かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ

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第17話 領主の器量 (中)

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「では沙汰を言い渡す。所有を巡って争っていた畑はホープ氏の物とする。尚」
 
 おお、とどよめきが広がる中、執務官の冷静な視線がバラン氏を射すくめた。

「バラン氏はこの裁判に関して偽りを謀ったとしてむち打ち百回の刑とする」

「お待ちくださいっ、執務官様!! その宣誓書は偽も――っ、がはっ」

 兵士達に拘束されながらも反論するバラン氏だったが鳩尾を蹴られ、その隙にさっさと連行されて行った。

「お前、覚えてろよ」

 バラン氏の捨て台詞が響く中、ローズはアンヌに頼んでバラン夫人を人気のない所へ連れ出して貰った。

「領主代行様、この度は有難うございました」

 邸の裏手に連れて来られたバラン夫人はそう言って頭を下げた。

「いいのよ。それよりもこちらへ」

「領主代行様?」

 バラン夫人が連れて来られたのは邸の裏門で、そこには一台の馬車が停められていた。

 ローズは服の隠しから手紙を取り出した。

「当座の生活に必要なものは用意してあります。貴女の離婚手続きはこちらの権限で履行しておきました。この手紙をエンラの街の領主に渡して下さい。職を探して貰えるよう書いておきました」

「……領主代行様」

「ごめんなさい。本当ならもっと早く言えば良かったのだけど、迂闊に話して貴女の夫にバレたら大変だと思って」

 他に必要なものがあればこちらへ手紙を出せばいい、そこの領主の文官に代筆も頼んである、と言われてバラン夫人は首を振った。

「いいえ。ここまでして頂いて夢のようです。子供達ももう成人しておりますし、あの子達もあの人の影響を受けてしまって。もう私に出来ることはありません」

 諦めたように告げた元バラン夫人にローズが言い返した。

「あら、あるわよ」
 
 ローズはわざと平民のような気安い口調で言った。

「はい?」

「新しい生活を始めて貴女の幸せを探すのよ」

 その言葉に元バラン夫人が少しだけ唇の端を上げた。

「有難うございます。ここの領主代行様が貴女様で本当に良かった」

 元バラン夫人が何度も礼を言いながら馬車へ乗り込む。

 ローズが合図すると御者が馬車を出発させた。

「お元気で」

「領主代行様も」

 馬車の姿が小さくなり、やがて眼で追えなくなると漸くローズは息を吐いた。

「一件落着か」

 すぐ傍でした声にローズが振り仰ぐと感心したような様子のベリルが居た。

「逃がしたのは賢明な判断だったな。あの女性からは血の匂いがしていた」

「……お分かりでしたか」

 元バラン夫人は夫からの暴力を受けていた。

 だが、逃げようにもバラン氏は平民でありながらあちこちに伝手があり、とても逃げ切れるものではなかった。

 そこでこの裁判を利用することにしたのだ。

 宣誓書はバランが周到に隠していたようだが、夫人の前では何もできないと油断していたのかぺらぺらと喋っていたのだそうだ。

 これがあればあのホープの野郎に目にもの見せてやれる、と。

 当初元バラン夫人は夫の報復が怖かったため、なかなか決意してくれなかったがローズが裁判後の安全を保障すると約束して漸く動いてくれたのだ。

「自己満足だと思いますか?」 

 元バラン夫人のような境遇の女性は他にもいるだろう。

 それに仮にも領主をしているのなら、沢山の女性が助かるような施策を執るべきだ、というのは分かっている。

 だが、そうするためには実力も経験も足りないのはローズにも分かっていた。

 ベリルは軽く首を振った。

「いや。あの男が報復するかもしれない、という可能性には気付いたかもしれないがここまで早く行動には出来なかったと思う。凄いな」

 心からの称賛の言葉だった。

「……え?」

 予想していなかった反応にローズの返答が遅れた。

「恐らくだがあの男が夫人を害してからしか動けなかったかもしれないな。それにそこまで親身になって面倒を見るとはそう出来ることではない」

 手放しの称賛にローズの表情が緩んだようだった。

「……有難うございます」

 だが、ベリルが遠くを見るようにして告げた言葉にローズの表情が硬くなった。

「これなら我が国でも思う存分能力を発揮できるな」

「それでは、まだ業務が残っているためこれにて失礼させていただきます」

 その場を去るローズに後ろから焦ったような声が掛けられたがそれは無視されたようだった。



 その後元バラン夫人は小間物屋を始め、やがてそこの常連となった冒険者の男性と再婚することになるがまだそれは先の話。




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