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39.幕間――カタリナ・ブランシュ公爵令嬢 ②

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その後、父であるブランシュ公爵も呼び出されてしまいました。


ジャクリーヌ王妃様の策はこうでした。


カタリナ・ブランシュ公爵令嬢は病に倒れ、静養のため、湖畔の館へ引きこもってしまう。


その間にリンツ様との婚約を解消させる方向へ持って行く。


今の時代、急な病は婚約解消の理由には充分なりえます。


それから、リンツ様が他の令嬢と婚姻を結んでから、私はホープ王子と挙式を挙げる。


「そう簡単に諦めてくれるでしょうか?」


父の懸念も最もだった。


何といっても私は一国の王妃となるべく教養を身に付けた身。


今のこの国の現状を見れば、欲しい駒の一つでしょう。


心の奥底で何かがちくり、と痛んだような気がしましたが、見なかったことに致します。


「それに関しては他にも手を打っておく必要がありそうですね」


会談は長く続きました。


これ以上は王妃様の評判に差し障りが出ますので、と女官長が諫めに来るまでは。




(これで良かったのでしょうか)


ジャクリーヌ王妃様が手配して下さった馬車で、湖畔の館へ向かう間も疑問は尽きませんでした。


(まるで囚人の護送だわ、などとは思ってはいけませんわ)


そんな想いに捕らわれた私の手は自然と便箋へ伸びていました。


宛名は、クリスタ・ツェルツ侯爵令嬢。


子供の頃、たわむれに生み出したふたりだけの暗号を散りばめたそれは無事に届いたようで、返ってきた手紙には、私だけに分かる文字でこうつづられていました。




――ジジョウハワカッタ ムカエニイク




数日後の夜、私はその言葉通り迎えに来てくれたクリスタと数人の供(その物腰から手練れを集めてくれたと分かります)と、湖畔の館を脱け出しました。


「クリスタ、本当によろしいですの?」

「構いませんわ。この国には私もうんざりしていましたの」


ホープ王子との婚約破棄をジャクリーヌ王妃様から知らされたクリスタは、父であるツェルツ侯爵と相談し、このフリント王国を見限ることにしたのだという。


「もともとウチは先々代の王に惚れて入植した、いわば余所者ですからね。また新しい主を探すだけですわ」

この様子ですと、侯爵という身分にも何の未練もなさそうです。


何て自由な生き方なのでしょう。


もちろん苦難もあるでしょうが、周りに言われるままの私とは全く違う気概きがいを感じます。

(それなら)


「クリスタ」

「はい? カタリナ様」


「今の私はただの逃亡者ですわ。何も持っておりません。ですが、私はもう誰の指図も受けるつもりはありません。これから先はただのカタリナとして生きて行こうと思います」


貴女もそうなのでしょう。


と続けると、クリスタはきょとん、とした後、吹き出すように笑い出しました。


「はははははっ!! まさか貴女がそれを言うなんてっ!! 悪くない、こういうの全然悪くないわ!!」


侯爵令嬢としてはかなり砕けた口調ですけれど、クリスタは時おり(私以外に他に誰もいない時は特に)このような口調になる時がありました。


それは決して嫌悪するようなものではなく、


「それではクリスタ――」

「分かりました。ご一緒しましょう。ああ、でも片付けなくてはならない案件が幾つかございますから、その後でもよろしくて?」


と片目をつぶって見せた。


「もちろん、構わなくてよ」


恐らく貴族の令嬢として話すのはこれが最後。



そんな気がしていた。




流石にこのまま出立すると大騒動になるのは目に見えていたので、ジャクリーヌ王妃様と父へお詫びの手紙をしたため、クリスタに預けました。


「リンツ皇子様にはよろしいんですの?」


そう問われて、つきん、と何かが痛んだような気がしました。


「構いませんわ。たかだか一国の公爵令嬢のことなど、すぐにお忘れになられてしまうでしょうから」


「……カタリナ様」


「あら、クリスタ、そこは『カタリナ』では?」


「ふふ。そうでしたわね。ああ、そう言えば国境を越えるまでに名を変えられたほうがよろしいのでは?」


その後の打ち合わせで私は『リナ』と名乗り、クリスタの供からひとり、護衛を回して貰うことになった。


「ごめんなさいね。面倒に巻き込んでしまって」


私がそう言うと、ギルと名乗った二十代半ばと思われる青年は、


「構いませんよ。何だか面白くなりそうだし。それとリナ。その話し方では貴族とすぐにばれます。もう少し砕けた言い方をして下さい」


「あ、そうで……だったわ。それを言うならあなたもその敬語は止めて、ね」


「すみません」




「それでどこへ向……かう?」

ギルに聞かれ、少しの間思いを巡らせる。


もちろんサウス帝国へは行けない。


「少し遠回りになり…なるけど、トレニア国へ行こうと思うの」


「分かったよ。リナ」


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