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建国祭のジンクス

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 夜の帳が落ちた頃、エリヴァ皇国の建国祭兼リリィベルの生誕祭は盛り上がりを見せる。
「やっぱりお姉さまはなんでもお似合いですわっ」
「……ありがとう」
 今、リリィベルはメアリーと共に祭りを回っていた。
 メアリーも今日は美しいストロベリーブロンドの髪を黒い鬘で隠しており、その髪型はリリィベルとお揃いで複雑な編み込みがされている。
 彼女たちの少し後ろには、デュクスとハレスが控えている。彼等はいつも通り騎士服を纏っているが、その胸にはスズランの胸飾りをつけていた。
「あの、お姉さま……」
 ごった返す人混みの中、路面に立ち並ぶ屋台の中から、髪飾りを扱う店の前、メアリーが耳打ちしてくる。
「このお祭り、実はちょっとした催しがあって……」
 どうして声を潜めるのだろう、と不思議に思いながら、リリィベルは彼女の意図を汲み取り、そこに並ぶアクセサリーを手に取り、見ているふりをした。
「リリィベル様の生誕祭では身分違いでも、愛の告白をすることが許されるんです。両想いだったら、相手に一番似合うと思うものを渡して返事をします」
 両想いであれば相手に一番似合うものを贈り一晩だけ恋人同士になることが許される。だが祭りの最中に何も贈られなければ御伽噺の中のリリィベルのように相手の幸せを祈り恋心に蓋をする。
 そして彼等はまた祈るのだ。せめて来世でまた会えますように、と。
「わたくしは片思いですから、あの方の幸せを祈る一方、また来世でお会いできたら、と……。今夜、想いを伝えようと思っております」
 リリィベルは、自分たちの少し後ろにいる二人の青年の内、大柄な方を横目で盗み見た。
「デュクス様の配慮で、あの大変なときにハレス様はわたくしの護衛をしてくださいましたの」
 とても幸せなひと時だった、とメアリーは寂し気に笑う。
「きっと、お姉さまのところへ行きたかったでしょうに……」
「――それはないと思うわよ」
「いいえ、ハレス様はきっと、お姉さまにお心を寄せていらっしゃいますわ。無理もありません。お姉さまはとてもお美しいですもの」
「あなたの方が――」
「お気遣いなど必要ありませんわ! 本当のことですもの」
 無理矢理な笑みを浮かべるメアリーにそっとリリィベルは寄り添う。
「こんな告白をしたら、またハレス様に嫌われてしまうかもしれませんが……」
「もしそうなら、私に言いなさい。あの男の根性、叩き直してあげるから」
「まあ、お姉さまったら……」
 くすくす、とメアリーは声を立てて笑う。
「――わたくし、侯爵家の正当な次期当主として、もうすぐ政略結婚をしますの」
 微笑みながら、彼女はそう続けた。
 今まではセルジュが「自分が正当な後継者だ」と騒ぎ立てていたせいで、メアリーは既に後継と決まっていたが、兄をどうにかするまでは、と先延ばしにされていた。
 セルジュが死んだ今、メアリーがアーヴァイン侯爵家の正当な後継者であることは揺るがない未来となっている。
 セルジュがどうやって死んだか、彼女は知っている。だから兄を失った悲しみなどなく、むしろただで死ななかったことへの怒りが強かったのだろう。
『死んで当然の男ですわ! 当家の恥さらしです!』
 メアリーはそう言い放ち、そしてリリィベルに一生かけて償うとまで言ったのだ。
 リリィベルがセルジュに攫われ襲われたことは表沙汰にはなっていない。だがセルジュの死はすぐに国中に伝わった。
 しかしリリィベルを害した罪は消えない。
リリィベルを害した、ということは血縁ではなくとも皇族への反逆行為に値する。
 クリストフェルはセルジュのしたことの償いは、おって沙汰を出すと言って保留にしており、その罪を免れるためなのかアーヴァイン侯爵家はセルジュの葬儀を執り行わず、墓標も立てなかった。そもそもセルジュはとっくにアーヴァイン家から勘当されているため、そこのこと自体は事情を知らない者たちから見ても不自然ではない。
 それでもいつまでもクリストフェルからの沙汰がなく、アーヴァイン家の人々は死刑囚のようにその時を今でも待っていることだろう。
 それはつまり、メアリーも同様のはずだ。
「まだどこの家の方なのか存じ上げないのですが、罪人を出した当家の婿養子に来てくださるなんて、先が見えないというのにそんな酔狂なお方がいること自体、ありがたいことです」
今回の事件はセルジュ個人がしでかしたことであり、侯爵位返還や領地の没収はないようだが、もしかしたら彼女の政略結婚はクリストフェルが一枚噛んでいるかもしれない。
そうでなければメアリーが外に出て来られるはずがないのだ。
 リリィベルはあの悪戯っ子の顔を思い出し、内心溜息を吐く。
「この年齢まで自由にさせていただいたのですもの。もう、潮時なのですわ」
 今回のことがなかったとしても、既に婚約者がいなければならない年頃であり、子を十分に産み育てるためにも、早くに結婚しなければならない。
 それが貴族の役目なのだと呟くメアリーの眼差しは暗い。
「もう良いのです。決まったことですから」
「…………」
「ですから今夜、ハレス様とふたりきりになる時間を頂いて宜しいでしょうか?」
 リリィベルにそれを嫌だという理由はひとつもない。セルジュのことを気に病んでいるのかもしれないが、彼女とセルジュは別の人間だ。彼が犯した罪を彼女に背負わせるつもりなどリリィベルにはなかった。むしろ早くふたりきりになってこい、と言いたいくらいだ。
 小さく頷けば、メアリーは心底申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「申し訳ございません」
 視線をアクセサリーに向けたまま、彼女がか細い声で謝罪する。
 煌々と街中を照らすオレンジ色の炎の明かりの中、メアリーの表情がさらに陰った。
「…………」
片思いがどれほど辛いか、そして二度と会えないかもしれない、ということがどれほど胸を抉るか、リリィベルは知っている。
 自分自身はデュクスやクリストフェルたちの想いの強さで千年の時を経てやっと両想いになれたが、あの頃の痛みを忘れたわけではなかった。
「――それ、あなたに似合いそうね」
「え?」
 リリィベルはふわりと微笑み、メアリーの手の中にあったネックレスを横から掠め取る。
 そしてそれを、ハレスへと突き付けた。
「ねえ、あなたもそう思わない?」
「……おっしゃる通りです」
 いきなり話を振られて驚いたのか、ハレスが一瞬、間を開けてリリィベルの言葉に同意を示す。
「本当にそう思っている?」
「もちろんです。レディ」
「なら、本人にちゃんと言ってあげたら?」
 リリィベルはグイッとメアリーの腕を引き、背後から肩を掴んで彼女をハレスへと突き付ける。
「えぇ!? お姉さま!?」
 急にハレスと距離が近くなり、メアリーはリリィベルを振り返り慌てている。
「ね? どうなの」
 にっ、と唇の端を吊り上げ、リリィベルは困惑するメアリーを余所に、ハレスに詰め寄った。
 自然と、メアリーとハレスの距離が近くなる。
「――……お似合いだと思います。メアリー嬢」
「えっ! あ、あの……ありがとうございます」
 カァッ、と頬を紅潮させ、メアリーは俯いてしまった。
 リリィベルはそんなメアリーを愛おしく思いながらも、ちらりとハレスへと流し目を向ける。
 彼の瞳は、真っすぐにメアリーを映していた。
「……がんばって」
「え?」
 リリィベルはメアリーの耳元でそう呟き、彼女からパッと離れるとデュクスの方へと駆け寄り、グイッと腕を引く。
 彼はすんなりリリィベルに従ってくれ、雑踏の中へと彼を引きずり込み、魔力を使ってその場からツーブロック先の路地裏の入り口へと転移する。
 そこから顔を出し、大通りを覗くと、慌てるメアリーと何か諦めたような表情のハレスが向かい合って立ち尽くしていた。
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