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思わぬ訪れ

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リラの誕生日まであと一週間というところで、彼女はもう寝台から起き上がれなくなった。
ずっと辺境伯城に詰めていたルクレールは、その頃になると辺境伯城より診療所で過ごす時間の方が長くなっている。
その理由を、ノアは薄々勘づいていた。

「ここは不便でしょ。エヴァンと一緒にお城に居ても良いのよ」

ずっと眠り続けているリラの横で看病し続けていたルクレールは、こっそり部屋を訪ねてきたノアに気づき、そう声を掛けてくる。
だがノアは、頭を左右に振り、「ここが良いです」とはっきりと自分の意思を伝えた。

「何もできなくても、傍に居たいです。僕が、そうしてもらったので」
「――そう」

ノアが居たら邪魔なのだろうことは、彼自身が一番よくわかっている。だが、ルクレールはそうは言わなかった。

「あんた、ポリッジの作り方はわかる?」

ポリッジとは羊の乳で作る甘い病人食だ。
北のこの地方の郷土料理でもある。

「はい。先日エヴァンさんから教わりました」
「じゃあ、この子が起きたとき、すぐ食べられるよう、作って来なさい」

リラはもう何日も眠ったままだ。
いつ目覚めるのか、それはルクレールにすらわからないはずである。

「………はい」

ノアはやるせない思いをグッと噛み殺し、指示通りキッチンへと急いだ。
涙が溢れそうになるのを奥歯を噛みしめながら堪え、手際よく料理を進めていく。

「そうだ……。あの仔たちにもご飯をあげないと……」

自分に出来ることはやらなければ、とノアは自発的に動き始めた。
外に居る犬たちも、ここ数日姿を見せないリラが心配なのだろう。玄関の扉を開けると、悲し気な表情でノアの足元に体を摺り寄せてくる。

「ほら、ご飯だよ。リラさんが心配しないよう、キミたちはちゃんと食べないとね」

だが犬たちは器の中の餌を食べようとしない。
ただくんくんと鳴き、ノアの周りをぐるりと取り囲むとそのまま身体を寝そべらせてしまう。
リラのこともそうだが、ノアのことも心配してくれているのだろう。
固い毛並みを撫でながら、ノアはその中の一頭の首に両腕を絡ませ、ギュッと抱き寄せた。

「大丈夫だよ……。大丈夫……」

それは果たして、誰に対しての言葉なのか。
ノア自身、もうわからなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
ノアの周りにいた犬の一頭が、洋服をくいくいと引っ張ってくる。

「あ……ポリッジを作ってたんだった……」

焦げそうな臭いを嗅ぎつけて教えてくれようとしたのだろう。本当に賢い犬たちだ。
ノアは静かに立ち上がり、火にかけていた小鍋の中を掻き回した。
とろりと甘いヤギのミルクの匂いが部屋中に充満している。

「よかった。焦げてない……」

ほっと息を吐き、鍋を火から下ろすと、犬たちが急に唸り始めた。

「みんな? どうしたの?」

犬たちは玄関の外へ向かって牙を剥いている。
誰か来たのだろうか。
だが、彼らが威嚇するような人間はこの町にはいないはずである。
なら、誰が……。
不思議になってノアは玄関の方へと向かった。
そして薄暗い雪の中、立っている人物に目を見開いた。

「っ……!」

息を呑み、ノアは犬たちを連れて急いで二階へと駆け上ったのだった。
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