27 / 62
第27話 シュガルト国王の番 ⑤
しおりを挟む
「全く。何をやってるんだか」
筆頭魔術師の言葉には呆れの感情が込められているように聞こえた。
「渡した鎮静剤はあいつ――陛下の体に合わせて調合してあります。ですから用量を間違えば当然副作用が、って陛下は今起きられない位の状態なんですよね?」
そこで初めて気付いたとでも言いたげな筆頭魔術師にサントワール医師が答えた。
「ええ。まだ意識が戻りません」
「嘘でしょう。あそこまでなるには余程の量を服用しないとならないはずで……。ああ、複写魔術ですか」
「恐らく。ですが、薬剤にそれを使うと精密な複写とはなりませんから、今回の事態に繋がったようですな」
「……あれ程薬剤には複写魔法を使うな、と言っておいたのに!!」
「ということは薬が抜けるまで我々に出来ることはなさそうですな」
「そうですね」
会話を聞いていたローズは体中から血の気が引くのを感じた。
最初に彼に会った時自分は何と告げた?
『私にはそういった感覚は分かりませんので』
確かそんなことを言わなかったか?
自分は獣人ではないので分からなかったが、先ほどのリヨンとその番であるアレンの様子を見ればこれがおかしなことであることはすぐに分かった。
ぶっきらぼうな言葉を使っていながらもリヨンを愛おしそうに見ていたアレン。
番休暇を止めると言いながらも熱い視線はアレンに向いていたリヨン。
彼らと比べるとローズの態度はどう見ても相思相愛の番には見えなかった。
恐らくだがベリルは気を遣ったのだろう。
人族のローズに獣人の愛は重いのかもしれない。
(でもここまでなるまで服用するなんて)
「私のせい、ですね」
ローズの言葉にどこか焦ったようにギルバート魔術師が答えた。
「いや。あのバk………陛下が無茶しただけですから。王妃様はお気になさらずに」
サントワール医師も同意するように頷いた。
「そうですね」
「ですが」
尚も言い募ろうとしたローズに、
「まあ人族ではこちらとは大分慣習も感情の流れも違うようですから、今の内に慣れておいた方がよろしいかもしれませんね」
サントワール医師が控えていたマチルダに視線を送る。
「それでは王妃様。陛下はまだお目覚めになられないご様子なのでお部屋へ案内させて頂きます」
どこか有無を言わせないようなマチルダの口調に、ローズはうなずくしかなかった。
「分かりました」
案内されたのは青を基調とした壁紙と調度品で飾られた上品さを感じさせる一室だった。
「こちらは寝室に通じる小部屋になります」
大概の上位貴族や王室の居室は直接寝室に通じることはなく、間に侍従が休む小部屋を挟んでいる。
(その辺りは変わらないのね)
小部屋を抜けて寝室に入る。
予想通りの大きな寝台が主となっている寝室はこちらも青が基調とされていた。
「陛下の独占欲もアレですが、王妃様にはもう少し番関連についての教育が必要だと思われます」
マチルダの言に後ろから大人しく付いて来ていたアンヌの気配が剣呑なものへ変わったようだった。
「分かったわ」
アンヌが発言の許可を得る前にローズが答えを返した。
「では私はこれで失礼させていただきます」
マチルダが退出するとアンヌが不満げにローズに向き直る。
「よろしいのですか。お嬢様。あんなことを言わせておいて」
「いいのよ。番に関しては殆ど何も知らないのは事実なのだから」
「ですが」
「着替えさせてくれる? 少しキツいのよ」
「気が付かず、申し訳ありません」
慌てた様にアンヌが室内着を出しに行った。
(私は彼の番としてやっていけるのかしら)
不安が胸の内に渦巻くローズだった。
その後ベリルの意識は戻らず、またリヨンも番休暇中のため、ローズはマチルダの手配した教師の授業を受けることになった。
ジャクリーヌ・ガラコスと名乗った中肉中背の婦人の頭には細めの白い耳があり、どうやらベリルと同じく狼の獣人のようだった。
「王妃様は礼儀作法は覚えていらっしゃるようですので、懸念されている番に関することを先に覚えてしまいましょう」
――『運命の番』は互いに強く惹かれ合うものであり、二度と離れることはない強い絆であること。
――殆どは獣人同士の番が多く、他種族間ではその限りではないが、『運命の番』同士で婚姻に至らない例は滅多にないこと。
――番同士であれば、互いの体調が分かること。
「そして『運命の番』同士であれば、共に居ることで強力な多幸感を得るようで、体調不良などは起こさないそうですよ」
そこまで聞いてローズはハッとした。
あれから三日が経過していたがベリルの意識はまだ戻らない。
表向きには蜜月としてローズも一緒に籠っているようにされているが、王城勤めの侍女達の物問いたげな視線を感じることがあった。
(もしかして私が本当に番なのか、と思われている?)
ベリルの体調不良の詳細は城内の者にも詳らかにされていない。
そんな状態で番であるはずのローズが普通に出歩いて番教育を受けている。
彼らが不審に思うのも当然だった。
筆頭魔術師の言葉には呆れの感情が込められているように聞こえた。
「渡した鎮静剤はあいつ――陛下の体に合わせて調合してあります。ですから用量を間違えば当然副作用が、って陛下は今起きられない位の状態なんですよね?」
そこで初めて気付いたとでも言いたげな筆頭魔術師にサントワール医師が答えた。
「ええ。まだ意識が戻りません」
「嘘でしょう。あそこまでなるには余程の量を服用しないとならないはずで……。ああ、複写魔術ですか」
「恐らく。ですが、薬剤にそれを使うと精密な複写とはなりませんから、今回の事態に繋がったようですな」
「……あれ程薬剤には複写魔法を使うな、と言っておいたのに!!」
「ということは薬が抜けるまで我々に出来ることはなさそうですな」
「そうですね」
会話を聞いていたローズは体中から血の気が引くのを感じた。
最初に彼に会った時自分は何と告げた?
『私にはそういった感覚は分かりませんので』
確かそんなことを言わなかったか?
自分は獣人ではないので分からなかったが、先ほどのリヨンとその番であるアレンの様子を見ればこれがおかしなことであることはすぐに分かった。
ぶっきらぼうな言葉を使っていながらもリヨンを愛おしそうに見ていたアレン。
番休暇を止めると言いながらも熱い視線はアレンに向いていたリヨン。
彼らと比べるとローズの態度はどう見ても相思相愛の番には見えなかった。
恐らくだがベリルは気を遣ったのだろう。
人族のローズに獣人の愛は重いのかもしれない。
(でもここまでなるまで服用するなんて)
「私のせい、ですね」
ローズの言葉にどこか焦ったようにギルバート魔術師が答えた。
「いや。あのバk………陛下が無茶しただけですから。王妃様はお気になさらずに」
サントワール医師も同意するように頷いた。
「そうですね」
「ですが」
尚も言い募ろうとしたローズに、
「まあ人族ではこちらとは大分慣習も感情の流れも違うようですから、今の内に慣れておいた方がよろしいかもしれませんね」
サントワール医師が控えていたマチルダに視線を送る。
「それでは王妃様。陛下はまだお目覚めになられないご様子なのでお部屋へ案内させて頂きます」
どこか有無を言わせないようなマチルダの口調に、ローズはうなずくしかなかった。
「分かりました」
案内されたのは青を基調とした壁紙と調度品で飾られた上品さを感じさせる一室だった。
「こちらは寝室に通じる小部屋になります」
大概の上位貴族や王室の居室は直接寝室に通じることはなく、間に侍従が休む小部屋を挟んでいる。
(その辺りは変わらないのね)
小部屋を抜けて寝室に入る。
予想通りの大きな寝台が主となっている寝室はこちらも青が基調とされていた。
「陛下の独占欲もアレですが、王妃様にはもう少し番関連についての教育が必要だと思われます」
マチルダの言に後ろから大人しく付いて来ていたアンヌの気配が剣呑なものへ変わったようだった。
「分かったわ」
アンヌが発言の許可を得る前にローズが答えを返した。
「では私はこれで失礼させていただきます」
マチルダが退出するとアンヌが不満げにローズに向き直る。
「よろしいのですか。お嬢様。あんなことを言わせておいて」
「いいのよ。番に関しては殆ど何も知らないのは事実なのだから」
「ですが」
「着替えさせてくれる? 少しキツいのよ」
「気が付かず、申し訳ありません」
慌てた様にアンヌが室内着を出しに行った。
(私は彼の番としてやっていけるのかしら)
不安が胸の内に渦巻くローズだった。
その後ベリルの意識は戻らず、またリヨンも番休暇中のため、ローズはマチルダの手配した教師の授業を受けることになった。
ジャクリーヌ・ガラコスと名乗った中肉中背の婦人の頭には細めの白い耳があり、どうやらベリルと同じく狼の獣人のようだった。
「王妃様は礼儀作法は覚えていらっしゃるようですので、懸念されている番に関することを先に覚えてしまいましょう」
――『運命の番』は互いに強く惹かれ合うものであり、二度と離れることはない強い絆であること。
――殆どは獣人同士の番が多く、他種族間ではその限りではないが、『運命の番』同士で婚姻に至らない例は滅多にないこと。
――番同士であれば、互いの体調が分かること。
「そして『運命の番』同士であれば、共に居ることで強力な多幸感を得るようで、体調不良などは起こさないそうですよ」
そこまで聞いてローズはハッとした。
あれから三日が経過していたがベリルの意識はまだ戻らない。
表向きには蜜月としてローズも一緒に籠っているようにされているが、王城勤めの侍女達の物問いたげな視線を感じることがあった。
(もしかして私が本当に番なのか、と思われている?)
ベリルの体調不良の詳細は城内の者にも詳らかにされていない。
そんな状態で番であるはずのローズが普通に出歩いて番教育を受けている。
彼らが不審に思うのも当然だった。
5
お気に入りに追加
326
あなたにおすすめの小説
待ち遠しかった卒業パーティー
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。
しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。
それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。
わたあめ
恋愛
ジェレマイア公爵家のヒルトンとアールマイト伯爵家のキャメルはお互い17の頃に婚約を誓た。しかし、それは3年後にヒルトンの威勢の良い声と共に破棄されることとなる。
「お前が私のお父様を殺したんだろう!」
身に覚えがない罪に問われ、キャメルは何が何だか分からぬまま、隣国のエセルター領へと亡命することとなった。しかし、そこは異様な国で...?
※拙文です。ご容赦ください。
※この物語はフィクションです。
※作者のご都合主義アリ
※三章からは恋愛色強めで書いていきます。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
〖完結〗拝啓、愛する婚約者様。私は陛下の側室になります。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢のリサには、愛する婚約者がいた。ある日、婚約者のカイトが戦地で亡くなったと報せが届いた。
1年後、他国の王が、リサを側室に迎えたいと言ってきた。その話を断る為に、リサはこの国の王ロベルトの側室になる事に……
側室になったリサだったが、王妃とほかの側室達に虐げられる毎日。
そんなある日、リサは命を狙われ、意識不明に……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
残酷な描写があるので、R15になっています。
全15話で完結になります。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる