14 / 65
第14話 ベリルside ⑥
しおりを挟む
「ローズ・ファラントです。こちらの領主代行を務めております」
書簡に目を通したローズが不可解そうな表情をしたのを認めて俺は補足してやることにした。
「その書簡は情報が古いな。まあ俺の番がお前だとということが分かったのはつい先ほどだしな」
「はい?」
「それはよく番様におそ……突進されませんでしたね」
ほっとしたようにリヨンが言葉を紡ぐ。
(今襲う、と言い掛けなかったか)
「ここへ近付くにつれ、番の気配が濃厚になってきたからな。念の為ギルが作った鎮静剤を飲んで来た」
幾ら何でもそこまで獣ではない。
ローズに気付かれないようにギルを睨んでやったが、全く応えてないないようだった。
「それは重畳ですね。一応こちらの王城へも知らせを送ってありますが、番様を担ぎ上げて帰還、などというぶっそうなことにならなくて本当に良かったと思います」
「失礼だな。俺だってそれ位の分別はつく」
番が見付かって俺は有頂天になっていたらしい。
次に放たれたローズの言葉を一瞬、理解し損ねる位には。
「申し訳ありませんが私は貴方の番になるとは一言も申し上げておりません」
「えーと、どうなってるんですか? 番様は陛下の魅力に少しも気付いていらっしゃらないようですけど」
「それは俺にも分からんが、やはり番の感覚は獣人にしかないようでな」
人族との『運命の番』はあまり数がない上、ここ数年は報告が上がってないため、未知数なところがある。
(まさか、人族とは思わなかったな)
こちらの国の慣習等は基本的なことは学んでいたが、人族の女性の口説き方までは勉強不足だった。
そんなことを思いながら会話を交わしているとこの領主代行は彼女が自分で望んでしていることが分かり、俺は素直に感心した。
シュガルト国では仕事をするのに男性も女性もない。
これは先々代の王が定めて以来、守られていることだったが人族は違うらしい。
冒険者でさえ、男女の率は半々だ。
だが、人族は違うようで仕事の大半は男性がこなし、女性は家に入る、という考え方が主流らしい。
それでは万が一の際にはどうするのか。
俺から見ると心もとない社会構造だったが、それが人族の在り方だと言われると敢えて反論はしないでおく。
そんな中でローズはしっかりとした意思を持っているように見えた。
(自分から領主代行を望むとは。しかし――)
自分から希望した、という割には憂いを帯びた声だった。
(何か、事情があるのか)
番の憂いを払うのも伴侶としての義務。
何とかして聞き出したいところだが、まだそこまでの信頼は得ていない。
それでも俺は問い掛けてみた。
「我が番は何か悩みがあるようだな。どれ、話なら聞くぞ」
何とか穏やかな口調を試みていると脇からリヨンが驚いたように告げた。
「まだ鎮静剤が効いているようですね。良かった」
「随分な言い草だな。それよりもその憂い顔は気になる。何が不味いんだ? 俺が獣人だからか? それとも他に想う相手は……居なさそうだが? 聞かせてくれないか?」
重ねて問うとローズは少し驚いたような表情をした後、口を開いた。
――まだ領主代行の仕事に着手したばかりであること。
――女性の仕事を増やしたいと思っていること。
――それらはまだ案にしかなっていないものもあり、今この時点でここを離れたくないこと。
言われてみれば最もなことだった。
何故ここで領主代行をすることになったのかその事情については話して貰えなかったが、これらのことを話しているローズはとても強い意思を持った目をしていて、俺は惹きつけられた。
(できれば俺のこともそんな目で見て欲しい)
内心を押し隠して俺は称賛の言葉を送った。
「それは素晴らしいな」
「――は?」
「我が番はそこまで民のことを考えているのか。これは我が国に来ても期待できそうだな」
番にそこまでの能力を求めていた訳ではなかったが、為政者の視点を持てる者が王族に入る利点は大きい。
出来れば城の奥に隠しておきたかったが、どうやらそれは無理そうだった。
「それではどう致しましょうか。出来れば番様にはすぐにでもわが国へおいでいただきたかったのですが、そのような事情がおありになるとは」
思案するように告げたリヨンだったが、その点の心配はいらない。
「何心配いらん。俺がここに残ればいいだけだ」
今の俺にとって番が大事だ。
国のことも気にはなるが、現在の国際情勢は緊迫したものではない。
(多少留守にしても何とかなるだろう)
実際こうして番を目の前にすると理性が飛びそうになるが、俺は懸命に堪えていた。
(怖がらせてはいけない)
今俺が味わっている感覚は彼女には分からないものだ。
であれば、もう少し共に過ごして信頼関係を築いて行くしかない。
俺がそんなことを考えているとリヨンが慌てた様に口を挟んだ。
「幾ら番様にご都合があるとはいえ、一国の王が国を長期間に渡って空けるだなんて何考えてるんですか!?」
(何って番のことだけに決まっているだろう)
即答したかったが火に油になりそうだったので、そこは口に出さないことにした。
そんなふうに言い合っているうちにローズが覚悟を決めていた。
「いいのか? 折角いろいろと改革を進めていたのだろう?」
「ええ。ですが私は国王陛下の番ですから、一緒に行かなくてはならないと思います。それもできるだけ早い方がいいのでしょうけれど」
言葉だけ聞くと非常に有難いがその悲愴感は隠せていないようだ。
(何だが苛めている気分になるな)
番を悲しませるために俺が居るんじゃないのだが。
書簡に目を通したローズが不可解そうな表情をしたのを認めて俺は補足してやることにした。
「その書簡は情報が古いな。まあ俺の番がお前だとということが分かったのはつい先ほどだしな」
「はい?」
「それはよく番様におそ……突進されませんでしたね」
ほっとしたようにリヨンが言葉を紡ぐ。
(今襲う、と言い掛けなかったか)
「ここへ近付くにつれ、番の気配が濃厚になってきたからな。念の為ギルが作った鎮静剤を飲んで来た」
幾ら何でもそこまで獣ではない。
ローズに気付かれないようにギルを睨んでやったが、全く応えてないないようだった。
「それは重畳ですね。一応こちらの王城へも知らせを送ってありますが、番様を担ぎ上げて帰還、などというぶっそうなことにならなくて本当に良かったと思います」
「失礼だな。俺だってそれ位の分別はつく」
番が見付かって俺は有頂天になっていたらしい。
次に放たれたローズの言葉を一瞬、理解し損ねる位には。
「申し訳ありませんが私は貴方の番になるとは一言も申し上げておりません」
「えーと、どうなってるんですか? 番様は陛下の魅力に少しも気付いていらっしゃらないようですけど」
「それは俺にも分からんが、やはり番の感覚は獣人にしかないようでな」
人族との『運命の番』はあまり数がない上、ここ数年は報告が上がってないため、未知数なところがある。
(まさか、人族とは思わなかったな)
こちらの国の慣習等は基本的なことは学んでいたが、人族の女性の口説き方までは勉強不足だった。
そんなことを思いながら会話を交わしているとこの領主代行は彼女が自分で望んでしていることが分かり、俺は素直に感心した。
シュガルト国では仕事をするのに男性も女性もない。
これは先々代の王が定めて以来、守られていることだったが人族は違うらしい。
冒険者でさえ、男女の率は半々だ。
だが、人族は違うようで仕事の大半は男性がこなし、女性は家に入る、という考え方が主流らしい。
それでは万が一の際にはどうするのか。
俺から見ると心もとない社会構造だったが、それが人族の在り方だと言われると敢えて反論はしないでおく。
そんな中でローズはしっかりとした意思を持っているように見えた。
(自分から領主代行を望むとは。しかし――)
自分から希望した、という割には憂いを帯びた声だった。
(何か、事情があるのか)
番の憂いを払うのも伴侶としての義務。
何とかして聞き出したいところだが、まだそこまでの信頼は得ていない。
それでも俺は問い掛けてみた。
「我が番は何か悩みがあるようだな。どれ、話なら聞くぞ」
何とか穏やかな口調を試みていると脇からリヨンが驚いたように告げた。
「まだ鎮静剤が効いているようですね。良かった」
「随分な言い草だな。それよりもその憂い顔は気になる。何が不味いんだ? 俺が獣人だからか? それとも他に想う相手は……居なさそうだが? 聞かせてくれないか?」
重ねて問うとローズは少し驚いたような表情をした後、口を開いた。
――まだ領主代行の仕事に着手したばかりであること。
――女性の仕事を増やしたいと思っていること。
――それらはまだ案にしかなっていないものもあり、今この時点でここを離れたくないこと。
言われてみれば最もなことだった。
何故ここで領主代行をすることになったのかその事情については話して貰えなかったが、これらのことを話しているローズはとても強い意思を持った目をしていて、俺は惹きつけられた。
(できれば俺のこともそんな目で見て欲しい)
内心を押し隠して俺は称賛の言葉を送った。
「それは素晴らしいな」
「――は?」
「我が番はそこまで民のことを考えているのか。これは我が国に来ても期待できそうだな」
番にそこまでの能力を求めていた訳ではなかったが、為政者の視点を持てる者が王族に入る利点は大きい。
出来れば城の奥に隠しておきたかったが、どうやらそれは無理そうだった。
「それではどう致しましょうか。出来れば番様にはすぐにでもわが国へおいでいただきたかったのですが、そのような事情がおありになるとは」
思案するように告げたリヨンだったが、その点の心配はいらない。
「何心配いらん。俺がここに残ればいいだけだ」
今の俺にとって番が大事だ。
国のことも気にはなるが、現在の国際情勢は緊迫したものではない。
(多少留守にしても何とかなるだろう)
実際こうして番を目の前にすると理性が飛びそうになるが、俺は懸命に堪えていた。
(怖がらせてはいけない)
今俺が味わっている感覚は彼女には分からないものだ。
であれば、もう少し共に過ごして信頼関係を築いて行くしかない。
俺がそんなことを考えているとリヨンが慌てた様に口を挟んだ。
「幾ら番様にご都合があるとはいえ、一国の王が国を長期間に渡って空けるだなんて何考えてるんですか!?」
(何って番のことだけに決まっているだろう)
即答したかったが火に油になりそうだったので、そこは口に出さないことにした。
そんなふうに言い合っているうちにローズが覚悟を決めていた。
「いいのか? 折角いろいろと改革を進めていたのだろう?」
「ええ。ですが私は国王陛下の番ですから、一緒に行かなくてはならないと思います。それもできるだけ早い方がいいのでしょうけれど」
言葉だけ聞くと非常に有難いがその悲愴感は隠せていないようだ。
(何だが苛めている気分になるな)
番を悲しませるために俺が居るんじゃないのだが。
53
お気に入りに追加
434
あなたにおすすめの小説

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す
MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。
卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。
二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。
私は何もしていないのに。
そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。
ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。
お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。
ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位

毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)

旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる