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【第三話】最後のオチ
しおりを挟む◆◆◆【視点変更 えっちなお姉さん視点】
ここはどこだろう?
どこかの廃墟の中だろうか?
殺人鬼は、私に麻袋を被せると、パイプ椅子に縛りつけた。
「さあお嬢ちゃんのヒーローは来るかなぁああああ? 間に合うといいなああああ? タイムリミットは深夜〇時だぁ。その時間まであの坊やが来なかったらどうなるかはわかるなあああああ?」
優しそうな表情の殺人鬼は、私の耳元でそういった。
私は勇気を振り絞り、
「私を○○○する気?」
「もちろん! お嬢ちゃんはまだ処女かな?」
私はその卑猥な質問に対し、黙りこくる。
「…………」
「その反応、処女の反応だなあああ? 処女っていうのはいいよなあ? 童貞は、馬鹿にされるのに、処女は崇められる。これって不公平だよなあああ? 男女差別をなくすためにもお嬢ちゃんは今日で処女とはバイバイだぁ」
「お願い、こんなことやめてよ……」
「くっくっく。でも安心しろ、処女は処女でもこ○も○の処女をもらおうかなぁ? な? そっちの方がいいな?」
私の体はかつてないほどの恐怖に包まれていた。
(怖い怖い怖い怖い怖い……)
「殺してから犯されたいかな? それとも犯してから殺されたいのかな? まさかまさか犯した後殺されて、そのまた後で犯されるのかな?」
私は、恐怖のあまり目尻から涙が溢れた。麻布に涙のシミが浮き上がる。
そして、心の中で祈った。
(お願い助けて!)
その時だった――
勢いよくドアが開く音がした。
そして、聴き慣れた声が部屋に響いた。
「お姉さん! 間に合ったよ!」
彼は、私の小さなヒーローは約束を守ってくれた。
【第四章 決着?】
◇◇◇【視点変更 主人公視点】
俺は街の廃校になった小学校に来た。
こうもんで数名の大人に話しかける。
「じゃあみなさん俺が囮になります。あとは手筈通りに!」
俺は殺人鬼を取り押さえるための最後の作戦を立てると、こうもんを通り学校に入っていった。
ここは殺人鬼がかつて通っていた小学校だ。暗号が指し示していたのは一年四組のクラスルームだった。
俺が教室のドアを勢いよく開くと、そこにはパイプ椅子に縛られたお姉さんがいた。頭には麻袋のようなものを被せられている。
「お姉さん! 間に合ったよ!」
「んんーっ! んーっ!」
どうやら猿轡をはめられているらしい。お姉さんは、くぐもった声を荒げている。
お姉さんの隣には殺人鬼がいた。
殺人鬼は思ったよりもかなり年上だった。
目尻にはシワがあり、髪は真っ白。肌にはシミがいくつも浮かんでいる。
口元は常に半笑いで、愛想のいい表情をしている。
だが優しそうな顔が、俺にはとても不気味に見えた。
この殺人鬼は俺とどこかで会ったことがある人物のはずだ。
そして、俺はこの顔に見覚えがある。
だがどこで会ったのか思い出せない。
俺は大きく息を吸い込むと、
「お姉さんを離せ!」
小学生の小さな体で大きな声を飛ばした。
「チッ! 間に合ったか……」
「お前の目的はなんだ? なんで俺に執着する?」
「なんでだとおお……お前がお前がお前がお前が全部悪いんだ。俺は悪くない悪くない」
殺人鬼は錯乱した様子で、手にした包丁をお姉さんの首元に押し当てる。
「んんんーーっ!」
お姉さんは恐怖でくぐもった声をあげる。
「やめろっ! もう気は済んだだろ! 警察に出頭しろ!」
「しても無駄だ……この国の法律だと、精神に異常がある場合、殺人は無罪になるんだ」
「そうだな……だから警察に出頭しろと言っているんだ……お前、精神に異常があるフリだろ?」
殺人鬼は図星なのか、黙り込む。彼の優しそうな表情が消えて、途端に冷たい無表情になる。
「…………」
「お前が昔に女性を誘拐した時もそうだったはずだ。お前は精神錯乱しているフリをした健常者だ」
殺人鬼は苦虫を噛み潰したような顔になると、呟くように、
「全部お前が悪いんだ……」
(もう少し……もう少しで俺の勝ちだ。焦るな! 作戦を悟られるな!)
俺は心臓を落ち着かせ、
「俺はあんたと会った記憶を思い出せない。俺とあんたの関係は一体なんだ? なんで俺に執着する?」
「会った記憶がないだとぉ? お前が俺を精神病院から脱走させたんだろうが!」
「え……?」
俺がこいつを解き放っただと? そんなバカな話があるか? 第一、そんな記憶ない。
「俺がお前に執着していたんじゃない。お前が殺人鬼である俺に執着していたんだ。お前の両親を殺したのは俺だからな……」
「俺の両親を殺した?」
変だ。何か変だ。俺の両親はもう死んでいるのか? 今朝二人とも生きていたぞ?
「だから俺を精神病院から脱走させたんだろ? 俺俺俺を逮捕させるためににに、精神が錯乱していないことを証明しようとしたんだろおがああ?」
「いや、俺は確かにあんたの精神が錯乱していないことを証明しようとした。だけど、それはお姉さんを助けるためであって……」
俺の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまった。さっきから話が全く噛み合っていない。
あいつは頭のイカれた殺人鬼だ。だけど、どうしてか彼が放つ言葉は、焼けつくような真実味を帯びている。
(しっかりしろ! 俺! 今はお姉さんを助けることに集中するんだ!)
頭をフルに回転させて、持っている知識を全て使う。
記憶の海の中にある知識を引き摺り出すんだ。
まだ活路への希望は見出せるはずだ。
俺は小学生、真正面からやりあっても勝てない。
だから……俺は小学生らしく大人の力を借りることにした。
だけど物陰に隠れている大人たちは、まだ出てこられない。
あいつに自白させてからじゃないと意味がない。
そして小学生としての最後のゲームが始まった。
ミスは許されない。チャンスは今この瞬間だけ。
頭を使い、相手の心理状態を読むんだ。
相手の気持ちになって考えろ。それが相手をコントロールする最も効果的な方法だ。
俺は大きくふぅと息を吐き出すと、
「あんたさ……やっぱり警察には出頭するなよ」
「なんだとおおお?」
「あんた頭がおかしいよ、やっぱり。だから精神病院に戻ってくれ」
殺人鬼の多くは、自分の凶行が翌日の新聞に載るのを見たがる。自分のやったことが、プロスポーツ選手や大統領の記事の隣に書かれることを望んでいるのだ。
強い承認欲求と歪んだ自尊心は、もろく……突けば簡単に砕ける。
俺の頭の中には、どこから仕入れた知識なのか不意に心理学の知識が浮かび上がってきた。
「お前がお前がお前が、俺を唆して病院から逃したくせに!」
(どうしてもこいつから自白を引き出したい! さあ言え! 言うんだ!)
「あんたしょーもない人間だな。寂しくて哀れで、悲しい異常者だ。誰もお前に注目してないし、数年経てば世間からも忘れられる。頼むからさっさとやることやって病院に戻ってくれ。ほらその女を殺せよ?」
(自尊心やプライドの高い人間は、人の命令に逆らう傾向がある。さあ怒れ! 頭に血を登らせろ!)
「お前えええ俺を怒らせたなああああ!」
殺人鬼は、見栄とプライドを傷つけられ激昂する。自分でもなんで小学生にこんなことができるのかわからない。まるで前もって準備でもしていたかのようだ。
(もう少しだ! 早く言え!)
「あんたに似合うのは、ずっとみっともなく錯乱したフリをしていることだ。あんた器の小さいせこい人間だな」
俺は思いつく限り煽った、にっこりと笑って小馬鹿にした表情で。
(いけ! 言え! 自白しろ!)
「クソクソクソクソ! ヨボヨボしたチビが俺のこと馬鹿にしやがってええええ!」
「あんたは小学生の知能にも劣る役たたずだ! ほら! 言い返してみろよ! この腰抜けっ!」
『腰抜け』その言葉に殺人鬼は強く反応した。彼は人一倍強いプライドを守るために、
「黙れええええ! 俺は精神錯乱などしていない! 全部ただのフリだ! 俺は、異常者なんかじゃない! 極めて正常な思考をした一般人だ!」
その瞬間、肩の荷が降りた。彼の自白を引き出せたのだ。
「ふぅ……長かった……みなさん……聞きましたか?」
そして、俺があらかじめ呼んでおいた警察官たちが一斉に教室内になだれ込んできた。
作戦はシンプル。小学生の俺が囮になり、殺人鬼から自白を引き出す。自白させた後なら逮捕しても無罪にならない。これでこいつはもう終わりだ。
小学生の俺の勝ちだ。
「な、なんだ! 俺様をハメたのかっ?」
警察官の一人が、警棒を構えながら――
「確かに自白をこの耳で聞きました。この場にいる大勢の警察官が全員聞き間違えるはずありませんね。あなた、精神錯乱は嘘だったんですね? この場合、裁判は最初からやり直されることになります」
「いや、ちょっと待ってくれ! 待て! こんな――」
(これで俺の長かった一日も終わりだ。ゲームは終わったんだ。間に合った)
「では署までご同行願いますね?」
「いやだな。お巡りさん。ちょっと待ってくれよ……はは……」
警察官が近寄ると、殺人鬼は嘘のように穏やかな表情になった。
優しそうな、人の良さそうな表情だ。
殺人鬼やペテン師はみんな優しそうな人だ。
それは、本当の思惑を隠すため。
羊の皮を被った狼が、死に際にすることは一つだ。
「早くそいつを止めろ! 何かする気だっ!」
俺が叫び声を上げた時はもう手をくれだった。
殺人鬼は、隠し持っていた包丁で――俺に見せつけるように――お姉さんの喉を掻き切った。
お姉さんの体はゆっくりと地面に倒れる。
まるでビデオのスロー再生を見せられているかのようだ。
鮮血が花火のように空気に打ち上がる。透明な空気が一瞬で朱に染まる。
戦慄する恐怖が、病のように感染する。俺の全身が針で縫われたかのように硬く強ばり始めた。
俺はゲームに勝って、勝負に負けたのだ。
俺の両親を殺した(らしい)殺人鬼に、お姉さんまで殺された。
殺人鬼は、俺に罵詈雑言と笑い声を浴びせると、そのまま連行されていった。
俺は膝を地面に着き、虫の息になったお姉さんの側にかがみ込んだ。
お姉さんは床に倒れて、首から大量の血を撒き散らしている。血の波は、俺の膝にまで触れてズボンの膝小僧に敗者の烙印を押した。
俺が守れなかった人の血だ。
「間に合わなかったよ……ごめんね……」
俺に過去の記憶が蘇る。
【日曜日の夕方こうもんで待ち合わせしましょう? 遅れたら承知しないからね】
お姉さんとの約束は守れなかったな。
俺は右手を彼女の麻袋にかけた。最後に彼女の死期を見とる必要があると感じたんだ。
右手に力を込めて、一気に麻袋を外した。
そして、倒れている女性に向かって――
「えっ……誰だ?」
倒れている女性は、俺が探していた女性ではなかった。
見たことも会ったこともない人だ。
(どういうことだ? あの殺人鬼は、確実にお姉さんを誘拐した。絶対にそうだ。間違えるはずなんてない! ここに倒れている人がお姉さんのはずだ!)
だがもう一度目の前の女性を見ても、その人は知らない人だ。何度も見ても間違いない。
「お姉さんは俺と小学校のこうもんで待ち合わせをした。夢でも勘違いでもない。
そして、お姉さんは何者かによって誘拐された。だけど、お姉さんの姿がない。俺がずっと探していたお姉さんはどこに消えた?」
心の中に、複雑に絡み合う真相が浮かび上がってくる。思考は土石流のように湧き上がり、脳内に嵐を生み出した。
思えば最初からたくさんの小さなヒントがあった。
気にもとめていなかった違和感が、今ははっきりと頭に描かれる。
俺が小学校に行った時、一年四組はなく、知らない先生がいた。
てっきり新人の先生だと思っていたが、あれは俺の早とちりだったのだ。
一年四組はもうなくなっていたんだ。
俺が自分の家に帰った時、そこに家がなかった。
だがいくら動転していたからといって、自分の家の場所を間違えるはずない。
あの場所に俺の家はあったんだ。ただとっくの昔になくなったんだ。
俺は小学生の子供と一緒に河原まで走った。俺の身長は彼らよりちょっと高いくらいだ。だけど本当にそうだったのか? 先入観と思い込みから重要な何かを見落としているんじゃないか?
俺は……本当に小学生なのか?
俺は最もこの物語の確信に触れる、あのラジオを思い出した。
【今朝、精神科病棟から二人の患者が抜け出しました。うち一人は、連続殺人が精神疾患により無罪となった伊集院光人容疑者です。もう一人は、精神錯乱により――】
精神錯乱により――以下は聞こえなかった。だけど重要なのはそこじゃない。
今日脱走した精神錯乱者は、伊集院光人一人だけじゃない…………二人いたんだ。
「ねえ?」
俺はそばにいた警察官に尋ねた。
「俺は何歳に見えますか?」
三〇代の若い警察官は、俺の顔を不思議そうに見てから――
「何歳って……さあ……八〇歳くらいですか?」
その瞬間全てのパーツが音を立てて組み合わさった。
精神病院から抜け出した患者は二人いた。
一人は、今捕まえたばかりの殺人鬼。
もう一人は…………俺だ。
俺は、自分のことを小学生だと思い込んでいたんだ。
俺の正体は、老衰で記憶が錯乱している八〇代の老人だ。
『最終章エンドゲーム』へ続く。
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