婚約者は体が弱いと思っていたけれど、違う理由があったようです。

神崎 ルナ

文字の大きさ
上 下
1 / 2

病弱な婚約者

しおりを挟む
 エリーゼの婚約者は体が弱いらしい。

 カイル・ファサード侯爵子息は人族のエリーゼとは違い、銀色の獣耳を持つ狼の獣人である。
 
 髪も銀色で瞳は翠の婚約者は非常に整った顔立ちをしていて、見ているだけでも眼福なのだが、とても腺病質らしく、お茶を共にしていても長居したことは一度もなかった。

 なのでエリーゼはカイルが来るときはとても気を遣った。

 お茶は体に良いと言われている薬草茶。

 お茶うけの焼菓子は食べやすいように小さい物を主にして、消化に悪いと言われている木の実類は入れないように料理人には指示を出してある。

 それでもカイルは長く居てくれることはなかった。

 大抵口元を抑えて、

『済まないが今日はこれで失礼させて貰うよ』
 
 と挨拶もそこそこに帰ってしまうのだ。

 それでもいい、とエリーゼは思っていた。
 
(惚れた弱味よね)

 エリーゼは茶色の髪に青い瞳の、まあ可愛いとはいえる顔立ちをしてるが、同じ世代の令嬢達と比べるとどちらかと言えば地味な方に入る。

 そんなエリーゼにこの婚約話が持ち上がったのはエリーゼが7歳の時だった。

 何故かファサード侯爵家の方から申し込まれてエリーゼの父親が当惑していたのを覚えている。

『ファサード侯爵家から縁談が来たんだがね、どうするエリーゼ』

 伯爵がわざわざ聞いたのは相手が獣人だということも大きい。

 獣人には『運命の番』というものがある。

 もし一度でもその相手に出会えば他のものなど何も目に入らず、相手と番うことしか思わなくなるという。

『どうしたの? お父様』

『相手は獣人なんだよ。もし万が一、運命の番などということが起きれば人族のエリーゼでは太刀打ちできないだろう』

『運命の番?』 

 懇切丁寧に説明されてまだ子供だったエリーゼは無邪気に聞いたものだ。

『それじゃあ、わたしとカイル様は運命の番なのねっ!?』

 その問い掛けに伯爵は慌てたように否定した。

『そんな恐ろしいことは言わないでおくれ。もし、運命の番だとしたら今こうしてここにエリーゼが居られる訳がないよ』

『お父様?』

 あの時は意味が分からなかったが今なら分かる。

 運命の番はそんな生易しいものではないのだから。

 風の噂で聞いた話を思い返してエリーゼは微かに肩を震わせた。

「エリーゼ?」

 昔のことを思い返し、ついでに余計な噂話に肩を震わせたエリーゼを婚約者カイルが不思議そうに見つめていた。

「寒いのかい? そろそろ中へ入ろうか」

 カイルの気遣いにエリーゼは首を振った。

「いいえ。大丈夫ですわ。ただちょっとした噂を思い出してしまって」

「噂?」

 ちょうど気になっていたことなのだ。

 ただの噂話として流してしまえばいい。

 そう思ってエリーゼは話し出した。

「ええ。聞いた話なのでどこまで本当かは知らないのですけど――本当に噂ですよ」

「ああ。分かったよ。何だか随分仰々しいね」

「その、人族の令嬢を運命の番と認めた獣人がほとんど一方的に交際を迫り、断られると付き纏いを繰り返し、最後には拐わかそうとして捕まって矯正施設に入れられたとのことですわ」

 人族には獣人のそういった感覚が分からない。

 対して獣人側では運命の番というのは大層憧れるものらしい。

 運命の番のことは絶対に邪魔してはならない、という不文律すらあると聞く。

 そんな獣人達にとってこの内容は運命の番を否定するにも等しいものだったと今更ながら気付いてカイルを見ると、彼は眉を寄せていた。

「それは獣人にあるまじき行為だね。百歩譲って相手も獣人ならともかく、人族ではそういった感覚は分からないというからね」

 意外な言葉が返ってきた。

 エリーゼが呆気に取られていると、

「どうしたのかな?」

「いえ、少しばかり意外な感じがして」

「幾ら運命の番でも、越えてはいけない一線というものはあるからね」

 そう言うカイルの瞳はとても落ち着いて見え、婚約者と一緒にいるというのに恋情めいたものは欠片も見られなかった。

(やっぱりこれは政略結婚なのね)

 マラカイト伯爵家は目立つ特産品はないが、種族間の差別が生まれないよう取り計らっている。

 これは領民の数が少ないため一時的な措置だったが、好評だったことと生産性が目に見えて上昇したため、現在も続行中である。

 その辺りに目を付けたのだろう。

 というかそうとでも思わなければ今の状況は納得がいかなかった。

(もしカイルに運命の番が現れたら――)

「そうですか」

 もし、貴方に運命の番が現れたならどうするのですか、と聞きそうになったがそれを堪えてエリーゼは茶器を手に取った。



(運命の番が現れたなら、その時は――)

 

 ひっそりと身を引く覚悟を決めていたエリーゼは知らなかった。
 
 カイルの『運命の番』について自分が大きな勘違いをしていたということに。

 そしてカイルがどこか物問いたげにエリーゼを見ていたことに。


 エリーゼは気付かなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?! ♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

王宮勤めにも色々ありまして

あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。 そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····? おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて····· 危険です!私の後ろに! ·····あ、あれぇ? ※シャティエル王国シリーズ2作目! ※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

ある愚かな婚約破棄の結末

オレンジ方解石
恋愛
 セドリック王子から婚約破棄を宣言されたアデライド。  王子の愚かさに頭を抱えるが、周囲は一斉に「アデライドが悪い」と王子の味方をして…………。 ※一応ジャンルを『恋愛』に設定してありますが、甘さ控えめです。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

【完結】婚約破棄された私が惨めだと笑われている?馬鹿にされているのは本当に私ですか?

なか
恋愛
「俺は愛する人を見つけた、だからお前とは婚約破棄する!」 ソフィア・クラリスの婚約者である デイモンドが大勢の貴族達の前で宣言すると 周囲の雰囲気は大笑いに包まれた 彼を賞賛する声と共に 「みろ、お前の惨めな姿を馬鹿にされているぞ!!」 周囲の反応に喜んだデイモンドだったが 対するソフィアは彼に1つだけ忠告をした 「あなたはもう少し考えて人の話を聞くべきだと思います」 彼女の言葉の意味を 彼はその時は分からないままであった お気に入りして頂けると嬉しいです 何より読んでくださる事に感謝を!

処理中です...