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新しい呼び名
しおりを挟む結局、メアリーは少女のことを「お姉さま」と呼ぶことになった。
少女の方が遙かにメアリーよりも年上である上、見た目がまだ花咲く少女であるため「お婆さま」というには抵抗があり、デュクスたちが少女を呼ぶときに使う「レディ」や「お嬢様」はメアリーも当てはまるため、ややこしい。
結果、クリストフェルとは違う意味で、彼女たち令嬢は年上の友人のことを「お姉さま」と呼ぶことがあるらしく、それに落ち着いたのだ。
「だからお姉さま! わたくしはデュクス様とはなんでもないのです!」
早速少女を「お姉さま」と呼び始めたメアリーはしかし、昨日まで熱を出していたことが嘘か幻だったかの如く、元気よくそう言い募ってくる。
「何度も同じことを言わせないで。そんなこと、私にはどうでも良いことよ」
「いいえ! 認めてくださるまで何回だって弁解します! デュクス様はわたくしの良き友人であり幼馴染である他、男性としては見ておりません! 確かに元婚約者ではありますが、昔のことです!」
「もう何度も聞いたわ」
だからそうじゃなくて! とメアリーは愛らしく憤慨する。
かれこれ何時間、同じ話をされ続けているのか、窓の外はオレンジ色に染まろうとしていた。
「デュクス様も、わたくしのことを妹程度にしか思っていません! やましいことなど、何もないのです!」
「……そう」
それはどうかな、と少女が内心思っているのを見透かしているのか、メアリーは「ほら信じていない!」とまた同じ言葉を繰り返し始めた。
見た目の可憐さに反して、メアリーはとても元気がいい。
侯爵令嬢という存在がどんなものかわからない少女でも、流石にこの元気の良さに彼女の品位を疑った。
喉まで出かかった溜息を呑み込もうとしたとき、メアリーは初めて新しい言葉を口にした。
「わたくし、他に好きな方がおりますもの!!」
そう彼女が叫んだ時、コンコン、と部屋をノックする音が響き渡る。
「お取込み中のところ申し訳ありません。よろしいでしょうか?」
扉の向こう側から、ハレスの声が聞こえてくる。
城から戻ってきたのだろう。
少女はメアリーが返事を返す時を待った。
ここは彼女のために用意された部屋なのだから、彼女が返事を返すのが道理だと、思ったからだ。
だが、メアリーは返事をしない。
どうしたのだろうか? とその表情をうかがうと、彼女は頬を真っ赤に染めてわたわたと慌てていた。
「ど、どうしましょう! こんな格好……!!」
寝台の上で慌ただしくしている彼女に、少女は首を傾げた。
「どうしましょうお姉さま! わたくし、こんな格好なのに!」
「――……何か問題があるの?」
「だって、髪もボサボサで夜着ですし、はしたないではありませんか!」
「…………」
少女にはわからない感覚だったが、どうやら彼女は今の自分の姿が見るに堪えないものだと、そう思っているらしい。
「大丈夫よ。あなたは可愛らしいから」
「そうじゃないのです!」
「そんなに彼に見られたくないなら、後にしてもらったら?」
「そんな! せっかく来てくださったのに!!」
わけがわからない。
だがメアリーにとって、今の彼女の姿ではハレスの目には映りたくないのだろうことはわかった。
だがその一方で、ハレスを拒絶したくないとも思っていることも伝わってくる。
少女はしばし逡巡した後、メアリーに提案した。
「あなたに魔力をかけてもいいかしら?」
「え……?」
「その姿は嫌なのでしょう? なら私が整えてあげましょうか、と言っているの」
「よろしいのですか!?」
「――……なんでそんな顔をするの?」
メアリーは驚きながらも、喜色の表情を浮かべている。
一体なんなんだ、と少女は眉根を潜めた。
「だって、お姉さまがわたくしに魔力で……! こんな恐れ多くも光栄なことはありませんわ!」
「…………そんなに喜ぶこと?」
「お姉さまから祝福を頂けるなんて、身に余る光栄です!」
祝福。
そんなものではない。
たかがこの程度のことを祝福と呼ばれるのは不本意だ。
けれど弁解はしなかった。
説明してもわからないだろうし、本人が喜んでいるのであれば問題ないだろうと判断したからだ。
少女はメアリーに向かって、ビンッと人差し指を向けた。
その瞬間、メアリーの身なりは整い、ボサボサだった髪は彼女が本来持っている美しい光沢を取り戻し、夜着は空色のドレスに変わる。
「それでいいかしら?」
「はい!」
頬をほのかに赤く染め、メアリーは嬉々としてドアに向かって「どうぞ」と言った。
「失礼します」
メアリーの了承を得て入って来たハレスは、寝台の上にちょこんと座り直した彼女を目にすると、一瞬動揺し、けれど瞬きの間に普段通りの落ち着いた佇まいを取り戻した。
「メアリー嬢。アーヴァイン家の方がお迎えにいらっしゃっています」
「え……」
「既に準備がお済のようですので、屋敷にお戻りください」
「…………」
メアリーはハレスの言葉に、ショックを受けているようだった。
悲し気に揺れる瞳を目の当たりにし、少女はハレスを横目で見上げる。
「あなたも隅に置けないわね」
「…………」
少女の言葉に、ハレスがグッと奥歯を噛みしめる。
その反応に、少女はなるほど、とふたりを交互に見やり、腕の中でずっと大人しく抱かれ続けている仔猫の背を撫でた。
「そういえば、この子、どうしましょう? 元居た場所に戻した方がいいわよね?」
少女は仔猫をハレスへと差し出す。
「あなたにこの子のことお願いしたいんだけど」
逞しい胸板に仔猫を押し付けたが、仔猫の方が嫌がって少女の手から飛び降り、メアリーの方へと駆けて――否、滑っていく。
小さな仔猫は、ぴょんっと跳躍すると、メアリーの膝の上に納まった。
「あら、その子はあなたに連れて行ってほしいみたいね」
「お、お姉さま……」
「お屋敷に戻るがてら、ふたりでその子を届けに行ったらどう?」
少女の言葉にハレスは「しかし」と言い募る。
それを少女は口元に笑みを浮かべて「なあに?」と言って遮る。
「丁度いいじゃない。それとももう外へ出るのも億劫なくらいお疲れなのかしら?」
「……………」
「そんなことないわよね? 騎士様だもの」
少女はハレスの反論の退路を断つ。
「その子がまた付いて来てもよくないから私はここに居るわ。あなたは嫌われてしまっているようだからその子ももうついては来ないでしょうけど、無理矢理その子を抱いて行くのも可哀そうね。だから、お迎えが来てお帰りになる彼女に抱いてもらって戻しに行くのが一番いい方法だと思うの」
畳み掛けるように言葉を連ねると、ハレスは観念したように小さく息を吐きだすと、「かしこまりました」とだけ言い、メアリーの方へと歩み寄っていく。
大きな手が、メアリーへと差し出された。
寡黙な騎士に差し出された手に、彼女は頬を赤く染めながらも、嬉しそうに自分のソレを重ねたのだった。
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