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第13話 ベリルside ⑤
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街を見渡すように小高い丘に建てられた館は総二階建てではあったものの、領主のものとしては簡素な印象を与えた。
(ここにその領主代行がいるのか)
いきなり面会を求めても無理かもしれないが、一応俺はSランクの冒険者でもある。
(まあ、何とかなるだろう)
流石にここで無用な諍いは起こしたくないので俺は頭に布を巻いて耳を隠し、鎮静剤を口にした。
どうやらこの館に番が居るのは間違いないようだった。
ギルがよこした鎮静剤は一週間分ほどあった。
俺としては助かったが疑問が沸く。
(試しによこす量にしては多くないか)
ギルには時折りこんな所がある。
まるで先読みの能力でも有しているような行動が多い。
(まさか)
俺は軽く頭を振って切り替えると、門へ向かった。
「こちらになります」
Sランク冒険者の肩書が効いたのかすんなりと許可が下り、邸内へ入ることが出来た。
番の匂いはますます強くなる。
同時に駆け出しそうになる衝動を必死に抑える。
(何だ。この焦燥感は?)
自分の命の半分がすぐそこにある。
捕まえて閉じ込め、誰の目にも触れさせないように――
鎮静剤を飲んでいるというのにとんでもない衝動が俺を襲っていた。
(落ち着け。ここで暴れたら番を脅えさせてしまう)
これまで知らなかった衝動に驚き、番も同じ気持ちを味わっているのか、と半ば心配しながら俺は領主代行の執務室を訪れた。
「お待たせしました。私がこのオークフリートの領主代行をしております。ローズ・ファラントです」
銀髪に青い瞳。
あの髪飾りと同じ配色の彼女は繊細な硝子細工を連想させ、何があっても庇護しなければならないという感情が心の奥底から湧き上がってくる。
俺は渦巻く感情を押し込め、鷹揚に見えるように頷いた。
「ベリルだ。お前がそうか」
道理でなかなか見付からないはずだ。
彼女は人族だった。
番がマトアニア王国に居ると分かった時からもしかして、とその可能性は心の片隅にあったのだが、実際こうして目に入れると――
いかん。先走りしすぎだ。
俺は王族らしくゆったりと口を開いた。
「俺はシュガルト国の王だ。お前を番として迎えに来た」
やがて俺は番の反応が薄いことに気付いた。
しかも――
「運命の番? 何の冗談ですか?」
俺を運命の番として認識していないらしい。
「何かの間違いではありませんか? 私にはそういった感覚は分かりませんので」
全くの赤の他人を見るような目だった。
これまで聞いていた番の反応とは逆のものが返って来て俺は表面上は冷静に見せていたが、内心はかなり動揺していた。
(何故だ? 互いに運命の番なら一時も離れることも出来ない位相手に惹かれるというのに。相手が人族だからか)
何かの文献で人族はそういった感覚に疎い、という記述があったことを思い出し、何とか心を落ち着かせようとした。
(今すぐ攫ってしまいたい)
周りに俺以外誰も居なければ俺以外頼る者がいなければその心を開いてくれるだろうか。
俺はその危険な衝動を振り払った。
「やはり運命の番は獣人のみに発現するようだな。人の身には分かり辛いだろう。だが、俺としては諦めるつもりなどない。ローズ、今お前に伴侶などいないだろう」
目の前に居る番からは本人のものらしい清涼な匂いしかしていない。
さっさと自分のものにして自分の匂いを付けたいという本能を抑えていると、控えていた侍女が俺の発言に怒りだして俺を排除しようとした時、廊下の奥に慣れ親しんだ気配がした。
(ようやくか)
いや、思ったよりは早かったか。
「申し上げます。只今シュガルト国の使者だという方が至急、領主代行様にお会いしたいとのことです」
「順番が逆になったな」
室内が動揺に包まれる中、俺が悠然と構えていると、リヨンが入室してきた。
「国王陛下!! 何故このようなところにいらっしゃるのですか!?」
「何故と言われてもだな。ここに番が居たからとか言いようがないな」
俺の言葉を聞いたリヨンが呆れたように額に手を当てた。
その様子にはこちらが御膳立てするまで待てなかったのか、という思惑が透けて見えるようだった。
「……パニッシュが気の毒です」
「一応書置きは残してきたぞ」
先だっての手紙のことを示唆してやる。
「尚更大変なことになっている予感しかしませんが」
かなり失礼なことを言ってくれた。
これらのやり取りで俺の身分が分かったのだろう。
「どうしましょう。ローズ様。私、先ほどとんでもないことを申し上げてしまいました」
狼狽する侍女を番が宥める。
「貴女が悪い訳じゃないと思うけれど」
これは一応付け加えておいた方がいいだろう。
「ああ。先触れもなしに悪かったな。俺達獣人にとって番に関することは最重要事項になるからな」
「だからといって国王陛下自らが単独で国境を越えていい、などという法律はわが国にはございませんが」
「固いことを言うな。リヨン。番のためだ」
「ですから、そのために王自らが危険を冒していい、とは誰も言ってませんが!!」
一応俺はSランクの冒険者なのだが。
リヨンとは幼い頃からの付き合いのため、昔の記憶が強いのだろう。
(そう言えばあの頃は無茶ばかりして生傷が絶えなかったな)
俺はある種の黒歴史を明後日の方へ追いやり、リヨンを紹介した。
「ああ。紹介がまだだったな。ローズ。これがリヨンだ。一応俺の側近をして貰っている。リヨン、ローズだ。俺のものだから手を出すなよ」
後半の台詞にどこか呆れたような視線を返しながらもリヨンはローズに書簡を渡した。
「この度はわが国の国王が大変失礼を致しました。私はリヨン・サンドリウムと申します。順番が前後致しておりますが今回私がこちらへ赴きましたのは、こちらの領地にいらっしゃるどなたかが国王の番だと判明致したからですが、相手がすぐに分かったのは僥倖にございます。つきましては国王との縁談を何卒前向きに判断して頂きたい所存にございます」
(ここにその領主代行がいるのか)
いきなり面会を求めても無理かもしれないが、一応俺はSランクの冒険者でもある。
(まあ、何とかなるだろう)
流石にここで無用な諍いは起こしたくないので俺は頭に布を巻いて耳を隠し、鎮静剤を口にした。
どうやらこの館に番が居るのは間違いないようだった。
ギルがよこした鎮静剤は一週間分ほどあった。
俺としては助かったが疑問が沸く。
(試しによこす量にしては多くないか)
ギルには時折りこんな所がある。
まるで先読みの能力でも有しているような行動が多い。
(まさか)
俺は軽く頭を振って切り替えると、門へ向かった。
「こちらになります」
Sランク冒険者の肩書が効いたのかすんなりと許可が下り、邸内へ入ることが出来た。
番の匂いはますます強くなる。
同時に駆け出しそうになる衝動を必死に抑える。
(何だ。この焦燥感は?)
自分の命の半分がすぐそこにある。
捕まえて閉じ込め、誰の目にも触れさせないように――
鎮静剤を飲んでいるというのにとんでもない衝動が俺を襲っていた。
(落ち着け。ここで暴れたら番を脅えさせてしまう)
これまで知らなかった衝動に驚き、番も同じ気持ちを味わっているのか、と半ば心配しながら俺は領主代行の執務室を訪れた。
「お待たせしました。私がこのオークフリートの領主代行をしております。ローズ・ファラントです」
銀髪に青い瞳。
あの髪飾りと同じ配色の彼女は繊細な硝子細工を連想させ、何があっても庇護しなければならないという感情が心の奥底から湧き上がってくる。
俺は渦巻く感情を押し込め、鷹揚に見えるように頷いた。
「ベリルだ。お前がそうか」
道理でなかなか見付からないはずだ。
彼女は人族だった。
番がマトアニア王国に居ると分かった時からもしかして、とその可能性は心の片隅にあったのだが、実際こうして目に入れると――
いかん。先走りしすぎだ。
俺は王族らしくゆったりと口を開いた。
「俺はシュガルト国の王だ。お前を番として迎えに来た」
やがて俺は番の反応が薄いことに気付いた。
しかも――
「運命の番? 何の冗談ですか?」
俺を運命の番として認識していないらしい。
「何かの間違いではありませんか? 私にはそういった感覚は分かりませんので」
全くの赤の他人を見るような目だった。
これまで聞いていた番の反応とは逆のものが返って来て俺は表面上は冷静に見せていたが、内心はかなり動揺していた。
(何故だ? 互いに運命の番なら一時も離れることも出来ない位相手に惹かれるというのに。相手が人族だからか)
何かの文献で人族はそういった感覚に疎い、という記述があったことを思い出し、何とか心を落ち着かせようとした。
(今すぐ攫ってしまいたい)
周りに俺以外誰も居なければ俺以外頼る者がいなければその心を開いてくれるだろうか。
俺はその危険な衝動を振り払った。
「やはり運命の番は獣人のみに発現するようだな。人の身には分かり辛いだろう。だが、俺としては諦めるつもりなどない。ローズ、今お前に伴侶などいないだろう」
目の前に居る番からは本人のものらしい清涼な匂いしかしていない。
さっさと自分のものにして自分の匂いを付けたいという本能を抑えていると、控えていた侍女が俺の発言に怒りだして俺を排除しようとした時、廊下の奥に慣れ親しんだ気配がした。
(ようやくか)
いや、思ったよりは早かったか。
「申し上げます。只今シュガルト国の使者だという方が至急、領主代行様にお会いしたいとのことです」
「順番が逆になったな」
室内が動揺に包まれる中、俺が悠然と構えていると、リヨンが入室してきた。
「国王陛下!! 何故このようなところにいらっしゃるのですか!?」
「何故と言われてもだな。ここに番が居たからとか言いようがないな」
俺の言葉を聞いたリヨンが呆れたように額に手を当てた。
その様子にはこちらが御膳立てするまで待てなかったのか、という思惑が透けて見えるようだった。
「……パニッシュが気の毒です」
「一応書置きは残してきたぞ」
先だっての手紙のことを示唆してやる。
「尚更大変なことになっている予感しかしませんが」
かなり失礼なことを言ってくれた。
これらのやり取りで俺の身分が分かったのだろう。
「どうしましょう。ローズ様。私、先ほどとんでもないことを申し上げてしまいました」
狼狽する侍女を番が宥める。
「貴女が悪い訳じゃないと思うけれど」
これは一応付け加えておいた方がいいだろう。
「ああ。先触れもなしに悪かったな。俺達獣人にとって番に関することは最重要事項になるからな」
「だからといって国王陛下自らが単独で国境を越えていい、などという法律はわが国にはございませんが」
「固いことを言うな。リヨン。番のためだ」
「ですから、そのために王自らが危険を冒していい、とは誰も言ってませんが!!」
一応俺はSランクの冒険者なのだが。
リヨンとは幼い頃からの付き合いのため、昔の記憶が強いのだろう。
(そう言えばあの頃は無茶ばかりして生傷が絶えなかったな)
俺はある種の黒歴史を明後日の方へ追いやり、リヨンを紹介した。
「ああ。紹介がまだだったな。ローズ。これがリヨンだ。一応俺の側近をして貰っている。リヨン、ローズだ。俺のものだから手を出すなよ」
後半の台詞にどこか呆れたような視線を返しながらもリヨンはローズに書簡を渡した。
「この度はわが国の国王が大変失礼を致しました。私はリヨン・サンドリウムと申します。順番が前後致しておりますが今回私がこちらへ赴きましたのは、こちらの領地にいらっしゃるどなたかが国王の番だと判明致したからですが、相手がすぐに分かったのは僥倖にございます。つきましては国王との縁談を何卒前向きに判断して頂きたい所存にございます」
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