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36.赤毛の王と湖畔の姫

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「「……」」



「うわあああっ!! 今のなしっ!! テイク2でっ!!」

「テイク2、って君ねぇ」


(あ、意味通じてるやん)

非常に気まずい空気のまま、オハナシアイ()が始まってしまった。


「うん。そうだね。俺も君と同じようにこことは違う世界の記憶を持っている」


「つまり」


「転生者だね」


ラインによると記憶が戻ったのはミューゼン家でお家騒動があった時で、ラインはその時、領地に隅に建てられた塔に、その瞳の色が原因で隔離されていたらしい。


「まあ元々『ラインハルト・ミューゼン』は、この話の中でも端役中の端役で、あっという間に消えていくから最初は焦ったけどね」


(何か、今さらっととんでもない発言聞いたような)


「え、この話って?」


(乙女ゲームの『蒼穹に輝く君へ』じゃないのっ!?)


「うーん、『トレニア戦記』って小説、聞いたことないかな? 何度か映像化もされてるんだけど」


「……知らないです」


(そんな小説あったっけ?)


必死に頭の中をこねくり回していると、



「全二十六巻で舞台にもなっているけど。主人公はもちろんあのレキシコン王で、物語の前半は相棒の女性と各地を回って家臣を増やしたり、悪徳領主をやっつけたりする痛快なストーリーなんだけどね」



「それなら『赤毛の王と湖畔の姫』かな? 確かイチから国を作り直して行く王様と、それを助ける金髪碧眼の美女が活躍する、っていう……こちらではマンガだったけど」


そう言えばその王様の名前もレンだった気がする。

そう答えるとラインは軽く腕を組んで考え込んだ。


「ということは、お互いが違う世界からここへ転生した、ってことでいいのかな。じゃあ君がとあるゲームのヒロインだという自覚はある?」


「ありますよ。イヤというほど」

「そこ、遠い目にならない」


時おり遠い目になりながら、お互いの記憶を擦り合わせていくと、多少の祖語はあるものの、内容はほとんど同じだった。


「成る程ね」

ラインがどこか納得したように頷いた。


「道理であのヒロインにしては常識人だと思ったよ。……ごく一部を除くけどね」


「ごく一部って……」


含み笑い(それも絵になるイケメン……)をしてラインが言ってくれた。


「気になるんだろう? 教えようか、だ〇の素の作り方」



「ゴメンナサイッ!! それは忘れて下さいっ!!」




そんな感じで大体のことは分かったけど、それでもまだ分からないことがある。


「でもそれじゃあ何で話してくれなかったんですか?」


最初から転生者だと話してくれたら、こんなに悩まなくて済んだのに。


じと目になりながら聞くと、


「それはね、俺がやりすぎたから」


何かを思い出すようにラインが言った。

その表情には、後悔の念も含まれているように見え、あたしが言葉の接ぎ穂を失っていると、


「この小説は昔からとても好きだったからね。いろいろと流れを変えてしまったんだ」

その瞳は先ほどより暗く、淀みさえあるようで。


「あの、ライン」

「戦記、と謳うだけあってこのトレニア国では亡くなる人がたくさんいたんだよ。中でもレキシコン王の後見人ブリューゲルト伯爵。彼はレキシコン王の父親代わりもしていて、この国とってもなくてはならない存在だった。だけど彼はあの混乱の中、レキシコン王を庇って亡くなってしまう。他にも、レキシコン王の助けとなる幼馴染みの青年や、王位に就いてから友人となる公爵家の嫡男など、挙げればきりがないよ」


どんどん暗くなっていくラインの表情に耐え切れなくなり、


「それっていい事なんじゃ」


「本当にそう思うのかい?」


更に暗さを増したラインの瞳があたしを写していた。


ゲームや小説の世界へ転生してしまった者がまず最初に思うのが『推しの救済』。


誰だってお気に入りの人物がひどい目に遭う姿は見たくない。


だから、救済は悪いことではない。


――本当にそうだろうか。



「王を助け、後に彼の伴侶、王妃となる人物のことは覚えてるよね?」


「もちろん。あたしのいた世界では、金の髪に鋭い青の瞳の輝かんばかりの美貌なのに、その仕草や振る舞いが男っぽくてそのギャップが人気が……どうしたの?」


「その美貌の相棒の名前、君のところではどうなってる?」


「確か、カサンドラ……え?」


――カサンドラ・フローズン。


突然、頭の中を突き刺すように走った名前にあたしが硬直していると、


「そう。カサンドラ・フローズン公爵令嬢。最初の頃はいがみ合っていたけれど、即位までの困難な時期を共に過ごすことで、互いに成長し、最後にはこの国の王と王妃として、国の行く末を見守ることになっていた」



(ええー)


あたしは先ほどのカサンドラ嬢を思い出し、頭の中でぶんぶんと首を振った。



(いや、ほとんど別人やん)


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