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第27話 シュガルト国王の番 ⑤
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「全く。何をやってるんだか」
筆頭魔術師の言葉には呆れの感情が込められているように聞こえた。
「渡した鎮静剤はあいつ――陛下の体に合わせて調合してあります。ですから用量を間違えば当然副作用が、って陛下は今起きられない位の状態なんですよね?」
そこで初めて気付いたとでも言いたげな筆頭魔術師にサントワール医師が答えた。
「ええ。まだ意識が戻りません」
「嘘でしょう。あそこまでなるには余程の量を服用しないとならないはずで……。ああ、複写魔術ですか」
「恐らく。ですが、薬剤にそれを使うと精密な複写とはなりませんから、今回の事態に繋がったようですな」
「……あれ程薬剤には複写魔法を使うな、と言っておいたのに!!」
「ということは薬が抜けるまで我々に出来ることはなさそうですな」
「そうですね」
会話を聞いていたローズは体中から血の気が引くのを感じた。
最初に彼に会った時自分は何と告げた?
『私にはそういった感覚は分かりませんので』
確かそんなことを言わなかったか?
自分は獣人ではないので分からなかったが、先ほどのリヨンとその番であるアレンの様子を見ればこれがおかしなことであることはすぐに分かった。
ぶっきらぼうな言葉を使っていながらもリヨンを愛おしそうに見ていたアレン。
番休暇を止めると言いながらも熱い視線はアレンに向いていたリヨン。
彼らと比べるとローズの態度はどう見ても相思相愛の番には見えなかった。
恐らくだがベリルは気を遣ったのだろう。
人族のローズに獣人の愛は重いのかもしれない。
(でもここまでなるまで服用するなんて)
「私のせい、ですね」
ローズの言葉にどこか焦ったようにギルバート魔術師が答えた。
「いや。あのバk………陛下が無茶しただけですから。王妃様はお気になさらずに」
サントワール医師も同意するように頷いた。
「そうですね」
「ですが」
尚も言い募ろうとしたローズに、
「まあ人族ではこちらとは大分慣習も感情の流れも違うようですから、今の内に慣れておいた方がよろしいかもしれませんね」
サントワール医師が控えていたマチルダに視線を送る。
「それでは王妃様。陛下はまだお目覚めになられないご様子なのでお部屋へ案内させて頂きます」
どこか有無を言わせないようなマチルダの口調に、ローズはうなずくしかなかった。
「分かりました」
案内されたのは青を基調とした壁紙と調度品で飾られた上品さを感じさせる一室だった。
「こちらは寝室に通じる小部屋になります」
大概の上位貴族や王室の居室は直接寝室に通じることはなく、間に侍従が休む小部屋を挟んでいる。
(その辺りは変わらないのね)
小部屋を抜けて寝室に入る。
予想通りの大きな寝台が主となっている寝室はこちらも青が基調とされていた。
「陛下の独占欲もアレですが、王妃様にはもう少し番関連についての教育が必要だと思われます」
マチルダの言に後ろから大人しく付いて来ていたアンヌの気配が剣呑なものへ変わったようだった。
「分かったわ」
アンヌが発言の許可を得る前にローズが答えを返した。
「では私はこれで失礼させていただきます」
マチルダが退出するとアンヌが不満げにローズに向き直る。
「よろしいのですか。お嬢様。あんなことを言わせておいて」
「いいのよ。番に関しては殆ど何も知らないのは事実なのだから」
「ですが」
「着替えさせてくれる? 少しキツいのよ」
「気が付かず、申し訳ありません」
慌てた様にアンヌが室内着を出しに行った。
(私は彼の番としてやっていけるのかしら)
不安が胸の内に渦巻くローズだった。
その後ベリルの意識は戻らず、またリヨンも番休暇中のため、ローズはマチルダの手配した教師の授業を受けることになった。
ジャクリーヌ・ガラコスと名乗った中肉中背の婦人の頭には細めの白い耳があり、どうやらベリルと同じく狼の獣人のようだった。
「王妃様は礼儀作法は覚えていらっしゃるようですので、懸念されている番に関することを先に覚えてしまいましょう」
――『運命の番』は互いに強く惹かれ合うものであり、二度と離れることはない強い絆であること。
――殆どは獣人同士の番が多く、他種族間ではその限りではないが、『運命の番』同士で婚姻に至らない例は滅多にないこと。
――番同士であれば、互いの体調が分かること。
「そして『運命の番』同士であれば、共に居ることで強力な多幸感を得るようで、体調不良などは起こさないそうですよ」
そこまで聞いてローズはハッとした。
あれから三日が経過していたがベリルの意識はまだ戻らない。
表向きには蜜月としてローズも一緒に籠っているようにされているが、王城勤めの侍女達の物問いたげな視線を感じることがあった。
(もしかして私が本当に番なのか、と思われている?)
ベリルの体調不良の詳細は城内の者にも詳らかにされていない。
そんな状態で番であるはずのローズが普通に出歩いて番教育を受けている。
彼らが不審に思うのも当然だった。
筆頭魔術師の言葉には呆れの感情が込められているように聞こえた。
「渡した鎮静剤はあいつ――陛下の体に合わせて調合してあります。ですから用量を間違えば当然副作用が、って陛下は今起きられない位の状態なんですよね?」
そこで初めて気付いたとでも言いたげな筆頭魔術師にサントワール医師が答えた。
「ええ。まだ意識が戻りません」
「嘘でしょう。あそこまでなるには余程の量を服用しないとならないはずで……。ああ、複写魔術ですか」
「恐らく。ですが、薬剤にそれを使うと精密な複写とはなりませんから、今回の事態に繋がったようですな」
「……あれ程薬剤には複写魔法を使うな、と言っておいたのに!!」
「ということは薬が抜けるまで我々に出来ることはなさそうですな」
「そうですね」
会話を聞いていたローズは体中から血の気が引くのを感じた。
最初に彼に会った時自分は何と告げた?
『私にはそういった感覚は分かりませんので』
確かそんなことを言わなかったか?
自分は獣人ではないので分からなかったが、先ほどのリヨンとその番であるアレンの様子を見ればこれがおかしなことであることはすぐに分かった。
ぶっきらぼうな言葉を使っていながらもリヨンを愛おしそうに見ていたアレン。
番休暇を止めると言いながらも熱い視線はアレンに向いていたリヨン。
彼らと比べるとローズの態度はどう見ても相思相愛の番には見えなかった。
恐らくだがベリルは気を遣ったのだろう。
人族のローズに獣人の愛は重いのかもしれない。
(でもここまでなるまで服用するなんて)
「私のせい、ですね」
ローズの言葉にどこか焦ったようにギルバート魔術師が答えた。
「いや。あのバk………陛下が無茶しただけですから。王妃様はお気になさらずに」
サントワール医師も同意するように頷いた。
「そうですね」
「ですが」
尚も言い募ろうとしたローズに、
「まあ人族ではこちらとは大分慣習も感情の流れも違うようですから、今の内に慣れておいた方がよろしいかもしれませんね」
サントワール医師が控えていたマチルダに視線を送る。
「それでは王妃様。陛下はまだお目覚めになられないご様子なのでお部屋へ案内させて頂きます」
どこか有無を言わせないようなマチルダの口調に、ローズはうなずくしかなかった。
「分かりました」
案内されたのは青を基調とした壁紙と調度品で飾られた上品さを感じさせる一室だった。
「こちらは寝室に通じる小部屋になります」
大概の上位貴族や王室の居室は直接寝室に通じることはなく、間に侍従が休む小部屋を挟んでいる。
(その辺りは変わらないのね)
小部屋を抜けて寝室に入る。
予想通りの大きな寝台が主となっている寝室はこちらも青が基調とされていた。
「陛下の独占欲もアレですが、王妃様にはもう少し番関連についての教育が必要だと思われます」
マチルダの言に後ろから大人しく付いて来ていたアンヌの気配が剣呑なものへ変わったようだった。
「分かったわ」
アンヌが発言の許可を得る前にローズが答えを返した。
「では私はこれで失礼させていただきます」
マチルダが退出するとアンヌが不満げにローズに向き直る。
「よろしいのですか。お嬢様。あんなことを言わせておいて」
「いいのよ。番に関しては殆ど何も知らないのは事実なのだから」
「ですが」
「着替えさせてくれる? 少しキツいのよ」
「気が付かず、申し訳ありません」
慌てた様にアンヌが室内着を出しに行った。
(私は彼の番としてやっていけるのかしら)
不安が胸の内に渦巻くローズだった。
その後ベリルの意識は戻らず、またリヨンも番休暇中のため、ローズはマチルダの手配した教師の授業を受けることになった。
ジャクリーヌ・ガラコスと名乗った中肉中背の婦人の頭には細めの白い耳があり、どうやらベリルと同じく狼の獣人のようだった。
「王妃様は礼儀作法は覚えていらっしゃるようですので、懸念されている番に関することを先に覚えてしまいましょう」
――『運命の番』は互いに強く惹かれ合うものであり、二度と離れることはない強い絆であること。
――殆どは獣人同士の番が多く、他種族間ではその限りではないが、『運命の番』同士で婚姻に至らない例は滅多にないこと。
――番同士であれば、互いの体調が分かること。
「そして『運命の番』同士であれば、共に居ることで強力な多幸感を得るようで、体調不良などは起こさないそうですよ」
そこまで聞いてローズはハッとした。
あれから三日が経過していたがベリルの意識はまだ戻らない。
表向きには蜜月としてローズも一緒に籠っているようにされているが、王城勤めの侍女達の物問いたげな視線を感じることがあった。
(もしかして私が本当に番なのか、と思われている?)
ベリルの体調不良の詳細は城内の者にも詳らかにされていない。
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