婚約者は体が弱いと思っていたけれど、違う理由があったようです。

神崎 ルナ

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君だけに カイルside

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 ファサード侯爵家へ帰宅したカイルは悶えていた。

「可愛い可愛いっ!! エリーゼは世界で一番可愛いっ!!」

「カイル様、お薬の時間です」

「ヴァン、今いいところなんだから邪魔しないで欲しいな」

 そうぼやく様子には先ほどエリーゼの前にいた冷静沈着な人物には全く見えなかった。

 侍従ヴァンは主の抗議をまるっと無視して薬と水の入ったコップの乗った盆を差し出した。

「どうぞ」

「……もう少し主を敬ってもいいと思わないか」

 薬を受け取りながらカイルがぶつぶつ言うが、

「敬う? 未だ運命の番様に告白のコの字も出来ていない主様を? 運命の番様と婚約したのはまあ重畳でしたが、それ以降何の進展もない主様を? 敬えと?」

「……」

「床に頽れる前に薬は飲んで下さいね、大事な鎮静剤なんですから」

「……最近、俺に対する態度が酷くないか?」

「そりゃあそうなりますよ。まだ子供だった運命の番様を見付けたのは僥倖でしたが、それ以降は激しい本能を抑えるために鎮静剤の服用が義務付けられ、きちんと番様と婚姻出来るまでには本能を抑えて告白する、とファサード侯爵様と取り決めをされていたというのに」

「……言うな」

 これは鎮静剤の副作用もあるのだろう。

 鎮静剤を服用すると滅多なことでは動じなくなる。

 すぐにでもエリーゼを浚ってしまいたくなる衝動を抑えるには打ってつけだったが、誤算も生じた。

 告白しようという気が起こらなくなったのだ。

 折角エリーゼが目の前にいるというのに、感情が凪いでいるのだ。

 本能のままに行動してしまうよりはマシだったが、運命の番エリーゼを前にして告白どころか抱き寄せようとも、何とも思わない。

 そしてエリーゼを前にすると鎮静剤の効果が切れるのが早く、少し茶を口にして二つ、三つ話題を消化したところで暇を告げなくてはならなかった。

(これでは何のために鎮静剤を服用しているのか)
 
 エリーゼには腺病質に見られたようで、毎回気を遣われてしまっていた。

 毎回薬草茶を出されるようになってしまったがうっかり否定も出来ない。

 加えて今回は更にマズい案件が生まれていた。

 俺が顔を顰めたのを見咎めたらしく、ヴァンが聞いてきた。

「どうされました? 番様と会った日にしては少々機嫌が悪く見受けられますが?」

「どこぞの馬鹿のせいでエリーゼが運命の番に忌避感を抱きそうなんだ」

 ざっと先ほど聞いた噂話をしてやる。

「それはまた――」

「全く。相手は人族なんだ。こちらの感覚が分かるはずがないじゃないか」

 取り敢えず身元を特定して――ああ、矯正施設を当たればいいか。

「カイル様。悪い顔になっていますよ」

 いろいろと思案していた俺の顔を見たヴァンが若干引いたようだったが、俺はそれには構わず、

「ん? 何のことだ? それよりもその馬鹿の特定を急がなければな」

 運命の番という美酒に酔わされた馬鹿をどう矯正してやろうか、と様々な案を考えていた。


 
 その後、もし俺に『運命の番』が現れたなら身を引く、などという明後日の方向の発言をエリーゼにされた俺が鎮静剤の効果をぶっち切ってエリーゼを抱えたまま教会へ赴き、その場で式を挙げようとしてちょっとした騒ぎになってしまうのだったが、それはまた別の話。



 勿論、俺は運命の番エリーゼと結婚し、二男一女を授かって幸せに暮らしている。

 とても幸せなのだが、長男のアベルが時々おかしな単語を覚えてくるのが少しばかり気になるところだ。

「ねぇねぇ、とー様」

「何だ?」

「とー様ってヘタレなの?」

 反射的にヴァンの方を見ると顔は澄ましているがその尻尾がぴくぴくしていた。

 基本、兎族の尻尾は癒しの象徴として人気なのだが、今の俺は全然その要素を感じなかった。

「――ヴァンッ!!」

「どうなさいましたか、カイル様? そのように慌てて? また鎮静剤が御入用でしょうか?」

「ちんせい、ざい?」

「何でもない。アベル。温室でお母様が待っているよ」

「うんっ、と―様も行こっ!!」
 
 出された小さな手を取り歩幅を合わせて歩き出す。

 まさか自分がこんなことで幸福を感じることになるとは。

 運命の番エリーゼに出会うまでは冷めた顔をしている子供だった。

(君に会えてよかった)

 
 
 きっと君以外だったらこんな結末にはなっていなかっただろう。

 だから君だけに。

 ――君のためだけに生きるよ。



                        ~~ 完 ~~



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