上 下
239 / 260

シャーリー可愛い

しおりを挟む
彼女の手の感触は、俺の脳を沸騰させ、泡立たせる。脳の中が生クリームの八部立てみたいだ。ミキサーでかき混ぜられた脳内には、柔らかなツノが立っている。
柔らかくて男性のものとは違う感触。ふわふわしていて、肌から温度が伝播する。濃厚な暖かさが俺の右手を舐める。右手から何かを流し込まれているような気分だ。気持ちがいい。
背中をポカポカしたものが這いずってくる。うなじをなめて、首筋を通り抜ける。足元から登ってきたのは快楽だった。爪先から頭の天辺まで快楽の海にどっぷりと浸かったみたいだ。
全身は快楽の渦に飲み込まれて、快感から逃れられなくなってしまった。快楽の牢獄は俺を捕らえて離さない。もう一生ここから出られない。
今、俺は人生のピークに立っている。もう死んでもいい。

洞窟内を二人分の足音だけが進んでいく。世界中の時が止まったみたいだ。硬い沈黙を足音が砕く。
時折聞こえる弾んだ息遣いが俺の心を猛らせる。
(あああ。女の子の手だ! やった! 女の子の手を握っちゃっている! めっさ嬉しい)
仄暗い洞窟内のムードは最高潮に達した。色とりどりの光のみぞれが幾度も壁に反射する。二度、三度、壁にぶつかった光は、間接照明のような役割を果たす。
(俺は何もしていないのに、ムードだけが自動的に良くなっていく。この世界……できる!)
洞窟内には、フレグランスのようなものも香っている。鼻を撫でる香りは、春の野の香りだ。脳内から汚れと緊張を拭き取ってくれる。リラックスする脳味噌と、対照的に、心臓だけが激しくバクついて興奮していく。
ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン――
俺はかつて竜王と戦った時のことを思い出した。あの時も興奮した。全身からアドレナリンなどのストレスホルモンがドバドバ流れ出て、心臓が破裂しそうになった。
今は、あの時の一京倍興奮している。身体中の毛穴から汗が噴き出て、脳は音を立てて爆発している。心臓はすごい勢いで拡張と収縮を繰り返す。
(はええー。女の子の手ってものすごくぷにぷにしていて、はええー)
俺は弾む心臓音が聞こえないように、必死で抑える。だけど、隠しきれない鼓動音が洞窟内に滲む。
(やべえ。手を握っただけでこんなに興奮しているのがバレる……!)
だが、激しく歌う鼓動の中に、一際優しい鼓動も混じっている。
ドクンドクンドクントクットクッ――
(ん? なんだこれ?)
俺の心臓音とは違う音。ひとまわり小さくて、可愛らしい。この音は俺の心音と互い違いに、脈を打つ。まるで、刹那の沈黙ですら音で埋めたがっているみたいだ。
(え? もしかしてシャーリーの心音? シャーリーも俺と同じように興奮しているってことか? もしそうなら死んでもいい! 死んでもいい! マジで死んでもいい!)
シャーリーは、こちらを向くことなく。
「私の心音が聞こえちゃいましたか? 恥ずかしいです……」
ブシュウウウウウウ!
俺は嬉しさのあまり、鼻血を大量に撒き散らした。俺は、死んでしまった。

「あの……大丈夫ですか? しっかりしてください!」
目を覚ますと、心配そうなシャーリーが俺の顔を覗き込む。
(死んでもいいって思ったけど、まさか本当に死ぬとは……)
「俺どうなっちゃったの?」
「鼻血出しすぎで、失血死しました」
「まじか……ってかどうやって蘇生させてくれたの?」
「もちろん人工呼吸です」
ブシュウウウウウウ!
俺は、死んでしまった。

「あの……しっかりしてください!」
目を覚ますと、再びさっきと同じ光景。俺を覗き込むシャーリーの顔が見える。
「いてて、俺また死んじゃったみたいだね」
「はい! でも何回でも人工呼吸するので、心置きなく死んでください!」
「言い方こわっ! でも、そう何度もお世話になるわけにもいかないし――っていうか俺はどういう状況なんだ?」
「膝枕させてもらっています!」
ブシュウウウウウウ!
俺は、死んでしまった。

「あの……何回死ぬんですかっ!」
「ごめん。ごめん。膝枕までしれくれるなんて感激だよ。っていうかさっきストッキング履いていたよね?」
「ええ。ですが異世界転生された方を蘇生させる場合は、人工呼吸と生足膝枕が必須なんです。だからわざわざ脱いだんです……!」
ブシュウウウウウウ!
俺は、死ん――
「ちょっと待って! この数分間で何回死ぬつもりですかっ? 流石に体に悪いですよ? もう死なないでくださいよ!」
「それもそうだな。死んで生き返ってを三セットはやりすぎだな……そろそろデートに戻ろうか?」
「やだっ! このまま膝枕していたい!」
ブシュウウウウウウ!
俺は、死んでしまった。

「あの……言っていることをやっていることが違うんですが……」
「だってケンの寝顔が可愛いんだもんっ!」
ブシュウウウウウウ!
俺は、死ん――
「死んでたまるかっ! めっちゃ嬉しいけど、寝顔じゃなくて死体の無表情だから!」
俺は膝枕状態で喚いた。頭に伝わってくる彼女の生足の温度は、とても柔らかく気持ちの良いものだった。
「ケンが素敵だったから。つい……ごめんなさい。じゃあ膝枕はやめてにして、そろそろ――」
ブシュウウウウウウ!
俺は、自殺した。

「ケン! なんでいきなり舌を噛み切って自殺したの? っていうか鼻血を撒き散らしすぎて血溜まりができているんだけど……」
「いや、もうちょっとだけ膝枕して欲しいなって思って、気付いたら死んでたっ!」
「も、もーう。そんなこと言われたら、嬉しいじゃない。それならもうちょっとだけ膝枕してあげます」
「わーい」
「だけど、ほんのちょっこーっとだけだからね!」

そして、丸三日が経った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

転生して異世界の第7王子に生まれ変わったが、魔力が0で無能者と言われ、僻地に追放されたので自由に生きる。

黒ハット
ファンタジー
ヤクザだった大宅宗一35歳は死んで記憶を持ったまま異世界の第7王子に転生する。魔力が0で魔法を使えないので、無能者と言われて王族の籍を抜かれ僻地の領主に追放される。魔法を使える事が分かって2回目の人生は前世の知識と魔法を使って領地を発展させながら自由に生きるつもりだったが、波乱万丈の人生を送る事になる

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

転移先では望みのままに〜神族を助け異世界へ 従魔と歩む異世界生活〜 

荘助
ファンタジー
神からの問いかけは『どんな生き方を望むか』その問いに答え隆也は、その生き方に相応しい能力を貰い転移する。 自由に生きよ!神様から言われた通り、自由に生きる為隆也は能力を生かし望みままに生きていく。

武田信玄Reローデッド~チートスキル『ネット通販風林火山』で、現代の物をお取り寄せ無双して、滅亡する武田家の運命をチェンジ!

武蔵野純平
ファンタジー
第3回まんが王国コミカライズコンテストにて優秀賞を受賞しました! 応援感謝です! 戦国時代をモチーフにした和風の異世界ファンタジー! 平凡なサラリーマンだった男は、若き日の武田信玄――十四歳の少年、武田太郎に転生した。戦国最強の騎馬軍団を率いる武田家は、織田信長や徳川家康ですら恐れた大名家だ。だが、武田信玄の死後、武田家は滅亡する運命にある。 武田太郎は、転生時神様に貰ったチートスキル『ネット通販風林火山』を使って、現代日本のアイテムを戦国時代に持ち込む。通販アイテムを、内政、戦争に生かすうちに、少しずつ歴史が変わり出す。 武田家の運命を変えられるのか? 史実の武田信玄が夢見た上洛を果すのか? タイトル変更しました! 旧タイトル:転生! 風林火山!~武田信玄に転生したので、ネット通販と現代知識でチート! ※この小説はフィクションです。 本作はモデルとして天文三年初夏からの戦国時代を題材にしておりますが、日本とは別の異世界の話しとして書き進めています。 史実と違う点がありますが、ご了承下さい。

処理中です...