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第3話
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新緑の木々が祝福するように梢を揺らす。
『この地に王国を拓くっ!』
よくとおる声で告げたのは壮年の男性だった。
(……まさか建国王ハーネス一世?)
まだ城も建てられていない平地には数十人の人間と、とても大きな生き物がいた。
『ふむ、よかろう』
大仰に頷いたのは、ちょっとした小山ほどある竜だった。
この世界には4種の竜がいたのだという。
空を守護する風竜、河や海を守護する水竜、火山の内にいるという火竜、そして――。
(あれは……地竜? どうして?)
ロザンナの視界には大地の色に染まった黒竜がいた。
トレント王国の特色ともいえるのは風魔法ではないか。
だとしたらここは風竜がいるべきなのでは。
疑問を抱えたロザンナの前で会話は続いていた。
『しかし、我が守護を与えるのはお主ではない』
(え?)
思いがけない言葉にざわめく人々。
『お主には既に水の加護がついているではないか』
(……水の加護?)
不思議に思うロザンナの前で地竜は、
『まあ最もあ奴は前にでるのは苦手だからなあ。目に見える守護ではないが』
地竜によると水竜の加護は河川につけられているらしい。
この王家が存続するかぎり、河川の氾濫を心配することはない。
(そんなことが)
確かに天候のことはあったが、建国以来河川が氾濫したという歴史はない。
地竜によると、この上に重ね付けすることはできるはできるが、人の身には重いという。
ではどうするか、と人々が議論を重ね、そこで手を上げたのが、
『では私でいかがでしょうか?』
比較的王家に近い血筋のブリオッシュ公爵当主だった。
『構わぬが、お主本当によいのか?』
加護はブリオッシュ公爵家がこの王国にいる限り続く。
そのため、必ず直系の子孫を繋げなければならない。
『あまり血が薄くなると、見失ってしまうからのう』
それに、と地竜が続けた。
『お主の血筋だけではすぐに薄れてしまうの』
話し合いの末、王家と公爵家それぞれの直系が必ず婚姻を結ぶことに決まった。
『これで我が見失うことはないが』
沸き立つ人々に地竜が注意を促す。
『人の子はあまり近い血筋では支障が出ると聞く。お主、コウシャクといったか、お主の血筋にはある程度遠い者をを交えるのも忘れずにな』
いささか矛盾することを告げた地竜に恐る恐るという体で他の者が近付いた。
『あの、地竜様』
『何だ?』
地竜の圧倒的な存在感に押されながらその者は続けた。
『地竜様のご加護はとても有難いのですが、そのう』
閊えながら続けたのは、どうせなら風の加護もお願いできないか、という願いだった。
(何て図々しい)
ロザンナは呆れたが地竜は違ったらしい。
『フハハハハッ!! 正直でよろしいっ!! そちらの加護も与えよう』
(えええっ!)
とんでもない大盤振る舞いである。
これは余程このトレント王国の民を気に入っていると思える。
唖然としているロザンナの前で地竜は大きく翼を広げた。
『この地に棲まう風の精霊達よっ! 我が命ずるっ! この地の人間に手を貸せっ!』
風が吹きすぎた。
それは何度も人々の前を過ぎ、まるで人々を検分しているようにも見えた。
『これでよいな。ああ、人の身には見えぬか。となるとちと面倒だが』
地竜が続けた言葉にロザンナは目を見開いた。
『我の守護が続く限り、この地に住まう人間にその力を与えよっ!!』
(それって――)
まだ不可解な顔をしている相手に地竜が説明した。
『この地に住まい我の加護の範囲の中であれば、風の精霊が力を貸すだろう』
(ではその外へ出た場合は?)
ロザンナと同じ疑問を持ったのだろう。
その者が同じような質問をぶつけていた。
すると、
『まあ、それはその者の力量次第だな。もともと我に好かれる器量は持っているのだ。風の精霊たちにお主らが好かれれば、どこにいてもそれは変わらぬだろう』
気が付けばロザンナは国境の近くにいた。
時間にしてみれば幾らも経っていないだろう。
詰め所がまだ目に入るのだから。
(今のは――)
ロザンナは胸の内に渦のようなものを感じ、また歩を止めてしまった。
それは以前聞いた魔力のうねりにも似ていて、ロザンナを困惑させる。
(私に魔法の適性なんてないはずなのに)
公爵令嬢であるのに関わらず、これまでロザンナが見下されてきた原因がそこにあった。
するとまた地竜の声が蘇る。
『ああ、それとな。我の加護はお主達の子孫には必ず付く。もし目立った魔力がなくとも粗末に扱ってはならぬからな』
声だけだったが、ロザンナはその内容に目を見張った。
(目立った魔力……もしかしてそれは)
人の目には分からない魔力があるということ?
困惑しながらも何とかロザンナが考えを巡らせていたときだ。
「嬢ちゃん、すまねぇっ!!」
思わず振り返ると、先ほどロザンナを国境まで送ってくれた兵士が剣を振り上げるところだった。
(え)
恐らく国境を越えればそこから先は好きにしていい、とでも命じられていたのだろう。
詰め所から人が出てくる気配はない。
(謀られたっ!!)
反射的に目を瞑った瞬間、鈍い音が響いた。
しばしの静寂。
ロザンナが固く瞑った目を開けると、そこには先ほどの兵士が尻もちをついていた。
「へ? 嘘だろ? あんたには何の力もないって……」
――ばかじゃない? ぼくらとずっと引っ張りっこしてたのに、気付かないの?
子供のような高い声。
ロザンナが声の方を見ると、小さな羽を持つ妖精が見えた。
――あ、見付かっちゃった。
とたん、頭の中に情報が流れる。
(え、私の地竜様の加護があまりにも多いのと気に入ったから生まれた時から複数の精霊がその力と綱引きをしていたっ!?)
恐らく見る者が見れば分かったのかもしれない。
だが、公爵家ではこの王国に自らの血筋が必要であることは常識であったのと、魔力が見えなくともその『理由』があれば大丈夫だろう、という思いから敢えて専門家の指示を仰がなかった。
そして王家では――。
(きっとこのことは途中で途絶えてしまったのね)
あのクルクスル殿下達の様子を見れば分かる。
国境を越え、精霊達の『引っ張りっこ』がなくなった今、ロザンナの内にあるのは地竜の大いなる加護とその膨大な魔力。
それは周囲の刺客達にも伝わったのだろう。
「ひっ、」
「おたすけ……」
腰が引けている男達をちら、と見てロザンナは告げた。
「私はもうこの王国とは何の関りもありません」
そのまま歩き出すロザンナを止める者はいなかった。
ロザンナの足は自然早足になる。
幾つかの曲道を過ぎ、国境も詰め所も遠く霞んで見えなくなるところまで辿りついたところでようやく足を止めた。
(何で今頃になって)
周囲に人影がないのを確かめて道ばたに置かれていた石に腰かけた。
公爵家から一歩出るとロザンナの扱いは違っていて。
――あれでよく次代の王妃候補なんて言えますねぇ。
――まあ仕方ないですわね。古い時代の因習というものは。
――そろそろいいんじゃありませんの。
聞こえよがしに誹謗されてもロザンナは前を向いた。
(私はこのブリオッシュ公爵家の一員なのだから)
父である公爵に聞けばよかったのかもしれない。
どうしてこのブリオッシュ公爵家のみが直系の王族と婚姻を続けなければならないのか。
だが、ブリオッシュ公爵は常に多忙で、何日ぶりかに夕食の席で顔を合わせた際もその厳しい顔を見ればそんな質問をするのは憚われた。
(てっきり嫌われているのかと思っていたけれど)
布袋を開けて中を確認したロザンナは複雑な表情をした。
用意されていた質素な服の内側には、中立国ハーバネードの商家への紹介状が縫い付けられていた。
もちろん、そんなものは検閲の目に止まってしまうのだが、その辺りはブリオッシュ公爵家が手を回してくれていた。
これだけでもブリオッシュ公爵家がロザンナのことを気にかけているのが分かる。
さらに、国境を越えたロザンが苦労しないように、と次の街では馬車の手配をしているという。
(どうして今になって)
これまではどれほど王太子に理不尽なことを言われても抗議すらしてくれなかったのに。
でも、とロザンナはため息をついた。
頭の中では分かっている。
この階級が全ての世の中では、たとえ公爵家といえども王家に逆らえばどんな目に遭うか。
よくてお家取り潰し、悪くて一族郎党の命が散る。
それらのことを踏まえると公爵家としても抗議はし辛かったと思われる。
(でも今は――)
そこまで考えたロザンナははた、と固まった。
これまではひたすら王太子妃になるため教育を受けてきた。
だが、それももうない。
ロザンナは手入れのされていない、それでも街の娘に比べるとずっと綺麗な手を見つめた。
(私は何をしたらいいのかしら?)
あの後、もう一度顔を見せた兄はこう告げた。
『これからは、ロザンナの好きなようにしなさい』と。
好きなように、とは。
(私の好きなこととは一体……)
再びため息が出そうになって堪えた。
どちらにせよ、幾らそれが義務とはいえ、意に染まぬ婚約など二度とごめんだ。
ロザンナが心の奥底でそう結論づけたとき、遠くから馬の嘶きが響いて来た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※ ストックがなくなったので更新遅れます(m´・ω・`)m
『この地に王国を拓くっ!』
よくとおる声で告げたのは壮年の男性だった。
(……まさか建国王ハーネス一世?)
まだ城も建てられていない平地には数十人の人間と、とても大きな生き物がいた。
『ふむ、よかろう』
大仰に頷いたのは、ちょっとした小山ほどある竜だった。
この世界には4種の竜がいたのだという。
空を守護する風竜、河や海を守護する水竜、火山の内にいるという火竜、そして――。
(あれは……地竜? どうして?)
ロザンナの視界には大地の色に染まった黒竜がいた。
トレント王国の特色ともいえるのは風魔法ではないか。
だとしたらここは風竜がいるべきなのでは。
疑問を抱えたロザンナの前で会話は続いていた。
『しかし、我が守護を与えるのはお主ではない』
(え?)
思いがけない言葉にざわめく人々。
『お主には既に水の加護がついているではないか』
(……水の加護?)
不思議に思うロザンナの前で地竜は、
『まあ最もあ奴は前にでるのは苦手だからなあ。目に見える守護ではないが』
地竜によると水竜の加護は河川につけられているらしい。
この王家が存続するかぎり、河川の氾濫を心配することはない。
(そんなことが)
確かに天候のことはあったが、建国以来河川が氾濫したという歴史はない。
地竜によると、この上に重ね付けすることはできるはできるが、人の身には重いという。
ではどうするか、と人々が議論を重ね、そこで手を上げたのが、
『では私でいかがでしょうか?』
比較的王家に近い血筋のブリオッシュ公爵当主だった。
『構わぬが、お主本当によいのか?』
加護はブリオッシュ公爵家がこの王国にいる限り続く。
そのため、必ず直系の子孫を繋げなければならない。
『あまり血が薄くなると、見失ってしまうからのう』
それに、と地竜が続けた。
『お主の血筋だけではすぐに薄れてしまうの』
話し合いの末、王家と公爵家それぞれの直系が必ず婚姻を結ぶことに決まった。
『これで我が見失うことはないが』
沸き立つ人々に地竜が注意を促す。
『人の子はあまり近い血筋では支障が出ると聞く。お主、コウシャクといったか、お主の血筋にはある程度遠い者をを交えるのも忘れずにな』
いささか矛盾することを告げた地竜に恐る恐るという体で他の者が近付いた。
『あの、地竜様』
『何だ?』
地竜の圧倒的な存在感に押されながらその者は続けた。
『地竜様のご加護はとても有難いのですが、そのう』
閊えながら続けたのは、どうせなら風の加護もお願いできないか、という願いだった。
(何て図々しい)
ロザンナは呆れたが地竜は違ったらしい。
『フハハハハッ!! 正直でよろしいっ!! そちらの加護も与えよう』
(えええっ!)
とんでもない大盤振る舞いである。
これは余程このトレント王国の民を気に入っていると思える。
唖然としているロザンナの前で地竜は大きく翼を広げた。
『この地に棲まう風の精霊達よっ! 我が命ずるっ! この地の人間に手を貸せっ!』
風が吹きすぎた。
それは何度も人々の前を過ぎ、まるで人々を検分しているようにも見えた。
『これでよいな。ああ、人の身には見えぬか。となるとちと面倒だが』
地竜が続けた言葉にロザンナは目を見開いた。
『我の守護が続く限り、この地に住まう人間にその力を与えよっ!!』
(それって――)
まだ不可解な顔をしている相手に地竜が説明した。
『この地に住まい我の加護の範囲の中であれば、風の精霊が力を貸すだろう』
(ではその外へ出た場合は?)
ロザンナと同じ疑問を持ったのだろう。
その者が同じような質問をぶつけていた。
すると、
『まあ、それはその者の力量次第だな。もともと我に好かれる器量は持っているのだ。風の精霊たちにお主らが好かれれば、どこにいてもそれは変わらぬだろう』
気が付けばロザンナは国境の近くにいた。
時間にしてみれば幾らも経っていないだろう。
詰め所がまだ目に入るのだから。
(今のは――)
ロザンナは胸の内に渦のようなものを感じ、また歩を止めてしまった。
それは以前聞いた魔力のうねりにも似ていて、ロザンナを困惑させる。
(私に魔法の適性なんてないはずなのに)
公爵令嬢であるのに関わらず、これまでロザンナが見下されてきた原因がそこにあった。
するとまた地竜の声が蘇る。
『ああ、それとな。我の加護はお主達の子孫には必ず付く。もし目立った魔力がなくとも粗末に扱ってはならぬからな』
声だけだったが、ロザンナはその内容に目を見張った。
(目立った魔力……もしかしてそれは)
人の目には分からない魔力があるということ?
困惑しながらも何とかロザンナが考えを巡らせていたときだ。
「嬢ちゃん、すまねぇっ!!」
思わず振り返ると、先ほどロザンナを国境まで送ってくれた兵士が剣を振り上げるところだった。
(え)
恐らく国境を越えればそこから先は好きにしていい、とでも命じられていたのだろう。
詰め所から人が出てくる気配はない。
(謀られたっ!!)
反射的に目を瞑った瞬間、鈍い音が響いた。
しばしの静寂。
ロザンナが固く瞑った目を開けると、そこには先ほどの兵士が尻もちをついていた。
「へ? 嘘だろ? あんたには何の力もないって……」
――ばかじゃない? ぼくらとずっと引っ張りっこしてたのに、気付かないの?
子供のような高い声。
ロザンナが声の方を見ると、小さな羽を持つ妖精が見えた。
――あ、見付かっちゃった。
とたん、頭の中に情報が流れる。
(え、私の地竜様の加護があまりにも多いのと気に入ったから生まれた時から複数の精霊がその力と綱引きをしていたっ!?)
恐らく見る者が見れば分かったのかもしれない。
だが、公爵家ではこの王国に自らの血筋が必要であることは常識であったのと、魔力が見えなくともその『理由』があれば大丈夫だろう、という思いから敢えて専門家の指示を仰がなかった。
そして王家では――。
(きっとこのことは途中で途絶えてしまったのね)
あのクルクスル殿下達の様子を見れば分かる。
国境を越え、精霊達の『引っ張りっこ』がなくなった今、ロザンナの内にあるのは地竜の大いなる加護とその膨大な魔力。
それは周囲の刺客達にも伝わったのだろう。
「ひっ、」
「おたすけ……」
腰が引けている男達をちら、と見てロザンナは告げた。
「私はもうこの王国とは何の関りもありません」
そのまま歩き出すロザンナを止める者はいなかった。
ロザンナの足は自然早足になる。
幾つかの曲道を過ぎ、国境も詰め所も遠く霞んで見えなくなるところまで辿りついたところでようやく足を止めた。
(何で今頃になって)
周囲に人影がないのを確かめて道ばたに置かれていた石に腰かけた。
公爵家から一歩出るとロザンナの扱いは違っていて。
――あれでよく次代の王妃候補なんて言えますねぇ。
――まあ仕方ないですわね。古い時代の因習というものは。
――そろそろいいんじゃありませんの。
聞こえよがしに誹謗されてもロザンナは前を向いた。
(私はこのブリオッシュ公爵家の一員なのだから)
父である公爵に聞けばよかったのかもしれない。
どうしてこのブリオッシュ公爵家のみが直系の王族と婚姻を続けなければならないのか。
だが、ブリオッシュ公爵は常に多忙で、何日ぶりかに夕食の席で顔を合わせた際もその厳しい顔を見ればそんな質問をするのは憚われた。
(てっきり嫌われているのかと思っていたけれど)
布袋を開けて中を確認したロザンナは複雑な表情をした。
用意されていた質素な服の内側には、中立国ハーバネードの商家への紹介状が縫い付けられていた。
もちろん、そんなものは検閲の目に止まってしまうのだが、その辺りはブリオッシュ公爵家が手を回してくれていた。
これだけでもブリオッシュ公爵家がロザンナのことを気にかけているのが分かる。
さらに、国境を越えたロザンが苦労しないように、と次の街では馬車の手配をしているという。
(どうして今になって)
これまではどれほど王太子に理不尽なことを言われても抗議すらしてくれなかったのに。
でも、とロザンナはため息をついた。
頭の中では分かっている。
この階級が全ての世の中では、たとえ公爵家といえども王家に逆らえばどんな目に遭うか。
よくてお家取り潰し、悪くて一族郎党の命が散る。
それらのことを踏まえると公爵家としても抗議はし辛かったと思われる。
(でも今は――)
そこまで考えたロザンナははた、と固まった。
これまではひたすら王太子妃になるため教育を受けてきた。
だが、それももうない。
ロザンナは手入れのされていない、それでも街の娘に比べるとずっと綺麗な手を見つめた。
(私は何をしたらいいのかしら?)
あの後、もう一度顔を見せた兄はこう告げた。
『これからは、ロザンナの好きなようにしなさい』と。
好きなように、とは。
(私の好きなこととは一体……)
再びため息が出そうになって堪えた。
どちらにせよ、幾らそれが義務とはいえ、意に染まぬ婚約など二度とごめんだ。
ロザンナが心の奥底でそう結論づけたとき、遠くから馬の嘶きが響いて来た。
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