2 / 2
君だけに カイルside
しおりを挟む
ファサード侯爵家へ帰宅したカイルは悶えていた。
「可愛い可愛いっ!! エリーゼは世界で一番可愛いっ!!」
「カイル様、お薬の時間です」
「ヴァン、今いいところなんだから邪魔しないで欲しいな」
そうぼやく様子には先ほどエリーゼの前にいた冷静沈着な人物には全く見えなかった。
侍従は主の抗議をまるっと無視して薬と水の入った杯の乗った盆を差し出した。
「どうぞ」
「……もう少し主を敬ってもいいと思わないか」
薬を受け取りながらカイルがぶつぶつ言うが、
「敬う? 未だ運命の番様に告白のコの字も出来ていない主様を? 運命の番様と婚約したのはまあ重畳でしたが、それ以降何の進展もない主様を? 敬えと?」
「……」
「床に頽れる前に薬は飲んで下さいね、大事な鎮静剤なんですから」
「……最近、俺に対する態度が酷くないか?」
「そりゃあそうなりますよ。まだ子供だった運命の番様を見付けたのは僥倖でしたが、それ以降は激しい本能を抑えるために鎮静剤の服用が義務付けられ、きちんと番様と婚姻出来るまでには本能を抑えて告白する、とファサード侯爵様と取り決めをされていたというのに」
「……言うな」
これは鎮静剤の副作用もあるのだろう。
鎮静剤を服用すると滅多なことでは動じなくなる。
すぐにでも番を浚ってしまいたくなる衝動を抑えるには打ってつけだったが、誤算も生じた。
告白しようという気が起こらなくなったのだ。
折角エリーゼが目の前にいるというのに、感情が凪いでいるのだ。
本能のままに行動してしまうよりはマシだったが、運命の番を前にして告白どころか抱き寄せようとも、何とも思わない。
そしてエリーゼを前にすると鎮静剤の効果が切れるのが早く、少し茶を口にして二つ、三つ話題を消化したところで暇を告げなくてはならなかった。
(これでは何のために鎮静剤を服用しているのか)
エリーゼには腺病質に見られたようで、毎回気を遣われてしまっていた。
毎回薬草茶を出されるようになってしまったがうっかり否定も出来ない。
加えて今回は更にマズい案件が生まれていた。
俺が顔を顰めたのを見咎めたらしく、ヴァンが聞いてきた。
「どうされました? 番様と会った日にしては少々機嫌が悪く見受けられますが?」
「どこぞの馬鹿のせいでエリーゼが運命の番に忌避感を抱きそうなんだ」
ざっと先ほど聞いた噂話をしてやる。
「それはまた――」
「全く。相手は人族なんだ。こちらの感覚が分かるはずがないじゃないか」
取り敢えず身元を特定して――ああ、矯正施設を当たればいいか。
「カイル様。悪い顔になっていますよ」
いろいろと思案していた俺の顔を見たヴァンが若干引いたようだったが、俺はそれには構わず、
「ん? 何のことだ? それよりもその馬鹿の特定を急がなければな」
運命の番という美酒に酔わされた馬鹿をどう矯正してやろうか、と様々な案を考えていた。
その後、もし俺に『運命の番』が現れたなら身を引く、などという明後日の方向の発言をエリーゼにされた俺が鎮静剤の効果をぶっち切ってエリーゼを抱えたまま教会へ赴き、その場で式を挙げようとしてちょっとした騒ぎになってしまうのだったが、それはまた別の話。
勿論、俺は運命の番と結婚し、二男一女を授かって幸せに暮らしている。
とても幸せなのだが、長男のアベルが時々おかしな単語を覚えてくるのが少しばかり気になるところだ。
「ねぇねぇ、とー様」
「何だ?」
「とー様ってヘタレなの?」
反射的にヴァンの方を見ると顔は澄ましているがその尻尾がぴくぴくしていた。
基本、兎族の尻尾は癒しの象徴として人気なのだが、今の俺は全然その要素を感じなかった。
「――ヴァンッ!!」
「どうなさいましたか、カイル様? そのように慌てて? また鎮静剤が御入用でしょうか?」
「ちんせい、ざい?」
「何でもない。アベル。温室でお母様が待っているよ」
「うんっ、と―様も行こっ!!」
出された小さな手を取り歩幅を合わせて歩き出す。
まさか自分がこんなことで幸福を感じることになるとは。
運命の番に出会うまでは冷めた顔をしている子供だった。
(君に会えてよかった)
きっと君以外だったらこんな結末にはなっていなかっただろう。
だから君だけに。
――君のためだけに生きるよ。
~~ 完 ~~
「可愛い可愛いっ!! エリーゼは世界で一番可愛いっ!!」
「カイル様、お薬の時間です」
「ヴァン、今いいところなんだから邪魔しないで欲しいな」
そうぼやく様子には先ほどエリーゼの前にいた冷静沈着な人物には全く見えなかった。
侍従は主の抗議をまるっと無視して薬と水の入った杯の乗った盆を差し出した。
「どうぞ」
「……もう少し主を敬ってもいいと思わないか」
薬を受け取りながらカイルがぶつぶつ言うが、
「敬う? 未だ運命の番様に告白のコの字も出来ていない主様を? 運命の番様と婚約したのはまあ重畳でしたが、それ以降何の進展もない主様を? 敬えと?」
「……」
「床に頽れる前に薬は飲んで下さいね、大事な鎮静剤なんですから」
「……最近、俺に対する態度が酷くないか?」
「そりゃあそうなりますよ。まだ子供だった運命の番様を見付けたのは僥倖でしたが、それ以降は激しい本能を抑えるために鎮静剤の服用が義務付けられ、きちんと番様と婚姻出来るまでには本能を抑えて告白する、とファサード侯爵様と取り決めをされていたというのに」
「……言うな」
これは鎮静剤の副作用もあるのだろう。
鎮静剤を服用すると滅多なことでは動じなくなる。
すぐにでも番を浚ってしまいたくなる衝動を抑えるには打ってつけだったが、誤算も生じた。
告白しようという気が起こらなくなったのだ。
折角エリーゼが目の前にいるというのに、感情が凪いでいるのだ。
本能のままに行動してしまうよりはマシだったが、運命の番を前にして告白どころか抱き寄せようとも、何とも思わない。
そしてエリーゼを前にすると鎮静剤の効果が切れるのが早く、少し茶を口にして二つ、三つ話題を消化したところで暇を告げなくてはならなかった。
(これでは何のために鎮静剤を服用しているのか)
エリーゼには腺病質に見られたようで、毎回気を遣われてしまっていた。
毎回薬草茶を出されるようになってしまったがうっかり否定も出来ない。
加えて今回は更にマズい案件が生まれていた。
俺が顔を顰めたのを見咎めたらしく、ヴァンが聞いてきた。
「どうされました? 番様と会った日にしては少々機嫌が悪く見受けられますが?」
「どこぞの馬鹿のせいでエリーゼが運命の番に忌避感を抱きそうなんだ」
ざっと先ほど聞いた噂話をしてやる。
「それはまた――」
「全く。相手は人族なんだ。こちらの感覚が分かるはずがないじゃないか」
取り敢えず身元を特定して――ああ、矯正施設を当たればいいか。
「カイル様。悪い顔になっていますよ」
いろいろと思案していた俺の顔を見たヴァンが若干引いたようだったが、俺はそれには構わず、
「ん? 何のことだ? それよりもその馬鹿の特定を急がなければな」
運命の番という美酒に酔わされた馬鹿をどう矯正してやろうか、と様々な案を考えていた。
その後、もし俺に『運命の番』が現れたなら身を引く、などという明後日の方向の発言をエリーゼにされた俺が鎮静剤の効果をぶっち切ってエリーゼを抱えたまま教会へ赴き、その場で式を挙げようとしてちょっとした騒ぎになってしまうのだったが、それはまた別の話。
勿論、俺は運命の番と結婚し、二男一女を授かって幸せに暮らしている。
とても幸せなのだが、長男のアベルが時々おかしな単語を覚えてくるのが少しばかり気になるところだ。
「ねぇねぇ、とー様」
「何だ?」
「とー様ってヘタレなの?」
反射的にヴァンの方を見ると顔は澄ましているがその尻尾がぴくぴくしていた。
基本、兎族の尻尾は癒しの象徴として人気なのだが、今の俺は全然その要素を感じなかった。
「――ヴァンッ!!」
「どうなさいましたか、カイル様? そのように慌てて? また鎮静剤が御入用でしょうか?」
「ちんせい、ざい?」
「何でもない。アベル。温室でお母様が待っているよ」
「うんっ、と―様も行こっ!!」
出された小さな手を取り歩幅を合わせて歩き出す。
まさか自分がこんなことで幸福を感じることになるとは。
運命の番に出会うまでは冷めた顔をしている子供だった。
(君に会えてよかった)
きっと君以外だったらこんな結末にはなっていなかっただろう。
だから君だけに。
――君のためだけに生きるよ。
~~ 完 ~~
42
お気に入りに追加
53
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説

【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)


【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした
今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。
二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。
しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。
元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。
そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。
が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。
このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。
※ざまぁというよりは改心系です。
※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。

ある愚かな婚約破棄の結末
オレンジ方解石
恋愛
セドリック王子から婚約破棄を宣言されたアデライド。
王子の愚かさに頭を抱えるが、周囲は一斉に「アデライドが悪い」と王子の味方をして…………。
※一応ジャンルを『恋愛』に設定してありますが、甘さ控えめです。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる