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帰郷

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数日後、皇司の婚約発表があるという故郷のホテルに、自分のブランドのスーツを着こなした帝一は立っていた。その隣には華月もいる。
ただし、婚約発表パーティーに出席するのは帝一だけだ。
華月はホテルの一室で待機することになっている。
皇司に会ってしまえば、今までのことが無駄になってしまうからだ。帝一には東京で待っているようにと言われたが、頑として譲らなかった。
東京でひとり待つより、彼の傍にいたかった。何かあってもすぐに駆け付けられるようにしたかったのだ。それに、なにより発情期が近かったからでもある。
強い抑制剤は打っているが、完全に抑えられるものではない。帝一もそれを知っているため、渋々だが同意してくれた。
 ホテルに着くと、すぐにチェックインをして部屋へ行くよう促される。
「絶対に部屋から出るなよ」
「うん」
腰を抱かれ、エレベーターホールの方へと歩いていく。ロビーにはテレビで見るような政界の人間や、芸能人、著名人の姿が多く、誰も彼もが着飾っていた。こんな地方都市にここまでの人が集まるパーティーなど、そうそうありはしない。今回の婚約パーティーの盛大さが窺えた。
「大丈夫」
耳元でそっと囁かれ、帝一にエスコートされる形で華月はその中へと進んでいく。
「おや、帝一くんじゃないか。家を出て行ったと聞いたけど、さすがに今回は顔を出すのかい?」
「あぁ錦戸にしきどさん。ご無沙汰しております」
声をかけてきたのは、政界の人間だった。すると徐々に帝一の周りが人だかりになっていく。
帝一は終始にこやかに挨拶を交わし、華月も愛想笑いを浮かべる。
「とてもキレイなお連れの方ね。帝一さんの大切な人かしら?」
華やかなドレスを身に纏う女性に訊ねられ、華月は息を呑んだ。彼女は華月でも知っている有名な女優だ。テレビ越しでしか見たことがなかったが、タイトなドレスを着こなしたスラリとしたスタイルに赤いドレスがとても似合う、大層な美女だ。その容姿から彼女が十中八九オメガであることが窺える。
帝一を狙ってでもいたのだろう。興味津々に顔を見つめられ、華月は思わず帝一の腕に縋りつくよう抱き着いていた。すると、彼女は「あらあら」と笑みを深くする。
 何を笑われたのか理解できていない華月だったが、不意に帝一に肩を抱かれ、彼女の笑みの意味を悟った。
「あまり彼を刺激しないでください。今日は無理やりここに連れてきてしまって、ただでさえ拗ねているんです。勘弁してください」
ベッドの上でへそを曲げられたらたまりませんから、と華月の頭にキスを落としながら、冗談交じりにふたりの関係を仄めす帝一に、ついあからさまに眉を寄せてしまった。すると女優は「あら、ごめんなさい」とクスクスと笑って他の話題を振り始める。
帝一の後ろに隠れつつ、しばらく色々な著名人たちと談笑するのを見つめていた。やっと解放されたときには、あまりの人の多さに気疲れして疲労を隠し切れなくなっていた。
「大丈夫か?」
「うん……アルファ酔い……かな」
 少なからずオメガらしき人々もいたが、それ以上にたくさんのアルファに囲まれ、その圧倒的な存在感に酔ってしまったようだ。
「早く部屋に行った方が良い」
「そうだね」
ここに居たら、皇司と鉢合わせしてしまうかもしれない。氷見の誰かに会う危険性も高い。エレベーターホールで、エレベーターの呼び出しボタンを押したときだった。ふわりと、甘い香りが鼻孔を擽り、華月はびくりと身体を震わせた。
「っ!」
「華月……?」
 次第に、ガタガタと身体が小刻みに震えてしまう。
「おい、どうし……」
 怯える華月を気遣う帝一の後ろ。丁度華月から見える位置に、彼等はいた。
「……っ……!」
 寄り添う男女。
 ひとりは華奢な黒髪の少女で、綺麗な着物を身に着けている。そしてもう一人、長身の袴姿の少年の顔がこちらに向けられる。目が合うより前に、華月は帝一の胸に顔を押し付け、必死で自分の存在を消した。
 華月の視線の移り変わりに気づいたのだろう、帝一がちらりと背後へと目を向ける。
「――お早いご到着だな」
 その声音は、実の弟に向けるにしては、冷え冷えとしていて憎しみが込められていた。
「…………なんでいるんだよ」
 向こうもこちらに気づき、憎々し気に声をかけてくる。
「わざわざ弟の婚約披露パーティーに駆けつけてやったのに、その言い草か?」
「別に俺は呼んでない」
 あの後、帝一と皇司の間で何か遭ったのだろう。皇司の態度も冷ややかなものだった。
険悪な兄弟の会話に、華月の身体は更に縮こまってしまう。
「それになんだよ。この甘ったるい匂い……。そのオメガからか?」
矛先が華月へと向けられる。
心が悲鳴を上げた。
冷たい声音が思い起こさせる。存在を否定された、あの時の言葉を。
不意に皇司の手が華月へと伸ばされる。だがそれは華月に届く前に、帝一によって叩き落された。
「俺のモノに触れるな」
 ピシャリと言い放った帝一の言葉に、皇司は諦めたように手を降ろした。それにホッと安堵の息を吐いた華月を差し置いて、ふたりの会話は続いた。
「お前、鍵を持ってただろ。それはどうした」
「鍵……?」
「あるだろ。意味なく持ってた鍵が。今日はそれを返してもらいに来た」
「鍵って、チェーンのついた……」
思い当たる節があったのだろう、皇司は訝し気に「それがどうした」と訊ねてくる。
「それは華月の首輪の鍵だ。昔、お前が華月から『奪った』ものだ」
「俺が、そいつから……?」
「お前は今日、婚約するんだろ。それなら、華月から盗ったものを返してからにしろ」
鋭い眼光で皇司を睥睨すると、丁度エレベーターが到着したチンッ、という電子音が鳴り響く。
「上に部屋を取ってる。番号はホテル側に聞け。披露宴の挨拶が始まる前に持って来いよ。良いな」
「ちょっと待てよ! 兄さ……」
「今のお前に、兄と呼ばれるのは不愉快だ」
「なっ……!」
絶句する皇司を無視して、エレベーターに乗り込んだ。カードキーがないと止まらない階で降りると、一番奥の部屋へと促される。
終始黙っていた華月は、部屋に入った途端に足の力が抜けてその場にへたり込んでしまう。身体が熱い。こんなときに、発情期が来てしまったようだ。
「っ……」
 疼く身体を抱きしめていると、ふわりと身体が宙に浮いた。
「皇が近くにいるからか? 発情期を誘発したのかもしれない」
「……帝、ちゃ……」
 逞しい胸板に、額を押し付ける。仔猫が甘えるような仕草をして見せると、帝一は物も言わず寝室のドアを片手で開け、ベッドへと華月を横たえた。
「すぐ、楽にしてやる」
「…………」
 せっかくしっかり着こなしていたのに、帝一はスーツが皺になるのも気にせず、上着をベッドの下へと投げ捨てた。
 そして、一枚ずつ華月の服を脱がすと、形を変え始めたモノに指を絡めてくる。
「あっ!」
 ゆるやかに扱かれ、腰がもっとと強請るように浮き上がってしまう。牡を欲してヒクヒクと痙攣する最奥に性急に指をねじ込まれたが、痛みよりも快楽の方が勝り、歓喜で身体が上下に跳ねる。
「――拒絶反応はないな」
 突然ずるりと指を引き抜かれ、その刺激に背中がのけ反った。
「あ、あぁ! も、や……」
「なぁ、いいか? お前の中に挿っても」
 ぴたりと、スーツの布越しに猛ったモノが最奥に当てがわれる。
「も、いや……! や、だ……!」
 熱くて硬いものに貫かれたいのに、自分の指では届かない場所に熱い迸りが欲しいのに、拒絶の言葉を口走ってしまう。
「――やっぱり、そうか」
 やっぱり、とはどういうことなのだろう。生理的な涙で滲む瞳で、違うのだと頭を左右に振るが、帝一は優しい笑顔を向けたまま華月から離れていった。
 そして身なりを整えると、どこかへと行ってしまう。
 そのあとすぐ、チャイムの音が部屋に響き渡った。
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