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謎の病
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ここサダル王国では謎の病が流行していた。
高熱と嘔吐を繰り返し、5日ほどで収まるが子供や老人の中には命を落とす者も多く、危機感が強まっていた。
そこにきて第四王子シャマルの発病である。
聖女の癒しの力も効果はなく、まだ六歳のシャマル王子の命が掛かっていることから、国宝である幻水晶の力を使うことになった。
それによると――。
『この病は既存の薬や治癒魔法では平癒できぬ。ただ一つ、この国と魔界の境に住む魔物ミスティアが持つ宝の枝を使用すれば快癒できるだろう』
即座に勇者の孫であるカイルが呼ばれ、パーティが組まれた。
カイルは現在14歳であり、祖父の代からの伯爵の爵位を継いでいる。
少し小柄だが、明るい茶色の髪と澄んだ青い瞳の組み合わせは相性抜群で女性受けが良く、また祖父譲りの剣技も冴えわたり、第1騎士団の成長株としても注目を集めていた。
宰相であるイルスト侯爵がその鋭い灰色の目を向けても少しも動じた様子を見せないところから、その度量も推し量れるだろう。
「カイル・ルーベント伯爵令息。ここに勅命により国境との境に住まうという女魔物ミスティアより病魔退散の宝の枝を持ち帰ること。念のためにパーティを組ませたが、かの魔物は性質は穏やかであり、女性であることから男性に比べ争いを好まないと聞く。それほど難しい任務ではないはずだが、心してかかるように」
「はっ!!」
代表してカイルが返答をするとすぐに転移陣のある部屋へ案内される。
ちなみにパーティの他の仲間は当時の勇者パーティの子孫である槍の名手サイラスの孫セイン、魔導師ルースの孫セイレン、弓の使い手トレントの孫トルスト、という編成である。
彼らの実力はもちろんだが、かつての勇者パーティの子孫、ということで選ばれたことも否めないが、今回の任務はそれほど厳しいものには誰の目にも見えなかったのだ。
「向こうに着いたらオーク狩りでもしてきたいわね」
魔導師のセイレンがひとりごちたように言い、碧の瞳を煌めかせるが、即座にトルストが武骨とも取れる顔立ちを顰め、窘めるように口を挟んだ。
「緊急時だぞ。今は急いで宝の枝を持ち帰ることが先決だろうが」
その様はかなりの迫力があったが、セイレンには通じなかったようだった。
灰色のローブの下から覗く金茶の髪と大きめの翠の瞳が下から睨めつける。
「分かってるわよ。本当にトルストって応用が利かないのよね」
この間、幼なじみ達のやり取りにカイルとセインは沈黙を守っていた。
誰しも馬に蹴られたくはないのである。
そっと視線を交わした二人はやれやれ、というふうに転移陣の中へ入る。
この時までは誰もがこの任務にさしたる障害はなし、と思っていた。
案内してきた魔導師が口を開いた。
「それではこれより国境付近の街カイジュへ転移させます。魔物ミスティアの領域までは案内人が付くと思いますので、どうか急ぎ御帰還のほどよろしくお願い申し上げます」
「ああ。分かった」
軽い浮遊感の後、一行はカイジュの街の騎士団の保有する転移陣のある部屋へと転移していた。
そこには騎士と思われる3人の男性達と、従者らしき服装の小柄な男性を率いた大柄な壮年の男性が待っていた。
「ようこそ。カイジュへ。私はこのカイジュの街を治めるダイゴ伯爵家の当主ゴーラスにございます。遠路はるばるお疲れでしたでしょう。まずは当家にご滞在のほどを」
依頼内容は知っているようだが、王家よりの勅命でもあるためか丁重な態度である。
「これはご丁寧にありがとうございます。カイル・ルーベントです。こちらはセイン・ダグラス子爵令息。トルスト・ガンマ子爵令息。セイレン・グスタフ子爵令嬢になります」
代表してカイルが答え、残りの3人が軽く頷いた。
「ではこちらへ」
館へ案内される勇者一行だったが、それぞれ荷物を置く間もなくダイゴ伯爵に向かい合った。
部屋への案内もまだ済んでいない内にこの態度、ということで伯爵の眉が軽く上がる。
「どうされたのかな?」
「伯爵には早速で申し訳ないのですが、私達は早く件の物を手に入れなくてはならないのです」
だからすぐに出立したいと申し出ると、伯爵は少し戸惑ったようだった。
「ですが――」
「伯爵のご厚情は必ず陛下にもお伝え致します」
暗にシャマル王子の時間がないのだと伝えると今度は引き留められなかった。
明るい内に王城から転移して来たので急げば魔物ミスティアが棲むという森へ辿り着くのは容易だった。
軽く槍の位置を直しながらセインがカイルを見た。
「すまない。助かった」
「別に大したことはしていない。俺も早く出立したかっただけだしな」
その会話を聞き咎めたようにセイレンが口を挟んだ。
「やっぱりあれ、セインのためだったのね。セインってば貴族のクセに貴族嫌いだから」
まあ分からないでもないけど。
セイレンも元々は平民の出身だったのでそう頷き、セインの方を仰ぎ見る。
「済まなかった」
「だからいいってば」
そんなやり取りを見守っているうちに一行は森の入り口まで来ていた。
ぱっと見るに普通の森だが、よくよく見ると魔物の魔力らしきものが立ち込めているのが分かった。
「居るかしら」
杖を構えながらセイレンが問い掛けるように独り言ちる。
「もう少し奥まで行ってみないと分からないな。一応簡易結界を頼む」
「りょーかい」
セイレンの軽い応えと共に一向に簡易結界が施される。
邂逅は予想より早くやって来た。
ふいに視界が開け、木々がまばらな箇所に出たかと思うと、黒い衣を身に纏った黒髪の女性が現れたのだ。
名乗らずとも分かった。
その内に感じる膨大な魔力から彼女がこの森の主である魔物ミスティアだと。
黒髪の美女が口を開く。
「ここへ何の用があってきた?」
濃い青の双眸が鋭く一行を睨め付けた。
「私共は最近この国に蔓延する病を治癒させるために必要な宝の枝を借りうけるためにここへ訪れた者です。私はカイル・ルーベント。こちらはセイン――」
仲間を紹介しながらミスティア殿かと問い掛けると黒髪の美女が鷹揚に頷く。
「それでは急なことで申し訳ないでのですが貴女が所有しているという宝の枝をお貸し頂きたく――」
「断る」
波乱の幕が開けた。
高熱と嘔吐を繰り返し、5日ほどで収まるが子供や老人の中には命を落とす者も多く、危機感が強まっていた。
そこにきて第四王子シャマルの発病である。
聖女の癒しの力も効果はなく、まだ六歳のシャマル王子の命が掛かっていることから、国宝である幻水晶の力を使うことになった。
それによると――。
『この病は既存の薬や治癒魔法では平癒できぬ。ただ一つ、この国と魔界の境に住む魔物ミスティアが持つ宝の枝を使用すれば快癒できるだろう』
即座に勇者の孫であるカイルが呼ばれ、パーティが組まれた。
カイルは現在14歳であり、祖父の代からの伯爵の爵位を継いでいる。
少し小柄だが、明るい茶色の髪と澄んだ青い瞳の組み合わせは相性抜群で女性受けが良く、また祖父譲りの剣技も冴えわたり、第1騎士団の成長株としても注目を集めていた。
宰相であるイルスト侯爵がその鋭い灰色の目を向けても少しも動じた様子を見せないところから、その度量も推し量れるだろう。
「カイル・ルーベント伯爵令息。ここに勅命により国境との境に住まうという女魔物ミスティアより病魔退散の宝の枝を持ち帰ること。念のためにパーティを組ませたが、かの魔物は性質は穏やかであり、女性であることから男性に比べ争いを好まないと聞く。それほど難しい任務ではないはずだが、心してかかるように」
「はっ!!」
代表してカイルが返答をするとすぐに転移陣のある部屋へ案内される。
ちなみにパーティの他の仲間は当時の勇者パーティの子孫である槍の名手サイラスの孫セイン、魔導師ルースの孫セイレン、弓の使い手トレントの孫トルスト、という編成である。
彼らの実力はもちろんだが、かつての勇者パーティの子孫、ということで選ばれたことも否めないが、今回の任務はそれほど厳しいものには誰の目にも見えなかったのだ。
「向こうに着いたらオーク狩りでもしてきたいわね」
魔導師のセイレンがひとりごちたように言い、碧の瞳を煌めかせるが、即座にトルストが武骨とも取れる顔立ちを顰め、窘めるように口を挟んだ。
「緊急時だぞ。今は急いで宝の枝を持ち帰ることが先決だろうが」
その様はかなりの迫力があったが、セイレンには通じなかったようだった。
灰色のローブの下から覗く金茶の髪と大きめの翠の瞳が下から睨めつける。
「分かってるわよ。本当にトルストって応用が利かないのよね」
この間、幼なじみ達のやり取りにカイルとセインは沈黙を守っていた。
誰しも馬に蹴られたくはないのである。
そっと視線を交わした二人はやれやれ、というふうに転移陣の中へ入る。
この時までは誰もがこの任務にさしたる障害はなし、と思っていた。
案内してきた魔導師が口を開いた。
「それではこれより国境付近の街カイジュへ転移させます。魔物ミスティアの領域までは案内人が付くと思いますので、どうか急ぎ御帰還のほどよろしくお願い申し上げます」
「ああ。分かった」
軽い浮遊感の後、一行はカイジュの街の騎士団の保有する転移陣のある部屋へと転移していた。
そこには騎士と思われる3人の男性達と、従者らしき服装の小柄な男性を率いた大柄な壮年の男性が待っていた。
「ようこそ。カイジュへ。私はこのカイジュの街を治めるダイゴ伯爵家の当主ゴーラスにございます。遠路はるばるお疲れでしたでしょう。まずは当家にご滞在のほどを」
依頼内容は知っているようだが、王家よりの勅命でもあるためか丁重な態度である。
「これはご丁寧にありがとうございます。カイル・ルーベントです。こちらはセイン・ダグラス子爵令息。トルスト・ガンマ子爵令息。セイレン・グスタフ子爵令嬢になります」
代表してカイルが答え、残りの3人が軽く頷いた。
「ではこちらへ」
館へ案内される勇者一行だったが、それぞれ荷物を置く間もなくダイゴ伯爵に向かい合った。
部屋への案内もまだ済んでいない内にこの態度、ということで伯爵の眉が軽く上がる。
「どうされたのかな?」
「伯爵には早速で申し訳ないのですが、私達は早く件の物を手に入れなくてはならないのです」
だからすぐに出立したいと申し出ると、伯爵は少し戸惑ったようだった。
「ですが――」
「伯爵のご厚情は必ず陛下にもお伝え致します」
暗にシャマル王子の時間がないのだと伝えると今度は引き留められなかった。
明るい内に王城から転移して来たので急げば魔物ミスティアが棲むという森へ辿り着くのは容易だった。
軽く槍の位置を直しながらセインがカイルを見た。
「すまない。助かった」
「別に大したことはしていない。俺も早く出立したかっただけだしな」
その会話を聞き咎めたようにセイレンが口を挟んだ。
「やっぱりあれ、セインのためだったのね。セインってば貴族のクセに貴族嫌いだから」
まあ分からないでもないけど。
セイレンも元々は平民の出身だったのでそう頷き、セインの方を仰ぎ見る。
「済まなかった」
「だからいいってば」
そんなやり取りを見守っているうちに一行は森の入り口まで来ていた。
ぱっと見るに普通の森だが、よくよく見ると魔物の魔力らしきものが立ち込めているのが分かった。
「居るかしら」
杖を構えながらセイレンが問い掛けるように独り言ちる。
「もう少し奥まで行ってみないと分からないな。一応簡易結界を頼む」
「りょーかい」
セイレンの軽い応えと共に一向に簡易結界が施される。
邂逅は予想より早くやって来た。
ふいに視界が開け、木々がまばらな箇所に出たかと思うと、黒い衣を身に纏った黒髪の女性が現れたのだ。
名乗らずとも分かった。
その内に感じる膨大な魔力から彼女がこの森の主である魔物ミスティアだと。
黒髪の美女が口を開く。
「ここへ何の用があってきた?」
濃い青の双眸が鋭く一行を睨め付けた。
「私共は最近この国に蔓延する病を治癒させるために必要な宝の枝を借りうけるためにここへ訪れた者です。私はカイル・ルーベント。こちらはセイン――」
仲間を紹介しながらミスティア殿かと問い掛けると黒髪の美女が鷹揚に頷く。
「それでは急なことで申し訳ないでのですが貴女が所有しているという宝の枝をお貸し頂きたく――」
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