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第10話 ベリルside ②
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気付いたのは偶然だった。
路地に落ちている泥まみれのそれは最初は何かの残骸にしか見えなかった。
だが何かが引っ掛かり、俺はそれを拾い上げた。
(櫛? いや装飾品か? ……今のは)
銀細工のようだが泥塗れのため細部が分からない。
拾い上げた瞬間、何かの匂いを感じて俺はその動きを止めた。
香とは違う。
(……何だ?)
爽やかな中にもほんのりと甘さを感じさせるもので、とても好ましいと思えた。
それは残り香とも言えるもので、微かなものだったが獣人にはそれで充分だった。
獣人は人と比べると嗅覚も聴覚も発達していると言える。
これまで嗅いだことのない匂いに俺は困惑するよりも惹きつけられていた。
(これは誰の物だ?)
会ってその顔を見てみたい、という思いが心の奥底から湧き上がってくる。
すぐにそれは渇望に変わった。
身を焦がすような強い思いに駆られ、俺は一旦城へ戻ることにした。
できればこのまま匂いの元を辿りたい気分だったが、一応俺にも立場と言うものがある。
断腸の思いでその本能的とも言える思いを封じ込める。
(何なんだ、これは)
必死に抑えていないとそのまま走り出しそうになり、俺は装飾品を持つ手に力を込めた。
王城へ向かいながら何とか方針を立てる。
(まずはギルのところだな)
筆頭魔術師のギルならこれを何とかできるかもしれないな。
その予想は半分は当たりで半分は外れていたが。
「これはまた。――おめでとう、と言うべきかな」
兎族のギルは落ち着いたように言ったが、その白く長い耳がぴこぴこしているため、何の効果もなかった。
ギルも殆どの兎族の例に漏れず白い髪に赤い目をしており、童顔なためか余計子供っぽく見えてしまう。
この年上の兎族に俺は苦笑を抑えながらその言葉の意味を考えた。
「まだ何も言ってないが。おめでとう、とは何のことだ?」
するとギルは目を見開いた。
「何言ってるんだい? そんなに凄い量のフェロモン撒き散らしてさ。――見付けたんだろう? 番を」
「――は?」
思わぬ言葉に眉が上がった俺にギルがおや、と首を傾げた。
「気付かなかったのかい? その凄い量は番に出会わないと出ないはずなんだけど――うわっ」
「番だと!? どこにいる!?」
俺が突進したのが不味かったのか、ギルが小規模な防御結界を張った。
「落ち着いて。俺達兎族に余計な威圧を加えないで。授業で習わなかったの?」
「済まない。つい」
「全く。幾ら何でも出し過ぎじゃないかい? これだと俺を始めとした小種族に被害甚大なんだけど」
はい、と差し出された小瓶を不思議そうに見ているとため息をつかれた。
「何だ?」
「何だ、じゃないよ。鎮静剤。一日3回忘れずに服用してね」
「……そんなにか」
「自覚ないのかい? ……全く。よくここまで無事に来られたね。それで肝心の番はどうしたんだい?」
ギルの問い掛けに俺は首を振った。
「いない」
「は? 何の冗談? それだけ凄いフェロモン撒き散らしてて番がいない? 寝言は寝てから言って欲しいな」
「冗談じゃない」
俺が本気でそう言っているのが分かるとギルは混乱したようだった。
「はあ? それだけのフェロモン量で番が分からない? 君大丈夫なのかい?」
何か手掛かりだけでもないのか、と聞かれ俺は先ほどの櫛のことを思い出した。
「これならあるが」
布で拭ったものの、まだ泥のついたそれを出しながら俺は経緯を説明した。
「ふうん。この櫛の匂いを嗅いだらそんな衝動に襲われたんだ。それならこの櫛の持ち主を探せばいいんじゃないの?」
獣人は例に漏れず皆、嗅覚が鋭い。
特に番に関することなら他の追随を許さない程だ。
「そうだな」
躊躇なく返事をした俺に少し慌てた様子のギルが声を掛けてきた。
「いやでも、王様の仕事はしておいてよ。流石にそこは看過でき――」
俺はもう背を向けていたが、ひとまず返事をしておいた。
「ああ。そうだな」
「聞いてないだろう!? ちょっと待って!!」
ギルの怒鳴り声を背に俺はさっさと城の執務室を……いや、あそこだと捕まるな。俺は踵を返し、予備の部屋に入り、そこで手紙を認めた。
――漸く番が見付かったこと。
――少し見付けるのに時間が欲しいこと。
――護衛は現在の分だけでいいこと。
それと火急と思われるものの案件についての但し書きも添えたところで何とかかそれっぽい体裁を保てたな、と思った頃には外には薄闇が迫っていた。
(頃合いか)
俺はその書置きを机に残してそこから出た。
その後、騎士団長のパニッシュに確保されることなど俺は夢にも思っていなかった。
路地に落ちている泥まみれのそれは最初は何かの残骸にしか見えなかった。
だが何かが引っ掛かり、俺はそれを拾い上げた。
(櫛? いや装飾品か? ……今のは)
銀細工のようだが泥塗れのため細部が分からない。
拾い上げた瞬間、何かの匂いを感じて俺はその動きを止めた。
香とは違う。
(……何だ?)
爽やかな中にもほんのりと甘さを感じさせるもので、とても好ましいと思えた。
それは残り香とも言えるもので、微かなものだったが獣人にはそれで充分だった。
獣人は人と比べると嗅覚も聴覚も発達していると言える。
これまで嗅いだことのない匂いに俺は困惑するよりも惹きつけられていた。
(これは誰の物だ?)
会ってその顔を見てみたい、という思いが心の奥底から湧き上がってくる。
すぐにそれは渇望に変わった。
身を焦がすような強い思いに駆られ、俺は一旦城へ戻ることにした。
できればこのまま匂いの元を辿りたい気分だったが、一応俺にも立場と言うものがある。
断腸の思いでその本能的とも言える思いを封じ込める。
(何なんだ、これは)
必死に抑えていないとそのまま走り出しそうになり、俺は装飾品を持つ手に力を込めた。
王城へ向かいながら何とか方針を立てる。
(まずはギルのところだな)
筆頭魔術師のギルならこれを何とかできるかもしれないな。
その予想は半分は当たりで半分は外れていたが。
「これはまた。――おめでとう、と言うべきかな」
兎族のギルは落ち着いたように言ったが、その白く長い耳がぴこぴこしているため、何の効果もなかった。
ギルも殆どの兎族の例に漏れず白い髪に赤い目をしており、童顔なためか余計子供っぽく見えてしまう。
この年上の兎族に俺は苦笑を抑えながらその言葉の意味を考えた。
「まだ何も言ってないが。おめでとう、とは何のことだ?」
するとギルは目を見開いた。
「何言ってるんだい? そんなに凄い量のフェロモン撒き散らしてさ。――見付けたんだろう? 番を」
「――は?」
思わぬ言葉に眉が上がった俺にギルがおや、と首を傾げた。
「気付かなかったのかい? その凄い量は番に出会わないと出ないはずなんだけど――うわっ」
「番だと!? どこにいる!?」
俺が突進したのが不味かったのか、ギルが小規模な防御結界を張った。
「落ち着いて。俺達兎族に余計な威圧を加えないで。授業で習わなかったの?」
「済まない。つい」
「全く。幾ら何でも出し過ぎじゃないかい? これだと俺を始めとした小種族に被害甚大なんだけど」
はい、と差し出された小瓶を不思議そうに見ているとため息をつかれた。
「何だ?」
「何だ、じゃないよ。鎮静剤。一日3回忘れずに服用してね」
「……そんなにか」
「自覚ないのかい? ……全く。よくここまで無事に来られたね。それで肝心の番はどうしたんだい?」
ギルの問い掛けに俺は首を振った。
「いない」
「は? 何の冗談? それだけ凄いフェロモン撒き散らしてて番がいない? 寝言は寝てから言って欲しいな」
「冗談じゃない」
俺が本気でそう言っているのが分かるとギルは混乱したようだった。
「はあ? それだけのフェロモン量で番が分からない? 君大丈夫なのかい?」
何か手掛かりだけでもないのか、と聞かれ俺は先ほどの櫛のことを思い出した。
「これならあるが」
布で拭ったものの、まだ泥のついたそれを出しながら俺は経緯を説明した。
「ふうん。この櫛の匂いを嗅いだらそんな衝動に襲われたんだ。それならこの櫛の持ち主を探せばいいんじゃないの?」
獣人は例に漏れず皆、嗅覚が鋭い。
特に番に関することなら他の追随を許さない程だ。
「そうだな」
躊躇なく返事をした俺に少し慌てた様子のギルが声を掛けてきた。
「いやでも、王様の仕事はしておいてよ。流石にそこは看過でき――」
俺はもう背を向けていたが、ひとまず返事をしておいた。
「ああ。そうだな」
「聞いてないだろう!? ちょっと待って!!」
ギルの怒鳴り声を背に俺はさっさと城の執務室を……いや、あそこだと捕まるな。俺は踵を返し、予備の部屋に入り、そこで手紙を認めた。
――漸く番が見付かったこと。
――少し見付けるのに時間が欲しいこと。
――護衛は現在の分だけでいいこと。
それと火急と思われるものの案件についての但し書きも添えたところで何とかかそれっぽい体裁を保てたな、と思った頃には外には薄闇が迫っていた。
(頃合いか)
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