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52.夏の終わりに(29)

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「うん。さっきのは佐藤からの電話なんだけど、例の元カノが大阪で悪い事をして、お巡りさんに捕まっちゃったんだってさ」

「え!? お巡りさんに?」

 犯罪とは無縁なショタっ娘ちゃんは、あの女が逮捕された事に相当なショックを受けたらしく、俺が着ているシャツの裾を掴み、不安げな眼差しで俺の顔を見上げてきた。

「元カノさんはお兄ちゃんと付き合ってた人でしょ? お兄ちゃんもお巡りさんに怒られちゃうの?」

「はは、怒られはしないさ。俺は誓って悪い事をしていないからね。ただ、『あの元カノに、どれだけお金をふんだくられましたか?』みたいな事は聞かれるかもって話だったから、お巡りさんが家か会社に来るのは、ほぼ確実じゃないかな」

「むー……だいぶ前に別れた人なのに、まだ迷惑をかけちゃうんだね」

 慈愛に満ち、慈悲深い心を持つ天使のようなミオでさえ、未玲のやらかした罪には、さすがに呆れ返ってしまったらしい。無理もないよな、それが普通の感覚なんだから。

「まぁ何だ。せっかく実家にいるんだし、未玲が捕まった話は親父とお袋にも明かした方がいいだろうな。だから、詳しい内容は晩飯の後に話すよ。さ、蚊に食われないうちに家に入ろう」

「うん。ボク、怖いからウサちゃんを連れてくるね」

 ミオは、とにかく俺の身柄がどうなるのか、心配で心配でたまらないようだ。俺のシャツをぎゅっと掴んだまま、後をついて来ている。きっと、「どこにも行かないで!」という強い願いがこの子を突き動かしているのだろう。

 大好きなウサちゃんを連れてくると言ったのは、俺が警察に連行され、空席となった時に隣の椅子に座らせて、親父たちと晩ご飯を食べるのかも知れない。

 普段、俺が退社して帰宅するまでは、そのウサちゃんのぬいぐるみを俺だと思って抱っこして、さみしさを紛らわしている事がしばしばある。だから今日も、食卓でそうしようと思っているんだ。

 この子が抱くさみしさは、孤独である事を実感するからに他ならない。俺が退社して帰宅すれば、そんなさみしさは一遍いっぺんに吹っ飛ぶ。明るく元気よく、小走りで玄関までお迎えしてくれるほどに。

 ただ、今回の場合は状況が違う。佐藤の電話によって知り得た情報から、逮捕された未玲の元カレだった事で、俺までが詰め腹を切らされるのではないか? という危惧が頭をよぎり、現実となるのが怖くて仕方ないのだろう。

 さっきミオに誓った通り、俺は重度のショタコンでこそあるけれども、お天道様に顔向けできないような悪事に手を染めた事はないし、手を貸すつもりもない。

「所詮は理想論だ」とあざけられるかも知れないが、それでも俺は、「悪法もまた法なり」と心得た上で、常に正しいと信じた道を歩み続ける。即ち、品行方正である事を貫くわけだ。それこそが、里子のミオに見せる、里親の背中であると信じているから――。

 そんな里親のお嫁さんなると宣言し、いつも疲れた心を癒やしてくれる、愛らしいショタっ娘ちゃんでさえ、今は一抹の不安が払拭できないでいる。

 その理屈こそ分からないけど、ミオだけが持つ特有の感覚で、何らかの予知や予感といった不思議な能力が働いているんじゃないだろうか。それが事実に結びつくかはともかく。

 ……くそっ、あのバカ女めー。どこまで迷惑をかけ続けるんだ? 一度も面識がないミオが、ここまで動揺するのはよっぽどの事だぞ。

 せっかくお盆休みを利用して実家へ帰って来たんだから、ミオには伸び伸びとした、スローライフを送って欲しかったのに!

 晩ご飯も花火遊びも何もかも、未玲のやらかしでみーんなブチ壊しだ。もうここまで来ると、あの女の名前を呼ぶのも、名前に当てる漢字を覚えている自分の記憶力まで嫌になってくる。
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