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第50話 呪術の代償
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あの国は昔から気に入らなかった。
――獣のクセに対等な貿易を、だと?
――ふざけるな、たかが獣の分際で!!
――あの国さえなければ肥沃な穀倉地帯はわが国のものになったものを!!
侍従が扉を開けるのに軽く頷き、室内へ足を踏み入れると室内に居た者達が一斉に頭を下げた。
「進捗はどうだ?」
即座に魔術師長が報告を始めた。
「国王陛下。このようなところにお越しいただき誠に恐悦至極にございます。先ほど発動させた呪術は無事に目標に辿りついたようです」
「大儀であった」
これで彼の国は破滅への一歩を歩んだだろう。
一国が滅ぶにはなかなか時間がかかるものだが、あそこは王の求心力で持っているようなところがある。
(先代国王は上手く行った。こうして立て続けに王が亡くなれば流石にあの国も持たないだろう)
呪術には対価が必要。
本来ならば相手に一番憎悪を抱く者の魂が必要なのだが、たかが獣相手にそこまでする必要はない。
それに儂が居なくなればこの国はどうなる?
呪術を使えば向こうも気付くだろう。
前回と同じく全く因果のない奴隷をかき集めて行ったのだが、二番煎じは通じるか。
前の時は上手く行ったが、流石に国王相手は荷が重かったのか、その当時の魔術師長と実行した魔術師の大半は殉死していた。
それでも露呈しなかったのは本当に運が良かった。
あの時は天災も起きたからそれに上手く紛れたのだろう。
日照りと干ばつ。その後の豪雨による洪水。
どちらの国でも起きた災害は互いの国に大きな損害を齎した。
生き残った魔術師達は呪術の反動とか何とか訳の分からないことを言っていたが。
反駁する臣下など要らぬ。
魔術師達の総入れ替えに大分時間を食ってしまったが、此度の魔術師は優秀なようだ。
対価が要るため奴隷を使うのは前回と同じだが、以前はこの時点で大半の魔術師達は床に倒れていた。
あの時は災害が起きてしまったが、今回はそれも起こさぬように調整しろ、と厳命してある。
宣戦布告の使者は上手くやっているだろうか。
あいつには王の死を見届けたらすぐに書簡を渡し、転移の魔法石で帰還するよう言い含めてあるが、別に向こうで討たれても構わぬ。
代わりは居るし、王の居ない国など政略するに容易い。
そう思っていたのだ。
「これは――」
身体が急に重くなり、膝を付く。
(何が起きた?)
その時小さな笑い声が聞こえた。
「ようやく、ですか」
「なん、だ」
声が上手く出せない。
何とか視線を上げると魔術師長が満足げな顔をしていた。
「この呪術は貴方の魂を糧にしました。さあ、存分に対価を払って下さい」
(なん、だと?)
「前回貴方が行った呪術は沢山の同胞を亡くしました。そして私の兄も――」
霞む目で見えた室内にいる者どもからは何故か蔑んでいるような目を向けられた。
「ふざけ、るな。儂は王、」
「ええ。その愚王のお陰で私は兄を失い、こちらの者は父を失い、そちらの――」
後は聞こえなかった。
(儂は王だ、……誰ぞ、)
倒れた『王』と呼ばれた者にその場にいる者は誰も反応しなかった。
「長かったですね」
先ほど扉を開けた従僕が呟く。
「ええ。これ位では私達が受けた代わりには露ほどもなりませんが。ないよりはマシです」
やっと仇が討てたが、これで良かったのかとも思う。
この復讐は全く関係のない方の命まで奪ってしまった。
(かの国の王には申し訳ないことをしてしまった)
事のあらましを書いた書簡は友人に託して保管してもらっている。
そして自分が死んだらすぐに広まるように手配を頼んである。
どちらにせよ王を弑したのだ。
死罪は確定だが、その前に皆を逃がさねば。
「皆、中央に集まれ。転移陣を展開する」
この魔力量なら何とか皆を王都の外れまで位なら送れるだろう。
呪術の反動は私一人が受ければいい。
(私一人で収められるといいのだが)
その前に反逆罪として処刑されるのが先か。
そんなことを考えて声を掛けたが誰ひとり動く者はいなかった。
「どうした? 早くしないと」
「貴方はどうされるのですか?」
思わぬ問い掛けに言葉に詰まる。
床に紋様を描きかけている転移陣は発動者をこの場に残す仕組みだった。
「……私のことはいいから行きなさい」
上手い言葉が思い付かず突き放すような言い方になってしまった。
「出来ません」
静かな意思を込めた目が私を見ていた。
「ここまで辿り着くために長い時を掛けました。私達は同胞です。ここで逃げようとする者はいませんよ」
そのことを示すかのように誰も身じろぎすらしなかった。
「しかし」
ここに留まって居れば呪術の反動が来るだろう。
前よりは大分抑えることができたものの、本来呪術とは発動者の命も捧げるものだ。
前回は何の柵もない奴隷を使ってしまったこともあり、天災を呼んでしまったが今回は違う。
憎悪の源である対象者(もはや王とは呼びたくない)の魂を捧げたため、そこまでの天災は起こらないはずだ。
そして呪術を発動した者として責任を取るのは私だけでいい。
何とか彼らを説得しようとした時だった。
大きなとてもつもなく強い力がこちらへ向かってくるのを感じた。
(まさか)
とっさに転移陣を完成させ、問答無用で皆を転移させる。
「「「「「「――ッ!!」」」」」」
多少無理をしたため、転移場所がずれるかもしれないがそれでもここよりはまだマシだろう。
(呪術を跳ね返すとは)
少しは相殺しないとこの王都に影響が出てしまう。
防御の結界を張りかけたその時、自分達が送った呪術の倍以上の威力でソレが返ってきた。
(これは――)
昔、兄が言っていた。
人を呪ってはいけない、と。
それは必ず自分の身に返ってくるのだから、と。
(それでも――)
――獣のクセに対等な貿易を、だと?
――ふざけるな、たかが獣の分際で!!
――あの国さえなければ肥沃な穀倉地帯はわが国のものになったものを!!
侍従が扉を開けるのに軽く頷き、室内へ足を踏み入れると室内に居た者達が一斉に頭を下げた。
「進捗はどうだ?」
即座に魔術師長が報告を始めた。
「国王陛下。このようなところにお越しいただき誠に恐悦至極にございます。先ほど発動させた呪術は無事に目標に辿りついたようです」
「大儀であった」
これで彼の国は破滅への一歩を歩んだだろう。
一国が滅ぶにはなかなか時間がかかるものだが、あそこは王の求心力で持っているようなところがある。
(先代国王は上手く行った。こうして立て続けに王が亡くなれば流石にあの国も持たないだろう)
呪術には対価が必要。
本来ならば相手に一番憎悪を抱く者の魂が必要なのだが、たかが獣相手にそこまでする必要はない。
それに儂が居なくなればこの国はどうなる?
呪術を使えば向こうも気付くだろう。
前回と同じく全く因果のない奴隷をかき集めて行ったのだが、二番煎じは通じるか。
前の時は上手く行ったが、流石に国王相手は荷が重かったのか、その当時の魔術師長と実行した魔術師の大半は殉死していた。
それでも露呈しなかったのは本当に運が良かった。
あの時は天災も起きたからそれに上手く紛れたのだろう。
日照りと干ばつ。その後の豪雨による洪水。
どちらの国でも起きた災害は互いの国に大きな損害を齎した。
生き残った魔術師達は呪術の反動とか何とか訳の分からないことを言っていたが。
反駁する臣下など要らぬ。
魔術師達の総入れ替えに大分時間を食ってしまったが、此度の魔術師は優秀なようだ。
対価が要るため奴隷を使うのは前回と同じだが、以前はこの時点で大半の魔術師達は床に倒れていた。
あの時は災害が起きてしまったが、今回はそれも起こさぬように調整しろ、と厳命してある。
宣戦布告の使者は上手くやっているだろうか。
あいつには王の死を見届けたらすぐに書簡を渡し、転移の魔法石で帰還するよう言い含めてあるが、別に向こうで討たれても構わぬ。
代わりは居るし、王の居ない国など政略するに容易い。
そう思っていたのだ。
「これは――」
身体が急に重くなり、膝を付く。
(何が起きた?)
その時小さな笑い声が聞こえた。
「ようやく、ですか」
「なん、だ」
声が上手く出せない。
何とか視線を上げると魔術師長が満足げな顔をしていた。
「この呪術は貴方の魂を糧にしました。さあ、存分に対価を払って下さい」
(なん、だと?)
「前回貴方が行った呪術は沢山の同胞を亡くしました。そして私の兄も――」
霞む目で見えた室内にいる者どもからは何故か蔑んでいるような目を向けられた。
「ふざけ、るな。儂は王、」
「ええ。その愚王のお陰で私は兄を失い、こちらの者は父を失い、そちらの――」
後は聞こえなかった。
(儂は王だ、……誰ぞ、)
倒れた『王』と呼ばれた者にその場にいる者は誰も反応しなかった。
「長かったですね」
先ほど扉を開けた従僕が呟く。
「ええ。これ位では私達が受けた代わりには露ほどもなりませんが。ないよりはマシです」
やっと仇が討てたが、これで良かったのかとも思う。
この復讐は全く関係のない方の命まで奪ってしまった。
(かの国の王には申し訳ないことをしてしまった)
事のあらましを書いた書簡は友人に託して保管してもらっている。
そして自分が死んだらすぐに広まるように手配を頼んである。
どちらにせよ王を弑したのだ。
死罪は確定だが、その前に皆を逃がさねば。
「皆、中央に集まれ。転移陣を展開する」
この魔力量なら何とか皆を王都の外れまで位なら送れるだろう。
呪術の反動は私一人が受ければいい。
(私一人で収められるといいのだが)
その前に反逆罪として処刑されるのが先か。
そんなことを考えて声を掛けたが誰ひとり動く者はいなかった。
「どうした? 早くしないと」
「貴方はどうされるのですか?」
思わぬ問い掛けに言葉に詰まる。
床に紋様を描きかけている転移陣は発動者をこの場に残す仕組みだった。
「……私のことはいいから行きなさい」
上手い言葉が思い付かず突き放すような言い方になってしまった。
「出来ません」
静かな意思を込めた目が私を見ていた。
「ここまで辿り着くために長い時を掛けました。私達は同胞です。ここで逃げようとする者はいませんよ」
そのことを示すかのように誰も身じろぎすらしなかった。
「しかし」
ここに留まって居れば呪術の反動が来るだろう。
前よりは大分抑えることができたものの、本来呪術とは発動者の命も捧げるものだ。
前回は何の柵もない奴隷を使ってしまったこともあり、天災を呼んでしまったが今回は違う。
憎悪の源である対象者(もはや王とは呼びたくない)の魂を捧げたため、そこまでの天災は起こらないはずだ。
そして呪術を発動した者として責任を取るのは私だけでいい。
何とか彼らを説得しようとした時だった。
大きなとてもつもなく強い力がこちらへ向かってくるのを感じた。
(まさか)
とっさに転移陣を完成させ、問答無用で皆を転移させる。
「「「「「「――ッ!!」」」」」」
多少無理をしたため、転移場所がずれるかもしれないがそれでもここよりはまだマシだろう。
(呪術を跳ね返すとは)
少しは相殺しないとこの王都に影響が出てしまう。
防御の結界を張りかけたその時、自分達が送った呪術の倍以上の威力でソレが返ってきた。
(これは――)
昔、兄が言っていた。
人を呪ってはいけない、と。
それは必ず自分の身に返ってくるのだから、と。
(それでも――)
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