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59.もやもや
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戦いにおいて勝敗を決するのは、何も兵力だけではない。
兵士達の士気も大いに影響するのだ。
「その上に、あいつらはこっちがご令嬢を送り届ける、って言っても無視して『トレニア国に捕らわれているご令嬢を救出せよっ!!』とか何とか難癖つけて、行軍してくる、ってのもありうるぜ」
(うわあ)
そんなことをされたら太刀打ちできない。
トレニア国としては、国内にストロベキア公爵令嬢がいる、というのも初耳だろうし、突然誘拐犯呼ばわりされても『は?』となるだろう。
「もし、戦になったら圧倒的に不利ですね」
「まあな」
それもあって王宮には鳩は飛ばしていないのだという。
「あいつのことだ。嬉々として乗り込んでくるだろうよ」
(それは困る)
せっかくラインが追い返したのに、と思っているとオリジンさんと目が合った。
きっとその時のあたし達は同じ目をしていたと思う。
「まあ、一刻も早く、あのご令嬢の身元が分かるといいんだけどな」
件の女性が身に付けていたのは、やはりサウス帝国の軍服によく似ているとのことだった。
だけど、困ったことに今いるメンバーは誰もストロベキア公爵令嬢の顔を知らないのだ。
辛うじて軍人についていた印章にストロベキア公爵家のものとよく似たものが見付かり、暫定的にその女性をストロベキア公爵家の令嬢として扱うことになった。
(うーん。何かまだもやもやするなあ)
落ち着かない気分を味わっていると、オリジンさんがこちらを見ていた。
「何ですか?」
「まあ、あいつにも事情があんだから大目にな?」
な? と何度も念押しをされてしまったが、
(……何?)
あたしが理解してないと分かったのだろう。
オリジンさんは業を煮やしたように、
「だからラインの奴のことだよっ!! ああいう扱いしてても、アレは緊急事態だからな!! 現に医務室にジェシカも――」
(はあああっ!!)
尚も言い募ろうとするオリジンさんを遮ってあたしは叫んだ。
「だから、違いますーっ!!」
かすかな呼吸音と共にゆっくりと瞼が開く。
白磁器のような肌、繊細な作りの美貌、そしてその瞳の色は――。
「ここは……」
(きれいな緑色、って見とれている場合じゃなかったっ!!)
あれから二日経っていた。
カサンドラ嬢はもちろん(今度こそ)、セクトルさんと帰郷し、あたしはジェシカさんと交代で、ストロベキア公爵令嬢らしき女性を看護していた。
あたしは努めて落ち着いた声を出した。
「ここはトレニア国のザイーツです。ご自分がお分かりになりますか?」
敢えてそう聞いたのは、彼女が記憶障害になっている可能性もあったから。
「私? 私は……」
そう言い掛けて身を起こそうとしたので、慌てて押し留めた。
「まだ休んでいて下さい。横になられたままで結構ですので」
彼女は軽く眉を寄せて、
「私は……ライラ・クローベル。――ストロベキア公爵家に仕えている」
(ライラさんか。公爵令嬢じゃなかったんだ)
それにしてはとても品があるけれど、きっと士官するのにもそういった品格とか必要なのだろう。
「あたしはリリーと申します。冒険者なんですけど、まだ駆け出しということもあってギルドのお手伝いもさせていただいています」
無難な答えを返すとライラさんは、
「……ザイーツ。聞き覚えがあるような――。いや、どうもこちらの地理には疎くてな。すまない」
「いいえ。そんなことないですよ。えっと、ストロベキア公爵様ってどちらの国の公爵様ですか?」
この辺はライン達と打ち合わせた時に決めたことだった。
幾ら有力な貴族といっても、他の国まで名が通っていることは稀なことであり、ダンジョン内での状況を考えると、その辺りは考慮した方がいい、ということで意見が一致したのだ。
(それにしても、軍人で魔力持ちでもあるなんて)
ラインによると例の呪符は、特定の人物の魔力を吸い取ってダンジョン内の魔物の力を増幅する、というもので、後少し救出が遅れていたら助からなかったかもしれない、とのことだった。
『その点を考えても凄い魔力量だね』
(エリートさんなのかな)
ラインが感心したように言っていたことを思い返して、再びもやもやした気分を味わっていると、
「リリー殿?」
「あっ、ごめんなさいっ!! 大丈夫なようでしたら、ギルド長にクローベルさんが起きたことを伝えてきますねっ!!」
何か入り用なものはありませんか、と尋ねると、
「いや、大丈夫だ。ギルド長もだが、こちらの皆さんにも面倒を掛けてしまったようだな」
申し訳ないと続けられた。
(凄い綺麗っ!! 憂いを帯びた表情がこんなにきれいだなんてっ!!)
そっと伏せられた睫の一本一本まで芸術品のようで。
「リリー殿?」
「じゃ、伝えてきますねっ!!」
勢いよく扉を開けて廊下へ出る。
(あたしだって……)
俯いた頬に眼鏡のツルが落ちた。
兵士達の士気も大いに影響するのだ。
「その上に、あいつらはこっちがご令嬢を送り届ける、って言っても無視して『トレニア国に捕らわれているご令嬢を救出せよっ!!』とか何とか難癖つけて、行軍してくる、ってのもありうるぜ」
(うわあ)
そんなことをされたら太刀打ちできない。
トレニア国としては、国内にストロベキア公爵令嬢がいる、というのも初耳だろうし、突然誘拐犯呼ばわりされても『は?』となるだろう。
「もし、戦になったら圧倒的に不利ですね」
「まあな」
それもあって王宮には鳩は飛ばしていないのだという。
「あいつのことだ。嬉々として乗り込んでくるだろうよ」
(それは困る)
せっかくラインが追い返したのに、と思っているとオリジンさんと目が合った。
きっとその時のあたし達は同じ目をしていたと思う。
「まあ、一刻も早く、あのご令嬢の身元が分かるといいんだけどな」
件の女性が身に付けていたのは、やはりサウス帝国の軍服によく似ているとのことだった。
だけど、困ったことに今いるメンバーは誰もストロベキア公爵令嬢の顔を知らないのだ。
辛うじて軍人についていた印章にストロベキア公爵家のものとよく似たものが見付かり、暫定的にその女性をストロベキア公爵家の令嬢として扱うことになった。
(うーん。何かまだもやもやするなあ)
落ち着かない気分を味わっていると、オリジンさんがこちらを見ていた。
「何ですか?」
「まあ、あいつにも事情があんだから大目にな?」
な? と何度も念押しをされてしまったが、
(……何?)
あたしが理解してないと分かったのだろう。
オリジンさんは業を煮やしたように、
「だからラインの奴のことだよっ!! ああいう扱いしてても、アレは緊急事態だからな!! 現に医務室にジェシカも――」
(はあああっ!!)
尚も言い募ろうとするオリジンさんを遮ってあたしは叫んだ。
「だから、違いますーっ!!」
かすかな呼吸音と共にゆっくりと瞼が開く。
白磁器のような肌、繊細な作りの美貌、そしてその瞳の色は――。
「ここは……」
(きれいな緑色、って見とれている場合じゃなかったっ!!)
あれから二日経っていた。
カサンドラ嬢はもちろん(今度こそ)、セクトルさんと帰郷し、あたしはジェシカさんと交代で、ストロベキア公爵令嬢らしき女性を看護していた。
あたしは努めて落ち着いた声を出した。
「ここはトレニア国のザイーツです。ご自分がお分かりになりますか?」
敢えてそう聞いたのは、彼女が記憶障害になっている可能性もあったから。
「私? 私は……」
そう言い掛けて身を起こそうとしたので、慌てて押し留めた。
「まだ休んでいて下さい。横になられたままで結構ですので」
彼女は軽く眉を寄せて、
「私は……ライラ・クローベル。――ストロベキア公爵家に仕えている」
(ライラさんか。公爵令嬢じゃなかったんだ)
それにしてはとても品があるけれど、きっと士官するのにもそういった品格とか必要なのだろう。
「あたしはリリーと申します。冒険者なんですけど、まだ駆け出しということもあってギルドのお手伝いもさせていただいています」
無難な答えを返すとライラさんは、
「……ザイーツ。聞き覚えがあるような――。いや、どうもこちらの地理には疎くてな。すまない」
「いいえ。そんなことないですよ。えっと、ストロベキア公爵様ってどちらの国の公爵様ですか?」
この辺はライン達と打ち合わせた時に決めたことだった。
幾ら有力な貴族といっても、他の国まで名が通っていることは稀なことであり、ダンジョン内での状況を考えると、その辺りは考慮した方がいい、ということで意見が一致したのだ。
(それにしても、軍人で魔力持ちでもあるなんて)
ラインによると例の呪符は、特定の人物の魔力を吸い取ってダンジョン内の魔物の力を増幅する、というもので、後少し救出が遅れていたら助からなかったかもしれない、とのことだった。
『その点を考えても凄い魔力量だね』
(エリートさんなのかな)
ラインが感心したように言っていたことを思い返して、再びもやもやした気分を味わっていると、
「リリー殿?」
「あっ、ごめんなさいっ!! 大丈夫なようでしたら、ギルド長にクローベルさんが起きたことを伝えてきますねっ!!」
何か入り用なものはありませんか、と尋ねると、
「いや、大丈夫だ。ギルド長もだが、こちらの皆さんにも面倒を掛けてしまったようだな」
申し訳ないと続けられた。
(凄い綺麗っ!! 憂いを帯びた表情がこんなにきれいだなんてっ!!)
そっと伏せられた睫の一本一本まで芸術品のようで。
「リリー殿?」
「じゃ、伝えてきますねっ!!」
勢いよく扉を開けて廊下へ出る。
(あたしだって……)
俯いた頬に眼鏡のツルが落ちた。
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