愛されない寵愛メイドの逃避行~捨てられたオメガの辿り着く場所~

潮 雨花

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誕生日プレゼント

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ディランとドレイクが北部にやってきて一週間後。

「愛のパワー……ってやつ?」

辺境伯城の執務室。
執務机でルクレールの報告を聞いていたエヴァンは笑みを浮かべて首を傾げた。

「んなわけないでしょ! リラが持ち直したのだって、あたしの解毒薬をやっと飲む気になったからよ!」

腕組みをしてふんっ、とそっぽを向くルクレールだが、ここに来る間に泣いたのだろう。目と鼻が真っ赤に染まっている。

「そんなことよりあんた! なんであたしにあいつらのこと伝えてくれなかったのよ!」
「だって、伝えたら邪魔するでしょ? さすがに部外者がそこまでしゃしゃり出るのはどうかなぁって思ってさ」

それに、とエヴァンは頬杖をついてニッと唇の端を吊り上げる。

「あの頑固で頭の固い兄様がわざわざ一族の面汚しである僕にお願いをしてきたんだし。可愛い甥っ子とその親友が今にも死んじゃいそうって言われたらさすがにねぇ~?」
「はっ! 北の辺境伯あんた国王クソ野郎は異母兄弟で、ディランなんかあんたより年上で顔も知らないくせに」
「まぁそうなんだけどね~。でも……」

笑みを深くしてルクレールを見つめると、彼……彼女は「何よ」と唇をへの字に曲げた。

「キミにとっても、あの二人は親友だったんでしょ?」
「…………昔の話よ」

ディランとドレイク、そしてルクレールは幼少期から一緒に育った所謂幼馴染み、という関係だ。
ルクレールが王都に愛想を尽かして北部へ渡ってからも、数年に一度程度は交流していた友人たちでもある。

「リラはもう元気になった?」
「解毒薬の副作用でかなり痩せちゃったけど、元気にしてるわ」
「ノアは?」
「元気よ。お腹の子もね」
「それはよかった」
「良くないわよっ!」

今日、ルクレールがここにやって来たのは、診療所に居場所がなくなったからだ。
リラとディランであれば、気持ちがすれ違っていただけなのでまだわかる。
だがまさかノアとドレイクまで話し合いの末に誤解が解け、人目をはばからずイチャつき始めるとは思いもしなかったのだ。

「ノアったら、あんな唐変木とうへんぼくのどこが良いのかしら」
「ふたりは魂の番、なんでしょう? なら相手がどんな人間であれ、惹かれ合うものだって聞いてるけど」

ベータであるエヴァンには、その繋がりについて知識として知っているだけであり、その関係がどんなものなのか、正確に理解はしていない。
だが、正確ではないにしろ、どうしても惹かれてしまう相手、という感覚は、わかるつもりだった。

「今日はリラさんのお誕生日でしょ? せっかくだし、この城でやる?」
「お祝いはまた後日、ってことになったわ。リラが今朝発情期ヒートを起こして、もうずっとディランと部屋に籠ってるから、あと二、三日は出てこないんじゃないかしら」
「あぁ! だからノアとオストラン伯爵も連れて来たの?」

普段はひとりでやって来るこの城に、今回は珍しくノアとドレイクも同行させていたため、そうだろうとは思っていたが、誕生日当日に発情期ヒートになる、というのは偶然にしては出来過ぎていた。

「薬、盛ったでしょ」
「何のことかしら」

つーん、とそっぽを向くルクレールに、エヴァンは笑いを隠せない。

「良い誕生日プレゼントだね」
「さぁ。それはディラン次第じゃないかしら? じゃ、そういうことだから、当分の間はここで世話になるわよ」

そう言い置き、ルクレールは長い髪を翻して執務室を出て行った。
その背中を見送った後、エヴァンは「ずっと居てくれてもいいんだよ」と小さく呟いたのだった。






起き上がれるようになり一週間。
誕生日の朝にリラは発情期ヒートを起こし、ディランの洋服に埋もれるようにして寝台に横たわっている。
オメガは発情期ヒートが訪れた時、自分のアルファの匂いが傍にあると落ち着くため、巣作りと呼ばれる行動を取ることがある。
リラも例外ではなく、ディランの匂いがついた物を欲しがり、その中に埋もれて発情期ヒートの衝動に耐えていた。

(ディラン様……、ディラン様はどこ……)

発情期ヒート特有の熱に浮かされる感覚で朦朧とする意識の中、ディランの持ち物だけでは足りず、リアは愛しい青年の姿を探した。

(いない……。そうだった……、私が……追い出して……)

この衝動を早く抑えるためには、ディランに抱いてもらうのが一番早い。
だが、土壇場になってリラはそれを拒んだのだ。
ディランからどれだけ愛されていたか、この一週間で嫌いう程言い聞かされた。
すべてが勘違いだったのだと。
ディランはリラに自分では相応しくないと思い、自身の発情期ラットの時に他のオメガを抱いていたと。
そしてリラに自分の欲望をぶつけるのが恐ろしかったのだと。
リラを愛するがあまり、大切にしたかったのだと伝えられ、本当に嬉しかった。
嫌われていたわけではなかったと。
自分の見た目が彼の好みではないわけではなかったと。
屋敷の犬たちもリラのために彼が連れて来た仔たちであり、今まで四回あった誕生日にはいつも旅行以外にプレゼントを用意していて、しかし渡せなかったと。
リラに他のアルファとの接触を極力避けさせたのも、ディランの独占欲が原因だった。
それでも外出をある程度許していたのは、リラに嫌われたくなかった、とも。
リラの行動を公爵家の騎士たちに見張らせていた、ということも、彼は話してくれた。
だからすべてを知っていたのだと。
抑制剤を自分で買いに行き、発情期ヒートを遅らせようと必死にもがいていたことも、ディランはお見通しだった。
その理由も――。

「リラ」

コンコン、とノックの音と共に、ディランの声が聞こえてきた。
その声にリラは緩慢な仕草で扉の方へと視線を向ける。

「リラ。皆、辺境伯の城へ行ったよ」

扉の向こうから、彼が話しかけてくる。

「ねぇ……。ここを開けても良い……?」
「だ、め……!」

ディランの洋服を腕に抱え、リラは覚束ない足取りで扉の前まで辿り着くと、その場に蹲った。

「だめ、です……」

こんな姿を、彼に見られたくない。
下半身はとろとろで、もう下着は付けている意味を成さないほどに湿り、足からは愛蜜が滴り落ちている。
こんな姿を見られたら、幻滅されてしまうかもしれない。
一度、痴態を晒しているとはいえ、思いが通じた今だからこそ、再び見られたら羞恥で死んでしまいそうだ。

「傍に居たいんだ……。リラ……。お願いだよ」

懇願するディランの声音にも、少し熱が籠っている。
リラの発情期ヒートに当てられたのだろう。
部屋の扉を締め切っていても、フェロモンの香りは外まで漏れ出している。

「嫌がることはしないから……。ね……? リラ……」
「だ、め……」

ぎゅっ、とディランの服に顔を埋め、両膝を抱えた。

「何が駄目なの?」

尋ねられ、リラは涙目になりながらもその問いに言葉を返した。

「はしたない……から……」
「リラはどんな姿でも綺麗だよ」
「嘘……」

ディランは常にリラには甘い。
きっとどんなに醜い姿を見せても、彼は受け入れてくれるだろう。
優しい人。
だが優しい人だからこそ、こんな姿を見せたくなかった。

「リラ……。リラは僕のことが嫌い……?」

そっと、尋ねられる。
リラの返事を待たず、彼はさらに続けた。

「僕は愛しているよ。仮にキミがオメガではなかったとしても、きっと僕はキミに夢中だったと思う。どんなキミでも僕の想いは変わらない。僕の気持ちを、信じてくれないか……?」

甘く切ない囁きに、きゅっと胸が締め付けられる。

「リラ……キミの顔が見たい……。苦しいなら、僕がキミを楽にする手助けがしたい……」

お願い、と懇願され、リラは恐る恐る扉のドアノブへと手を伸ばした。
きっとこの扉を開けてしまったら、もう自制など効かないだろう。
扉を隔てた今ですら、触れてほしいと本能が叫んでいる。
深い場所に彼を感じたい。
そのぬくもりと熱を全てこの身体に注いでほしい。

「ただ、傍に居させてくれたら、それだけでいいから……」

ディランのその願いに、リラは「イヤだ」と扉に額を擦りつけた。

「イヤ……」

涙ながらに訴える。

「そんなに僕が嫌い……?」

彼には見えないというのに、ふるふると頭を振ってその問いを否定する。
何も言えずにいると、とうとう「わかった」と悲しそうな声が扉の向こう側から響いてきた。
足音が遠のく物音がする。
このままではディランが行ってしまう。
もしかしたら出て行ってしまうかもしれない。
そう考えた瞬間、リラは扉を開け、広い背中に抱き着いていた。

「いやぁ……!」

ぎゅっ、とディランを抱きしめ、行かないで、とせがんだ。

「リラ、僕はここにいるから。しばらく下にいる。だから……」
「ぃや……」

駄々っ子のように、ただただ嫌だと繰り返す。
こんな態度では呆れられてしまう。
そう思った途端、涙が溢れてきた。

「いっちゃ、いや……、やだ……ぁ」
「僕のリラは、今日は甘えん坊だね」

腹部に回ったリラの手に、ディランの大きなそれが重なった。
指を絡み取られ、やんわりと握りこまれる。

「リラ、こっちにおいで」

ふわり、と身体が宙に浮いたかと思えば、ディランは軽々とリラを横抱きにして首筋に顔を埋めてくる。

「僕の可愛いお姫様……。そんなに泣いて、どうしたの……?」

顔を上げたディランは、ポロポロと零れるリラの涙を唇で掬い、優しい眼差しで微笑んだ。

「何でも言っていいんだよ。欲しいものやしてほしいこと、全部言ってみて」

言いながら、ディランはリラの部屋へと移動すると、ベッドの上に腰かけた。自然とリラは彼の膝の上に座る形になる。

(あ……)

そのとき、腹部に固い何かが当たっていることに気が付いた。
一度だけ触れたことのあるそれは――。

「僕のことは気にしなくていいから」

小さく囁いたディランの息も荒くなっている。
リラの発情期ヒートに当てられ、彼も発情期ラットを起こしかけているのだろう。
それでも理性だけでなんとか自制しようとしている。
リラは肩で呼吸をしながら、布を押し上げているものにそっと手を伸ばした。

「リラ……!」

ディランが腰を引きかけるが、リラを膝の上に乗せたままでは意味がない。

「ほ、しい……」

彼の熱に触れてしまえば、もうリラの強固な理性の糸ですら、音を立ててぷつん、と弾け飛んでしまった。

「ごしゅじ……さま……の……。ほ、しい……」

ディランの肩を掴み、大きくその存在を主張しているものに自分の腰を押し付けた。

「ダメだ、リラ……。僕は……」
「なんでも、言っていいって、言った……のに……! うそつき……ッ!」

焦るディランのことなどお構いなしに、リラは子どものように声を上げて泣きじゃくった。
本来、リラはそういう性格なのだ。
それをオメガだから、奴隷だからと自制してきた。
本当は甘えたいに、泣きたいのに、叫びたいのに、すべてを必死に我慢してきた。
発情期ヒートになって、今まで抑えていた感情が堰を切って溢れ出してしまったのだ。

「違う。リラ。僕はキミを大切にしたいんだ。だから……」
「うそつき……」

しゃくりあげながらそう繰り返したリラに、ディランは一瞬考え込んだ後、深く息を吸いこみ、そして長い時間をかけて息を吐き出した。

「辛かったり、苦しかったりしたら、僕のことを殴ってでも逃げるんだよ……?」

そっと頬を撫でられたかと思えば、焦点の合わない位置にディランの端正な顔が近づいて来ていた。唇に、彼の吐息が掛かる。

(あぁ……)

ふわり、と彼の唇がリラのそれと重なった。
初めての口づけに、全身が歓喜に震え、無意識に開いた口腔内にあたたかいものが侵入してくる。
それがディランの舌だと気づいたときには甘く吸い上げられ、リラは小さく喘いでいた。
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