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第48話 呪術 (前)
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どれくらいそうしていただろうか。
首飾りに当てていた手をローズはゆっくりと降ろした。
仮面舞踏会はそろそろ終わりに近いはずだ。
ここでローズが戻らなかったら騒ぎになるだろうか。
いや、あの宰相の様子だと上手い言い訳でも考えてあるのだろう。
(ここで無理に動かない方がいいかも)
銀の髪飾りの記憶によればベリルの死因は幾つもあったが、中でも自分を庇ってというものが多かったように思う。
魔力の含有量には自信があるが、平行世界の自分の方が知識も実力も上だろう。
このまま向こうの自分に任せた方がいいと思うのだが嫌な感じは拭えなかった。
(……え?)
ベリルが怒っている気がした。
過剰共鳴は抑えられているが、大まかなことは分かる。
しかもどんどんこちらへ近付いて来ている。
(どうして――)
何か彼が怒るようなことでもあったのだろうか。
首飾りを外せば何故ベリルが怒っているのかはすぐに分かるだろうが、今度は別な意味で取りたくなかった。
(何があったのかしら?)
向こうには平行世界の自分が付いてるはず。
――だからきっと大丈夫なはずなのに。
この焦燥感は何なのだろう。
「ローズッ!!」
だから勢いよく扉が開き、その勢いのまま抱きしめられた時には驚きの方が勝った。
「……怪我はないな」
その口調に含まれた何かが違和感を感じさせた。
「何があったんですか?」
この仮面舞踏会はもう一人の自分をおびき寄せるものでもあったが、同時に刺客や裏切り者の洗い出しも狙っていた。
『待ちの戦法は苦手なんでな』
そう言ったベリルにもう少し穏やかな策は練れなかったのか、と尋ねたかったがその時には既に招待状は送られた後だった。
「……彼女が」
「あの方がどうされたのですか?」
ベリルの力ない声にまさか、と思う。
そんなはずはない。
自分は様々な対処法を知っているはずだ。
あれほど番を失いたくないと思っていた彼女が――
(まさか)
ある可能性に思い当たって顔を上げたローズに答えを返したのは傍らに控えていたリヨンだった。
「あの方は陛下の毒を身代わりに受けられました。今は医務室に運ばれましたが恐らく――」
「毒?」
そういった類は殆どの王族はある程度身を慣らしているはず。
「勿論陛下も殆どの毒には身を慣らしていましたが、今回は未知のものが使用されたようです」
謀反を目論んだ宰相はその場で更迭された。
「どうやら俺が人族であるローズを娶ったことが我慢ならなかったらしいが、これはあの『記憶』にはなかったようだが」
ローズもそう言えば、と思い返す。
宰相は別の人物ではなかったか。
『記憶』で見たものと同じ姿だったからつい失念していたが、名前が少し違っていたのだ。
宰相のアルファ・サテマスは本来なら宰相になっていない。
元々は長男のゼルタが宰相候補だったが、就任前に不慮の事故で亡くなってしまい、次男のアルファが就任したという経緯がある。
そう聞かされ、もしかして平行世界の自分が時間遡行した影響なのか、とひやり、としたものが背を掠めた。
ざっとベリルの様子を見る限り異常はなさそうだ。
「それで彼女は?」
「サントワール医師に任せているが、覚悟をしておくようにと言われた」
(そんな――)
「そもそも未知のものだからな。ギルにもその毒について心当たりがないかどうか聞いてみる。そんな顔をするな」
平行世界の自分なのだから何でも出来ると思っていた。
(私ってば頼りすぎだわ)
幾ら自分が居るからといって自分も動かなければならなかったのでは。
遅まきながらそのことに気付いて臍を噛んでいると、
「一先ず会場にお戻りになられて下さい。先の遊戯はまだ結果が出ていませんし」
幾ら仮面舞踏会でも、最後の締めはしておかないと流石にマズい。
リヨンに促され、扉へ向かおうとした時だった。
「「「「「――ッ!?」」」」
何かが駆け抜けた。
それは獣人のみにしか分からないものだったが、運命の番の影響かローズにも分かった。
(何なの? この禍々しいものは)
「……ぐっ、」
「陛下!!」
その禍々しい気配がベリル目掛けて入り込んだ!!
――嘘でしょうっ!?
「サントワール医師を!!」
「いや、筆頭魔術師殿も呼んだ方が!!」
「近付くな!!」
ベリルが叫んだ。
思わず見るとベリルの手の甲に何か紋様のようなものが浮き上がって来た。
それは少しずつ彼の身体を寝食しているようにも見えた。
誰かが独り言ちるように言葉を発する。
「……呪術だ。まさかこんな――」
呪術を発動するには対価が要る。
相手の魂を削り取るのだから当たり前だろう。
それには自身の身体の一部や命を使うことが多く、あまりの危険の高さに禁術とされていた。
近寄ろうとしたローズをベリルが更に押し留めた。
「どんなものか分からない。皆、近付くな」
呪術の中には対象者に触れると同じ呪術が発動するものがあるらしい。
そのことを懸念したベリルの言葉にローズの動きが止まった。
何も出来ないのか。
ローズが歯痒く思った時、扉が勢いよく開けられた。
「陛下はご無事ですか!!」
狭い入り口を器用に外套で頭からすっぽり覆った人物を姫抱きにして入って来たのはサンダース副団長だった。
突然の出来事に皆の動きが止まる。
「陛下に呪術が向けられたと知り、筆頭魔術師殿を連れて来ました。礼節を怠りまして誠に申し訳ございません」
サンダース副団長の言葉にその腕の中の人物に皆の視線が集中した。
「まずは降ろして下さい」
成人男性のものとは思えないか細い声がした。
首飾りに当てていた手をローズはゆっくりと降ろした。
仮面舞踏会はそろそろ終わりに近いはずだ。
ここでローズが戻らなかったら騒ぎになるだろうか。
いや、あの宰相の様子だと上手い言い訳でも考えてあるのだろう。
(ここで無理に動かない方がいいかも)
銀の髪飾りの記憶によればベリルの死因は幾つもあったが、中でも自分を庇ってというものが多かったように思う。
魔力の含有量には自信があるが、平行世界の自分の方が知識も実力も上だろう。
このまま向こうの自分に任せた方がいいと思うのだが嫌な感じは拭えなかった。
(……え?)
ベリルが怒っている気がした。
過剰共鳴は抑えられているが、大まかなことは分かる。
しかもどんどんこちらへ近付いて来ている。
(どうして――)
何か彼が怒るようなことでもあったのだろうか。
首飾りを外せば何故ベリルが怒っているのかはすぐに分かるだろうが、今度は別な意味で取りたくなかった。
(何があったのかしら?)
向こうには平行世界の自分が付いてるはず。
――だからきっと大丈夫なはずなのに。
この焦燥感は何なのだろう。
「ローズッ!!」
だから勢いよく扉が開き、その勢いのまま抱きしめられた時には驚きの方が勝った。
「……怪我はないな」
その口調に含まれた何かが違和感を感じさせた。
「何があったんですか?」
この仮面舞踏会はもう一人の自分をおびき寄せるものでもあったが、同時に刺客や裏切り者の洗い出しも狙っていた。
『待ちの戦法は苦手なんでな』
そう言ったベリルにもう少し穏やかな策は練れなかったのか、と尋ねたかったがその時には既に招待状は送られた後だった。
「……彼女が」
「あの方がどうされたのですか?」
ベリルの力ない声にまさか、と思う。
そんなはずはない。
自分は様々な対処法を知っているはずだ。
あれほど番を失いたくないと思っていた彼女が――
(まさか)
ある可能性に思い当たって顔を上げたローズに答えを返したのは傍らに控えていたリヨンだった。
「あの方は陛下の毒を身代わりに受けられました。今は医務室に運ばれましたが恐らく――」
「毒?」
そういった類は殆どの王族はある程度身を慣らしているはず。
「勿論陛下も殆どの毒には身を慣らしていましたが、今回は未知のものが使用されたようです」
謀反を目論んだ宰相はその場で更迭された。
「どうやら俺が人族であるローズを娶ったことが我慢ならなかったらしいが、これはあの『記憶』にはなかったようだが」
ローズもそう言えば、と思い返す。
宰相は別の人物ではなかったか。
『記憶』で見たものと同じ姿だったからつい失念していたが、名前が少し違っていたのだ。
宰相のアルファ・サテマスは本来なら宰相になっていない。
元々は長男のゼルタが宰相候補だったが、就任前に不慮の事故で亡くなってしまい、次男のアルファが就任したという経緯がある。
そう聞かされ、もしかして平行世界の自分が時間遡行した影響なのか、とひやり、としたものが背を掠めた。
ざっとベリルの様子を見る限り異常はなさそうだ。
「それで彼女は?」
「サントワール医師に任せているが、覚悟をしておくようにと言われた」
(そんな――)
「そもそも未知のものだからな。ギルにもその毒について心当たりがないかどうか聞いてみる。そんな顔をするな」
平行世界の自分なのだから何でも出来ると思っていた。
(私ってば頼りすぎだわ)
幾ら自分が居るからといって自分も動かなければならなかったのでは。
遅まきながらそのことに気付いて臍を噛んでいると、
「一先ず会場にお戻りになられて下さい。先の遊戯はまだ結果が出ていませんし」
幾ら仮面舞踏会でも、最後の締めはしておかないと流石にマズい。
リヨンに促され、扉へ向かおうとした時だった。
「「「「「――ッ!?」」」」
何かが駆け抜けた。
それは獣人のみにしか分からないものだったが、運命の番の影響かローズにも分かった。
(何なの? この禍々しいものは)
「……ぐっ、」
「陛下!!」
その禍々しい気配がベリル目掛けて入り込んだ!!
――嘘でしょうっ!?
「サントワール医師を!!」
「いや、筆頭魔術師殿も呼んだ方が!!」
「近付くな!!」
ベリルが叫んだ。
思わず見るとベリルの手の甲に何か紋様のようなものが浮き上がって来た。
それは少しずつ彼の身体を寝食しているようにも見えた。
誰かが独り言ちるように言葉を発する。
「……呪術だ。まさかこんな――」
呪術を発動するには対価が要る。
相手の魂を削り取るのだから当たり前だろう。
それには自身の身体の一部や命を使うことが多く、あまりの危険の高さに禁術とされていた。
近寄ろうとしたローズをベリルが更に押し留めた。
「どんなものか分からない。皆、近付くな」
呪術の中には対象者に触れると同じ呪術が発動するものがあるらしい。
そのことを懸念したベリルの言葉にローズの動きが止まった。
何も出来ないのか。
ローズが歯痒く思った時、扉が勢いよく開けられた。
「陛下はご無事ですか!!」
狭い入り口を器用に外套で頭からすっぽり覆った人物を姫抱きにして入って来たのはサンダース副団長だった。
突然の出来事に皆の動きが止まる。
「陛下に呪術が向けられたと知り、筆頭魔術師殿を連れて来ました。礼節を怠りまして誠に申し訳ございません」
サンダース副団長の言葉にその腕の中の人物に皆の視線が集中した。
「まずは降ろして下さい」
成人男性のものとは思えないか細い声がした。
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