ってそんなん狙ってなかったんだけどなあ)
遠い目になっていると、
「で?」
「……何?」
急にどアップになった端正な顔に思わず引くと、
「そこまで嫌ですか」
「もちろんデスヨ」
「片言になってますが」
部下の人にはかなり含むものがあったみたいだけど、不承不承納得してくれたようだった。
部下の人が離れてから、
「やれやれ、ですね。何というか、貴女アルファにしては演技力微妙ですね」
(元凶に言われたくないわっ!!)
言い返してやろうとした時、陽の角度が変わったのか、ひと筋の光がその淡い髪と端正な横顔を撫でていった。
(あ、)
記憶が蘇る。
十年は前のことだ。
あの頃、あたしは自分がアルファだということに慣れなくて、でもベータに擬態も出来なくて、もやもやしながら人気のない路地を歩いていた。
その時、人が揉みあうような大きな音が聞こえ、駆け付けるとオメガの少年が乱暴されそうになっているところで。
あたしはフェロモンを全て放って少年を助けた。
病院には行きたくないと懇願されたので、大きな通りまで送って。
その時、店舗の明かりに照らされた横顔がとても綺麗だ、と思ったことは覚えている。
(何が身上書を見て気に入った、よ)
やがて手続きが済んだのか、倉庫にはあたしと彼だけになった。
「会議すっぽかしたから、始末書かあ」
のんびりと言ったその顔に何か言ってやりたくなった。
「何です?」
あたしは、すっ、と息を吸った。
彼も面白そうに軽く息を吸う。
そして――。
「「うそつき」」
意味合いは大きく違うそれが倉庫内に響いた。
「いい加減、諦めたらどうです?」
「諦めたら試合終了ですよ、と昔の偉人が言っていたような気がします」
現在、あたしのマンションの一室だったりします。
それなりに広いリビングのソファーセットで寛いでいるこの子犬は、薄い紙をひらひらと目の前で振って見せた。
「物事は諦めも肝心だと教わりませんでした?」
それに、と形の良い唇が次の言葉を紡ぎ出す。
「あの場であれだけのことをしたんですからね。あれでただの友人です、なんて有り得ないでしょう?」
(ううっ、それを言われると)
あの後の事情聴取であたしとこの子犬との関係を聞かれて、マッチングされて顔を合わせていた、と正直なところを答えただけだったのに、何故かケッコン秒読み、みたいな反応されたんですが。
目の前の子犬が、ふふ、と笑みを作った。
「もうすぐ結婚するんだ、と言っていたかいがあったな」
(犯人はお前かぁっ!!)
思わずじとっとした視線を送ってやると、
「しかし、まさか貴女があの『SAKUYA』だとは」
リビングの一角を占める飾り棚の方へ顔を向けた子犬がそう独り言ちた。
『SAKUYA』はあたしが手作りの小物――ごく簡単なレジンのストラップやペンダントトップ、ピアス等を売る時に使用している作家名だ。
売り上げもあるので、まあ中堅どころかな、と思ってはいるのだけど。
「知ってるの?」
「貴女、自覚ないんですか? あれだけランキングで上位に入っていて。『SAKUYA』と言えば多少無理をしても手に入れたい作家ですけど?」
(え?)
慌ててスマートフォンで検索すると、ありました。
(……は? ランキング二位っ!?)
「それ、ここ一週間のものでしょう。年間になると貴女がトップですから」
(はああああっ!!)
「ほんとに知らなかったんですね」
「……関心なかったから」
いやほんとにないし。
レジンはほとんど趣味で、生活の方は株の配当で何とかなってるし。
「それから貴女、自分の情報ほとんど出さないでしょう。まあ保身のためにはいいんですが、そのお陰で謎の覆面作家、と呼ばれてますよ」
(……はい?)
商品を売るのにはある程度の情報操作が要る。
(まああたしが顔の造りとか良かったら、それ利用して宣伝効果で……とか考えたかもしれないけど)
こんな平凡な容姿で何をどうアピールしろと。
だがどうやらそれが逆に功を奏したらしい。
(謎の覆面作家、ってそんなん狙ってなかったんだけどなあ)
遠い目になっていると、
「で?」
「……何?」
急にどアップになった端正な顔に思わず引くと、
「そこまで嫌ですか」
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