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第13話 召喚獣の矜持

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 ――王宮での召喚術の授業。

 ロクサーヌは一発で召喚獣を呼んだ。

 四つ足の金色の毛並みをした召喚獣はロクサーヌに向かって口上を述べる。

『我は四天が一天――ベルドラド。我を呼んだのはお主か』
 
 すかさずエトワールが前へ出る。

 その様子からどうやら強力な召喚獣を呼んでしまったようだと分かる。

『お前には用がない。――ああ、お主か』

 人にはない金色の瞳がロクサーヌを捕らえた。

『ふむ。人にしては珍しく澄んだ魔力だな』

『四天殿。こちらから召喚しておいて誠に無視訳ないのですが、今回の件は突発的事態イレギュラーとしてこのままお引き取り頂くことに――』

 有り得ない異音がした。

 ロクサーヌが気付いた時には、元の位置よりかなり下がったところで床に膝を付くエトワールがいた。

『痴れ者が。人ごときが何を言う? 我を呼び出した者にしか用はないわ』

 その後が大変だった。

 矜持の高い召喚獣を何とか宥め、ロクサーヌが呼ぶまで絶対に出ない、人に危害を加えない等、考え付く限りの誓約を設け、還した頃にやっと人心地着くと、ダルロの姿はなかった。

 後になってエトワールが説明したところによると、やはりあれはかなり上位の召喚獣で、まだ魔術経験の浅いロクサーヌが呼び出すことは異例なことであり、絶対にエトワールがいないところで呼び出さないことを誓わされたのだった。

 その後、ロクサーヌの前に中型の召喚獣を呼び出して鼻高々になっていたダルロが気分を害したのは言うまでもない。



 そのためあれ以来召喚獣を呼び出したことはない。

(ベルドラドの瞳――金色だったわね)

「ううっ、撫でたいっ!!」

「だめだろ。何のための結界だよ。それに他人の召喚獣は危険だろ?」
 
 クレアの言葉にジョセフが冷静に突っ込んだ。

「召喚獣は小型のものでも元は魔物だ。呼び出した当人以外には懐くどころか触らせることもないからね。肝に銘じておきなさい」

 エトワールの言葉に皆が頷く。

 召喚獣と目が合ったロッテは冷や汗をかいていた。

 ――ひさしぶりだな。我が主よ。

 この念話はそうやら周囲には聞こえていないようで、エトワールの言葉を背景にロッテは慎重に念話に応じた。

 ――どうしてここに?

 ――何、我が主が召喚術を使うようだからの、ちと代わって貰った。

 少しロッテを責めるような感情も含まれているようだった。
 
 ――我は主の召喚獣ぞ。あのような小童などに任せられぬ。

 どうやらロッテが他の召喚獣を呼ぶことが気に入らなかったらしい。

 ――ごめんなさい。でもこの場合は仕方がなくて。

 現在は『ロッテ・ブラウン男爵令嬢』であり、元平民で魔力が殆どないと思われているロッテがベルドラドのような上位の召喚獣を呼ぶことなど有り得ないことなのだと説明すると、何とか納得してくれたようだった。

 ――致し方ないな。まあ、あ奴に我が主の伴侶となる程の資質があるようには思えなかったが、この件で婚約が解消となれば尚良しだな。

 どうやら納得してくれたようだ。

 念話が終わるまで待っていたらしいエトワールが声を掛けて来た。

「それでは召喚獣を還してくれるかな」

「分かりました」
 
 何とかベルドラドの入った召喚獣を還すと、結界が解かれ、一旦召喚陣が消去された。



 そしてエトワールの授業はその後は恙なく終わり、昼食の時間になったのだが。

「ロッテも一緒に食べよう」

 誘われたのは上位貴族以上しか入れない特別室で。

「ごめんなさい。私はそこに入る資格がありませんから無理です」

 男爵令嬢でしかないロッテでは入ることなどできるはずもない。

 当然のことを言っているだけなのだが、何故かダルロは強引に言葉を重ねた。

「今は昼休みだ。確かにここは上位貴族以上しか入れないようだが、明確な規則はない。俺が許可しているんだから大丈夫だ」

 全然大丈夫ではない。

 幾ら学園が平等を謳っていても、貴族間の序列を甘く見てはいけない。

「殿下。私の家は男爵家です。王族である殿下が序列を乱してはいけないと思います」

 そこは言わなくてはならないことなので口にしたが、ダルロはこういった格式ばったことを嫌う。

 今度こそ癇癪が爆発するかとロッテは構えたが、

「仕方ないない。それなら下へ行こう」

「――は?」

 またしても思わぬ言葉が降ってきた。

「不服か? 確か子爵や男爵、平民出身の生徒達が食べる食堂が下にあるんだ。普通なら君はそこで食べなくてはならないんだ。だけど俺は君と一緒に食事をしたい。だから俺も下の食堂へ行こうと思う」

 それはいいのだろうか。

 ロクサーヌの知識として知っているのは、これまでダルロは食堂を見渡せる中二階のテーブル席がお気に入りで、そこからよく階下の食堂を見下ろしながら食事を摂っており、護衛の下位貴族出身の令息達は数歩下がったところに控えていたこと。

 護衛の生徒達は交代で食事を摂っていたが、殆どが購買のパンを購入して時間もないため立ち食い状態だったと聞いている。

 ちなみに何故ダルロの護衛に下位貴族の令息が多いかと言えば、ダルロと同じBクラスに上位貴族で武に秀でた者がいないからである。

 護衛の性質上、やはり教室は同じ方がいい。
 
 だがダルロがいるBクラスは下位貴族が多く、中には平民の生徒の姿も見られる。

 そして今ダルロが行こうとしている食堂にはその下位貴族や平民の生徒が多く食事を摂りに来ている。

「殿下。下の食堂には子爵や男爵の令嬢令息、それに平民の生徒位しかおりません。そこに王族である殿下がお顔を見せたら、彼らが落ち着きません」

 それだけは何とか止めなければ。

 流石にそこまで言えばダルロの気分が硬化して行くのが分かる。

「ではどうすればいいのだ?」

 上の特別室へ戻って欲しい。
 
 切実な願いだが、ダルロがそれを聞くはずもない。
 
 悩んだのは一瞬だった。

「それでは今日は天気がいいですし、向こうの四阿ガゼボで昼食にしませんか?」

 ロッテとしてはそんな目立つ真似はしたくなかったのだが、下位貴族(仮)の自分が特別室に入るよりも、また下位貴族の令息令嬢で賑わっている食堂で好奇の目に晒されるのもごめんだった。

四阿ガゼボか。それもいいな」

 幸いにもダルロが同意したので持ち運びに不便のなさそうな献立を選び、四阿ガゼボのテーブルに配膳する。

 護衛の令息が頷いてくれたのを認め、ダルロの次に腰を下ろすと、

「こういうのも良いな」

 どうらや機嫌が直ったようでほっとしていると、

「済まなかったな」

 ダルロが謝罪の言葉を口にした。

 これまで聞いたことのない言葉に息が詰まりそうになりながらも何とかロッテは平静を装った。

「どういうことですか?」

 純粋に意味が分からなかったので聞くと、ダルロは小声になった。

「君は本当は平民なんだろう? それなのに俺が君のことを気に入ったから無理をいって男爵家に養女として入り、ここにこうしているんだろう?」

 確かに表面上はそうだ。

 だが、見る者が見ればロッテの所作に上位貴族のものが見え隠れしていることが分かるだろう。

 そして平民にしては手荒れのない白い手やほんの数日では出し切れない髪の艶。

(こんなに分からないものなのね)

「お気遣いありがとうございます」

 今のロッテにはそれ位しか言いようがなかった。



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