最強騎士令嬢は強面王太子の溺愛に困惑する

潮 雨花

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真の標的

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 翌日、王宮では夜会が開かれた。
 ガーネットは結局、最終的に動きやすそう、という理由で、ステラが選んだドレスを纏っている。
 そしてステラの隣に立ち、その逆にはジルフォードが立つ。
 ステラはお気に入りの騎士と大好きな兄に連れられてかなりご満悦な様子で笑っていた。
 薬を盛られた、とはいっても、すぐにその薬は特定され宮廷医が解毒剤を処方してくれたお陰で、体調はある程度戻っている。
 しかし万全とは言い難い。
 夜会では絶対にジルフォードの目が届かない場所に行かないように、と彼から厳重に言い含められていた。
「具合は」
 度々、彼はこっそりとそう尋ねてくる。
「問題ありません」
 それに部下として答える。
 ステラは今、アイリスを見つけて彼女と談笑を始めていた。
 それを少しだけ離れた位置で見守る。
 妙な輩は今はまだいない。
 全神経を集中させつつも、いつもどおり冷静沈着な面を被り、周囲に目を配る。
 不意に、ステラがアイリスと別れた。
 すぐに近くにより、ステラに尋ねる。
「どうされました?」
「ちょっとお花摘みに行こうと思って」
「――私もご一緒致します」
 ガーネットはジルフォードへ目配せする。
 さすがに女性のそれに着いて行くことができない彼だが、廊下の離れた場所で待機するはずだ。
 廊下には、数人の騎士が控えている。それに、軍の制服を着た王直轄軍の者たちも警備に配置されていた。いつものことだが、蝋燭の明かりしかない薄暗い廊下を行き交う彼等は物々しい雰囲気だ。
「ねぇガーネット。もう大丈夫なの?」
「はい。すっかりよくなりました」
「お兄さまからは、あの――ちょっと疲れてたんだろう、って言われたけど……」
「――はい」
 つまりは、夜伽のし過ぎ、と遠回しにジルフォードはステラに伝えたのだろう。
「面目ありません」
 否定することなく冷静な声音で謝罪をすると、ステラはほんのりと頬を紅潮させた。
「そ、そうよね、うん。いえ、いいの! うん。わかってるわ」
「――………」
 これには微苦笑しか零れない。
 事実と原因は異なっていたとしても、こんな風に誤魔化していたのかと思うと微妙な気持ちになる。
 嘘は言わないジルフォードだが、なんでもかんでも話すわけではないのだろう。
 実際のところ、毎日のように繰り広げられる情事に、体力がなかなか回復しなかったのは本当だ。
 ガーネットはリンデンによってある程度、幼少期に毒に慣らされてきた。
 騎士として如何なる時でも主を守るため、死なない程度の毒で倒れてはいけないのだ。
 故に、致死量にも満たない毒で倒れるなど、疲れも原因していたに違いない。
 だが、その理由で彼女の兄と「そういう関係」に既になっていた、と妹のステラに知られてしまったことは複雑だった。
 婚前になんてことを、という淑女はいるものの、それは既に古い考えだ。
 ステラは比較的いまどきの感性の持ち主だ。兄とお気に入りの女騎士が、そういう関係になっているのも、薄々気づいていただろう。
 多少驚きはしたのだろうが、それを咎めることはしてはこなかった。
 むしろどこか嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
 そのあとはしばらく無言で王女を先導する。
 化粧室に入る直前、ガーネットは人影を視界に捕らえ、化粧室に入る前にステラの肩を掴んだ。
「殿下、私の後ろに隠れてください」
「ガーネット? どうかしたの……?」
 化粧室付近の警備は薄かった。
 ガーネットはドレスのスカートの下に隠していた短剣に手を添える。
 すると影がゆらりと揺れた。
 ドレスの下に隠した、砥ぎたての短剣をサッと素早く手に持ち、勢いよく影へと振りかざした。
「きゃあ!」
 ステラの悲鳴を号令とするかのように、男たちが襲い掛かってきた。
 それを優雅に交わし、ガーネットはひとりの男の首に剣を刺し込む。
「ぎゃぁ!」
 男の悲鳴に、ステラが入っていた個室から物音がする。
「殿下! 決して私から離れないでください!!」
 鋭くそう言い放ち、ガーネットはふたりの男と対峙した。廊下から、誰かが駆けてくる足音が響く。この重圧ある足音は、ジルフォードだろう。
「何者だ」
 鋭い口調で問うが、男たちは口を開かない。
「第五騎士団が騎士ガーネット・マイアスだ。お前たちを捕縛する」
 礼儀として、そう言い放ったのと、ガーネットに男二人が飛び掛かったのは同時だった。
 逃げ場を塞ぐ形で襲い掛かられるが、俊敏で身軽なガーネットは、身を低くして勢いよく男たちの間を滑り抜けた。
 ステラを背に守るようにして、男たちの前に立ちはだかる。
 一人は細身だが、もう一人は筋肉質な体格をしていた。
 ギリッ、と短剣を握りしめる。
 相手は、妙な形状の武器を持っていた。
 鋭く湾曲に曲がるそれは両刃で、もう一人は長剣を持っていた。
 短剣ひとつしかないガーネットは明らかに不利だが、ステラを置いては逃げられない。
「きゃぁああ!」
 不意に、背後からステラの悲鳴が聞こえた。
(――殺し損ねたか……)
 チッ、と舌打ちしたくなる。
 ガーネットの短剣を受けて倒れた男は、生きていたのだ。
 その男は、ステラをガーネットから引き離すと、長剣の切っ先を向けてきた。
「お前がガーネットか」
 ステラの首に腕を回した男が、そう尋ねてくる。
「――そうだが」
 緊張感に張り詰めた空気の中、ジリッ、と足を踏みなおす。
「動くな。動けば、王女を殺す」
「…………」
「王女には用はない。俺らが用があるのは、お前の方だ」
「……なに?」
 王女を誘拐しにきたのではないのか、とガーネットが一瞬怯んだ。
 その隙に、背後から筋肉質な男が羽交い絞めにしてくる。
「動くなよ」
「ひっ!」
 ステラの美しい頬に、男が短剣の刃を滑らせようとした。
「やめろ! 殿下に傷をつけるな!!」
 身を乗り出して男を牽制する。
「威勢のいいお姫様だ」
 くく、と男が笑う。
(早く来て、ジルフォード!)
 頭の中でどう切り抜けようかと考えながらも、心の中でジルフォードの名を叫ぶ。
 優越感に浸る男だったが、それも一瞬ですぐにその顔が蒼白になった。
 ガーネットを羽交い絞めにしていた男から、ゴキッ、と鈍い音が響く。
 羽交い絞めにしていた男の腕の拘束が解けた瞬間、ガーネットは閃光のように駆け抜け、ステラの頬に当てられた短剣をその手で掴んだ。
「くそっ!」
「きゃあ!」
 ステラを投げ捨てた男が、ガーネットに掴みかかる。拳を振り上げた男のその脇に、血に濡れた短剣を刺し、背後に飛び退いた。
「無事か、ガーネット」
 背後から掛けられた声は、ジルフォードだった。
 ガーネットは身を低くした体勢で絶叫する男を睥睨し、すぐさまステラの方へと駆け寄りその手を取り、背中に隠した。
「はっ」
「っ、ぅ……」
 恐怖に打ち震えカタカタと真っ青な顔をしているステラの肩に、ジルフォードの手が乗せられる。
 彼の手によって、既に二人の刺客は床に伏していた。ガーネットを羽交い絞めにしていた男の首は、不自然に折れ曲がっている。
「申し訳ありません。後れを取りました」
 背後にいる安心できる存在感に、心からの謝罪を口にする。
「お前らしくない。やはり具合がまだ悪いか」
 それを彼は安堵した声で、揶揄するようにしてガーネットを許した。
 ガーネットはずっと床に倒れた、ステラを人質に取った男を睥睨している。ピクッ、とその指が動いた。
 その動きに、何かが頭を打ち抜いたような感覚に駆られ、ガーネットがふらり、と足を進める。
「ガーネット。そいつはもう虫の息だ」
 ジルフォードに辞めるよう言われたが、ガーネットは止まらなかった。
 短剣を振り上げ、何度も振り落とす。
 必要以上に抜き刺しを繰り返す。
 ジルフォードは咄嗟に、ステラの顔を胸板に押し付けるように抱え込んだ。
 その様はまるで、親の仇でも殺しているかのように、執拗に男の身体をめった刺しにしている。
「ガーネット!」
 ジルフォードの鋭い声と、ピッ、と返り血が視界を掠めたことにより、ようやくガーネットの動きが止まる。
「――完了しました」
「…………」
 馬乗りになっていたガーネットは、男の上から退く。
 その瞳は、怒りに燃える業火の炎の如く燃え盛っていた。
「ステラは無事だ」
「はっ」
 彼女は騎士としての王族への忠誠心が強い。
 ステラを傷つけられたことに、激高したのだろう。ジルフォードは、最初はそう思っていた。だが、様子がおかしい。
 彼女であればステラの安否をまず先に確認しに来るはずなのに、その瞳はいつまでも、床の上でただの肉の塊と化した男へと注がれていた。
 そんな中、悲鳴と雄叫びが夜会の行われているホールから響き渡る。
「……始まったか」
 ジルフォードは小さくそう言い、怯えて立っているのもやっとなステラを横抱きにした。
「ガーネット。行くぞ」
「はっ」
 声を掛ければ、彼女は大人しく従う。
 だがその瞳は、ジルフォードを見てはいなかった



 夜会会場は、騒然としていた。
 そしてそこには、アレクセイと三人のかつての遊び相手が、第四騎士団団長を後ろ手に縛り上げ、跪かせているところだった。
「すまん。遅れた」
 アレクセイに、ジルフォードは声をかける。
「こちらも今、終わったところだ」
 その声は、絶対零度の冷たさでジルフォードへと返された。
「お兄さま、これは……?」
 グラリエスの後ろには、数名の黒い覆面の男と、騎士たちが同じようにして縛り上げられている。その中には、夜会に参加していた招待客の姿もあった。
「まずは感謝の言葉を。リュクスメディア王国ジルフォード・フォン・レーネスカイ王太子殿下殿。この度は、我が国積年の願いである一派の捕縛に協力していただき、誠に感謝申し上げる」
 アレクセイは、その場に膝を折り、ジルフォードへと頭を下げた。三人の元遊び相手たちも共にサッとその場に跪く。
「顔をお上げください。リーゼリック王国アレクセイ・ラウスロット・ゼルリック王太子殿下殿。我ら同盟国の仲でしょう」
「――寛大なお心、重ねて感謝を」
 ふたりのやりとりに、ステラは目をぱちくりとさせている。
 ワザとらしいこのやり取りの意味がわからなかったからだ。
 だが、ガーネットはこのふたりのやりとりを見てはいなかった。
 彼女の視線はある一点に向けられている。
 どこかで見たことがある顔が並んでいた。
 あれはどこか。
 頭の中が、真っ赤に染まっていく。
 ふらっ、とガーネットが前に出た。
 捕縛された際、破けたのだろう。
 グラリエスの腹の傷に、目が止まる。
「――貴様だ……」
 ぐぐもった声が、ガーネットの美しい唇から零れた瞬間、アレクセイはハッと目を見開いていた。
「ガーネット……!」
 アレクセイの声は、もうガーネットには聞こえていなかった。
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