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11:魔法使いになりたかった
しおりを挟む混んできたたためお店の外に出たリーリエとジェレミーは、夕焼けに染まる公園のベンチに座って広場にいる大道芸人とその周りを取り囲む人たちを眺めていた。
広場にいる人たちは大道芸人に夢中で、ローブを被ったリーリエ達を気にもとめない。
誰かの視線も悪意のある声も聞こえない。
こんなに穏やかな時間はいつぶりだろう。
何かをしようでもなく、ただただ時間が過ぎていく穏やかなこの時間がリーリエは特別に思えた。
「魔法にはたくさんの使い方がある。攻撃魔法のような派手な魔法だけが魔法じゃない。グレゴリーさんみたいに付与魔法を使ってお菓子を作る人は珍しいけれど、目立たないだけで僕たちの生活には魔法が溢れている」
ジェレミーの言葉にグレゴリーの肉体美と魔法が織りなす光景を思い出し、リーリエは思わず笑みを浮かべる。
「魔法には無限の可能性があるのね。熱々になるだけであんなにもアップルパイが美味しくなるなんて知らなかった……。魔法一つでこんなにも感動するのははじめてだわ。世界で一番美味しいアップルパイはグレゴリーさんのアップルパイで決定ね」
「グレゴリーさんが聞くと喜ぶよ。お店を開くのは彼の夢だったから」
宮廷魔法使いになるのは簡単なことじゃない。
未来を約束された宮廷魔法使いを辞めてまで叶えたかった夢……。
おとぎ話に出てきそうな可愛いらしいお店が、グレゴリーさんの夢を具現化したお城だと知ると、リーリエにはより一層お店が輝いて見える気がした。
「グレゴリーさんの夢を共有できるなんて素敵ね。お土産も買ったし、はやくジャスミンにも教えてあげないと。冷めたままでも美味しいと聞いたからジャスミンと食べるのが楽しみだわ。なにより、グレゴリーさんがとても素敵な人で。また会えるかしら……」
「もちろん会えるよ。また行こう。季節によって限定商品があるんだ。リーリエに食べて欲しいものたくさんある」
「まだまだグレゴリーさんの魔法を体験できるのね。楽しみだわ」
限定商品がどんな物なのか、次はどんな魔法が見れるのかグレゴリーの魔法に夢中のリーリエは、ジェレミーと次も一緒行く約束をしたことに気がついていない。
メガネの奥の瞳を輝かせるリーリエを、ジェレミーは優しい瞳で見ている。
遠くで大道芸人が操るシャボン玉が夕焼けを反射して、真珠のように美しく幻想的な輝きを放っている。
「魔法はとても美しいのね……」
思わず漏れた声を聞き逃すことなく、ジェレミーはリーリエにたずねる。
「リーリエはもっと色んな魔法を使いたいとは思わない?」
「色んな魔法?」
リーリエが使える魔法は手のひらに小さな光を出す魔法。
どんなに小さな光でも自分がどこに立っているのか。どこに向かえばいいのか照らすには十分な光。
「さっき言った通り魔法にはたくさんの魔法がある。グレゴリーさんが使っていたような付与魔法。他には攻撃魔法、防御魔法、生活魔法。使える人は限られているけど、テレポートは便利な魔法だ。魔法を独学で勉強してた程だ。リーリエには才能があると思うんだけど」
「攻撃魔法はダメ。人を傷つけるもの……」
ジェレミーの言葉にそう言ったきり、リーリエは膝上でギュッと握られた手を見つめ沈黙する。
「きゃーー」と騒ぐ子供たちの声に顔を上げ、広場でシャボン玉を自由自在に操る大道芸人を見つめるリーリエの瞳は、どこか悲しみを帯びている。
リーリエは魔法使いになりたかった。
リーリエの家はワイン畑の管理のため、魔法使いがよく出入りする家だった。
魔法が身近にあったリーリエは庭に咲くバラを美しいと思うように、魔法使いになりたいと思うのはごく自然のことだった。
リーリエの小さな友人である精霊は、リーリエだけに特別な魔法を見せてくれた。
小さな雨雲を作ったかと思うと虹を掛けてみたり。はじめて見る精霊の魔法にリーリエは夢中になった。
そして、ある日事件は起こった。
宮殿でパーティーが開催された日。
リーリエは魔法で打ち上げられる花火を美しいと思った。
そして、自分もやってみたいと思ってしまった。
燃え上がる宮殿。
宮殿に響き渡る逃げまどう人たちの悲鳴。意志を持ったかのように蠢く炎。肌を焼く熱気。朦朧とする意識。
リーリエが最後に見たのは、炎の真ん中に倒れるアイヴァン。
意識を失ったリーリエが目覚めると全てが終わった後だった。
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