39 / 73
39.幕間――カタリナ・ブランシュ公爵令嬢 ②
しおりを挟む
その後、父であるブランシュ公爵も呼び出されてしまいました。
ジャクリーヌ王妃様の策はこうでした。
カタリナ・ブランシュ公爵令嬢は病に倒れ、静養のため、湖畔の館へ引きこもってしまう。
その間にリンツ様との婚約を解消させる方向へ持って行く。
今の時代、急な病は婚約解消の理由には充分なりえます。
それから、リンツ様が他の令嬢と婚姻を結んでから、私はホープ王子と挙式を挙げる。
「そう簡単に諦めてくれるでしょうか?」
父の懸念も最もだった。
何といっても私は一国の王妃となるべく教養を身に付けた身。
今のこの国の現状を見れば、欲しい駒の一つでしょう。
心の奥底で何かがちくり、と痛んだような気がしましたが、見なかったことに致します。
「それに関しては他にも手を打っておく必要がありそうですね」
会談は長く続きました。
これ以上は王妃様の評判に差し障りが出ますので、と女官長が諫めに来るまでは。
(これで良かったのでしょうか)
ジャクリーヌ王妃様が手配して下さった馬車で、湖畔の館へ向かう間も疑問は尽きませんでした。
(まるで囚人の護送だわ、などとは思ってはいけませんわ)
そんな想いに捕らわれた私の手は自然と便箋へ伸びていました。
宛名は、クリスタ・ツェルツ侯爵令嬢。
子供の頃、戯れに生み出したふたりだけの暗号を散りばめたそれは無事に届いたようで、返ってきた手紙には、私だけに分かる文字でこう綴られていました。
――ジジョウハワカッタ ムカエニイク
数日後の夜、私はその言葉通り迎えに来てくれたクリスタと数人の供(その物腰から手練れを集めてくれたと分かります)と、湖畔の館を脱け出しました。
「クリスタ、本当によろしいですの?」
「構いませんわ。この国には私もうんざりしていましたの」
ホープ王子との婚約破棄をジャクリーヌ王妃様から知らされたクリスタは、父であるツェルツ侯爵と相談し、このフリント王国を見限ることにしたのだという。
「もともとウチは先々代の王に惚れて入植した、いわば余所者ですからね。また新しい主を探すだけですわ」
この様子ですと、侯爵という身分にも何の未練もなさそうです。
何て自由な生き方なのでしょう。
もちろん苦難もあるでしょうが、周りに言われるままの私とは全く違う気概を感じます。
(それなら)
「クリスタ」
「はい? カタリナ様」
「今の私はただの逃亡者ですわ。何も持っておりません。ですが、私はもう誰の指図も受けるつもりはありません。これから先はただのカタリナとして生きて行こうと思います」
貴女もそうなのでしょう。
と続けると、クリスタはきょとん、とした後、吹き出すように笑い出しました。
「はははははっ!! まさか貴女がそれを言うなんてっ!! 悪くない、こういうの全然悪くないわ!!」
侯爵令嬢としてはかなり砕けた口調ですけれど、クリスタは時おり(私以外に他に誰もいない時は特に)このような口調になる時がありました。
それは決して嫌悪するようなものではなく、
「それではクリスタ――」
「分かりました。ご一緒しましょう。ああ、でも片付けなくてはならない案件が幾つかございますから、その後でもよろしくて?」
と片目をつぶって見せた。
「もちろん、構わなくてよ」
恐らく貴族の令嬢として話すのはこれが最後。
そんな気がしていた。
流石にこのまま出立すると大騒動になるのは目に見えていたので、ジャクリーヌ王妃様と父へお詫びの手紙を認め、クリスタに預けました。
「リンツ皇子様にはよろしいんですの?」
そう問われて、つきん、と何かが痛んだような気がしました。
「構いませんわ。たかだか一国の公爵令嬢のことなど、すぐにお忘れになられてしまうでしょうから」
「……カタリナ様」
「あら、クリスタ、そこは『カタリナ』では?」
「ふふ。そうでしたわね。ああ、そう言えば国境を越えるまでに名を変えられたほうがよろしいのでは?」
その後の打ち合わせで私は『リナ』と名乗り、クリスタの供からひとり、護衛を回して貰うことになった。
「ごめんなさいね。面倒に巻き込んでしまって」
私がそう言うと、ギルと名乗った二十代半ばと思われる青年は、
「構いませんよ。何だか面白くなりそうだし。それとリナ。その話し方では貴族とすぐにばれます。もう少し砕けた言い方をして下さい」
「あ、そうで……だったわ。それを言うならあなたもその敬語は止めて、ね」
「すみません」
「それでどこへ向……かう?」
ギルに聞かれ、少しの間思いを巡らせる。
もちろんサウス帝国へは行けない。
「少し遠回りになり…なるけど、トレニア国へ行こうと思うの」
「分かったよ。リナ」
ジャクリーヌ王妃様の策はこうでした。
カタリナ・ブランシュ公爵令嬢は病に倒れ、静養のため、湖畔の館へ引きこもってしまう。
その間にリンツ様との婚約を解消させる方向へ持って行く。
今の時代、急な病は婚約解消の理由には充分なりえます。
それから、リンツ様が他の令嬢と婚姻を結んでから、私はホープ王子と挙式を挙げる。
「そう簡単に諦めてくれるでしょうか?」
父の懸念も最もだった。
何といっても私は一国の王妃となるべく教養を身に付けた身。
今のこの国の現状を見れば、欲しい駒の一つでしょう。
心の奥底で何かがちくり、と痛んだような気がしましたが、見なかったことに致します。
「それに関しては他にも手を打っておく必要がありそうですね」
会談は長く続きました。
これ以上は王妃様の評判に差し障りが出ますので、と女官長が諫めに来るまでは。
(これで良かったのでしょうか)
ジャクリーヌ王妃様が手配して下さった馬車で、湖畔の館へ向かう間も疑問は尽きませんでした。
(まるで囚人の護送だわ、などとは思ってはいけませんわ)
そんな想いに捕らわれた私の手は自然と便箋へ伸びていました。
宛名は、クリスタ・ツェルツ侯爵令嬢。
子供の頃、戯れに生み出したふたりだけの暗号を散りばめたそれは無事に届いたようで、返ってきた手紙には、私だけに分かる文字でこう綴られていました。
――ジジョウハワカッタ ムカエニイク
数日後の夜、私はその言葉通り迎えに来てくれたクリスタと数人の供(その物腰から手練れを集めてくれたと分かります)と、湖畔の館を脱け出しました。
「クリスタ、本当によろしいですの?」
「構いませんわ。この国には私もうんざりしていましたの」
ホープ王子との婚約破棄をジャクリーヌ王妃様から知らされたクリスタは、父であるツェルツ侯爵と相談し、このフリント王国を見限ることにしたのだという。
「もともとウチは先々代の王に惚れて入植した、いわば余所者ですからね。また新しい主を探すだけですわ」
この様子ですと、侯爵という身分にも何の未練もなさそうです。
何て自由な生き方なのでしょう。
もちろん苦難もあるでしょうが、周りに言われるままの私とは全く違う気概を感じます。
(それなら)
「クリスタ」
「はい? カタリナ様」
「今の私はただの逃亡者ですわ。何も持っておりません。ですが、私はもう誰の指図も受けるつもりはありません。これから先はただのカタリナとして生きて行こうと思います」
貴女もそうなのでしょう。
と続けると、クリスタはきょとん、とした後、吹き出すように笑い出しました。
「はははははっ!! まさか貴女がそれを言うなんてっ!! 悪くない、こういうの全然悪くないわ!!」
侯爵令嬢としてはかなり砕けた口調ですけれど、クリスタは時おり(私以外に他に誰もいない時は特に)このような口調になる時がありました。
それは決して嫌悪するようなものではなく、
「それではクリスタ――」
「分かりました。ご一緒しましょう。ああ、でも片付けなくてはならない案件が幾つかございますから、その後でもよろしくて?」
と片目をつぶって見せた。
「もちろん、構わなくてよ」
恐らく貴族の令嬢として話すのはこれが最後。
そんな気がしていた。
流石にこのまま出立すると大騒動になるのは目に見えていたので、ジャクリーヌ王妃様と父へお詫びの手紙を認め、クリスタに預けました。
「リンツ皇子様にはよろしいんですの?」
そう問われて、つきん、と何かが痛んだような気がしました。
「構いませんわ。たかだか一国の公爵令嬢のことなど、すぐにお忘れになられてしまうでしょうから」
「……カタリナ様」
「あら、クリスタ、そこは『カタリナ』では?」
「ふふ。そうでしたわね。ああ、そう言えば国境を越えるまでに名を変えられたほうがよろしいのでは?」
その後の打ち合わせで私は『リナ』と名乗り、クリスタの供からひとり、護衛を回して貰うことになった。
「ごめんなさいね。面倒に巻き込んでしまって」
私がそう言うと、ギルと名乗った二十代半ばと思われる青年は、
「構いませんよ。何だか面白くなりそうだし。それとリナ。その話し方では貴族とすぐにばれます。もう少し砕けた言い方をして下さい」
「あ、そうで……だったわ。それを言うならあなたもその敬語は止めて、ね」
「すみません」
「それでどこへ向……かう?」
ギルに聞かれ、少しの間思いを巡らせる。
もちろんサウス帝国へは行けない。
「少し遠回りになり…なるけど、トレニア国へ行こうと思うの」
「分かったよ。リナ」
0
お気に入りに追加
218
あなたにおすすめの小説
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
ナイナイ尽くしの異世界転生◆翌日から始めるDIY生活◆
ナユタ
ファンタジー
見知らぬ子供を助けて呆気なく死んだ苦労人、真凛。
彼女はやる気の感じられない神様(中間管理職)の手によって転生。
しかし生涯獲得金額とやらのポイントが全く足りず、
適当なオプション(スマホ使用可)という限定的な力と、
守護精霊という名のハツカネズミをお供に放り出された。
所持金、寝床、身分なし。
稼いで、使って、幸せになりたい(願望)。
ナイナイ尽くしの一人と一匹の
ゼロから始まる強制的なシンプル&スローライフ。
元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。
つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。
そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。
勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。
始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。
だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。
これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。
※他サイトでも公開
悪役に転生したけどチートスキルで生き残ります!
神無月
ファンタジー
学園物語の乙女ゲーム、その悪役に転生した。
この世界では、あらゆる人が様々な神から加護と、その神にまつわるスキルを授かっていて、俺が転生した悪役貴族も同様に加護を獲得していたが、世の中で疎まれる闇神の加護だった。
しかし、転生後に見た神の加護は闇神ではなく、しかも複数の神から加護を授かっていた。
俺はこの加護を使い、どのルートでも死亡するBADENDを回避したい!
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。
光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。
ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…!
8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。
同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。
実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。
恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。
自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる