病魔退散の宝の枝ってそれは私の黒歴史なので死守しようとしたら、初恋の勇者の孫に求婚されたんですが

神崎 ルナ

文字の大きさ
上 下
1 / 5

謎の病

しおりを挟む
 ここサダル王国では謎の病が流行していた。

 高熱と嘔吐を繰り返し、5日ほどで収まるが子供や老人の中には命を落とす者も多く、危機感が強まっていた。

 そこにきて第四王子シャマルの発病である。

 聖女の癒しの力も効果はなく、まだ六歳のシャマル王子の命が掛かっていることから、国宝である幻水晶の力を使うことになった。

 それによると――。

『この病は既存の薬や治癒魔法では平癒できぬ。ただ一つ、この国と魔界の境に住む魔物ミスティアが持つ宝の枝を使用すれば快癒できるだろう』
 
 即座に勇者の孫であるカイルが呼ばれ、パーティが組まれた。

 カイルは現在14歳であり、祖父の代からの伯爵の爵位を継いでいる。
 
 少し小柄だが、明るい茶色の髪と澄んだ青い瞳の組み合わせは相性抜群で女性受けが良く、また祖父譲りの剣技も冴えわたり、第1騎士団の成長株としても注目を集めていた。

 宰相であるイルスト侯爵がその鋭い灰色の目を向けても少しも動じた様子を見せないところから、その度量も推し量れるだろう。

「カイル・ルーベント伯爵令息。ここに勅命により国境との境に住まうという女魔物ミスティアより病魔退散の宝の枝を持ち帰ること。念のためにパーティを組ませたが、かの魔物は性質は穏やかであり、女性であることから男性に比べ争いを好まないと聞く。それほど難しい任務ではないはずだが、心してかかるように」

「はっ!!」

 代表してカイルが返答をするとすぐに転移陣のある部屋へ案内される。

 ちなみにパーティの他の仲間は当時の勇者パーティの子孫である槍の名手サイラスの孫セイン、魔導師ルースの孫セイレン、弓の使い手トレントの孫トルスト、という編成である。

 彼らの実力はもちろんだが、かつての勇者パーティの子孫、ということで選ばれたことも否めないが、今回の任務はそれほど厳しいものには誰の目にも見えなかったのだ。

「向こうに着いたらオーク狩りでもしてきたいわね」

 魔導師のセイレンがひとりごちたように言い、碧の瞳を煌めかせるが、即座にトルストが武骨とも取れる顔立ちを顰め、窘めるように口を挟んだ。

「緊急時だぞ。今は急いで宝の枝を持ち帰ることが先決だろうが」

 その様はかなりの迫力があったが、セイレンには通じなかったようだった。

 灰色のローブの下から覗く金茶の髪と大きめの翠の瞳が下からめつける。

「分かってるわよ。本当にトルストって応用が利かないのよね」

 この間、幼なじみ達のやり取りにカイルとセインは沈黙を守っていた。

 誰しも馬に蹴られたくはないのである。

 そっと視線を交わした二人はやれやれ、というふうに転移陣の中へ入る。

 この時までは誰もがこの任務にさしたる障害はなし、と思っていた。

 案内してきた魔導師が口を開いた。

「それではこれより国境付近の街カイジュへ転移させます。魔物ミスティアの領域までは案内人が付くと思いますので、どうか急ぎ御帰還のほどよろしくお願い申し上げます」

「ああ。分かった」

 軽い浮遊感の後、一行はカイジュの街の騎士団の保有する転移陣のある部屋へと転移していた。

 そこには騎士と思われる3人の男性達と、従者らしき服装の小柄な男性を率いた大柄な壮年の男性が待っていた。

「ようこそ。カイジュへ。私はこのカイジュの街を治めるダイゴ伯爵家の当主ゴーラスにございます。遠路はるばるお疲れでしたでしょう。まずは当家にご滞在のほどを」

 依頼内容は知っているようだが、王家よりの勅命でもあるためか丁重な態度である。

「これはご丁寧にありがとうございます。カイル・ルーベントです。こちらはセイン・ダグラス子爵令息。トルスト・ガンマ子爵令息。セイレン・グスタフ子爵令嬢になります」

 代表してカイルが答え、残りの3人が軽く頷いた。

「ではこちらへ」

 館へ案内される勇者一行だったが、それぞれ荷物を置く間もなくダイゴ伯爵に向かい合った。

 部屋への案内もまだ済んでいない内にこの態度、ということで伯爵の眉が軽く上がる。

「どうされたのかな?」

「伯爵には早速で申し訳ないのですが、私達は早く件の物を手に入れなくてはならないのです」

 だからすぐに出立したいと申し出ると、伯爵は少し戸惑ったようだった。

「ですが――」

「伯爵のご厚情は必ず陛下にもお伝え致します」

 暗にシャマル王子の時間がないのだと伝えると今度は引き留められなかった。

 明るい内に王城から転移して来たので急げば魔物ミスティアが棲むという森へ辿り着くのは容易だった。

 軽く槍の位置を直しながらセインがカイルを見た。

「すまない。助かった」

「別に大したことはしていない。俺も早く出立したかっただけだしな」

 その会話を聞き咎めたようにセイレンが口を挟んだ。

「やっぱりあれ、セインのためだったのね。セインってば貴族のクセに貴族嫌いだから」

 まあ分からないでもないけど。

 セイレンも元々は平民の出身だったのでそう頷き、セインの方を仰ぎ見る。

「済まなかった」

「だからいいってば」

 そんなやり取りを見守っているうちに一行は森の入り口まで来ていた。

 ぱっと見るに普通の森だが、よくよく見ると魔物の魔力らしきものが立ち込めているのが分かった。

「居るかしら」

 杖を構えながらセイレンが問い掛けるように独り言ちる。

「もう少し奥まで行ってみないと分からないな。一応簡易結界を頼む」

「りょーかい」

 セイレンの軽いいらえと共に一向に簡易結界が施される。

 邂逅は予想より早くやって来た。

 ふいに視界が開け、木々がまばらな箇所に出たかと思うと、黒い衣を身に纏った黒髪の女性が現れたのだ。

 名乗らずとも分かった。

 その内に感じる膨大な魔力から彼女がこの森の主である魔物ミスティアだと。

 黒髪の美女が口を開く。

「ここへ何の用があってきた?」

 濃い青の双眸が鋭く一行を睨め付けた。

「私共は最近この国に蔓延する病を治癒させるために必要な宝の枝を借りうけるためにここへ訪れた者です。私はカイル・ルーベント。こちらはセイン――」

 仲間を紹介しながらミスティア殿かと問い掛けると黒髪の美女が鷹揚に頷く。

「それでは急なことで申し訳ないでのですが貴女が所有しているという宝の枝をお貸し頂きたく――」

「断る」



 波乱の幕が開けた。
 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

処理中です...