上 下
6 / 65

第6話 求婚

しおりを挟む
「ローズ・ファラントです。こちらの領主代行を務めております」

 簡潔に答え、渡された書簡を確認すると、確かにこの領地に住まう誰かが国王の番かもしれないので、番を探すために滞在することと、後日国王陛下がお忍びで番を確認するために尋ねるので融通をつけてほしい、と書かれていた。

 ――誰かが番かもしれない?

 では今ローズのことを番だと言ったのはどういうことだろうか。

「その書簡は情報が古いな。まあ俺の番がお前だということが分かったのはつい先ほどだしな」

「はい?」

 思わぬ台詞にローズが固まっているとリヨンがほっとしたようにベリルに向け呟いた。

「それはよく番様におそ……突進されませんでしたね」

「ここへ近付くにつれ、番の気配が濃厚になってきたからな。念の為ギルが作った鎮静剤を飲んで来た」

 短い会話だが不穏な単語が幾つもあり、ついローズが困惑の表情を浮かべる。

(鎮静剤、ってそこまで必要なのかしら?)

 前の婚約者の時の狐の獣人の様子はそこまで切羽詰まったものは感じられなかったが。

「それは重畳ですね。一応こちらの王城へも知らせを送ってありますが、番様を担ぎ上げて帰還、などというぶっそうなことにならなくて本当に良かったと思います」

「失礼だな。俺だってそれ位の分別はつく」

 不穏な言葉しか聞こえないのだが、自分がこの王の番で必ず獣人国へ一緒に赴く、という考えは止めて欲しい。

 そう思ったローズは思わず口を挟んでいた。

「申し訳ありませんが私は貴方様の番になるとは一言も申し上げておりません」

 ローズがそう言った途端、場に一瞬の静寂が訪れた。

 その後、すぐにリヨンがベリルの方をやや咎めるように見た。

「えーと、どうなってるんですか? 番様は陛下の魅力に少しも気付いていらっしゃらないようですけど」

「それは俺にも分からんが、やはり番の感覚は獣人にしかないようでな」

「いやいや、だからって陛下がもてない訳ないでしょう。もしや陛下が頓服された鎮静剤の副作用か何かで」
 
「鎮静剤ぐらいでこの俺の魅力が半減すると言いたいのか」

「いやそうではないと思いますけど」

「まあ仕方がないだろう。人が我ら獣人の番になることなど滅多に起きないことなのだからな」

 聞いていたローズは、ん? と思った。

 滅多にない、ということはやはりエドモンドの例は珍しいことなのだろう。
 
(だけどこの言い方って)

 ローズのことがあるまでかなり長い間、人と獣人との番は現れなかったように聞こえる。

 そのことを聞いてみようとした時、ベリルがこちらを向いた。

「まあどうあろうとお前と番になることは変わらないがな」

 その自信は一体どこから来るのだろう。

「私はまだ何ともお返事をしておりませんが」

 そう言いながらもローズは時間の問題だと思っていた。

 以前エドモンドが言っていたように獣人からの番認定は断るのが非常に難しいと聞く。

 確かに向こうがそういうのなら自分が番だと思うのだが、いまいちそう言った実感がない。

(何とか断れないかしら)

 漸く領主代行としての仕事が軌道に乗りかかっているこの時期に結婚、となるとここを離れるのは必須だろう。

(折角、手応えを感じ始めていたのに)

「ところで領主代行様のお父上はどちらに?」

 このままでは埒が明かないと思ったのだろう。

 リヨンが少し聞き辛そうにローズに聞いて来た。

 普通、女性が領主代行をしていると聞けばその父親が不在か、病気療養中であることがほとんどだ。

 ローズは殊更おかしいことではないという体を装って答えた。

「父でしたらタグスワースにて執務を取っておりますわ」

(さて、何と答えるのかしら?)

「それではお父上はご健在で」

「ええ。ついでに言いますと私がここでこのようなことをしているのは、私がそう望んだからですわ」


 ――女がこんなことを。

 ――家の中を纏めるのが仕事だろうが。

 ――女は子供を産んで育てていればそれでいいんだ。

  
 これまで何度もそう言った視線を受け、また中にはそう言葉をぶつけてくる者もいた。

 だが、ローズはその全てを跳ねのけた。

 生きて行くのに仕事が要るのは男性も女性も同じ。
 
 女性の方が男性よりもずっと仕事の選択肢が少ないのはおかしい。

 子供を育てるのが女性というのなら、伴侶である男性が居なくなった時のために女性が表で出来る仕事を与え、子供と自分を養えるだけの稼ぎを出来るようにすべきだ。
 
 理想論かもしれないが、ローズは曲げる気はなかった。

(場所がなければ作ればいいんだわ)

 まだ手を付けたばかりだが、孤児院の整備も始め、そこで読み書きや奉公する際の礼儀作法を学ぶことも検討している。

(ここでこの街を離れる訳にはいかない)

 内心の葛藤と戦っているとベリルがこちらを向いた。

「我が番は何か悩みがあるようだな。どれ、話なら聞くぞ」
 
 尊大な言い方に聞こえたがそこでリヨンが驚いたようにベリルを見た。

「まだ鎮静剤が効いているようですね。良かった」

「随分な言い草だな。それよりもその憂い顔は気になる。何が不味いんだ? 俺が獣人だからか? それとも他に想う相手は……居なさそうだが? 聞かせてくれないか?」

 その言葉にローズは驚いた。

 何よりもその態度に女性が領主の仕事をしているということに対する嫌悪が少しも感じ取れなかったのである。

(この人は違う?)

「分かりました。お話します」

 ローズは思い切って話すことにした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

今日で婚約者の事を嫌いになります!ハイなりました!

キムラましゅろう
恋愛
うっうっうっ…もう頑張れないっ、もう嫌。 こんな思いをするくらいなら、彼を恋する気持ちなんて捨ててしまいたい! もう嫌いになってしまいたい。 そうね、好きでいて辛いなら嫌いになればいいのよ! 婚約者の浮気(?)現場(?)を見てしまったアリス。 学園入学後から距離を感じる婚約者を追いかける事にちょっぴり疲れを感じたアリスは、彼への恋心を捨て自由に生きてやる!と決意する。 だけど結局は婚約者リュートの掌の上でゴロゴーロしているだけのような気が……しないでもない、そんなポンコツアリスの物語。 いつもながらに誤字脱字祭りになると予想されます。 お覚悟の上、お読み頂けますと幸いです。 完全ご都合展開、ノーリアリティノークオリティなお話です。 博愛主義の精神でお読みくださいませ。 小説家になろうさんにも投稿します。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

処理中です...