この想いは届かない

神崎 ルナ

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闇に生きるものは当然昼間は活動を止める。


『我が主』もその例に漏れず、陽が辺りを染める頃には地下に特別に設えた部屋で眠りにつく。




(やっぱり……)


分かってはいたが、誰もいない寝台にひとり残されるのは辛かった。


寝台から体を起こそうとすると体の奥が甘く疼き、思わず敷布を握りしめた。


行為の名残りに悩まされるのもいつものことなのだが。


(慣れない……)


甘噛みされた箇所から昨夜の記憶が蘇り、体を動かすのに暫くかかった。


そうやってようやく身を起こすと、後始末がほとんど終わっていることに気付かされる。


(あの人形達か……)


この館は広い。


幾ら俺が我が主から力を分けて貰っているとはいえ、ひとりで全てを切り盛りするのは不可能だ。


等身大のそれらは木や布で作られ、そこに我が主の魔力を加えて完成となる。


一見しただけでは人間と大差ない人形は我が主の魔力にしか反応しない。


(だから俺も魔力を分けて貰ったんだが)


再び夜の行為を思い返してしまい、体が反応してしまう。


(落ち着け、俺)


魔力を分けて貰うには何通りか方法があるらしいが、我が主は『この方が効率的だ』とそれ以外の方法を試してくれなかった。


前述したように彼らの食事は人間の血なのだが、噛みつかれた側の人間は酷い『飢餓』状態になる。


おもに夜の方面での。


恐らく彼らの牙か唾液に媚薬に似た成分でも含まれていたのだろうが、ただの村人だった俺にはその辺りはさっぱりだ。





男の(しかもごく普通の容姿の)俺なんか抱いて何が楽しいのか尋ねてみたことがある。


『お前の心臓の音は心地よい』


しごく楽しそうな声音だったけれど、そのくらいならどこにでもいるだろう。


(ただの処理か)


人外の生き物でもそういった欲はあるのだろう。



期待してはいけない。


俺は昔から一言多いらしい。


『あんたは黙ってなさい!!』


『余計なことは言うんじゃないっ!!』


『黙って頷いていればいいんだよ』


幼いころはそんなふうに怒鳴られるのが常だった。


(あの時もそうだったな)


思ったことをそのまま口に出して両親に怒鳴られて迷い込んだ森の奥。


普段なら絶対近付かないそこにまだ小さかった俺は迷い込み、そこで会ったんだ。


『迷い子か。いや……』


泥と落ち葉にまみれた俺を認めてひとりごちる存在が人ではないことはすぐに分かった。


(きれいすぎる……)



木々の影が落ちて濃くなった金の髪も、繊細な影を落とす睫に縁取られた青の瞳も、絶妙な均衡が保たれた美貌も、只人が纏うには難しいものばかりで。



声で男性だと分かってはいたが、それでも当時の俺にはとても眩しく映り、つい言葉が漏れた。



『きれい……』


目の前の玲瓏たる美貌の持ち主は驚いたように目を見開いた後、笑みを作ったようだった。


『我に堂々とそう言った人間はお前が始めてだな』


どこか楽しげに俺の顔へ触れ、


『まだ早いか。まあ急がなくてもよい。次、我に会ったら、名を呼ぶことを許そう。我が名は……』


いずれ迎えにくる、そんなことを言って消えた美貌の相手をただ待ち続けて。



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