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病弱な婚約者
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エリーゼの婚約者は体が弱いらしい。
カイル・ファサード侯爵子息は人族のエリーゼとは違い、銀色の獣耳を持つ狼の獣人である。
髪も銀色で瞳は翠の婚約者は非常に整った顔立ちをしていて、見ているだけでも眼福なのだが、とても腺病質らしく、お茶を共にしていても長居したことは一度もなかった。
なのでエリーゼはカイルが来るときはとても気を遣った。
お茶は体に良いと言われている薬草茶。
お茶うけの焼菓子は食べやすいように小さい物を主にして、消化に悪いと言われている木の実類は入れないように料理人には指示を出してある。
それでもカイルは長く居てくれることはなかった。
大抵口元を抑えて、
『済まないが今日はこれで失礼させて貰うよ』
と挨拶もそこそこに帰ってしまうのだ。
それでもいい、とエリーゼは思っていた。
(惚れた弱味よね)
エリーゼは茶色の髪に青い瞳の、まあ可愛いとはいえる顔立ちをしてるが、同じ世代の令嬢達と比べるとどちらかと言えば地味な方に入る。
そんなエリーゼにこの婚約話が持ち上がったのはエリーゼが7歳の時だった。
何故かファサード侯爵家の方から申し込まれてエリーゼの父親が当惑していたのを覚えている。
『ファサード侯爵家から縁談が来たんだがね、どうするエリーゼ』
伯爵がわざわざ聞いたのは相手が獣人だということも大きい。
獣人には『運命の番』というものがある。
もし一度でもその相手に出会えば他のものなど何も目に入らず、相手と番うことしか思わなくなるという。
『どうしたの? お父様』
『相手は獣人なんだよ。もし万が一、運命の番などということが起きれば人族のエリーゼでは太刀打ちできないだろう』
『運命の番?』
懇切丁寧に説明されてまだ子供だったエリーゼは無邪気に聞いたものだ。
『それじゃあ、わたしとカイル様は運命の番なのねっ!?』
その問い掛けに伯爵は慌てたように否定した。
『そんな恐ろしいことは言わないでおくれ。もし、運命の番だとしたら今こうしてここにエリーゼが居られる訳がないよ』
『お父様?』
あの時は意味が分からなかったが今なら分かる。
運命の番はそんな生易しいものではないのだから。
風の噂で聞いた話を思い返してエリーゼは微かに肩を震わせた。
「エリーゼ?」
昔のことを思い返し、ついでに余計な噂話に肩を震わせたエリーゼを婚約者が不思議そうに見つめていた。
「寒いのかい? そろそろ中へ入ろうか」
カイルの気遣いにエリーゼは首を振った。
「いいえ。大丈夫ですわ。ただちょっとした噂を思い出してしまって」
「噂?」
ちょうど気になっていたことなのだ。
ただの噂話として流してしまえばいい。
そう思ってエリーゼは話し出した。
「ええ。聞いた話なのでどこまで本当かは知らないのですけど――本当に噂ですよ」
「ああ。分かったよ。何だか随分仰々しいね」
「その、人族の令嬢を運命の番と認めた獣人がほとんど一方的に交際を迫り、断られると付き纏いを繰り返し、最後には拐わかそうとして捕まって矯正施設に入れられたとのことですわ」
人族には獣人のそういった感覚が分からない。
対して獣人側では運命の番というのは大層憧れるものらしい。
運命の番のことは絶対に邪魔してはならない、という不文律すらあると聞く。
そんな獣人達にとってこの内容は運命の番を否定するにも等しいものだったと今更ながら気付いてカイルを見ると、彼は眉を寄せていた。
「それは獣人にあるまじき行為だね。百歩譲って相手も獣人ならともかく、人族ではそういった感覚は分からないというからね」
意外な言葉が返ってきた。
エリーゼが呆気に取られていると、
「どうしたのかな?」
「いえ、少しばかり意外な感じがして」
「幾ら運命の番でも、越えてはいけない一線というものはあるからね」
そう言うカイルの瞳はとても落ち着いて見え、婚約者と一緒にいるというのに恋情めいたものは欠片も見られなかった。
(やっぱりこれは政略結婚なのね)
マラカイト伯爵家は目立つ特産品はないが、種族間の差別が生まれないよう取り計らっている。
これは領民の数が少ないため一時的な措置だったが、好評だったことと生産性が目に見えて上昇したため、現在も続行中である。
その辺りに目を付けたのだろう。
というかそうとでも思わなければ今の状況は納得がいかなかった。
(もしカイルに運命の番が現れたら――)
「そうですか」
もし、貴方に運命の番が現れたならどうするのですか、と聞きそうになったがそれを堪えてエリーゼは茶器を手に取った。
(運命の番が現れたなら、その時は――)
ひっそりと身を引く覚悟を決めていたエリーゼは知らなかった。
カイルの『運命の番』について自分が大きな勘違いをしていたということに。
そしてカイルがどこか物問いたげにエリーゼを見ていたことに。
エリーゼは気付かなかった。
カイル・ファサード侯爵子息は人族のエリーゼとは違い、銀色の獣耳を持つ狼の獣人である。
髪も銀色で瞳は翠の婚約者は非常に整った顔立ちをしていて、見ているだけでも眼福なのだが、とても腺病質らしく、お茶を共にしていても長居したことは一度もなかった。
なのでエリーゼはカイルが来るときはとても気を遣った。
お茶は体に良いと言われている薬草茶。
お茶うけの焼菓子は食べやすいように小さい物を主にして、消化に悪いと言われている木の実類は入れないように料理人には指示を出してある。
それでもカイルは長く居てくれることはなかった。
大抵口元を抑えて、
『済まないが今日はこれで失礼させて貰うよ』
と挨拶もそこそこに帰ってしまうのだ。
それでもいい、とエリーゼは思っていた。
(惚れた弱味よね)
エリーゼは茶色の髪に青い瞳の、まあ可愛いとはいえる顔立ちをしてるが、同じ世代の令嬢達と比べるとどちらかと言えば地味な方に入る。
そんなエリーゼにこの婚約話が持ち上がったのはエリーゼが7歳の時だった。
何故かファサード侯爵家の方から申し込まれてエリーゼの父親が当惑していたのを覚えている。
『ファサード侯爵家から縁談が来たんだがね、どうするエリーゼ』
伯爵がわざわざ聞いたのは相手が獣人だということも大きい。
獣人には『運命の番』というものがある。
もし一度でもその相手に出会えば他のものなど何も目に入らず、相手と番うことしか思わなくなるという。
『どうしたの? お父様』
『相手は獣人なんだよ。もし万が一、運命の番などということが起きれば人族のエリーゼでは太刀打ちできないだろう』
『運命の番?』
懇切丁寧に説明されてまだ子供だったエリーゼは無邪気に聞いたものだ。
『それじゃあ、わたしとカイル様は運命の番なのねっ!?』
その問い掛けに伯爵は慌てたように否定した。
『そんな恐ろしいことは言わないでおくれ。もし、運命の番だとしたら今こうしてここにエリーゼが居られる訳がないよ』
『お父様?』
あの時は意味が分からなかったが今なら分かる。
運命の番はそんな生易しいものではないのだから。
風の噂で聞いた話を思い返してエリーゼは微かに肩を震わせた。
「エリーゼ?」
昔のことを思い返し、ついでに余計な噂話に肩を震わせたエリーゼを婚約者が不思議そうに見つめていた。
「寒いのかい? そろそろ中へ入ろうか」
カイルの気遣いにエリーゼは首を振った。
「いいえ。大丈夫ですわ。ただちょっとした噂を思い出してしまって」
「噂?」
ちょうど気になっていたことなのだ。
ただの噂話として流してしまえばいい。
そう思ってエリーゼは話し出した。
「ええ。聞いた話なのでどこまで本当かは知らないのですけど――本当に噂ですよ」
「ああ。分かったよ。何だか随分仰々しいね」
「その、人族の令嬢を運命の番と認めた獣人がほとんど一方的に交際を迫り、断られると付き纏いを繰り返し、最後には拐わかそうとして捕まって矯正施設に入れられたとのことですわ」
人族には獣人のそういった感覚が分からない。
対して獣人側では運命の番というのは大層憧れるものらしい。
運命の番のことは絶対に邪魔してはならない、という不文律すらあると聞く。
そんな獣人達にとってこの内容は運命の番を否定するにも等しいものだったと今更ながら気付いてカイルを見ると、彼は眉を寄せていた。
「それは獣人にあるまじき行為だね。百歩譲って相手も獣人ならともかく、人族ではそういった感覚は分からないというからね」
意外な言葉が返ってきた。
エリーゼが呆気に取られていると、
「どうしたのかな?」
「いえ、少しばかり意外な感じがして」
「幾ら運命の番でも、越えてはいけない一線というものはあるからね」
そう言うカイルの瞳はとても落ち着いて見え、婚約者と一緒にいるというのに恋情めいたものは欠片も見られなかった。
(やっぱりこれは政略結婚なのね)
マラカイト伯爵家は目立つ特産品はないが、種族間の差別が生まれないよう取り計らっている。
これは領民の数が少ないため一時的な措置だったが、好評だったことと生産性が目に見えて上昇したため、現在も続行中である。
その辺りに目を付けたのだろう。
というかそうとでも思わなければ今の状況は納得がいかなかった。
(もしカイルに運命の番が現れたら――)
「そうですか」
もし、貴方に運命の番が現れたならどうするのですか、と聞きそうになったがそれを堪えてエリーゼは茶器を手に取った。
(運命の番が現れたなら、その時は――)
ひっそりと身を引く覚悟を決めていたエリーゼは知らなかった。
カイルの『運命の番』について自分が大きな勘違いをしていたということに。
そしてカイルがどこか物問いたげにエリーゼを見ていたことに。
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