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第46話 仮面舞踏会 ⑧ ( ジャッキーside )

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(仮面舞踏会なんてつまらないと思っていたけど)

 戦利品イヤリングをドレスの隠しにしまってジャッキーはにんまりと笑みを浮かべた。

 現在のジャッキーの肩書はバネット・ロード子爵夫人であり、モブリン侯爵の次男エデブの家庭教師だった。

 エデブは今年十五になるため、こういった場には初めての参加となる。

「先生、お手間を掛けさせてしまってすみません」

 手洗いに行っていたデネブが合流するが、仮面の下でも緊張しているのが丸わかりの生徒に先ほどとは違う爽やかな笑みを返す。

「手間なんてことはないわよ。それにこの雰囲気なら少しは気楽に行けるのではなくて?」
 
 バネット・ロード子爵夫人は未亡人である。夫の喪に服した後、養子にした跡継ぎとの折り合いが悪く、別に暮らしていたのだが、時間を持て余しており、今回の家庭教師の依頼を受けた、ということになっている。

 設定年齢は二十三歳。

 ジャッキーにとって最も化けやすい年齢だった。

 ちなみにはデネブには親が決めた婚約者がいたのだが、相手はまだ未成年のためここに参加することは出来なかった。

(相変わらずこういうところは抜かりないのよね)

 長の付き合いの仲介屋であり守銭奴でもある兎の獣人を思い出していると、犬の獣人が話し掛けてきた。

「失礼。お相手をしていただけないでしょうか?」

 通常はこうして相手が居る際には話し掛けたりはしないのだが、仮面舞踏会ということと、デネブが場馴れして見えないことから侮られたらしい。
 
 淑女然として断りの言葉が出掛けたジャッキーの言葉が止まった。

(この匂い――)

「失礼な。僕は――」

 デネブがジャッキーのために断ろうとしてくれたが、ジャッキーはそれを軽く首を振って断った。

「それでは一曲、よろしいですか?」

「ええ。ああ。有り難うデネブ。この方はちょっとした知り合いなの」

「そうですか」

「ええ。学生時代のね」

 踊り出してすぐジャッキーは小声で文句を言った。

「どうして貴方がこんなところに居るのよ。サリンジャー」

「それはこちらの台詞だけどね。ジャッキー」

「バネット・ロード子爵夫人よ」

 ジャッキーが注意すると、サリンジャーと呼ばれた犬の獣人も答えた。

「こちらはジャン・ダーク伯爵だよ」

「あら、伯爵だなんて。出世したのね」

「それを君が言うかい? それよりも本当に知らないのかい?」

「何を?」

 サリンジャーはジャッキーと同じ界隈の住人だった。

 詐欺を主に働いており、今回のようにジャッキーと現場がかち合うこともある。

「ここの国、今ちょっとヤバい状況なんだけど」

「は?」

「人族の王妃様に不満ありげな獣人至上主義者達がキナ臭い動きをしているし、隣国カントローサも微妙な動きを見せてるし――よくここに来ようなんて思ったね」

「それはそっちもじゃな……ああ、避難して来たのね」

 サリンジャーは年上の女性に受けがいいらしく、時折り上手く行き過ぎて執着されることがあった。

「勘のいい子は嫌いだよ」

「ふふっ。お褒めに預かり光栄、って今回はちょっとした気晴らしのつもりだったんだけどね」

 まさか人族の王妃が彼女だとは思わなかった。

 この時ばかりは王妃が人族で良かった、と心底思った。

 途中で国王が変わっているのはすぐに分かったが遊戯に参加するつもりはない。

(面倒事に巻き込まれるのはごめんだわ)

「もう少ししたら退散するわ」

 飲み物を手にしてこちらを見ているデネブをちら、と見ながらジャッキーが告げると、サリンジャーは頷いた。

「そうした方がいいな。先ほど王妃と話していたカントローサの第二王子は人族絶対主義者だしね」

「見えなかったわ」

 サリンジャーはさりげなくジャッキーに顔を寄せた。

「表面上は上手く誤魔化しているつもりだろうけれど、あれは間違いないよ」

 サリンジャーには人族絶対主義者に捕まっていた過去がある。

 あまり話してはくれないが、いい思い出ではないのは確かだ。

 そのサリンジャーが言うのだから間違いないだろう。

「それじゃあ、さっさとおいとました方がよさそうね」

 そうジャッキーが告げ、丁度よく曲が終わりかけた時だった。

「「「「「――ッ!!」」」」

 何かが王城を駆け抜けて行った。

 これは獣人達にしか分からなかったらしく、人族はそんな獣人達の方を怪訝そうに見ている。

 ジャッキーはさりげない風を装ってデネブのところへ戻った。

「お待たせしてごめんなさいね。そろそろ戻りましょうか」

「あの人はいいんですか?」
 
 先ほどの『気配』は熊の獣人でもあるデネブも感じていただろうにそちらを優先させたデネブに少し苦笑する。

「ああ。彼のこと? 彼、仮面舞踏会だから名乗るのは遠慮するって。――知りたい?」

 わざと揶揄うように言うとデネブが分かりやすくムッとした顔を見せた。

「もういいです」

「ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎたわね」

 そんな感じで帰路に付くことになったのだが、そこでデネブだけを馬車に乗せたのは気紛れだった。

「先生?」

「この馬車には貴方が乗ってね」

 ごねられるかと思ったが案外すんなり行ってジャッキーが拍子抜けしていると、思わぬ答えが返ってきた。

「分かりました。あの人のところですね」

 誤解だがこれで丁度いいかもしれない。

「ごめんなさいね」

 先生としては失格な発言かもしれないが、どうせ短期の契約である。

(このままトンズラしてもいいかもしれないわね)

 そんなふうに考えながら馬車を見送り、さて、と体の向きを変えたところで聞き慣れた声がした。

「おや、逃げないの?」

「そうしたいけれど、やっぱり確かめないと」

 本音では逃げたいが、先ほどのアレは看過できないものだった。

 あまり良くないものかもしれないが、ここは王城である。

 多少の対処はしているだろうし、あわよくば、と欲が出てしまっていた。

(こんなことなら王城の見取り図も入手しておくんだったわ)

「まあ気になるよね。行こうか」

「って何で貴方と行くのよ。サリンジャー」

「あれ? そういう流れだと思ったけど?」

「どうしてよ」

 ジャッキーはサリンジャーを振り切ると化粧室を借り、万が一のためにと用意していた侍女服に着替えた。

(これで少しは動きやすくなったわね)

 
 



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