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第42話 仮面舞踏会 ④

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(何とか上手く行ったみたいね)

 王族のみ使うことができるという『影』からの報告を受け、ローズはほっと息をついた。

 どうやらベリルは無事もうひとりの自分ローズを見付けることができたようだ。

(後はどうやって説得するかだけど)

 銀の髪飾りの記憶によると、ベリルはそれぞれ違う並行世界でいつも命を落としている。

 それは自分ローズを庇って刺客に討たれたり、不慮の事故だったりした。

 何故か自分ローズが時間遡行を繰り返す程、その差は大きくなって行くようにも見えた。

 まるでベリルの死は決まっていることなのだから諦めろ、とでも言われているかのように。

(そんなことはさせない!!)

 やっとベリルが自分の魂の半分だと分かったのだ。

 こんなことで彼を失いたくなかった。

 露台バルコニーで臍を噛んでいると傍らから宥めるような声がした。

「お気持ちは分かりますが今は自重なさって下さい」

 ベリルの影武者を務めているカラカム・グレイだった。

 彼はベリルと同じく狼の獣人で体躯も似通っていることから今回の影武者に選んだのだ。

 ちなみに最初にローズが見付かった時マトアニア王国へ勅使として立ったのは彼である。

「恐れながら今は仮面舞踏会の最中にございます」

「分かっているわ」

 無理矢理に口の端を上げたローズだったが、嘆息が返ってきた。
 
「そろそろお戻りになられないと不審に思われます。後は手はず通りに」

「分かっています」

 ローズ達が第一の間へ戻ると会場では舞踏会の手帳を本来の使い方をしている夫人や令嬢達もいて、あちらこちらで舞踊ダンスに興じている即席の一対カップルがあった。

 真剣に探しているのは下級貴族が多そうだった。

「面白い趣向ですね」
 
 話しかけて来たのは黒い衣装に身を包んだカントローサの第二王子だった。

 マトアニア王国にも獣人だと侮る者はいるが、どちらかと言えばカントローサの方がそういった者は多い。

 中には移住を受け入れる代わりに奴隷紛いの扱いをすることもあるらしい。

 明るい金茶の髪に青い瞳をした第二王子はミスカル・ランディ・カントローサと言い、先ほどの挨拶の様子からするとこの国にさほど敵愾心を持っていないように見えたが、王族はそう言ったものを隠蔽するのが上手なので何とも判断し難かった。

「有難うございます。カントローサの第二王子殿下にはお楽しみいただけたようで幸いですわ」

「ご謙遜を。皆、楽しんでおられますよ」

 当たり障りのない会話を交わしていると、宰相がそっと近寄って来た。

「ご歓談中のところ申し訳ありません。王妃様に急用がございます」

 梟のこの獣人はアルファ・サテマス。

 家も長く続いている侯爵家で、側近のリヨンと共にベリルが重用している人物だった。

「申し訳ありません」

(他国の王族と話している時に来るだなんて余程のことなのね)

「構いませんよ。また後程」

 暇乞いをして宰相に付いて行くと、第一の間を抜け、どんどん王城の奥へと進んで行く。

 途中まではカラカムも一緒に来ていたのだが、騎士の一人が迎えに来てしまった。カラカムはかなり渋ったのだが、宰相が他にも護衛はいますから、と促し、決して一人にならないようローズに忠告すると広い回廊の奥へ消えて行った。

 そこからは宰相と後から護衛に加わったローズには初めて見る顔の騎士が三人付き添っていたが、ベリルのことが頭にあるローズはうっかり自身のことを失念していた。

(この辺りはまだ来たことがないわね)

 などとのんびり構えていられたのも少しの間だった。

 案内された部屋は無人であり、応接間とは思えないほど装飾品がなく、掃除も行き届いていない印象を受けた。

 中へ歩を進めたものの、振り返りかけたローズの前で扉が乱暴に閉められる。

「待っ、」

 唖然とするローズの耳に宰相アルファの声が聞こえた。

「貴女が悪いんですよ。マトアニア王国で大人しくしていればよかったのに。我ら獣人より遥かに劣る人族のくせに国王陛下を惑わすなど」

 それまで聞いたことのない冷淡な声音だった。

 ――獣人至上主義者。

 話には聞いたことがある。

 人族が獣人を蔑むように獣人の中にも獣人を至高の存在と捉え、人族を下賤な者とする考えをする彼らの存在は少数派ながら存在する。

「人族が王族――それも国王陛下の番など、あってはならないことです。ああ、心配要りませんよ。何も命までは取るつもりはありません。私共は人族などと違ってそんな野蛮なことに手を染めたりしません。ただ、そこに居て貰うだけですよ。永遠にね」

 それは見殺しにするということか。

 このままここで水も食事も与えられなかったら餓死するしかないだろう。

 だが、彼は忘れたのだろうか。

『運命の番』であれば、互いがどこに居るのか感知できるということを。

 そんなローズの疑問に気付いたのか、笑みを含んだ声がした。

「運命の番は互いにどこに居るのか分かる、と言われてましたね。果たしてそれは人族の、陛下を惑わせた貴女にも適用されるのでしょうかね」

 ――この人は。

 はなからローズのことをベリルの運命の番だと認めていなかったのだ。

「私と陛下は運命の番です」

 その言葉が届かないのを知りながらもローズは告げた。

「まあ、ご健闘を祈りますよ」

 ベリルは来ないとでも思っているのだろうか、廊下に見張りの手配もないようでそのままアルファは立ち去ったようだ。

 廊下を歩く足音も気配すらも消えるのを待ってローズがほっと息を付いた。

 彼らの発言は間違っている。

 どうやらベリルが単身マトアニア王国までローズを迎えに行った話は誇張されたものだと捉えられているようだが、それは実際に起きたことである。

 このまま待っていてもベリルは来るだろうが、首飾りチョーカーを外した方が早いだろう。

 だが、首元へ回った手は止まってしまった。

 ――ベリルが命を落とした原因は私を庇ったことが主ではなかったか。

 時期的にこの仮面舞踏会でベリルが命を落とす可能性が高いことは知っていた。

 それなら今ここに彼を呼ぶのは得策ではないのではないか。

 幸いにも彼は今実力もある自分ローズの傍らにいる。

 だったらせめてこの仮面舞踏会が終わるまでは別々に居た方がいいのかもしれない。

 ローズの思いは乱れ、首元へ伸びた手は少しも動くことはなかった。

 


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