ヒロインに化けたら溺愛コースッ!? って今貴方が断罪しようとしている公爵令嬢も『私』なんですがっ!?

神崎 ルナ

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第10話 私は――ロッテです。

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 どう答えたものだろうか。

『ロクサーヌ・クライスト公爵です』

 と言うのが悪手だというのは分かっている。

 折角ダルロの態度が軟化しているのだ。

 この好機を無くしたくない。

「どうした?」

 その時焦燥するロクサーヌの耳に剣戟のような音が聞こえて来た。

 やがて扉が乱暴に開けられ、騎士達が雪崩れ込んで来た。

「ご無事ですかっ!!」

(これは――)

 やはり王族には陰ながらの護衛がいたのだろう。

 少し後から入って来たローブを被った男性が声を掛けながらロクサーヌの方を見た。

「――殿下。このようなところにわざわざ足を伸ばされなくとも。おや、君は――」

 このような荒事の場合、騎士団団長が赴いて来ると思っていたが違っていたようだ。
 
 王宮でロクサーヌは顔を会わせたことがあった。

 上級魔術師のエトワール・マヌカル。

 漆黒の髪に青い瞳の彼はまだ二十代半ばながら次々と新しい魔法理論を発表し、その実力を買われ、王宮ではロクサーヌの魔法の授業を受け持ってくれていた。

 勿論、学園でも魔法の授業はあったが、それだけでは足りない、と魔術師と相対した時の対処法など主に実践向きの事柄を教えて貰っていたのだ。

 訝しむようなエトワールの前で声色を変えたロクサーヌはダルロに向けて答えた。

「私は――ロッ、テ。ロッテです」

 そう言うと同時にマヌカルに向けて必死に首を振る。

 マヌカルはダルロの目隠しと必死なロクサーヌの姿を認めると状況を理解したのか、軽く息を吐き出した。

「殿下の縄を解いて上げてくれ。私はこのお嬢さんを連れて行く」

「はっ!!」

「待て!! エトワールッ!!」

 ダルロの慌てたような声がしたがエトワールは無視した。

「殿下はお疲れのご様子。すぐに王宮へ連れて行って差し上げてくれ」

「了解しました」

「おいっ!!」

 エトワールはダルロの言葉をなかったもののように、ロクサーヌを連れ出し、すぐ隣の部屋の扉を開けた。

 中へ入ると、

「私はここから離れられないので手短に願います。何があったのですか?」

 言葉は丁寧だったが有無を言わせないものが含まれているようだった。

 ロクサーヌはこれまでの経緯をざっと説明した。

「なので私としてはこの場には『ロクサーヌ・クライスト公爵令嬢』は居なかった、ということにしたいのです」

 聞き終えたエトワールは頭を抱えているようだった。

「それはまた何と言うか」

 反対される前に、とロクサーヌは続けた。

「お願いします。ダルロ様がこんなに穏やかに話してくれたのはこれが初めてなのです」

「それは私の一存では決められません」

 そっけない返答にロクサーヌが俯く。

「ですが。一応上の方には報告を上げておきます」

「ご配慮、感謝致します」

 その言葉だけでもロクサーヌは嬉しかった。




 そして二日後――。

 ロクサーヌは王宮に呼び出された。
 
 あの後事情聴取はされたが、ダルロとは顔を会わせていなかった。

 そしてクライスト公爵からは大きな雷を貰った。

『何故すぐに身の安全を図らなかったっ!?』

 護衛も付けていたのだがダルロの姿が目に入った際、無意識に巻いてしまったらしい。

 この件では護衛も叱責を受けたらしい。

(意外ね)

 まさか父がそこまで激怒するとは思っていなかった。

 しかも聞いているとロクサーヌの身を案じているのが分かり、却って困惑してしまう。

(私はお父様の駒じゃなかったのかしら?)

 そんなことを思いつつ案内されたのは謁見の間ではなく、応接間だった。

 王宮にしては少々手狭(それでも護衛を配置しても悠々空間に余裕がある)なそこには既に国王と王妃が待っていた。

(え、)

 普通は逆ではないのか。

 国王夫妻が先に居たことに、内心焦りながらもロクサーヌは即座にカーテシーをした。

「国王陛下、並びに王妃様にはご機嫌麗しく。クライスト公爵が娘、ロクサーヌにございます。本日はお招きにあたり、誠に恐悦至極にございます」

 現在の国王は先代と同じく平和主義路線を保っており、貴族や平民への徴兵を必要最小限に抑えているため、近年は麦の国内生産率が落ち着いてきているという。

 賢王ではないが、近隣諸国と調和を図り、国内の生産を保っている点は大いに評価できるといえる。

「面を上げよ」

 ロクサーヌがその命に従うと柔和な笑みに迎えられた。

 現王は王族にしては珍しく中庸な顔立ちをしていた。

 髪や目は金と碧だったが、他の王族に比べるとまあまあ整っている、という程度であり、特に覇気がある訳ではなく、また逆に周囲に庇護欲を沸き立たせるようなか弱げな雰囲気も持ってはいない。
 
 だが人望は厚く、宰相や側近は切れ者揃いという。

「早速で悪いが今回の件だが、クライスト公爵令嬢は愚息に名を明かしたくない、ということだったな」

 前置きもなく聞かれ、戸惑いを隠したロクサーヌが頷く。

「はい」

 国王が少し遠くへ目線を向ける。

「愚息の所業は聞き及んでいる。当初はクライスト公爵令嬢に愚息の一切を任せようと思っていたのだが、少々余るようだな」

 暗に能力不足、と言われたと思ったロクサーヌが慌てて口を開こうとした時、隣にいた王妃が扇を鳴らした。

「少しばかり意地が悪いですわ。陛下。この件に関してクライスト公爵令嬢に責を問う、というのでしたらこれまで静観していた陛下も含まれますよ」

 王妃は何人も子を産んだとは思えない程若さを保っており、一見すると夫の言うことに唯々諾々と従っているように思えるが実際は逆のようだった。

「ちょっとした趣向だ。気に障ったのなら済まなかったな」

「お分かりになればよろしいのです」

 自分は一体何を見せられているのだろう、と思ったが室内の護衛や従僕が生温い目線を向けいることから、これが日常茶飯事だとロクサーヌにも分かった。

 こほん、と場の空気を換えるように空咳をした後、国王が口を開いた。

「報告は上がっている。これまで愚息が申し訳なかった。クライスト公爵令嬢には詫びも込めて条件付きで愚息との婚約を解消させて貰いたいのだがよろしいかな」

(え?)

「陛下っ!!」

 何故か慌てたように王妃が叫んだ。

「その件は後日、宰相からクライスト公爵へ沙汰する予定では? 軽々しい言動はお控え下さい、とあれほど――」

「そう喚くな。これまでのことを鑑みるとこうした方がいいのはマデリンも分かっているだろう?」

 王妃の勢いが収まったのを認めて国王がロクサーヌを見た。

「それでクライスト公爵令嬢は異論はないか?」

「勿論にございます」

「うむ。これまでのこと誠に申し訳なかった。いつかは自分で気付くかと思っていtなおだがな。いや、これは忘れてくれ。クライスト公爵令嬢にはこちらの責として婚約の解消と次の縁談を纏めておこうと思うが、少しだけ条件を付けさせて貰えんか?」

「条件、ですか?」

 
 その条件がロクサーヌどころか、クライスト公爵家、果てはこの王国の未来を変えることになるとはその時点では誰も思わなかった。




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